第37話

「くっ……はあ」

 身体にのしかかる瓦礫をどかし、頭から出血を伴いながらもヤエはなんとか立ち上がった。

「おい、生きておるか?」

 同じく隣に衝突した車両へと声をかけると、瓦礫の塊が勢いよく空を飛び、エンキアンサスとオダマキが姿を現す。

「なんとかな…」

「ええ。無事です」

 言葉とは裏腹に、エンキアンサスは左腕があらぬ方向を向き、オダマキは肋が何本か身体を突き抜けて外に出ている。

「そうか。なら重畳」

 しかし、ヤエはすぐに視線を屋根上で待ち構える『ミント』たちへと向け、腰元の刀に触れた。

(ああ、これは折れているな)

 鞘を持ち、少し振ると中でかたかたと刀身が勝手に動いているのがわかり、内心毒づく。

「エンキ、車内に押収されたお主の武器がある。使え。それからオダマキ、兵士が持っていたL85を使え。無事なはずじゃからの」

 ヤエは二人へそう言うと刀をその場に捨て、隠していた短刀を両手に構えた。

「回収する猶予は稼ぐ。そしてあやつらが来るまではここで生き残るぞ」

 ヤエは瓦礫の中へ武器を探しに戻ったのを見届けてから、奇声をあげながら降ってきた群れと対峙する。

「主らは先刻の木偶とは違い、動くじゃろうな? んん?」

 笑顔を含みながら挑発し、その間に左手に持っていた短刀を逆手に持ちかえ、姿勢を低くした。

 額の出血はすでに止まっており、傷口も塞がっていた。

「aa! aaaa!!」

 一体が叫ぶと、正面の群れたちは一斉に彼女へ飛びかかる。

「叫んで突撃するしか能がないのかぁ!」

 近づいてきた一体の腹部に右手の短刀を突き刺し、そのまま掻っ捌くように左へと動かして隣の一体も巻き込み、その間に左手の短刀は叫んでいた一体へと投げつけた。

 群れの間をすり抜け、命中するかと思われた短刀は直前でキイン、と不協和音を放って停止した。

「なっ」

 ヤエはその瞬間を見て驚いたが、すぐに迫ってくる敵の処理に追われる。

 空いた左手を即座に手刀の形にし、腹に短刀が刺さったまま動けない『ミント』の顔を貫いた。

「次ぃ!」

 短刀を抜き、頭が貫通されて動かなくなった『ミント』を盾にしながら自身の死角から迫ってくる一体の頭に深々とそれを突き刺して即座にその場で跳躍する。

 宙に逃げ、それ以上の逃げ場を失ったヤエへ屋根に残っていた一部の『ミント』たちは触手を伸ばして彼女を捕縛しようとした。

 ヤエは即座に振り向き、新たに短刀をガーターベルトから抜いてそれを切り落としながら、彼女はあらんかぎりの声で叫ぶ。

「撃て!」

 命令の後、一瞬遅れて瓦礫の向こうから射撃音と共にヤエの付近にいた『ミント』たちをまとめて薙ぎ払った。

「もう少し早く命令してもよかったんじゃないか?」

 土埃の中から硝煙の燻るダブルバレルのサブマシンガンを持ったエンキアンサスが姿を現し、軽口を叩いた。

「なに、切り札は直前まで隠してこそ出し甲斐があるというものよ。それに、じょーかーもいたからの。今回は良い札として場に出たがの」

「……私のことですか」

 遅れて土埃から出てきたオダマキは片手で兵士の遺品を持ちながら不服そうな顔で申すと、ヤエはくっくっくっ、と忍び笑いをこぼす。

「なに、最強と謳われる〈花守人〉が二人もおる。気張るな中尉」

 特に我はエンキより強いからの、と漏らした彼女にエンキアンサスは苦々しい顔をした。

「お前が強いんじゃなくて、その間合いが独特なやつが悪いんだよ」

 捨てられている刀を指さしながら言うと「使い手によってはただの棒きれぞ」とヤエに言い返され、さらに顔を歪める。

