第24話

 シオンが思わぬ再会に面食らっている中、スイセンたちは休憩室で大分だいぶ酒が抜けたオダマキと話していた。

「どうですか? 酔いは覚めました?」

「ああ。けど、まだフワフワした気分だよ」

「飲み過ぎです」

 一人でソファを占拠していたオダマキは苦笑し、頭痛に少し顔を歪めるとアヤメにどこから持ってきたのか水の入ったグラスを差し出される。

「これで酔いを醒ましてください」

「ありがとう」

 上半身を起こし、差し出されたグラスを受け取ってそれを一気に呷ると今度は別の頭痛が襲って来て顔をしかめた。

 そんな表情を見てカルミアも笑い、スイセンはやれやれと言わんばかりに肩をすくめながら苦笑を浮かべていると突然どこかから銃声と共に部屋のガラスが割れて何かが投げつけられる。

閃光手榴弾フラッシュバン!」

「伏せろ!」

 オダマキはソファの下へ転がり落ちて両目を手で守り、スイセンはカルミアを抱えて背中を窓へ向けてアヤメはローテーブルを倒してその影に潜んだ直後に目もくらむ光と音が一気に訪れた。

 キーンと言う耳鳴りの中オダマキは視線を窓際へ向けると特殊部隊のような身なりの人物が二人ほど突入してきたのを見て素早く身体を起こしてソファの影に滑り込むと頭上を弾丸が掠め飛び割れていなかったガラスが破片と化す。

「───だ! ──!」

 何かを叫びながら出口を指差す一人とは対照的にもう一人は弾倉を交換してこちらへジリジリと近づいて来るのを手鏡で確認したオダマキは毒づきながら近くに落ちていた大きめのガラス片を手に取って待ち構える。

 影は段々とこちらへ近づいて行き、あと一歩でその首を掻き切れると思った瞬間、その影にもう一つの影が襲い掛かった。

「あああ!!」

「!?」

 穴だらけのソファから顔を覗かせるとアヤメが男の背後から襲い掛かり、首を絞めあげていた。

「っか……この、野郎!」

 男は苦しそうな声を出しながら手に持っていたサブマシンガンを連射し、何発かが彼女の頭に命中して視線を上に向かせる。

「まだ、まだあ!」

 右側頭部を吹き飛ばされながらもアヤメは腕の力を緩めたりせずに絞め続け、それでも尚立ち続ける男の胸へオダマキはガラス片を突き立てる。

「がっ」

「!」

 一瞬抵抗する力が弱まったのを見逃さずにアヤメは男の首を百八十度曲げ、頚椎の折れる音を聞き届けてから離れる。

 首だけが真後ろを向いた状態で男の死体はあっという間に重心を失くして音を立てながら倒れたローテーブルにダイブし、手に持っていたサブマシンガンは床にガシャンと音を立てて落ちた。

「アヤメ!」

 オダマキの名指しにアヤメは聞こえなくとも口の動きで理解し、持ち主のいないサブマシンガンを拾おうと手をのばした瞬間、その手は穴だらけとなり思わず引っ込める。

「この野郎! チクショウ!」

 出口の前に立つ男は雄叫びを上げながらサブマシンガンを連射してソファの背もたれを短くさせ、ローテーブルを削りながら迫ってきた。

 迫ってくる男の気配を感じながらオダマキは時折銃弾が奪っていく頬や皮膚などに構うことなく耐え続けてアヤメにハンドサインを送ると彼女は頷いて遮蔽物から飛び出し、ガラス片で自分の腕を切りながら男へ走って行き、流れ出る液体を男の顔めがけて飛ばす。

「がっ!? なんだ?」

 男は一瞬狼狽の色を見せたがすぐにサブマシンガンの引き金を引いてアヤメの身体を引き裂こうとしたがその指は動かず、不快感に襲われ片膝をついた。

「この───うっ、げええ!」

 男は直後に不快感に襲われて覆面越しに嘔吐して息苦しさから覆面を脱いで吐き続ける。覆面を取り、露わとなった男の顔は赤く腫れあがった状態で何かのアレルギー反応のように見える。

