第34話
「死ぬ? どういう……ことですか?」
「そのままの意味だ。アキレギア・オダマキ中尉Ⅳ型花人は"開花"を控えているのさ」
エンキアンサスはカルミアの問いにオダマキの代わりに答え、本人は背中を向けたままシャツのボタンを止め直していた。
「そういうわけだ。だからこそ残り時間が短い老婆のために質問は歩きながらで答えよう」
二人へ振り向いて話しかけるオダマキの表情は優しく、エンキアンサスは構えていた銃を収め、二人へ背を向ける。
「ついてこい」
彼女を先頭に三人は排水溝脇の通路を歩きながらカルミアは質問をする。
「これからどこへ行くんですか?」
「武器庫だ。もう自分の身は自分で守るしか無いからな」
「武器庫……」
自身が本格的に戦闘に参加するわけでも無いのに、カルミアは手に汗を握り生唾を飲み込む。
そして沈黙の中、なんとか打開しようと彼女は脳裏に浮かんでいた疑問を思い出し、オダマキに質問した。
「オダマキさんはⅣ型花人なんですよね?」
「ああ。そうだよ」
「失礼ですけど21歳でしたよね?」
「実は昨日22歳になった」
「おめでとうございます」
カルミアの祝辞にオダマキは反応せず、彼女も真面目な表情で本題を切り出す。
「Ⅳ型の寿命は平均で34.8歳です。早すぎませんか?」
「それは初期から発露するタイプだけをまとめた統計だ。私たちみたいな"遅咲き"はカウントされていない」
「さっきから言っている"遅咲き"ってなんですか?」
「知らなかったのかい?」「知らなかったのか!?」
カルミアの思いがけない質問に二人は思わず足を止めて振り返り、声を揃えて聞き返した。
「え、そんな普通の事なんですか?」
「いや、別に常識ってわけではないけど....そうか、カルミアは知らなかったのか」
「博士号も取ってるんだろ? 知らないわけないだろ」
納得するオダマキとは対照的にエンキアンサスは指摘するが、やがて大きなため息を一つついて再び歩き始めた。
様々な臭いが交差する下水通路を三人は無言でしばらく歩き続けていると、先頭のエンキアンサスが立ち止まった。
「ここが?」
「そうだ」
「でも、どこに武器庫なんてあるんですか?」
カルミアの言うように、そこは通路に何ら変わりなかった。だが、エンキアンサスは首を横に振り、目的地だと告げる。
「全ての可能性としてあり得ないことを除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる──これがヒントだ」
「ここに来てなぞなぞとは、余裕があるね」
「ああ。案内はするが誰も”中まで”とは言っていないからな」
オダマキとエンキアンサスとの間で静かな攻防戦の前哨戦が開始され、目に見えない火花が散っている中カルミアは真面目に彼女の言葉を
「下水の中に入口が?──ううん、私たちと同じならそれは自殺行為。ならスイッチが──っ!」
ブツブツと状況を整理しながらカルミアは何気なく側面で沈黙を続ける壁を見上げると、小さな違和感に気付く。
自分の身長では少し上を見た程度では気づかなかったが、天井部に近い箇所の右手側のある地点から古びたレンガ作りから無機質なコンクリートのような物体で作り変えられていた。
「そうか。そういうこと!」
レンガと新しい物体で作られた境界線を視線でなぞって下ろしながらカルミアは指を隙間があるはずの箇所へ伸ばす。
一瞬、紙のような薄い膜を破る感覚を指先で感じながら奥へ入れようとした時、その腕をエンキアンサスは引き戻させた。
「答えが分かって幼稚な妨害かい?」
オダマキの煽りを無視し、その言葉を受け取って睨んでくるカルミアを彼女は見下ろす。
「正解だ。だが、あと少しで隻腕になるところだったがな」
「どういう──」
カルミアが言い終えるより先に彼女が手を突っ込んだ箇所からガチャン、と金属同士がこすれる不快な音が聞こえた。カルミアの代わりに中を覗き込んだオダマキは小さく声を漏らし、エンキアンサスへと向き直る。
「ブービートラップなら正規の入場手段は?」
「今に開く。少しは待ったらどうだ」
エンキアンサスはため息をつき、器用に葉巻をハーフマスクの隙間から差し込んで吹かしながら独りごつ。
その直後、汚れたレンガの壁に模した鋼鉄の扉が音もなくスライドし、三人の前に魅惑の姿を晒した。
かつては地下鉄の停留所であったが、地表へ通ずる箇所を塞いで作られた武器庫は通路奥のマリンドアへの花道を作るように入口から続いている。
「これは……」
「壮観だね。だが、対抗できるかは別だけど」
オダマキの指摘は的を射ていた。数多ある銃たちは対戦前の火薬式の旧式銃であり、対人性能に特化しており『植物』への対抗性は無いに等しかった。
「問題はない。
「分かった。サイドアームズはあるか?」
「ガバメントだけだ。弾薬庫に最も近いガンラックに置いてある。私は先に待ってる」
オダマキはガンラックから無造作にアサルトライフル一梃を手に取り、脇で抑えながら片手で適当な動作確認をして元の場所へ戻し、また別のを手に取って同じ事を繰り返していた。
「何をしているんですか?」
「ああ、動作確認だ。チャンバーと銃口内に埃が積もっていないかと錆の有無を見ているんだ。この二つがあると武器としては"死んでいる"のさ」
「"死んで"……いる」
カルミアはオダマキの言葉を噛み締めながら、自身もガンラックからサブマシンガン一梃を手にした瞬間、その重さに驚く。
「お、重い…」
カルミアの言葉にオダマキはピタリと手を止めプッと吹き出した。
「弐拾年式と違ってコレは火薬式だからね。その放出されるエネルギーに耐えられるように設計されてるんだ。もし使うつもりならこれがいいよ」
そう言ってオダマキは彼女の手からサブマシンガンを取り上げ、代替としてマシンピストルを手渡す。
「さあ、奥で待っているエンキと合流しよう。そしてなぜ武装しなければならないかも問い質さなくちゃいけない」
アサルトライフルを抱えながら奥へと進んで行き、オダマキは鈍く光るバルクドアへと手をかけて開き足を踏み入れた。
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