第26話
「カルミアさん、避難誘導は貴女が頼りですからね」
「は、はい! がんばります!」
緊張するカルミアへスイセンは声をかけながら二人は西館の招待客たちが大勢いるホールへと向かい、扉を勢いよく開けると無数にいたはずの招待客たちは失せ、アダム少佐とヤエの部下である
「誰だ」
扉の開け放たれた音に全員気付き、即座に戦闘態勢を取ったが二人を知るアダムが片手を上げて警戒を解かせ、驚く彼女らへ笑顔を向ける。
「やあ無事だったんだな──と言うわけでもないみたいだ。君たちが武装している様子だと奇襲を受けたらしいな」
「ええ、そうです少佐。もしや貴方もですか?」
「いやいや。避難させてて気が付かなかった」
アダムは手を振って否定し、周りに立つ人形たちを指差す。
「彼女らのおかげさ。ヤエといい、ハナモモといい、本当に済んでのところで花人である君たちに助けられてばかりだ。
「なら、名誉挽回としていち早くお抱えの軍団を招集することですね。少なくとも
スイセンの返しにアダムは困ったような笑顔を浮かべながら礼服のポケットの裏地を見せ、首を傾げた。
「そうしたいのは山々だが、貰える勲章はどうやら
「ならこれを使ってください」
ハーネスに装着していた無線を渡そうと手に取った瞬間、オダマキからの来客を告げる声が聞こえる。
《会場にお客だ。迎えてやってくれ》
「了解」
口角を僅かに上げながら返事をすると同時に二人が入ってきたのとは別のドアが僅かに開かれ、隙間から何かが投げ込まれた。
「フラッシュバン!」
「その手は食らいません!」
急いで視線を逸らす六人と違ってスイセンは近くのテーブルクロスを抜き取ってそれを前に投げ、破裂音を最後に音を失った世界で目の前の純白の布を踏んで進み、入ってきた二人の黒い男をまとめて蹴っ飛ばして部屋から追い出す。
あまりにも無謀で大胆な戦術にアダムはあんぐりと口を開いてしばらく閉じれず、人形たちも呆気に取られていると彼女は奥で伸びている二人へ片手でサブマシンガンを連射してから
「おっとっと……感謝する」
無線機をキャッチすると手慣れた動作で周波数を変え、送信ボタンを押して周波数テストをする。
「こちらアンセルムス軍720歩兵大隊隊長アダム・メイヤー少佐。コリンズ、聞こえてるか?」
応答を待つとすぐにガッと送信電波の雑音が入り、少し渋い声で返答が来る。
《コリンズは寝てます隊長。それで? まさか缶詰で晩御飯を済ませた我々への当てつけではないでしょうね?》
「悪いなサム。そうだったらどれ程よかったことか……今は冗談も弱音も言ってる場合じゃない。全隊員を叩き起こしてマディスキー館に来い。装備は懐かしい対人だ。いいな? 念のため混合弾倉にしておけ」
《───起床! 出撃だ!》
無線から荒々しいモーニングコールを聞き届けたアダムは無線機をスイセンへ手渡しで返し、続いて流れるような動作でショルダーホルスターに吊るしていた拳銃を取り出して差し込んでいるマガジンの残弾を確認してからホルスターに戻す。
「さて、命令から十分で来るのがウチの売りだ」
「その一分は何秒刻みですか?」
「信じてくれても良いんじゃないか?
