第33話

「──ということがあったんだ」

 オダマキは自身がかつて見た部隊章と自決した男の部分は伏せてカルミアへ伝えると、彼女は口を小さく開けて絶句しながら頷いた。

「そうですか……助けてもらってばかりですね」

「いや、元々は本部の司令で混合隊うちに配属されたんだ。これも任務さ」

 謝罪を口にするカルミアへオダマキは笑いながら励ましていると、背後からエンキアンサスが声をかけてきた。

「届いたぞ。なるべく新しいのを持ってきた」

?」

 カルミアはエンキアンサスの言い方に疑問を覚えたが、近づいてくる彼女が両手に持つビニール袋から香る美味しそうな匂いにそれは置き去りにされる。

「これだな。博士サンは」

「ありかとうござい──え?」

「これはオダマキ」

「いつもすまないな」

 渡されたプラスチック製の皿の上に無造作に置かれたそれらを見て硬直するカルミアを尻目に二人は食べ始め、さらに驚いた。

「え、え?」

「早く食べないと冷めるぞ。それより、臭いが移ったら食えるものも食えなくなる」

「エンの言う通りだよ。カルミア。早く食べたほうがいい」

 食べる手を止めずに若干怯えているカルミアへ催促をすると、皿へ一度視線を移し、再び逸らして質問する。

「これ、失礼ですけど残飯ですよね?」

「ああ。買い出しなんて無謀な真似はできない。それに、今渡したそれはついさっき捨てられたばかりで市販品と何ら変わらない」

 エンキアンサスはカルミアの持つ皿の上に置かれた齧られた跡のある料理たちを指差しながら、手に持つクロワッサンに付着している土を払い、一口で飲み込んだ。

「誰かが食べたものかは分からないという理由で食べられないんじゃ生きていけない。汚さを受け入れろ」

「別に他人が食べた物に嫌悪感を覚えるわけじゃ....」

 カルミアはエンキアンサスの言葉に反論しようと視線を向けたとき、ハーフマスクを外した彼女の顔をまともに見た。

 彼女の口は大きく裂け、純白の歯と真紅の歯肉がカルミアの目に映る。

「〈大戦〉の時の古傷だ。不幸にも治らなかったんだ。──ごちそうさま」

「ま、待ってください!」

 食べ終えたエンキアンサスは再びマスクを装着して、その場を去ろうとした背後にカルミアは声をかけた。

「なんだ?」

 エンキアンサスがが持つ千草色の瞳はあからさまに不機嫌そうに彼女を見ていたが、それでも臆せずカルミアは質問をする。

「オダマキさんが話していたテロ紛いの事件から何時間が経ちましたか?」

「テロ紛いじゃない。これはクーデターだ」

「え?」

 エンキアンサスの答えにカルミアは驚き、言葉を失っている最中にも彼女は気にせず回答を続ける。

「現在爆破された箇所は混合軍屯所とその近辺にあった教会、そして歩兵大隊屯所だ」

「歩兵大隊屯所?....まさか!」

「そのまさか、だ。案外頭は切れるんだな」

 エンキアンサスは瞬時に答えへたどり着いたカルミアへ賛辞を述べながらも部分正解である彼女の仮説へ正解を語る。

「正確には720歩兵大隊屯所。ちなみに指揮官であるアダム大佐は現在行方不明だ」

「大佐?」

 説明に齟齬が生じていることにカルミアは首を傾げながら聞き返すとエンキアンサスは舌打ちと共にそれから何も言わなくなり、その場から去って行った。

「え? ええ?」

「これを読めば分かる」

 何か不味いことを言ったのかと心配しているカルミアへオダマキは新聞を手渡し、渡された新聞を広げるとそこには一面にびっしりとさまざまな憶測やそれの根拠が書かれており、一枚目を見ると大きな文字で"公国軍に対して大規模テロか"と書かれていた。

「今日未明、公国内にて公国、混合軍屯所とその近辺にあった教会が無差別に爆破されるというテロがあり、さらに旧首都奪還作戦の慰霊碑付近でも青酸カリを盛られたパイが配られていたなど、様々な事件が同時に発生していた。また、警察はこの事件が起きる直前に720歩兵大隊司令官のアダム・メイヤー少佐と思われる遺体を発見していたことを発表した──え?」

