第25話
休憩室から飛び出し、まっすぐに長い廊下を走りながらオダマキはふと左手側に張られている窓ガラスの向こうを見ると二人の男がカルミアとスイセンがいるホールへと侵入していた。
「まずい……スイセン、会場にお客だ。迎えてやってくれ」
《了解です》
その場に立ち止まり、二人の死体から拝借して周波数を変えた無線機で指令を出すと即座に返答が飛び、直後に窓からは扉と男一人が吹き飛ぶ様子が見えた。
「すごいな。──そういえば最初の銃声に関して推測が立ったのだけれど、聞いてくれるかい?」
「はい」
「ありがとう。まず、推測の一つは暗殺を主軸にサプレッサーを装備した旧式装備での強襲。だがそうなると最初の一発の証明が出来ない。では二つ目、それは──」
アヤメの方へと振り返り、彼女への講義を始めたオダマキは自分の頭上にある天井タイルが音もなく外され、暗闇の中からきらめく二つの点は二人を見下ろしながら静かに拳銃がのっそりと姿を現す。
「それは旧式装備で要人たちを虐殺し、テロリスト達もしくは我々による犯行と判断して“処分”する口実とする、だ」
「二つ目の理由でも銃声の正体は分からないんですけど」
アヤメは当然の疑問をぶつける。
「それは銃声を聞いた誰かが通報すると踏んだんだろう。一人の通報だと正規兵たちは動かないが、銃声の通報といつまで経っても閉会しない晩餐会。駆け付けてみれば既に死体の山。生き残っているのは火薬式実弾では死なない
「なるほど。という事は───危ないっ!」
思案し、自らが立てた仮説を言おうとしてアヤメは天井からオダマキを狙う存在に気づき、叫びながら彼女に体当たりをした。
体当たりをされたオダマキは重心を失ってグラリと大きく揺らぎ、その瞬間に天井から放たれた凶弾は彼女に当たらずに済み、オダマキは身体を捻って即座に天井へAP-18を連射する。放たれた特殊弾頭達は天井へ幾つもの穴を開けると同時に「ぐっ」と何かを堪える声を出させ、声のした場所へオダマキは狙いを定めて弾倉に残った弾を全て叩き込んだ。
「ああ……」
苦痛と後悔の念がこもった声を漏らしながら天井から血まみれの男が落ちてきて、頭から落下してグシャリと音を立てて沈黙する。
「これで三人いや、四人か。しかも全員素人ではないね。物陰に隠れて一撃必殺を狙う。ありふれた戦法だが、これは〈大戦〉で最も使われていた」
「知ってるんですか?」
リロードをしながら分析をするオダマキへ質問すると彼女は困ったような笑みを浮かべ「正規軍にいた頃があるんだ」と打ち明けた。
「初耳です」
「話す気はなかった。と言うより、私は『遅咲き』だったからね」
数年来の隊長から初めて聞くばかりの内容にアヤメは舌を巻きながら、動かない死体を確認する。
「装備は相変わらず旧式です。同一勢力とみて良いでしょう。と言うか...すごい威力ですね」
死体の胴体は防弾チョッキを着ていたにも関わらず命中した弾丸全てが背中まで貫通し、何も防御する術がなかった腕にいたっては千切れかけていた。
「ウォーターカッターの要領だが、それよりも小型で威力も倍だ。さらにこれは私達の『能力』を必要としない。実に凶悪な代物だよ…」
手に持つ悪魔の叡智を眺めながらオダマキはこんな物を使わざるを得ないほどにまで人類は追い込まれているのかと痛感し、握っていた箇所が少し軋みを上げる。
そんな嫌悪を察知したアヤメは咳ばらいをし、早く奥の方へと向かって制圧をしようと提案して走り出そうとした瞬間、右手側にある部屋の壁が突如内から外へと爆ぜ、埃が舞って光を遮った。