「スイセン。リコリス・スイセンです」
相変わらず尖った返しに肩を落とす仕草をするも、彼女の名前を聞いた彼は握手を交わし、バリケードを構築しようと二チームに分けた人形たちへ一方には周辺の警戒を、残りは机を動かすことを手伝うよう命令して作業を始める。
「これで───よしっ」
最後の机で扉を塞ぐように置いて一応の閉鎖空間となったホールでアダムは満足げに頷き、スイセンは慣れない労働でヘトヘトになっているカルミアへ水を飲ませる。
「ほ~」
「敵の人数が分かっていない以上、立てこもるのは得策ではないですが、このメンバーなら大丈夫そうですね」
周りに立つ人形たちを見ながら呟き、サブマシンガンの残弾を確認していると館全体を大きく揺らす振動が起きた。
何事かと驚いていると続いて大きな振動が訪れ、天井のシャンデリアが揺れて点滅する。
「この振動は爆発物ではないな」
「と言うより、東方に伝わる震脚のような感じですね」
「震脚を知ってるのかい?」
アダムの問いかけにスイセンは平然とした様子で「毎朝しています」と答えると驚き、カルミアも意外と言った表情を浮かべていた。
そんな中、人形たちは落ち着きを失くしたかのように周りをキョロキョロと見たり、その場を歩き回ったりと挙動不審となり始める。
あまりにも落ち着きのなさにアダムは堪えきれず、近くにいた一人の腕を掴んで問いただす。
「どうした?」
「いえ。お気になさらず」
掴まれた人形はそう言うと振りほどいて次は短刀の錆の有無を確認し始め、確認を終えて鞘に収めてからもまた抜いて確認したりと明らかに平静を失っていた。
「これは訳ありのようですね」
「あの……何か物音がしませんか?」
「物音? 大隊が到着したのか?」
カルミアの言葉に二人は耳を澄ますと確かに物音が聞こえるが、それはモーターの駆動音でもエンジン音でもなく、金属同士が衝突して生じる不協和音と男女の咆哮であった。
「しかも、近づいてきてません?」
「奥の壁には絶対に近づかないでください。その向こうから聞こえますので」
聞こえない音と見えない景色を感じられるスイセンは忠告し、サブマシンガンの狙いを定めて待機していると、先程よりは小さいが大きい振動が再び訪れ、彼女が指摘した壁にヒビが入る。
「っ!」
緊張感が漂い、一瞬で各々が臨戦態勢で待つ中、複数回の振動と共についに壁が破壊され、土埃と破片がホールに流れ込んできた。
「動く影には撃って構わないな?」
アダムの質問にスイセンは答えず、じっと埃の中を見ていると突然引き金を引いて銃弾を叩き込む。
「まだ分からないぞ!?」
「アレは敵です。”色”が違いすぎる」
スイセンの言っている意味が分からないアダムは拳銃の狙いを音のした方向へ向けながら視線を戻して僅かに目を開いてあっと声を漏らした。
「ご友人ですか?」
「いや、知らない」
壁に空いた穴から現れた何かは顔の半分を苔のようなもので覆われ、右腕はシオマネキのように巨大化しており、言葉にならない音を発してこちらへ近づいてくる。
「通常弾ではどうしようもなさそうです」
「奇遇だな。僕の持っている
まだまだ距離があるからなのか二人は困ったように話し、カルミアはそんな二人と怪物を交互に見ながらアタフタしていると怪物は突然足を止めて沈黙する。
「止まりましたね」
「絶好のタイミングだ。逃げ───」
全速力で背中を見せ、逃げようとして全員が気づく。
出入口も窓も全部塞いでいた。
「どうやら見た目の割に計算高いですね」
「ああ。背後のが唯一の出口だと分かってる」
ここでも一切慌てず呑気に会話を続ける二人へカルミアと人形たちは最早呆れを通り越して黙って従えば寧ろ生き残れるのではないかと改めて再認識させられたが、当の本人たちは互いに内心様々なルートを考えてはその度に最低一人は死人が出てしまい、果てには自身を犠牲にしてこの場にいる全員を生かそうと考えていた。
「a...gaaaaa!!」
「来る!」
「「カルミア(彼女)を守って!」」
怪物は叫び、巨大化した腕を振り上げながらこちらへ全速力で走り出し、全員が回避の姿勢を取るのとは対照的にスイセンとアダムは人形たちへ同時に命令をしながら怪物へ突撃を敢行して銃を乱射する。
