第35話

 バルクドアを開き、弾薬庫の中へ足を踏み入れた二人は内部の荒んだ様子に驚いた。

 コンクリートの壁は地下水が染み出し、所々ひび割れたりなどして耐久性の怪しさを醸し出し、床は苔と謎のぬめりが蔓延っていた。

「来たか」

 奥で弾倉をいじっていたエンキアンサスは作業の手を止めず、二人に背中を向けながら話す。

「対応する弾薬を空弾倉に詰めろ。三つは予備で持っておくといいかもな」

「大佐、なぜそんなに急いでいるんですか」

「早くしろ。時間がない」

「答えてください!」

 オダマキは近くに置いてあった対応する弾倉を手に持つサブマシンガンに差し込み、チャンバーを引きながらその背後へ銃口を向けた。

「……撃ちたければ撃て。だが、一発で仕留めなければ私はお前たちを殺す」

 エンキアンサスは一切動揺もせず、静かにそう言いながら弾倉へ弾込めを続ける。

「それでも知りたいんです。なぜアダム少佐が死に、カルミアの命が狙われているのかを。そして、アヤメとシオンは?」

 オダマキの言葉に一切の動揺を見せていなかったエンキアンサスは手を止め、静かに弾倉を机の上に置いて振り返った。

「なぜ生きてると思う?」

 彼女の問いかける声には僅かに皮肉が混ざっており、片手は腰元のホルスターに伸びていた。

「"花壇"に──花が無かったんです」

「そうなのか。だが、彼女の死亡はヤエが確認したとハナモモたちから聞いた。そこについてはどう思う。カルミア」

「わ、私ですか?」

 オダマキの背後に隠れるカルミアは突然の指名に驚いたが、すぐにあの晩の会話を思い出して俯く。

「確かにヤエさんはシオンさんの死体を見たと言いました。そして、彼女の体からは赤い血が流れていたとも──うぇっ!?」

「なんだって!?」「なんだと?」

 二人は彼女に掴みかからんばかりに近づき、事実を確認する。

「ほ、本当に赤い血が流れていたのか。絨毯の色が赤でそれを見間違えたと言うわけではないんだな!?」

「我の目は節穴かえ。かのような事は無いぞ」

 どこからともなく聞こえる特徴的な言葉遣いの直後、三人の周りのガンラックが銃ごと静かに斬られ、音を立てて地面に崩れ落ちた。

「まさか下水道に隠れ家を作っていたとはのぉ。灯台下暗しとはこのことか」

 ランプの光を反射する刀を持つ眼帯をした女性、ヤエは一人呟きながら扉の前に立っていた。

「ヤエエエエ!!!」

 エンキアンサスは愛用のサブマシンガンを手に取り、即座に連射した。

「はあ、エンキ。我と対峙した際の相性は最悪だと覚えておらぬのか? いや、激昂のあまり忘れたのか」

 ヤエはため息と共に迫りくる銃弾たちを刀で叩き落したり弾道を刀身に当てて命中軌道を変えたりしながら三人の元へ歩み寄る。

「ああああ!!」

 その間もエンキアンサスは引き金の指を動かさず、弾切れになると今度は銃をヤエめがけて投げた。

「血迷ったか」

 刀の柄で二丁の銃を叩き落すと、目の前にナイフが迫ってきていた。

「っ!」

 頬と髪をかすめながら間一髪で初撃をいなしたヤエは即座にエンキアンサスのお留守の鳩尾に蹴りを入れる。

「がっ」

 蹴りが入り、浮いた身体の頚椎めがけて振り上げていた柄を垂直に叩きつけると、骨の砕ける嫌な音と共にコンクリート製の狭い床に倒れた。

「相変わらず臨機応変に対応するの。少し自信が削がれたぞ」

「たっ──対応しておいて言うか……」

 彼女は血を吐きながらも立ち上がり、反撃を試みようとした。だが、不意に動きを止め、緩やかに背後を見た。

「あら、気づくのがお早いようで」

 ライトグリーンと白が混じったポニーテールの黒い手袋をした女性が仁王立ちのまま感心した。

「無理に動けば花守人である貴女でも死にますわよ」

 警告をしながら指先を動かすと、振動と共に極細の糸が光を反射し、部屋を包囲していることを示した。

「コデマリ....!!」

 エンキアンサスがコデマリの名を呼ぶと、彼女は不快感を露わにした。それから指先をもう一度少し動かすと、糸がエンキアンサスの身体を締め上げ、思わず苦悶の声が漏れ聞こえた。

「さて、裏切り者は捕縛しましたわ。あとはそこの二人ですが……お任せいたしますわ」

「応。……とは言ったものの、はなから任せる気だったろうに」

 ヤエは気だるそうな口振りで刀を鞘に収め、鞘と鍔をぐるぐると肩にかけていた襷で巻いて構える。

「投降し、大人しく武装解除をすることを推奨するぞ。主らと我のために」

「気遣い感謝します大佐。ですが、それにお答えすることはできません」

 オダマキは脇に抱えていた銃のチャンバーを引き、ガチャンと音を立てて銃口をヤエへと向けながら答えた。

「そうか。残念じゃ」

 仮面のように無表情でヤエは通路を走ってオダマキへと迫る。

 オダマキは即座に引き金を引き、薄暗い部屋が硝煙とマズルフラッシュで満たされる。

 ヤエは銃弾を最小限の動きで避け、あっという間に彼女の正面に立った。

「ふんっ」

 掛け声一つと共にオダマキの胸部を突くと、ドンと鈍い音が発されその場に突かれた彼女は片膝を付いた。

「あ、が……」

「悪く思うな」

 声も出せずにうずくまるオダマキを見下ろしながらヤエは無感情に言い、ウエストポーチから手錠を取り出して彼女にかけようとした時、視界の外から一発の銃弾が飛来する。

「ちっ……最後まで抵抗するのがまさか主とはな」

 弾丸は頬をかすめ、思わずヤエは顔をしかめた。

 ガンラックの陰でセレクターをシングルに設定したままのサブマシンガンを構えるカルミアを睨みながら刀の封を静かに解き始めた。

「か、カルミア……逃げるんだ!」

「いいえ!逃げません!」

 かすれた声で命令するオダマキにカルミアは反抗し、セレクターをフルオートに変更して撃った。

「ああああ!!」

 絶叫しながら至近距離で放たれた銃弾たちを前に、ヤエは小さく「げに愚か」と呟きながら刀を抜き、一閃が二人の間を通り抜ける。

「村雨抜刀流、十六夜」

 ヤエが鞘に収めた直後、すべての弾丸が寸断されてその場に落下した。

「なっ」

 オダマキは目の前で起きた出来事に言葉を失い、カルミアはもう一度撃とうとするが、先程の斉射で弾切れになった銃はカチカチと引き金を引く音だけを鳴らしていた。

「あ、あえ?」

 呂律の周らない言葉に違和感を覚えながらもカルミアは身体が動かず、代わりにグルグルと回転する世界と自分の片耳が床に触れてピシャンと言う水の跳ねる音が聞こえる。

「すまぬが動けないようにさせてもらったぞ。なに、あとで元に戻るから安心するのじゃ」

 腰に刀を佩き直しながら笑顔でヤエは混乱の表情を見せている首だけのカルミアに伝え、頭と胴体を両脇に抱えてコデマリと拘束された二人と共に下水道を後にした。

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