第42話
話はオダマキがカルミアと再会する三日ほど前。場所もソールズベリーから奪還されたロンドンへと移る。
ロンドンには調査班とその護衛である混合軍と花守人の一人であるマグノリアが駐在していた。
調査班たちがオダマキの報告によって時計台近くに存在している巨大な『植物Ⅰ類』通称ススキ近くの土壌を採集したりしていた。
「いたって不審な点は見当たりませんね」
機械に採取したサンプルを入れ、検出された成分を見ながら科学者たちは唸る。
「どこにでもある成分だ。ここまで巨大化した理由は他にあるのかもしれないな」
そう言いながらテントから出て、時計塔よりも背の高いそれらを見た。
通常のススキの場合、巨大な部類でもビルの三階に相当する高さのため、ここに生えているのは明らかに異質な存在だった。
「多少危険だが接近して表皮を採集するしかないな。夜になるとまずい」
「マグノリア少佐、援護お願いします」
護衛の一人が無線で彼女へ要請すると、《分かった~》と眠そうな声が一言だけ返ってきた。そして数分後、《配置についたよ》と返事が来た。
「どこにいるんだ?」
「少佐を信じろ。あの方は絶対に助けてくれる」
「そうは言っても、あんな身なりじゃあ……な?」
一人の若い兵士の言葉に二人の若い兵士も肯定した。だが、中年兵士は首を横に振って否定した。
彼の指摘通りマグノリアの外見は彼女が所持している対物ライフルの全長である150cmだった。さらにいつも眠たげに目を擦っており、学生服のような服装とその上に装着しているチェストリグのポケットにはいつも対物ライフルの予備弾倉と菓子の類が入っていた。
「確かに見た目は子供だが忘れるな。“花守人”なんだ」
中年兵士の言葉は重く、若い兵士たちはゴクリと生唾を飲み込んだ。
沈み込んだ雰囲気に研究者たちが不安げな表情を見せていることに気付くと、中年の兵士は手を叩いて注意を集めた。
「敵じゃあないんだ。心強い存在がいるんだし、さっさと任務を遂行するぞ」
「了解」
護衛の兵士たちはずらしていたマスクを装着し直すと同時に銃の安全装置を外し、研究者たちも同じくマスクを装着してシオン達がいた旧時計塔へと進入し始めた。
ロビーは戦闘の痕跡が色濃く残っており、唯一の違いは『ミント』たちが倒れ、そこにミントの葉が茂っていた。
「おいこれ見ろ」
ロビーを探索していた一人が声を発する。
「『ハエトリグサ』だ。まだいたらしい」
「もう殲滅したと思ってたんだがな」
兵士の足元にはハエトリグサが生えており、傍らにはミントたちがびっしりと存在していて余計に際立っていた。
「この先に“幹”というか“根”があるはずだ。直進するぞ」
ガラスの破片を踏み砕く音と複数の足音だけが廊下には響き、天井に空いた穴やひび割れた壁の穴から差す光が時折彼らを照らす。
直進している間も部屋が多くあり、兵士たちは何かが飛び出してくるのではないかと警戒していたが、何事もなく『ススキ』の根を下ろしている場所へと到着した。
「現場に到着。これより作業を開始する」
《りょうかーい》
無線でマグノリアへ報告するとのんびりとした彼女の返事があり、護衛の兵士が地表に現れている『ススキ』の根めがけてピッケルを振り下ろした。だが、根は鍛えられた成人男性の全力のスイングをいとも簡単に弾き、キーンと耳障りな反響音を廊下に響かせた。
「なんだと」
研究者たちは予想外の音に驚き、振り下ろした兵士は自身の手を握ったり開いてみたりと確認をしていた。
「しょうがない。発破して破片を回収しよう」
隊長格の男が研究者へ提案するが「もっと他の案があるはずだ」と反対の声も出る。
「俺たちで駄目ならアンタらの力でも無理だ。発破が唯一のサンプル回収をする手段なんだ」
男の説得に研究者たちは渋々と同意し、C4を根に設置しようとした時、ズドンと大きな銃声が聞こえた。
即座に兵士たちは研究者をかがませ、互いの死角をカバーするような陣形を取って固まる。
《大丈夫。私の》
無線からマグノリアの声が聞こえ、周囲を見渡していた兵士の一人が天井を指差して声を上げた。
「あれか……」
天井には頭をえぐり取られた『ミント』が張り付いたままでいた。
「まだいたのか」
「さっさと回収して逃げるぞ。銃声を聞きつけてまだ増えるかもしれない」
《正解。時計塔に周囲から一個大隊級の群れが接近中。ある程度は減らせるかもしれないけど、二個小隊規模の戦闘は避けられないと思う》
マグノリアの冷静な解析に兵士たちはげんなりとしたがニヤリと笑い、近くの机などでバリケードを建設している間、時計塔の方角からマグノリアの対物ライフルの連射音が聞こえ始めた。
「C4設置早くしろ!」
「了解!」
くぐもった銃声と気味の悪い叫び声が近づいてくる中C4を設置し、バリケードに隠れてから即座に発破した。
先程の銃声とは比べ物にならない轟音が響き、時代の名残の廊下と床を吹き飛ばし、木片とコンクリート片を周囲にまき散らしてきた。
爆風で耳鳴りが止まない中でも兵士たちは即座にバリケードから顔を出し、制圧射撃を開始した。
隊長がハンドサインで一人をサンプル回収を指示し、残りに援護射撃の指示を下す。
「了解っ!」
回収を命じられた一人が決死の勢いでバリケードを飛び越えた。
それを見た残りの隊員たちが一斉に上半身だけをバリケードの上に出し、的確に敵を狙い打つ姿勢へと変える。
「死んだら恨むからな…!」
瓦礫と植物の欠片が混ざる床の上から欠片だけを手に取り、それを両手に持って陣地へと戻ろうと反転した。
「aaaa!!」
だがその隙を逃さずに『ミント』たちは一斉にその兵士へ襲い掛かろうとするが、兵士達の正確な援護射撃によってそれらは悉く阻止された。
「回収!」
「よし!離脱!」
出番を奪われた科学者たちを中心にそれらを保護する陣形で兵士たちは一斉に移動を始める。
《援護するね》
出口の方からマズルフラッシュと同時に耳元で唸る音が聞こえ、そして背後から気味の悪い悲鳴が聞こえる。
そしてついに出口に辿り着き、彼らはサンプルを回収した地点から少し離れた位置に存在する廃墟の影へと移動した。
「サンプルはどうだ?」
「なんとかここに──!?」
隊長の言葉に両手にサンプルを持った兵士は机の上にそれらを置こうとして異変に気がついた。
「どうした」
「サンプルが…離れません!」
少女に銃を 戦場に花束を 諏訪森翔 @Suwamori1192
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