認識票ドッグタグもあったことから少佐で確定だ。だが、なぜ今になって彼を殺す? まさか復讐?」

 説明をしながらも途中からアダムが殺された理由を推察し始めたオダマキへカルミアはその晩に自分たちを殺そうと部隊をけしかけた犯人だと伝えるべきか迷った。しばらくして彼女は意を決し、オダマキへ事の真相を話そうと決心する。

「あの、オダマキさん。晩餐会の会場でのことはどれぐらい覚えていますか?」

「ん? ああ、館内に侵入してきた不埒者を倒して、中庭で友軍と合流したところまでは覚えているよ。だけど、その直後に気を失って次に目を覚ましたら病院のベッドの上にいた。そして看護師に二日間ずっと昏睡状態だったということと、怪我が酷かったことを教えられたんだ」

 瞳に影を落とし、オダマキは右腕が倒されていないシャツを握りしめた。

 カルミアは決心がついていたはずなのに、呟き続ける彼女の顔を覗き込むと、その気持ちは揺らいでしまう。

 瞳には涙を溜め、必死に思案を繰り返し続けるオダマキは心の底から仲間の死を受け入れようとしながらも痕跡から何かを掴もうとしていた。

 そんなカルミアの葛藤している心情を余所にオダマキは推察を切り上げ、明らかとなっていることへ言及し始めた。

「まさか敵が対植物AP弾を使っているとは思わなかったよ。そこまで揃えていたということは、あまり考えたく無いが....」

「内部に協力者が?」

「ああ。しかもとなると相当の手練れだ。軍の関係者ぐらいしか心当たりはない」

 オダマキは自分とアヤメを倒した相手がスナイパーだと述べ、カルミアはアダム少佐の部隊が彼女たちを撃ったと言わずに、オダマキの意見に首を縦に振る。

「となると、エンキアンサス特務大佐も信用できない....」

「誰が信用ならないって?」

「わっ!?」

 いつの間にかオダマキの背後に立っていたエンキアンサスは低い声で言及すると、オダマキと対面する位置で座っていたカルミアが腰を抜かして椅子から音を立てて転げ落ちた。

「いてて....」

「カルミア、大丈夫かい?」

 腰をさすりながら立ち上がれないカルミアへ手を貸して立ち上がらせようとしたオダマキの後頭部へ冷たい鉄の感触が伝わる。

「別に信用されていないなら構わない。だが中尉、それはお前も同じだ」

「....同族だと思っていましたが、どうやら違ったようですね」

 カルミアを立ち上がらせ、左手を上げながらもエンキアンサスからは視線を一切外さずにオダマキは呟くと、エンキアンサスはその言葉を鼻で笑った。

「別に同類だと思われていなくてもいいさ。だが中尉、何故お前は花人だというのに腕の再生ができなかったんだ?」

「え?」

 エンキアンサスの言葉にオダマキは無言で睨みつけ、カルミアはその問いに思わず声を漏らしてしまった。

「花人なのに再生ができないって、それは"開花"が近いってことですよね? でもオダマキさんはⅣ型ですし、21歳の若さならまだ先のはず....」

「そうだ。普通ならまだまだ先だ」

「だが普通じゃないから再生ができない。何故だ? まさか"感染"したのか?」

 オダマキの後頭部に冷たいダブルバレルが押しつけられ、エンキアンサスの口調も比例して無意識に高圧的となる。

 だが、それでもオダマキは冷静さを失わず、ふうーと長く息を吐き出してから徐にシャツを脱ぎ始めた。

「え、ちょ!?」

 赤面し、慌てるカルミアとは別にエンキアンサスは黙って彼女の行動を見守り、露わとなったその背中を見たカルミアは今度は息を呑む。

「嘘....」

「嘘じゃない。これは現実だ」

 そう言うオダマキの背中にはいくつもの蕾があった。

背中これが私が傷が再生できない要因さ。私はもうすぐ死ぬんだ」

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