「aa! aaaa!!」

「うるせえよ」

 屋根上で引き続き叫ぶ『ミント』へ銃口だけ向けて連射し、黙らせながらエンキアンサスはヤエの隣へと歩み寄った。

「アタシとのバディは久しぶりじゃないか? 確か最後にやったのはトットランドあたりだから十五年年ぐらい前か?」

「たわけ。ソールズベリーここの奪還と制圧が最後じゃから、ざっと十二年前じゃよ」

「誤差じゃねえかよ──まあいい。進め。道は切り開いてやる」

「言われずとも!」

 エンキアンサスが連射をすると同時にヤエは脱兎のごとく地面を駆けて弾幕をすり抜け、両手に持つ短刀で立ちすくむ『ミント』たちの脇腹を抉り取っていく。

「まだまだあ!」

 弾切れになると即座に空マガジンを抜き落とし、新たなマガジンを挿入してハンドルを引いて再び射撃を繰り返した。

 その道中で、彼女はヤエが斬り、自身が撃ち殺す数を補填するように屋根から飛び降りてくる『ミント』が目に入った。

「オダマキ! 屋根にいる奴らの狙撃を頼む!」

「了解!」

 エンキアンサスはすぐに近くにいたオダマキへ命令し、彼女は屋根の上に蔓延る『ミント』たちを正確に一発で撃ち落としていった。

「良い腕だな」

 視線は向けず、手際を誉めるとオダマキは僅かに笑って応じた。状況は一進一退の攻防に見えた。

 だが、すぐに一方が劣勢に陥り始めた。

「リロード!───オダマキ、リモコンみたいな弾倉ないか?」

 エンキアンサスの問いかけにオダマキは周りを見渡し、足元に転がっていたその弾倉を見つけ、射撃を中止して投げ渡す。

「これでおそらく最後です!」

「すまねえ! そっちはあと幾つ残ってる?」

「これを含めたらあと二つです!」

 そう言いながら、オダマキの持つL85は弾切れになり、最後の弾倉を装填して再び射撃を始めた。

「まずいな……」

 ヤエは二人から少し離れた場所で、自身を中心に円状の死体の山を築き上げながら小さく呟いた。

(短刀は残り二振り。敵の数は増えるばかり……しかし、"人形"が来るまで持てばこちらの勝ち───)

 思案しながらも諦めずに死角から襲ってきた一体の脳天に短刀を叩きつけ、山の肥やしにしながら彼女は自分の思案を嘲笑した。

「なぜ我は来なければ負ける、などと思った? 臆病風に吹かれたか」

「aaa!!」

「少し黙れ」

 諦めずに死角から襲ってきた『ミント』たちの喉を掻き切りながらヤエは冷淡に言い放ち、屋根へひょいひょいと登っていった。

(こんなに統率が取れているならば近くに大将がいるはず。其奴を倒せば残りは烏合の衆──!)

 ヤエは足場が不安定な瓦にもかかわらず、身軽に走り抜けながら大将を探す。

「どこだ。どこにいる……」

 すれ違いざまに『ミント』の足を切ったり、喉を切ったりなどして足止めをしながら探し続けていると、目の前で再びきらりと光る何かを見つけた。

「っ!」

 すぐに新たな短刀に持ち替え、その光る何か目がけて投げつける。

 デジャヴのように、短刀はキイン、と音を立てて空中に止まった。だが、今回はそれで終わりではなく細切れとなった。

「なに?」

 最後の一振りを手に、警戒している彼女の前に、それは現れた。

「なっ、何故……っ!」

 驚きのあまり言葉を失い、その場に立ち尽くした直後、音もなくヤエの短刀を持っていた左腕が二の腕のあたりから寸断され、その場に淡い赤を撒き散らしながら落下した。

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