「何を……した!」

「イリジンって知ってる? アヤメ科の植物に含まれる毒物なんだけど」

 ゼエゼエと荒く息をする男を見下しながらアヤメは再生する腕を見せつけ、解説をする。

「茎とか葉を傷つけると出てくる液体で、肌に触れるとかぶれや炎症を起こし、体内に摂取されれば嘔吐反応を起こす。人体には有害極まりない成分なのだけれど…言わなくても分かるか」

「お前…いやお前ら、まさか花人はなびとか!?」

花人はなびとじゃない。花人かじんだ。だが、もう遅いよ」

 驚き、垂れる涎を拭いながらヨロヨロと立ち上がった男の頸動脈に深々とガラス片を突き刺しながらオダマキは突き放すと両目を見開き、口を半開きにしながら男は後ろへ数歩後ずさって壁に背中を預けるとそのままズルズルと腰を下ろしてそのまま動かなくなった。

「スイセン、カルミアは?」

「大丈夫です。それより、誰ですか?」

「分かったら苦労はしない。参ったな、私は恨みを買いすぎていたようだ」

 怯えるカルミアを連れて扉の影から出て来たスイセンは軽口をたたくオダマキを軽く睨むと彼女は肩をすくめて足元に落ちていたサブマシンガンをスイセンへ投げ渡す。

「暴発したらどうするんですか?」

「しないはずだよ。安全装置セーフティはかけて渡したはずだから」

 言われたスイセンは確認するとセレクターはフルオートに設定されたままで、嘘だと知った彼女は少し憤慨しながらも手前の首が曲がった死体から予備の弾倉をハーネスごと失敬して羽織っていたジャケットを脱いでチョッキの上から着て丁度いい具合に調整しているとカルミアが彼女の裾を引っ張って注意する。

「どうしました?」

「あの、隊長にこれを」

 そう言いながらアタッシュケースから取り出された銃を見て驚きのあまり息を呑んだ。

「どうした?」

「オダマキ隊長、すごいですよコレは」

 自分と同じく死体から装備を拝借しようとしていたオダマキへ彼女は受け取った最新鋭の銃を手渡すと同じような反応を示す。

「AP-18じゃないか!───予備弾倉もあるし、旧式のコレなんかよりもよっぽど心強いな!」

「何かあった時に備えて、ってハナモモさんから持っているよう言われていたんですが、まさか試験もなしに実戦投入になるなんて思ってもいませんでした」

「いいや、最高の機会じゃないか。ただ、対人と言うのはあまり嬉しくないな」

 手に持つAP-18の動作確認をしながらオダマキは前向きに考え、話しながらマガジンを差し込んでセレクターもセミオートになっているのを確認して周りに目を配るとスイセンはいつの間にかハーネスはアヤメに譲り、彼女はサブマシンガンを持ち当の本人はナイフを鞘ごと二つ持って再びジャケットを羽織って指示を待っていた。

「まずは銃声の位置確認、そして先刻の襲撃で分かっているだろうが敵性勢力の排除または無力化。もし招待客が人質に取られていたりするならこれを救助。正規軍の到着は待っていられない。いや、おそらくまだ気づいていないはずだ」

「了解」「はい」

「アヤメは私と一緒に右ルートで。スイセン、カルミアは左ルートでここからの脱出を最優先。救援を求めてくれ」

 オダマキの指示に三人は無言で頷き、腕時計をそれぞれ確認して誤差を確認する。

「作戦開始から一時間が経過しても応答がない場合は正規軍に対してレベル3救援要請で強制出動を命じてくれ。いいな? それでは───」

「「状況開始!」」

 部屋を飛び出した四人は左右二手に分かれて走り出した。




 一方、二人が去った部屋に取り残されていたシオンは微かに聞こえる銃声で目を覚まし、慌てて起き上がると首筋に激痛が走る。

「った! ───それより、カンパニュラ!? 仕立て屋の人も!」

 周りを見てもカンパニュラの姿も仕立て屋の老人もおらず、彼女は何が起きたのかと事態に対して脳が追い付かずに立ちすくんでいると扉だった木片の中に鈍く光を反射する何かを見つける。

「これって……」

 シオンは拾い上げたドッグタグを近くで見てやはりカンパニュラはここにいたのだと裏付けが取れた。


〈Medium.C FT.Ⅲ alphaⅠforce〉


「やっぱりいた。でも、それは───」

 彼女は裏切った。部隊かぞくを。

 その事実は鉛より重く彼女の胸にのしかかり、そして水あめのようにへばり付いて離さず執拗にそれを囁き続ける。

「違う……きっと違う!」

 頭で飛び交う憶測や疑念を振り払い、そんな自分を一喝するように両頬を叩いて立ったシオンは銃を放った人物が敵か味方かハッキリしないのを警戒して窓から脱出しようとロックを外そうと手を伸ばした瞬間、黒い影が迫ってきているのに気づいた。

