第36話
エンキアンサスの隠し部屋から出た時、外に待機していた兵士たちとヤエの私兵集団"人形"が一斉に彼女たちへ銃口を構えてきた。
「収めろ。撤退じゃ」
「了解」
「それでは
「おう。また後ほど」
兵士たちは彼女の言葉に空な様子で答え、コデマリもそんな兵士たちと共にぞろぞろと立ち去っていき、"人形"たちだけがその場に残った。
「主様、どちらへ」
「連行する。主らは援護をしろ」
「御意」
少女たちはヤエの命令を受けて拳銃を収め、大所帯のために浮かされた足場の上を歩きながら、下水道路の警戒の任に就く。
誰一人言葉を発さず、進む中で、ヤエは暇そうな表情を浮かべ、ふと思いついたように服の裾や脇のあたりを嗅ぎながら、
「しかし、ニオイがひどいのお。服に移ったら大変じゃ」
と呟いたが誰も反応せず、沈黙が続き彼女は残念がった。
標的を変え、エンキアンサスへと話しかける。
「のぉエンキ、主はどうやってあそこを見つけたんじゃ? 見た限り、〈大戦〉前に作られた武器庫にも見えたんじゃが」
「裏切り者に発言権は無いんだろ? すまないが答えられないね」
「むう……」
エンキアンサスの嘲笑にヤエは押し黙り、今度はオダマキたちに話題をふり始めた。
「主らは何故シオンが生きていると思ったのだ? よもや"花壇"に無かったからだとは言うまい」
「いえ、全くその通りです」
「なっ……」
オダマキの毅然とした答えに再び言葉を失い、彼女は片手で頭を抑えながら話す。
「先の戦闘、旧首都奪還作戦では回収されなかった遺体もある。ジニアやアイフェイオンなど歩兵連隊に従事していた花人の遺体も未だ発見されていない」
諭すような口調でヤエは話しかけた。
「それに──シオンは、あやつは人間だった。ただの兵士だった」
「そんなはずがない!」
「オダマキさん!」
カルミアの制止する声も構わずにオダマキはヤエへ掴みかかろうとした。だが、ヤエの影に隠れていた彼女の腹心である"春"にあえなく拳を取られ、投げられてしまう。
「激昂する相手を間違えていませんか? 中尉」
「っ!」
彼女の諭しにオダマキは組み伏せられながらギリ、と歯を食いしばった。
「よい。放せ。身内が死んだ話を何度も言われて怒らぬ者などいない」
ヤエの命令に"春"は無言で拘束を解き、オダマキへ手を差し伸べたが彼女はその手を振り払って立ち上がる。
「さて、ここから上がるぞ」
「ヤエ大佐、一つだけ質問があります」
「なんじゃ?」
梯子を登ろうとする動作を止め、降りてからヤエは振り返った。
「あの日、何があったんですか? 本当に長距離狙撃による奇襲があったのですか?」
「……その話は上でしようぞ」
一拍置いてからヤエは梯子を再び上がっていき、オダマキも手枷を付けられながらも上がっていく。
「……何の音だ?」
梯子を上がりながら、物と物が衝突して砕けるような音や、甲高い声が聞こえた。
地上に半身を出し、ヤエの手を借りて上がり切った彼女は周囲を見て唖然とした。
「うわあああ!」
「誰か、誰かあああ!」
「aaaaa!!!」
そこは地獄だった。先程まであった人々が貨幣を使用し、腹を満たしたりモノを獲得する世界は姿を消し、オダマキの知る戦場へと変貌していた。
「なんで…なんで『植物』が
「チッ……早すぎるぞ。ミハイ」
虐殺を目の当たりにして取り乱すオダマキを尻目に、車両の近くに立つヤエは小さく呟いた。
「今はここで嘆いてなどおれぬ。乗れ」
「やめろ。離せ!彼らを助けなければ!」
「乗れと言っておる!」
ヤエは暴れる彼女の鳩尾を蹴り、頸椎へ鞘を叩き込んで無力化し、車内へ放り投げた。
「総司令部じゃ。我は
刀の封を解き、ルーフの上に膝立ちの状態で彼女は運転をする兵士へと行き先を命令する。
車両は静かに出発し、阿鼻叫喚の中を走り抜けていく。
「aaa! kaaarara!」
だが、殺戮に飽き足らぬ『植物』たちは即座に動く車に反応し、瓦礫を突き回していた同胞たちと共に追跡を始めた。
「大佐。後方から追手です」
兵士の指摘にヤエは頷き、車内へ向けて命令を下す。
「分かっておる。"牡丹"と"春"、"藤"そして"山茶花"は後方から来る奴らを迎え撃て。残りは待機。前は任せろ」
「御意」
四人の少女たちは主人の命令に従い、窓から一斉に飛び出し、散開した。
「さて、愚鈍な奴らとはいえ、藁よりは斬り甲斐があるというものよ」
刀を鞘から抜き、剣先を突き進む先で待ち構える標的へ向けながらヤエは挑発する。
「さあ来い! 肥やしにしてくれる!」
「aaaa!!」
ヤエの煽りに『植物』たちは声を上げ、一斉に飛びかかってきた。
だが、宙に浮いた時点で勝敗は決した。
「貴様ら──まあ良い。初手は様子見じゃからの」
刀に付着していた体液を振り払い、降ってくる死体の群れを鞘で打ち払いながらヤエは再び居合の姿勢を取る。
「さあ先鋒は終わった。次鋒は楽しませてくれようぞなぁ!?」
興奮に満ちた瞳で吠える彼女だったが、いつまで経っても襲撃はこなかった。
ヤエは拍子抜けに思いながらも、刀を鞘に収め、その場に腰を下ろそうとした時、きらりと光る何かが迫っていることに気づいた。
「っ!」
反射的に身体を反らし、宙に舞った髪が寸断された。
「糸……スズか? 車を止めるのじゃ」
「………」
ヤエの命令に運転手は無言のまま走らせ続ける。
「おい、聞いておるの──」
身を乗り出し、ガラス越しに確認すると、運転手と助手席に座っていた"人形"が首を寸断され、死んでいた。
「どういう手妻を──なっ」
その直後、ガタンと大きな音を伴って車両は前方からルーフへと斜めに切れ、ヤエは宙を舞って住宅へと衝突し、運転手を失った車はその隣の家へと突っ込んでいった。
「がっ…はあっ」
吐血し、動けない彼女たちを囲むように『植物』たちはぞろぞろと姿を現し、雄叫びを上げた。
「aaaa!」
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