怪物は即座に上げた右腕を前に移動して盾の代わりにしながら走り続け、銃声が止んで再び腕を視界からどかすと二人いたはずの人影は一人しかいない。
「ga?」
「残念だけど、君が追い掛け回すのは女子じゃなくて男の方だ。ガッカリしないでくれよ?」
拳銃のマガジンを変え、アダムは再び怪物へ射撃すると今までは頼りない音を立てて弾かれるだけだった弾丸が怪物の皮膚を切り裂き、少し色の薄まった血を吹き出して怪物は吠える。
「この御時世だ。襲ってくる連中の中にはリスクも
喋りながらも引き金を引く指は止めず、腕に十七の穴を作りながら動かない怪物へ笑みを零しながら引き金を引くとカチン、とスライドが下がりきって静かになる。
「kurururu?」
「弾切れだ。だが、仕事は果たしたよ」
狡猾な笑みを浮かべながら奇妙な声を上げる怪物へアダムは笑いかけ、天井を指差す。
反射的に上を見ながら怪物は腕で防ごうと上げた瞬間、バランスを崩して仰向けに倒れた。
「a?a?e?」
「騙された気分は? そして右足の腱が切られた気持ちは?」
べっとりと赤く染まったナイフを持ちながら見下すスイセンへ怪物は顔を真っ赤にしながら咆哮し、がむしゃらに腕を振り回す。
「さて、とどめを刺しますか」
ナイフを逆手に持って頭部に思いっきり突き刺すと怪物はビクンと一度だけ身体を大きく痙攣させ、沈黙した。
「無傷で大物を仕留める。いいね」
死体を通過し、壁の穴からホールを後にしようとした時、慌ただしい様子で一人の人物が彼女らの前に現れる。
「カルミア!」
「ハナモモさん!?」
そこには両手にナイフを持って埃と紅に汚したボロボロのドレスを着たハナモモが立っていた。
「良かった。無事だった───それよりアイツは!?」
「アイツって誰ですか?」
「なんか片手が異常に大きい人間もどき!」
ああそれなら、と三人はホールを指差し、ハナモモは信じられないという様子で指差した方向を見るが眉をひそめる。
「どこにいるの?」
「え? あそこに───いない!?」
「おい、彼女たちの姿も見えないんだが?」
カルミアの声に振り返ったアダムは怪物の死体も、四人ほどいたはずの人形たちの姿もない事に気付いた。
「確かにとどめを刺したはずです」
「どこに突き刺したの?」
「頭です」
スイセンの回答にハナモモは首を横に振り、頭を抱えた。
しばらくして正気になった彼女は有無を言わせぬ圧を目に宿し、三人を連れてホールから離れる。
「……逃げるわよ。急いで!」
「おかしいです。『植物』なら即死ですよ!?」
「アイツは違う。心臓に突き刺さないといけない。それに、頭は最も刺したらマズイ場所──」
話している最中に突如ハナモモの顔が消し飛び、スイセンは彼女を抱えながら慌てて近くの遮蔽物へと隠れる。
「今の攻撃は!?」
「変異体の攻撃よ。人間としての僅かな理性も無くなった今のアイツは破壊衝動の塊。参ったわね」
顔を再生し、愚痴を零しながらハナモモはナイフの刃こぼれが無いかと確認してからスイセンへ顔を向ける。
「あなた、名前は?」
「リコリス・スイセンです」
「分かったわリコ。それじゃあ、なぜリコリスなの?」
「今聞きますか?」
「今じゃないとだめなの」
彼女の真面目な声にスイセンは苦笑し「簡単なことです。私がリコリスキャンディーが好きだからですよ」と答えるとハナモモは笑い、彼女の額に軽くキスをして立ち上がった。
「ハナモモさん!」
「心配ないわカルミア。いつもみたいにさっさと済ませるから」
先程とは打って変わって自信満々の笑みを浮かべながらカルミアへ返事をすると、彼女は遮蔽物を乗り越え、ホールのど真ん中からこちらへ仁王立ちのまま自身から生成した黒い塊を投げつけてくる怪物へ走り出す。
「大丈夫か? いくら花守人でもアレ相手なら死にそうだぞ」
「大丈夫です。あの人は」
カルミアは自信ありげに心配そうな声を上げるアダムへ諭すように呟く。
「だって、あの人は恋をしている時が一番強いんですから」
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