公国崩壊・序
第31話
この日は雨が降っていた。
「構え」
四季折々の花々が季節を無視して咲き誇る
「撃て」
上官の声と共に発砲がされ、しばらくして硝煙と銃声は雨にかき消された。
すぐさま儀仗兵たちは再装填し、構えたままでいると上官が再び命令する。
「撃て」
再び銃声が鳴り響き、儀仗兵たちは上官の指示のもと銃を下ろし、身体を前に向けて花園と対峙する形となる。
彼らの背後からはすすり泣いたり顔を俯かせたまま微動だにしない人々が一堂に会し、その中には黒い礼服を纏う晩餐会の生き残りもいた。
「敬礼」
儀仗兵の上官の声にその場にいた全員が一斉に顔を上げ、正面の花園へと敬礼をする。
「やめ」
敬礼を止め、儀仗兵たちがその場から去ると今度は参列者たちは一人一人が中へと入っていき、何かをして中から出て来た。
やがてオダマキの番となって内部へと足を踏み入れる。
中に入ると花々の香りが彼女を出迎え、視界の中に見慣れた花をとらえながら前を見るとそこには小さく書き詰められたレリーフがあった。
レリーフの前に立つ彼女は黒いトレンチコートを羽織り、右腕を通す箇所は風になびかせ、その顔には決して小さくない傷を斜に走らせていた。
屋内でオダマキは死者の名を見るために黒のサングラスを左手で外し、左端からざっと読み進めていると最後の場所で目が留まる。
Solidago virgaurea var(アキノキリンソウ)
Ipheion uniflorum(アイフェイオン)
Zinnia(ジニア)
Tatarian Aster(シオン)
Iris sanguinea(アヤメ)
「やはり、みんな死んでしまったのか」
表情を一切変えずに呟きながらも刻み込まれた名前は一縷の望みを断ち切れずにいた彼女の心へ重くのしかかり、そんな気持ちをかき消そうと先に参列した人々に
献花を終え、参列者とも親睦が対してあったわけでもなく真っすぐ屯所へ帰る気もなかったオダマキは一人で近くを歩いていると声をかけられる。
「オダマキさん」
振り返るとそこには初めて会った時と同じ髪型のカルミアが複数名のボディーガードを供にいた。
「ああ、カルミアか」
「もし時間があれば、ちょっと話をしませんか? あそこででも」
カフェを指差しながら提案された彼女は断る義理もなく、受け入れた。
「いらっしゃいませ。お好きな席をどうぞ」
「人目もある。あまり見えない場所にしよう」
二人は奥の席へと移動し、カルミアはボディーガードに少し離れるように伝えてから腰掛ける。
しばらくして店員が二つの水の入ったコップを置き、それぞれが飲み物を注文すると去り、沈黙が流れているとカルミアから口火を切った。
「あの、大丈夫ですか? その…」
「んん? ああ、大丈夫だよ。でも痒い所に手が届き辛くなったのは痛いけどね。君の方こそ、大変なんじゃない?」
袖を通していない右側をヒラヒラさせながらオダマキは傷だらけの顔を綻ばせ、カルミア自身の近況を聞き返す。
「い、いいえ! オダマキさんほどじゃないです。でも、ちょっと窮屈になりました」
立ち上がらん勢いで否定しながら小さな声でボディーガードたちを見ながらそう言うとオダマキはフッと微笑み、そして陰を落とした。
「なんだかシオンと話しているような気分だよ……本当に」
「ありがとうって言えばいいんでしょうか? あ、スイセンさんは大丈夫ですか?」
「彼女は大丈夫だ。だけど───」
「お待たせしましたー」
スイセンの状態に話そうとした瞬間、店員が注文した飲み物を運んできて、中断される。
「ひとまずティーブレイクかな」
話を中断し、一口飲んだオダマキは顔をしかめる。
「本物のエスプレッソはこんなに苦かったんだな」
「そうですよ。カフェオレとかにすればよかったのに」