「っ!!」

 侵入してくるよりも先にいち早く窓から身を離して窓際へ密着し、近くに落ちていた無事な花瓶を両手に持って侵入してきた影の顔面めがけて花瓶をフルスイングで叩きつける。

「へぶっ」

 破片と水をぶちまけながら花瓶は割れ、突入してきた人物は変な声と何かが割れるような音を上げながら背中を床に強く叩きつけて部屋に入り、グッタリとした状態でシオンを瞳に映していた。

「やった?」

 恐る恐る近づき、動いていないのを確認してから急いで装備を奪おうと取り掛かる。

「見ない装備……という事はテロリスト?」

 手に取った装備は火薬式の銃火器だった。シオンにとっては初めて触れる代物であるが、屯所で聖書と同時期に読んでいた旧時代の取扱書に記されていたのを真似て動作確認をし、マガジン部に装填されている弾丸を確認して再び差し込んで部屋を後にしようとして背後から頭を銃弾で撃ち抜かれ、倒れた。

「クソッ、ガキ一人のせいで一人失うとはな。こちらアルファ3。アルファ1、2応答しろ。こっちは侵入成功だ」

 消音器付きのサブマシンガンの銃口を下げ、無線機で誰かと連絡を取りながらシオンの元へ歩き、つま先で蹴って仰向けにさせる。

「っ!───本当にガキじゃねえか……胸糞悪い」

 舌打ちをしながら男は死体をまたいでクリアリングをしながら廊下を進む。

 廊下を進みながらも男は無線機からの応答を心待ちにしていたが返事はなく、ただ静かに沈黙を続け、時々リーダー格の人物から出される定時連絡のようなピーと言う音だけを発すのみで、男はその音に嫌気がさして電源を切る。

 その時だった。

「自ら連絡手段を封じるとは愚かでしたね」

「あえ?」

 耳元で囁かれた声に男は驚き、即座に戦闘態勢に移行しようとして視界がグラリと一回転し、地面に突っ伏していることに気付いた。

 慌てて起きあがろうとするも腹部に激痛が走り、その場にうずくまりながら苦痛の声を漏らす。

「殺傷自由だったよね?」

「うん。でも、一撃必殺。いたぶる、駄目」

 徐々に狭まる視界に映る瓜二つの服装をした二人のやり取りを聞きながら男は声にならぬいびきを出しながら事切れた。



「あ、死んだ」

「桐は、ひどい。苦しませて、殺した」

「人聞きの悪いこと言わないでよ牡丹!」

 死体を前に喧嘩を続ける二人の人形ひとがたは瓜二つの格好だが顔に下ろす雑面にはそれぞれ『牡丹』、『桐』と書かれて桐と呼ばれる少女が握っている短刀の刀身には血がベッタリと付着しており、対して牡丹が両手に握っている短刀は先端にのみ血が付着していた。

「まあ、ここで喧嘩してても仕方ないか。さっさと次行こ」

「桐、珍しい。正論、言った」

 短刀にこびりついていた血を拭ってから鞘に収めてこの場を後にしようとした二人へ声がかかる。

「おっと、殺人を目の当たりにして逃がすわけにはいかないな」

「誰?」「すがた、見せろ」

 即座に再び鞘から抜き、二人並んで声のした方向を見ていると声の主は姿を見せた。

「神父?」

「きりしたん。関係ない」

 牡丹の指摘通り、声の主である男の格好はキリスト教の神父の服装であったが両手にはロザリオと聖書ではなく拳銃とアーミーナイフが握られていた。

「ここは恐れ多くもアンセルムス公国。神が許された唯一の楽園。そこで殺人と言う大罪を犯した君たちを生かすわけにはいかない。未来ある少女たちの皮をかぶった悪魔どもよ」

 ほのかに浮かべていた笑顔は消え失せ、機械的な無表情へ変えながら男は翡翠色の瞳へ憎悪を滲ませて二人へ殺意をぶつけた。

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