警戒する二人が睨む中、一体の人影が咳き込みながら立ち上がる。
「げほっげほっ、だーかーら!私たちは悪魔じゃないっての!」
二人のことなど眼中にないのか、穴の開いた向こうへ埃をかぶった少女は怒鳴ると銃声が鳴り響き、肩と両足を撃ち抜かれてその場に崩れ落ちる。
「ぐっ、う……」
「ベールで顔を隠し、そこへ変な文字を書いているのは依代または生贄を用いたシャーマニズムに近しい行為ではないのかい? もし違うならその奇妙な服装を否定する証拠を教えてほしいな」
「馬鹿にするなっ!」
「お、図星かい?」
顔にかかるベールを揺らしながら吠えた少女は短刀を持って部屋へと突進し、オダマキとアヤメは穴の影から中の様子を見ると少女の攻撃をナイフで防ぎ、にらみ合う男が部屋の真ん中に立っていた。
「神父?」
アヤメの実直な感想が漏れたと同時に部屋の中では男が防いでいた少女の短刀を二つとも地面へと叩きつけて踵を直上へ振り上げ、躊躇いなくそれを振り下ろして彼女の背中へ叩きつける。
「まだまだあ!」
少女は背中にかかと落としを食らいながらも男へと体当たりを強行し、男は体幹が不安定になり揺らいだ瞬間にナイフを取り落としてしまう。
「くっ……このっ!」
落とさずに持っていた拳銃のグリップでうなじのあたりを殴りつけ、少女が苦痛から逃れようと離れた瞬間に即座にその頭へ狙いを定めた時、「牡丹!」と少女は叫ぶ。
「待ってた」
名を呼ばれた少女は男の死角から飛び出し、目にもとまらぬ速さで男の背後に回り込んでその首を落とそうと短刀を振った。
だが男は焦ることなく両足の力を一瞬で抜いて背丈を低くし、牡丹の攻撃は男の頭があった場所を空回りし、脅威が去ったのを目視で確認した男は両手で支点を作って両足で彼女を蹴って天井へと叩きつけた。
「素晴らしいコンビネーションだ。まるで傀儡人形だ」
天井に一瞬めり込んでから床に落下してきた牡丹へ男は目もくれず、目の前の呆然としている少女の眉間へと銃口を突きつけて口角を吊り上げる。
「哀れな人形劇はこれにて終幕。ちなみに特殊弾頭だから死ぬよ?」
銃口を額に押しつけながら表情の分からない少女へ笑みを浮かべ、引き金を持つ指に力を入れながら銃口を即座に部屋の外へ向けると軽い銃声が鳴り響き、壁に小さな穴を作った。
「殺気を隠すのに慣れていないようだね。この子たちの仲間かい?」
「……」
「だんまりか。ならこの子を殺してもいいよね?」
銃口を再び少女の額に向け、チラチラと穴の開いた壁を見ながら少し待つが一向に現れないことにため息をついて殺そうと視線を外した瞬間に殺気が正面に現れたのを察知し、慌てて下ろしていた視線を上げるとハイヒールが目の前に迫っていた。
「はいひ───ぶっ」
ハイヒールは刺さる場所によって即死することもあるんだよ? と言うどうでもいい雑学を披露することなく男の顔にハイヒールによる飛び蹴りが炸裂し、肝心のヒールは上唇へと刺さりながら部屋の奥へと男を吹き飛ばしてオダマキは着地する。
「彼女は混合軍の者だ」
奇麗な飛び蹴りにアヤメは感嘆しながら預かったAP-18を抱えて彼女に近寄り、それを返却しながら唖然とする少女の正気を確認するべく頬を軽く叩いた。
「へあっ!?」
「あ、良かった。えーと……ベールに書いてあるそれは何て読むの?」
しゃがみ込んでへたり込む少女と視線を同じようにして質問したアヤメへ彼女はそんな顔をじーっと見て(?)しばらく無言でいると背後からか細い声で返答が来る。
「ベールじゃない…雑面…名前は桐」
