第41話

「両手を上げて床に跪け!」

 指揮所のオペレーターたちは大半が兵士の計画に対し素直に応じたが、頑なに離れず職務を全うしようとした一部は即座に射殺された。

「ふざけるなっ!」

 エンキアンサスはハナモモ逮捕の報せと目の前の暴挙に堪えきれず、反抗しようとした。だが、男はそんな彼女を見据えながら冷静に額から腿へと狙いを即座に変え、引き金を引いた。

 一発の銃声とともに彼女は苦痛の声を漏らしながらその場で片膝をつく。

「“化け物”用の弾丸だ。痛いだろう」

 男はうずくまる彼女を見下しながら硝煙の燻る拳銃の狙いを額に直し「次はない」と言った。

(誰だ? そもそもこんなしっかりとした規格の部隊を動かせるなんて、どういうことだ?)

 エンキアンサスは頭にのぼった分を清算するようにドクドクと出血する箇所を押さえながら静かに思考し、部屋を包囲している部隊を見る。

 部隊章などは付けずに黒で統一され、表情が見えないように目出し帽を被りサブマシンガンをオペレーターたちへと向けてはいるが直立不動のまま、トリガーには指を掛けずピンと指を伸ばしていた。

 ある程度訓練されているのだと推測し、続いて自身に銃口を突きつけているベレー帽の男を睨むように見る。この中で唯一顔を晒しており、激昂していた時には気づいていなかったが、帽子に付いている決して小さくない部隊章に目が行った。

 それを見た時、すべてを察したエンキアンサスは忍び笑いを漏らす。

 目の前の奇怪な行動に対し、男は銃口を彼女の額に押し付けながら「何が面白い?」と聞いた。

「いや、昔から陰湿なことしかしてこなかった奴が急に大それたことをしたら驚くだろ?」

「何が言いたい?」

「お前みたいな奴のために分かりやすく言ってやるよ。今まで茹でたり基本的な調理だけのまかないを出してた給仕が、ある日を境に精巧な料理を振舞うようになったらどう思う?」

 エンキアンサスの質問に男は苛立ちを募らせ、拳銃の狙いを僅かにずらして再び発砲した。弾丸は頬をかすめて床にめり込み、彼女の頬からは先程撃たれた腿の下に広がっていた血の池と同様に桜色だった。

「化け物が…」

 男はその様子を見ながら毒づき、左手を半分上げて合図を出すと兵士たちがサブマシンガンをオペレーターたちへと向け始めた。

 銃口を向けられ、小さな悲鳴とパニックが部屋を支配し始めた時、エンキアンサスは正真正銘大きな声で笑い声を上げる。

「何がおかしい!言ってみろ!」

 ついに堪えきれなくなった兵士の一人がサブマシンガンの狙いを彼女へと向けて怯えたような声で追求した。エンキアンサスはそんな声を無視して独り言を始める。

「『植物』たちは絶えず公国へ攻めてきている。主にグロスターからレディングを中継しヘースティングズが現在の前線にして国境だ。ブリストルなどの海沿いは軍艦たちがいるおかげで要塞として成り立っている。まあ、攻めてきていると言っても守備隊たちが余裕で対応し、今はロンドンも奪還に成功し攻勢だった」

「なんだ。歴史の講義か?」

 怯えた兵士とは別の人物が冷やかしの声を投げかけた。

「安全となったロンドンに根を下ろす『ススキ』に対し調査隊が接触し、サンプル回収などをしていた。だが、突如連絡が途絶え、そして公国の内部にも『植物』たちが現れ混乱を招き、それと同時に混合軍の屯所は爆破され対応が遅れて数多の死傷者を生んだ」

 エンキアンサスはじろりと兵士たちを睨むと、殺気を感じたのか視線をそむける。それを見届けてから彼女は話を続ける。

「ここで既に不思議なことがある。爆破と『植物』の来襲は実は爆破の方が早かった。さらに運よく弾薬庫は無事だった。なんなら公国内に駐屯している正規軍の基地なんか無傷だ。露骨すぎやしないか?」

 自身の額に拳銃を突きつけている男を見据え、不敵な笑みを浮かべながら彼女は問いを投げかけた。男は無表情のままエンキアンサスを見下す。

 その沈黙に対し、彼女はダメ押しで補足をする。

「そういえばセントデービッズからウェクスフォードにかかる橋を防衛する部隊が、襲撃の起こる数日前から迎撃に戦車と強化外骨格兵たちを増強していたらしい。それまで近づいてくる奴に対して威嚇しかしていなかったのに、まるで厄介事を押し付けようと必死じゃないか?」

 島同士をかける橋の説明をしたとき、それまで鉄仮面を誇っていた男の目に対し動揺の色が見え、それと同時に突き付けているだけだった銃口をさらに押し付けて胸倉を掴んで引き寄せた。

「なぜ貴様がその存在を知っている……!」

「その反応が決定的な証拠だ。あと、全員を始末する前提での秘密部隊ならベレー帽の部隊章も隠した方が良い。変なプライドは命取りになるぞ」

 鼻で笑いながら軽蔑の目で指摘するエンキアンサスに男は被っていたベレー帽を乱暴に取り、憎しみの籠った目で睨みつける。

「お前たちが正規軍ということにまだ気づいてないと思ったのか? やるなら練度の低めな新兵を持ってくれば少しは分かりづらかったな。まあ、そうなったら簡単に反撃に出れたが」

 絶対的な劣勢の中でも人を食った態度を続ける彼女に彼は段々と苛立ちが募り、わなわなと彼女の胸倉を掴んでいる手に力が入る。そのやりとりを見ていた兵士たちも口々に何かを呟き挙動不審になったりと、目に見えて動揺が広がっていた。

「あの、橋ってなんですか?」

 オペレーターの一人がエンキアンサスへと問いかけると、銃口が一斉に向けられ「ひいっ」と悲鳴が零れる。

「ああ、お前たちは知らないか。それもそうだな」

「やめろ…」

 男は話そうとする彼女に低い声で脅した。だが、エンキアンサスはそんな声を無視して口を開いた。

「アンセルムス公国は───」

「貴様ああああ!!」

 男は目を見開き、怒りの叫び声で遮ると同時に、一発の銃声が指揮所に響いた。

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