第28話

「はあはあ…ははっ、はははっ!」

 切りつけられ、血が止まらない片腕を抱えながら屋上へと追い詰められた男はついに笑い、そして目の前の足場がない空を見ていると背後に三人ほどの追跡者が姿を現した。

「追い詰めた」

 短刀を鞘から抜き、構えながらそう告げる桐と二人へ男はぐるりと振り返り、皺の目立つ顔を破顔させて乾いた笑い声へと切り替える。

 その直後、音もなく太腿に赤いシミが出来上がり男はその場に崩れ落ちて苦悶の声を漏らす。

「ぐっ」

「何がおかしい?」

 月光を反射し、煌めく針を両手に持ちながら聞く山茶花さざんかは彼からは見えない顔に緊張を浮かべながら持つ手に力がこもっていると春に肩をポンと叩かれ、はっとした。

「私たちが聞きたいことは二つだけです。まずは一つ目、どうやって今日に晩餐会が開かれると知りましたか?」

「それぐらいは答えてやろう。あの御方から授かった任務のために、その筋から教えてもらったのさ」

「答えになっていませんがいいでしょう。最後に二つ目、これが重要です。退?」

 彼女の質問に男は顔を一瞬強張らせ、すぐに大きな声で笑い飛ばした。

「残念だがただの民間人だ」

「嘘ですね」

 春は心底落胆したような声で呟きながら刀を抜き、男の首筋に刃先を当てる。

 流石に命の危険を感じたのか男は冷汗を一つ額から零した。だが、虚勢を張る余力は残っているのか馬鹿にしたような顔で彼女を見つめて口を開いた。

「切ってみな。殺すってのがどれほどトラウマになるのか良い体験だ」

「残念ですけど、もう既に殺しは体験してます。確かに最初は寝付けませんでしたが、今は慣れました」

「え?」

 男は彼女のその言葉を最後に首から流れ出る赤いぬくもりのある液体で服を、床を汚しながら倒れてピクリと痙攣を起こした時、既に三人の人形ひとがたたちは姿を消していた。

 だが、男は死の間際にポケットから簡易化された注射器を自身の心臓へと突き刺し、その直後に無線機の送信ボタンを二回すばやく押して息絶えた。



「ねえねえ拘束を解いてくれよ」

「駄目だ。合流したら拘束は解いてやる」

 シダの両手を背中で拘束させて歩かせながらオダマキは乱暴な口調で命じながらサブマシンガンの銃口で彼の背中を突いて催促する。

 その様子にいくら敵対の生物とはいえ捕虜だと言う事も相まって見かねたアヤメは話しかける。

「隊長、どうしたんですか? いつもと雰囲気が違いますけど」

「気にしないでくれ。コイツは別なんだ」

 間髪入れずに答え、先頭の警戒の任を強調させると渋々と前を向きなおし、愚痴を零した。

「なんで特務大佐の部下も急に姿を消したの...それに隊長も怒ってるみたいだし……」

 ブツブツと聞こえない声量でつぶやく彼女の背後ではシダが明るい口調でオダマキへ話しかける。

「彼女、気配りが出来るね。カレンも見習おうよ?」

「私の名前はオダマキだ。カレンなんて名前じゃない」

 思わず引き金を引きたくなる衝動を抑えながらオダマキは即座に否定し、こっちへ顔を向けるシダを睨む。

 睨まれた彼は反省の態度を見せずに視線を戻し、そのまま彼女へ向けて会話を試みた。

「絶対に君はカレンだよ。だって見たことあるもん」

「どこでだ?」

「言わなきゃダメ? 気づいてるくせに」

「さっきも言ったが人違いだ。それでハッキリする」

 オダマキの強固な姿勢にシダはため息をつき、前髪をかき上げながらある言葉を口にする。

「特務連隊」

「!!」

 その言葉にオダマキは反応し、驚きからうっかり引き金を引いて彼の背中に一つの穴をあけた。

「いったあ!?」「隊長!?」

「あ……すまない」

 尋常じゃないほどに顔を青くさせながら謝罪の言葉を口にする彼女を見てアヤメは只事じゃないと確信し、サブマシンガンをその手から奪って諭す。

「隊長やっぱり変です! お酒の飲みすぎとはいえ、戦闘に支障があったらいけません!」

「分かってる───いや、素面しらふだからそれは大丈夫。ここからは私が斥候を務めるよ」

 困ったような笑顔でオダマキはシダの護送をアヤメへと委託し、今度は自身が二人よりも先に通路の安全などを確認しながら音のした中庭と部屋を迂回するルートを歩く。

 そして先に進んでから彼女は迂回先である通路の惨状を見て思わず息を呑んだ。

「なんだ……これは」

 それは死体の山だった。

 アヤメへハンドサインで待機を命じ、足元や通路の上に寝転がる守衛たちの遺体をまたぎながらオダマキは壁に張り付くように死んでいる豪華な服装の死体たちを確かめる。

 死体たちの正体は一番最初に見た男の顔で分かった。

「司会の…なるほど。参加者か」