思わず振り返ると雑面に赤いシミを作りながらこちらへ這って移動してくる牡丹がおり、彼女の生存を知った桐はすぐに駆け寄って抱きしめた。
「ごめん……私のせいで、私のせいで…」
「桐の、せいじゃない……牡丹が、仕留められなかった、不手際…」
震える手で桐の顔を探るように空を触りながら彼女の頬を探り当て、撫でながら励ます牡丹の声は段々と衰弱していき、それと同時に撫でていた手は力なく落下して桐はその手を強く握って狼狽する。
「嫌だ、死なないで!」
「桐…雑面、上げて……ちゃんと、感じたい」
震える手で言われたとおりに雑面を上げると牡丹の両眼のある場所に腰を下ろす痛々しい古傷が姿を現し、様子を見ていた二人は息を呑んだ。
「もう、見えない……でも、分かる。泣かないで」
微笑む彼女の顔は穏やかそのもので、桐は己の雑面で泣いてくしゃくしゃになった顔を隠しながら声も出せずに強く頷き、改めて手を握ると牡丹はフッと微笑み、握り返していた手は力を失い、弛緩した。
「牡丹?」
「……」
返事もなく動かない牡丹へ桐は黙って自分の袖で彼女の顔にこびり付いていた血を拭い、上げていた雑面を下ろした遺体を無事な壁際に安置して無言の二人へ向き直る。
「所属は?」
「花人機械化混合隊隊長アキレギア・オダマキ少尉、そして彼女は同部隊隊員のアヤメ・フリージア軍曹」
「混合隊……ああ、主様が気にかけている部隊の」
桐は先程の悲嘆に暮れていた様子など微塵も見せない口調と声色で納得し、抜きかけていた短刀を鞘に戻して近づいて握手を求める。
「友好の証、なんでしょ?」
彼女の要求にオダマキは応じて握手を交わし、アヤメは敬礼をすると桐は軽く頷いて袖から小型の無線機を取り出して送信ボタンを押して報告をする。
「
送信ボタンから手を放し、しばらく待つが返答はなく、桐は不安になってもう一度同じ内容を発するが同じく沈黙が流れ、心配になっているとクククと忍び笑いがどこからともなく聞こえてくる。
「無駄だよ。彼女は無線に出れる状況じゃない。と言うより、君たちはまさか追っていた奴らではなく『味方』だったとはね……参ったなあ」
「動くな。抵抗の素振りを見せたら即座に射殺する」
即座にAP-18の狙いを定めたオダマキへ見えるよう大げさに両手を挙げながら神父はおどけた表情を作りながらもその口元は薄く笑っており、油断ならない人物だと警戒していると神父から頼んでもいない自己紹介を始めた。
「撃たないでくれよ? 僕はシダ。しがない花屋の店員さ。だから撃たれたら君たちみたいに生き返らないし傷もそう簡単に再生はしないから」
「早速嘘を言ったね。服装はともかく、人間ではないだろ?」
嘘がバレた子供のようにシダと名乗った神父は舌を出して笑う。オダマキの指摘通り、彼の上唇はヒールが貫通していたのにもかかわらずそれが嘘だったかのように傷一つない状態で彼女の疑惑を肯定する。
「次に嘘を言ったら撃つ」
「分かった分かった。はあ……名前はシダ。所属は『花屋』そして原初型植物だ」
「なにっ」
原初型の名を聞いたオダマキは血相を変え、アヤメも顔を険しくし、桐は短刀を抜いて構えた。だが、そんな空気の中でもシダは飄々とした態度で話し続ける。
「まあまあ、そんな怖い顔しないで。それに昔は銃口じゃなくて笑顔を僕に向けてくれたじゃないか? カレン」
身に覚えのない名前に二人は顔を見合わせるが、ただ一人だけ驚愕と恐怖を滲ませた顔で額から汗を垂らす人物がいた。
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