第005話 フィアーネ④
フィアーネの声にアレンは心の中で自分が追い詰められていることを嫌が応にも意識してしまう。そんなアレンの心情をまったく気にすることなくフィアーネはそのまま呑気にアレンに対して言い放った。
「アレン、ちょっと落ち着いて、ちょっと話を聞きましょうよ」
アレンはこの段階でフィアーネの介入を許してしまったのだ。アレンは今夜フィアーネに介入させないため
「いやフィアーネ、こいつと話すことなんぞ何もない。さっさと殺してしまおう」
アレンの返答は魔族とどちらが悪かと言われれば間違いなくアレンに軍配があがるようなものであった。『今ならまだ、傷は浅く済む』アレンの心にあるこの考えが、悪魔すら道を譲るようなセリフを発せさせたのである。
「もう、私は興味あるから魔族さん、話してくださいな」
(いかん!!会話を始めてしまった。いや、まて……内容によっては戦闘にならないかもしれない。それなら
フィアーネは会話を邪魔されると機嫌が悪くなる。そうすると、それはそれで面倒なことになるために会話の成り行きをもはや見守るしかないのだ。アレンは一縷の望みをもってフィアーネと魔族の会話の推移を見守る事にした。
フィアーネの言葉に魔族の方は、会話が成立するということで落ち着きを取り戻し始めたようであった。
「ああ、まず私の名前は、イムリス=フェイギウス、偉大なるマハムット=ヴォル=カーベイ伯爵の家令だ」
(伯爵の家令だと?じゃあ中の上か上の下ぐらいの強さというわけか)
アレンはイムリスの話に耳を傾けながら品定めをしていく。
「それで、瘴気を集めて、何をしようとしていたの?」
フィアーネの問いに対して、イムリスはニタニタと嫌らしい笑い方を始めた。この手の笑い方をする奴は自分が優位に立った時にするのが相場なのだ。
アレンは心の中で戦闘はやはり不可避である事を察した。
「すぐに分かるさ……貴様らのような下等生物にもな!!」
イムリスが叫んだ瞬間に、地中から全長15メートル程の一頭のドラゴンが現れる。いや、ドラゴンの形をしてはいるがドラゴンではない。無数の骨が集まりドラゴンの形を形成しているのだ。
「スカルドラゴンか……」
フィアーネの声には感心したような響きがあった。
スカルドラゴンは、アンデッドの中でもかなり上位にランク付けされる。強大な膂力と防御能力によりスカルドラゴンを斃すには、一個大隊(500人程)の兵士が必要な化け物なのだ。
「ははは!!貴様ら如きには必要ないかもしれんが、その力を試させてもらうぞ!!あっさり死んでくれるなよ?ヒャハハハ!!」
イムリスが下卑た笑い声と顔をこちらに向けた。さっきまでアレンに追い詰められ焦っていたのに自分が優位になったと思ったとたんに偉そうになるのは人間も魔族も変わりないのかもしれない。
「それから、そこの男!!」
イムリスがアレンに対して叫んだ。完全に上から目線の言い方でありアレンとすればこいつ如きにここまで偉そうな口調で言われる覚えはないのだが辛うじて返答する。
「なんだよ」
「貴様は最も残酷に殺してやる!!」
イムリスの言葉はアレンにとって不快感の極致であったがアレンはそこに希望の言葉を見いだしたような気がしたのだ。
(ん?このセリフ……おお!!ひょっとしてスカルドラゴンとこのアホが俺に向かってきてくれるのか!!神はまだ俺を見捨ててないようだ!!)
イムリスに希望の灯が灯ったアレンは小さく口元を緩ませた。
(こいつ、アホだけど、そんなに悪い奴じゃないのかもしれない)
アレンがイムリスの評価を上げようとしたのだが、その次の言葉で評価は一気に地に落ちた。
「スカルドラゴンよ!!貴様は女を殺れ!!下等生物よ!!貴様は俺自らの手で殺してやろう!!」
「ちょ!!待て!!」
「ヒャハハハ!!惨めたらしく死んでいけ!!」
イムリスの言葉にアレンが即座に返答しようとするがそれはイムリスにとって単なる命乞いとしか思わなかったらしい。いやらしい笑みを浮かべたイムリスに返答したのはアレンではなくフィアーネであった。
「スカルドラゴンはまかせて!!アレンはあの魔族を!!」
フィアーネはキリッとした顔でそう告げると指をボキボキと鳴らしてスカルドラゴンに突進した。
(うぉぉぉぉ!!なぜこんな展開になった?神よ!!俺が何をしたって言うんだ!!)
フィアーネがスカルドラゴンへと突進していくのを見たアレンは心の中で絶叫した。
フィアーネとスカルドラゴンが肉薄する。スカルドラゴンは自分に向かってくるフィアーネを咬み殺そうと口を開いた。
しかしフィアーネは避けるでもなくそのままの勢いで突進して、拳をスカルドラゴンにたたきつけた。
ドガァァァァァ!!
スカルドラゴンの顔を形成する骨が砕け散り、スカルドラゴンは20メートルほどの距離を吹っ飛び横転する。見た目可憐な美少女としか思えないフィアーネのどこにこのような力があるのか不思議であるが目の前で起こっているのは紛れもない現実であった。
フィアーネがスカルドラゴンを殴り飛ばした光景にイムリスは驚愕の表情を浮かべたが、すぐに余裕の表情になる。砕け散ったスカルドラゴンの骨が再び集まりフィアーネが砕く前の状態に復元したのだ。
「スカルドラゴンは復元する!!残念だったなぁ!!」
イムリスの下卑た笑い声がこだまする。だがアレンは不快感が強まる事はなかった。なぜなら、直後にアレンを絶望の淵に叩き込む言葉がフィアーネから発せられたからである。
「よし!!久々に
フィアーネのその言葉こそ、アレンは最も聞きたくなかった言葉なのだ。
「どりゃぁぁぁぁぁ!!!」
勇ましいかけ声と共にフィアーネがスカルドラゴンに突進する。先ほどの突進なんぞ全然本気でなかったのだ。
再び、スカルドラゴンを殴りつけ、頭を砕け散らせると、フィアーネはありえない速度で、スカルドラゴンの尻尾まで移動し尻尾を掴むと振り回し始めた。
3回ほど振り回し、手を離すと、スカルドラゴンは5~60メートル程の距離を飛び、地面に激突する。すかさずフィアーネが距離つめる。あっという間に小さくなったフィアーネを呆然とアレンは見つめた。
(……なんでこんな事になったのだろう……。俺はただ単に、いつものように仕事に来ただけなのに……)
アレンは心の中で呆然としながら呟いていた。
「ふん、無駄に足掻きおって下等生物よ!!貴様にあの女を心配している暇はあるとでも思ってるのか?」
イムリスの言葉はもはや、アレンには聞こえていない。
「下等生物が嬲り殺してくれる!!」
嬲り殺すという言葉にアレンはカチンとした。この状況を引き起こしたのは間違いなくイムリスだ。
(何もかもこいつのせいだ!!わざわざ、この日を選びやがって!!他にいくらでもチャンスはあったろ!!なんでピンポイントでこの日を選びやがったんだ、このくされ魔族が!!)
アレンの心の叫びはイムリスが国営墓地に侵入した事ではなくフィアーネがいるときに侵入してきた事に対してであった。
(嬲り殺してやる!!)
人間と魔族……種族も境遇も何もかも違うアレンとイムリスが、同じ感情に行きついたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます