第39話

 縦に並ぶ二つの銃口から硝煙を昇らせながら、ヤエは身体中に穴を開けた『成体』へと問いかける。

「五十口径垂直二連式六連発拳銃。味はいかがじゃ?」

「a...aaaa」

 掠れた声で彼女の問いに答えようとする『成体』へヤエは顔をしかめた。

「なんじゃ。人の言葉を喋るものかと期待しとったのじゃが……残念じゃ───っと」

 穴だらけの両脚はリボルバーの衝撃に耐えきれずに崩れ落ち、ヤエは地面に落下した。

「まずいのぉ。これでは動けん」

 いつの間にか髪は黒から桃色へと戻り、左眼にも再び蕾を蓄えて揺らしていた。

 そんな彼女は地面が近づいた世界を見ながら笑い、その手に余る巨大なリボルバーのシリンダーをずらす。

 通常の弾倉と違い、シリンダー内には二箇所の弾を込める円状の穴があり、内側のシリンダーには三十八口径を、外側には五十口径の弾丸を込めた。

「aaa....aaa!!」

 こちらへ這って迫る『成体』にヤエは気がつき、装填し終えたリボルバーを構えながら驚いた。

「なんじゃ。まだ生きておったのか」

 ベルトの間にリボルバーを差し、鞘へ手を伸ばし、迫ってくる『成体』の頭を叩き切った。

 脳天をかち割られ、液体を飛散させる様子を目に映しながら満足げにヤエは笑う。

「よいよい。しかし──」

 眼下の死体から視線を上げ、先を見るとそこには先程四人がかりで倒した『成体』と同型の化物が数多の『ミント』を従えて迫ってきていた。

「これはちと予想外じゃ。逃げるしかないかの」

 ヤエは再び視線を足元へ向けるが、両脚はまだ腿のあたりまでしか再生が進んでいない。

「"春"、"牡丹"、主らだけでも逃げろ」

 両隣で倒れる二人に命を下すが、普段なら即座に起きて反対するなり応じるなりするのだが、今は倒れたまま動かなかった。

 そして『植物』たちの群れは黙々と進んでいき、やがて三人から二百メートルほど離れた場所で一斉に立ち止まった。

「まずいな。実にまずい」

 かつての〈大戦〉時などでは我先にと手柄を急ぐかのように襲ってくるのだが、統率の取れた行動を見せてくる。

 ヤエは刀を中段で構えながら、静かに群れを睨みつけた。

 その時だった。

「aaahahaha!!」

 突然『成体』の一体が彼女を指差し笑い始めた。

「hahaha!」「aaaa!!」

 それに呼応するように続々と笑い声は増していき、やがて空気を揺らしてヤエへとぶつかる。

「舐めくさりおって……外道どもが」

 ヤエは血管を浮かせながら怒りを露わにし、胸ポケットから新たに二本の注射を取り出した。

主人あるじ様…だめです」

 その時、目が覚めた"春"は苔を生やした雑面の間から見える主人の愚行を止めようとか細い声で呟いた。だが、それは届かなかった。

「貴様らは覚えておらぬのか。先の大戦で祖先たちが覚えた恐怖を。そしてこの身が朽ちようとも剣と銃を振るい、仲間への道を切り開いた我らが死神なかまの姿を!」

 ヤエは怒りで口任せに叫びながら注射を二本とも腿へと突き刺し、注入した。

 髪は黒へと戻り、左目の蕾も再び満開となり視界を明るくさせると同時に、両脚は蔦と花で構築され、すくりと彼女は立ち上がる。

 その光景を見た『植物』たちは笑いを止め、敵意の眼差しを向け始めた。

「もう遅いわ。阿呆どもめ」

 半歩開き、左半身を相手へと向けながらヤエは笑った。

「村雨流抜刀流──」

 鞘に収めた刀を右手に持ち、獣のように低い姿勢で待ちながらその技を出そうとする。

「aa! aaa!」

 何かに駆られたかのように『ミント』や『成体』たちは先ほどの統率が取れた行動が嘘のように一斉に駆け出し、土埃と振動を撒き散らしながらヤエへと殺到した。

(まだ。まだじゃ───)

 目を瞑り、迫ってくる巨大な群れを感知しながら必殺の間合いに入ってくるのをヤエは待つ。

(今──!)

 その場で両足を踏み締め、刀を鞘から抜き放った直後、背後から真っ直ぐこちらに飛来する気配を感じ、ヤエは反射的に身体のバランスを斜めにずらしてそれを避けた。

 障害物が一人消えた亜音速の物体は迷わずに『植物』たちの群れへと吸い込まれ、数体がグシャリと体液を飛散させながら死んだ。

「ほお」

 ヤエは感心し、刀を収めて頬についた汚れを指で拭っていると意識を取り戻した"牡丹"と"春"が前後に立つ。

「主人様、狙撃です! 下がって!」

「我々を盾にして遮蔽のある場所へ!」

「安心せい。味方じゃよ」

 警戒する二人へヤエは先程とは打って変わって余裕を浮かべた表情でその場に胡座をかいた。

「主ら、無線持っておるか? 恐らくヤツが返事をする」

「その必要はないわ。こうやって直接お話しするんだから」

 聞き慣れた声にヤエは不敵な笑みで群れとは反対の場所を見ると、ハナモモとコデマリたちが鉄仮面を装備し、見慣れぬ軍服をまとった二個小隊と共に立っていた。

「ヤエちゃん、元気そうね」

「活花剤を打ったからな。それなりじゃよ」

「打ったのですの!? 何本!?」

「ああ、ああ、やかましいぞスズ。──三本じゃよ。先刻は一度に二本打った」

 悪びれもせず答えたヤエにハナモモとコデマリは頭を抱えた。

「一日に三本って命知らず過ぎじゃありませんの!? 大体万が一に備えてと研究主任から仰られているのに、それを──むぐっ!?」

「そこまで追い詰められているのも頷けるわ。アレはそこまでしても勝てるビジョンが思い浮かばないもの」

 左手でコデマリの口をつぐませ、ハナモモはガントレットを装備する右手で『植物』の群れを指さしながら、険しい表情で同意する。

「で、どうしますの? 大佐殿が仰ってしまってはわたくしどもの戦意もガタ落ちですのよ」

「今回は真っ向から戦わないわ。ヤエちゃんを回収して逃げるわ。───013中隊、前へ!」

 ハナモモの命令に背後で立っていた兵士たちは無言でヤエたちの前へ盾のように前進し、銃を構えた。

「我々が盾となります」

 ヤエは鉄仮面越しのくぐもった少女の声に眉をひそめた。

「お主ら、年はいくつじゃ」

「恐らく12です」

(12? しかし、あの銃は──)

 少女たちの持つ拳銃は大口径ながらも〈大戦〉以前の火薬式で『植物』たちには致命傷が全く与えられない代物だった。

「名前は?」

「N-063です。大佐」

 ヤエはおよそ名前とは思えぬ名前を名乗った目の前の一人の少女に苦笑する。

No life命知らずか?」

Non-Existence存在なしです」

 これまでの会話で思い出したヤエは明らかに驚きの表情を見せ、反射的に軍服の肩を見た。

 本来なら部隊ごとに何かしらの紋章があるはずの場所には無地の盾のみが記載されている。

「訓練兵か?」

「いえ。これが我々の部隊章です。大佐」

「いいやそんなはず───がっ」

 N-063の解答に不満のあるヤエは尚も食い下がろうとしたが、背後から忍び寄ってきたハナモモに後頭部を殴られ、気絶した。

「ごめんね。でも、こうでもしないと……」

「お急ぎください。間も無く戦闘に移行します」

 ゆっくりとだが前進してくる『ミント』の群れと対峙しながらN-063は彼女に声をかけるとハナモモは頷く。

「総員撤退! 殿しんがりは013中隊が担当する!」

 背を向けて逃げ出すハナモモたちを『ミント』たちは逃さまいと一斉に踏み込んできた。

「させません」

 それに対抗するように『ミント』たちへ013中隊の隊員数名がジャンプして掴みかかり、絡まったまま地面へと落下していった。

「kararara!」

 地に落ちた『ミント』は、怒りを思わせる叫び声と共に自身を掴んで離さない少女の頭を貫く。

 だが、頭を貫かれても一層少女は強く『ミント』の身体を掴み、その直後に爆ぜた。

 突然の出来事に襲い掛かろうとした『成体』は立ち止まり、その隙を突くように013中隊の生き残りたちが銃を放つ。

 ダダダと轟音を撒き散らし、足元には金色の空薬莢を落としながら静かに進撃した。

 弾幕が飛び交う中、『植物』たちは自身の急所を守るようにしてその場に留まっていたが、撃たれる弾丸が旧式だと知るや否や攻勢へと変え、近づいてきた少女たちの首を刈り取った。

 グシャリと音を立て、首が落下しても尚銃をひたすらに撃ち続ける彼女らを今度は背後に回り込んだ『ミント』たちが胴体を深々と触手で貫く。

 そのまま宙に上げられ、脱力した身体を見た『ミント』たちは投げ捨てようとした時、死んだはずの身体が動き出した。

 肩に装備していたナイフを取り出し、触手を切り落として地面に落下した首無しの兵士たちは貫かれ、投げ捨てようとした際に生じた僅かな動きから本体の位置を予測してその方向へとタックルする。

 だが、所詮は予測のため、数体は勢いよく屋根から落下し、屋根上の群れたちに爆ぜた音と衝撃波を見せた。

「aa! aaaa!」

 それとは対照的に、運悪く捕まった『ミント』たちはその場で動けなくなった。動かない彼らは、本能的に触手で掴んでくる身体を刺し続けた。

 それでも首無しの兵士たちは離さず、先程と同様に全員が爆ぜた。

 そこらじゅうに苔や人間の一部だったパーツをぶちまける阿鼻叫喚の地獄絵図の中、立っていた生き残りの『植物』たちは呆然と立っていた。

 ふと我に帰った『成体』は撤退しようとしたその矢先、胴体に中ほどの穴が開いて絶命した。

 リーダーが死に、さらに自爆する様子を見ていた『ミント』たちは混乱し、その場で慌てふためいてる間に全員が背丈を半分ほどになって全滅した。

「ふわぁ……終わったよ。寝てもいい?」

 数キロ離れた場所にそびえ立つ巨大な教会の塔の上で自身よりも巨大な対物ライフルを手に、先ほどの芸当を成し遂げた狙撃手は、無線機で報告する。

《ダメよマグノリアちゃん。報告があるんだから》

「了解──私いなくてもいいじゃん。エンキもスズもいるんだから……」

 不満を漏らしながら花守人の一人、マグノリアは対物ライフルを抱え、その場から梯子も使わずに飛び降りて消えた。

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