 仮説を確かめるべく近くの数人を確認し、それは立証された。ここにいる全員は要人またはそれに近しい人物たちである、と。

「子供たちも、か」

 恐怖で顔を強張らせたり何が起こったのか分からぬまま死んでいった遺体たちを見ながら銃殺刑のように並べられた死体たちへ黙禱する。

 そんな中、彼女は何故かシダがさりげなく行った仕草をふと思い出し、疑問が浮かんだ。

「両手を縛っていたのになぜ髪をかき上げることが出来た?」

 その直後、銃声が背後から聞こえ、急いで戻るとアヤメが首から透明な液を流しながらシダを組み伏せていた。

「アヤメ!」

「隊長! コイツとんでもない奴です!」

「いだだだ! ちょっ、降参! 頼む!」

 懇願するシダの腕をさらにきつく絞めながら言うアヤメにオダマキは驚いて呆然としていたが、すぐにはっとして緩めるように頼む。

「ふう...腕が百八十度曲がるところだったよ」

「逃げようと襲い掛かってくるのが悪い。───隊長、この場で情報を絞り出して始末した方が良いと思います」

 進言するアヤメの首筋には既に傷跡など消え失せ、足元でグルグルに巻かれた敵を蹴っていた。

「何言ってるんだよ!? ただ脅かそうと思っただけなのに!」

「脅かす気で殺すなら余計タチが悪いのでは?」

 彼女の指摘にシダは黙り、オダマキはそんな彼を見ながら考え事をする。

「隊長?」

「ああ、すまない。それと、先の通路についてなんだが───」

 現実に引き戻されたオダマキはアヤメへこの先で今日の出席者たちが無残に殺されていたこと、そして警備達もその中にいたことから非常事態にある事を話すとアヤメは信じられないと目を見開き、足元のシダは舌打ちをした。

「なんだ? 文句があるなら言っていいぞ」

 オダマキの言葉に彼は苦い表情のまま口を開く。

「今話すべきかは分からないが、きちんと信頼されるためには話した方がよさそうだ」

「前置きはいい。なるべく簡単に」

 アヤメの釘を刺した物言いに抗議したそうにシダは喋ろうとしたがそのまま自身についてを話し始める。

「さっきも名乗ったけど名前はシダ。現在は教会に属する神父で、その中での独立した組織『花屋』に所属している。『花屋』って言うのは人間、花人、あと原初型植物ぼくで構成されている非公式な組織だ。軍が手を付けられないグレーな仕事をメインに扱っている」

「そのグレーな仕事って言うのは?」

「言わなくても分かるんじゃないか?」

 オダマキの問いにシダは意地悪く聞き返すが彼女は無言で、仕方なくと言った様子で再開した。

「そんなのは勿論、国内にいるテロリストどもを未然に”処理”したり侵入してきた『植物』を殺すことさ」

「そういえば、隊長の事をカレンって呼んだのはなんで?」

 今度は正真正銘、笑みを浮かべながらシダは自信満々に答える。

「僕が『花屋』に入る前に見かけた人とそっくりだからさ。あと、先に行っておくけど今日を除いて最近会ったことがあるよ。カレ───オダマキには」

「それで目的は? まさかそのカレンに似た私を探すためだけじゃないだろう? と言うか、いつ会ったんだ?」

「今はそれよりもここから離れた方が良い。正規軍が着いたら死ぬよ?」

 シダの含みのある言い方にオダマキは不審さと胸騒ぎを覚えて問いただそうとした時、遠くから大勢の足音が聞こえてくる。

「増援か。残念だが引き渡して終わりになりそうだな」

「チッ」

 舌打ちをし、そのまま何も言わなくなったシダを肩に背負ってオダマキとアヤメは中庭へと出てると豪華な装飾だったはずの中庭は割れた噴水と苔で覆われた新しい廃墟のように変貌して、そして三階部分の一部が大きな穴をあけていた。

「随分と壮絶だったらしい」

 そんな事を言っていると目の前の扉が勢いよく開かれ、そこから武装した数十人の武装した正規軍兵が現れ、二人へ銃口を向ける。

 すぐにアヤメはサブマシンガンを破棄して両手を挙げ、オダマキもシダを地面へ落として両手を挙げた。

「私たちは味方だ。花人及び人類混合軍所属アキレギア───」

「撃て」

 紹介が終わる前に二人は正規軍兵からの一斉射撃を食らい、成すすべなくその場に倒れた。

「中庭はクリア。このまま上層階の制圧も行う」

 花壇に植えられた花や二つの死体と一人の動かないシダを踏みつけながら正規軍たちは中庭を通り過ぎて行く。

 その道中、無線機からは命令が繰り返されていた。

《マディスキ―館にて生存している花人または出席者を発見した場合、即刻射殺せよ。繰り返す。拘束無用、射殺せよ。これはアダム少佐からの命令である》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る