カルミアは上品にカプチーノをひと口啜り、カップをソーサーに乗せた彼女へ何かを言おうとしたオダマキは一瞬きょとんとしたが、すぐに吹き出した。
「え? え?」
「いや、すまない。口周りに注目がどうしても行っちゃってね。フフフ」
オダマキの指摘にカルミアは自身の口の周りに泡が付着していることに気付き、顔を赤くしながら紙ナプキンで拭うと咳払いし、離れた場所で待機していたボディーガードに目線を送るとアタッシュケースを持ってきた。
「これは?」
机の上に置かれたケースのロックを解除するカルミアへオダマキは質問するが彼女は無視し、解除されたケースの中からホチキス留めがされた紙の束を出してきた。
「直近の戦闘とそれに関する出来事をまとめた非公式ファイルです」
黙ってそれを受け取り、資料を読み進める。
パラパラとページをめくり、長々と書き連ねられている資料と挿絵を見ながらオダマキは表情を一切変えることなく読んでいたが、あるページにたどり着いた瞬間、彼女は絶句した。
「カルミア、これは本当かい?」
「はい。それらの物証から見て恐らく──」
「お待たせしましたー」
再び来襲した店員によって会話は中断された。
「この二つ以外、何も注文していないはずなんだが、人違いじゃないか?」
「ほんの気持ちです」
店員はそう言うと二人の前にケーキを置き、お辞儀をして去って行った。
「美味しそうなアップルクランブルですね」
「ああ。アーモンドもふんだんに使われていて香りも豊かだ」
嬉しそうに顔を綻ばせながらカルミアはフォークで寸断し、頬張る。
しばらく口を動かし、ゴクンと飲み込んでさらに顔を綻ばせた。
「美味しいです!」
子供のようにはしゃぐ彼女を見ながらオダマキもクランブルを口に含んだ瞬間、表情を変えて吐き出した。
「え?」
「逃げるよ。カルミア」
驚く客とクランブルをつつくボディーガードたちを置き去りにオダマキはカルミアを連れてカフェを後にし、慌ててボディーガードたちも席を立つ。
「急にどうしたんですか? それよりなんで人の好意を無下にしたんですか?」
「あれを好意と取れるならまだマシだね。私には悪意しか感じ取れなかった。いや、それより迂闊だった……」
ブツブツと呟きながらもカルミアの腕を握る手は強く、速足で屯所の方へと向かっていた。
慌ただしい人だと思いながらカルミアは後ろを振り返るが、誰もいなかった。
「あの、護衛の人たちが付いてこれていないっぽいんですけど……」
「彼らは諦めた方がいい。それよりまずは身の安全を確保しなくちゃ───見えて来た」
バッサリと意見を切り捨て、歩き続けていると正面に修繕跡が目立つマンション街の先に存在する今は無きMI6の本部によく似たそれを縮尺したような建物があった。
その建物が見えるとオダマキは一層歩幅が縮まり、ついには駆け足となってカルミアは全力疾走で彼女について行く。
「なんで、こんなに、急いでるんですか?」
「安全が確保出来たら教える! そもそも───」
屯所を目前にし、安堵した瞬間だった。
目の前にさっきまであった建物は突如として内側から爆発し、そして二人の身体は宙に舞っていた。
何が起きた。
そんな問いを脳内で生成したと同時に背中を強く打った衝撃でカルミアは息が出来なくなり、やがてキーンと言う音しか聞こえなかった聴覚も周りの音を拾い始め、チカチカとしていた視界も朧気ながらビルの屋上と黒い煙が繋ぐ鉛色の空をとらえ始めた。
(身体が……それよりオダマキさんは?)
激痛が支配する身体から主導権を奪い返そうとしても脳が命令を拒否し、動けずにいると突然視界が反転し、瓦礫と肉片が飛び散るアスファルトへ移り変わる。
「───ろ! 絶──に───」
誰かの必死な呼び声を聞きながらカルミアの意識と視界は闇に落ちた。
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