第23話

「静かじゃの」

 晩餐会も特に何事もなく円滑に進み、最後の演目であるダンスへとなり参加者たちは二人一組のペアを作り、机が取っ払われたホールで演奏家たちの奏でる緩やかな曲と共に動く来賓たちをつまらないと思いながらも笑顔で見て壁際に立つ振り袖姿のヤエは一人呟く。

「え。どこがですか?」

「阿呆。誰が晩餐会のことを言っていると?そろそろ一周するはずの警備の足音が聞こえんのじゃ」

「良く聞こえますね」

 彼女と壁の影に紛れる春は主人の聴力の良さとずっと張り付いていたわけでもないのに警備の人間の歩幅を割り出していることに驚いて感嘆を口にする。

「主はどう思う?春」

「交代してて実は別の人が回っていたりして」

「足音をさせない警備は故郷にいても、公国ではありえんぞ。存在こそ抑止と考えるなら尚更じゃ」

 春の推察を即座に否定しながら一瞬窓を過った細い影にヤエは気づき、袖元に隠し持っていた短刀の柄に触れながら壁から身を離す。

「気づいたか?」

「四名、いや八名。手際の良さから当たり前ですが素人ではないですね」

「チッ…」

 今まで何も起きなかったことに不審感を抱きつつも無事で終わるなら重畳だと思って見過ごしていたツケがきたことに自己嫌悪を覚えながらヤエはそそくさと会場を後にし、春も彼女の影に張り付いて行く。

「待機させている人形ひとがたに合図を送れ。『自由殺傷』とな。あと、無銘を四振りほど持って来てくれるか?」

「御意」

 春は静かに影から抜け出して外へと消えていった。

「さて、久方ぶりの人斬りじゃ」

 短刀の鞘をその場へ落としながら歩く彼女は刀身の錆の有無を確認する。壁に設置されているガス灯の光を反射する刀身に映るヤエの顔は笑っていた。




「なんで仕立て屋の人がここに?」

「今それに答える暇はありませんよレディ」

 よろめき立つシオンへ仕立て屋で会った老人は目線を送ると、頭を吹き飛ばされた偽物は頭を再生していき、怒りをあらわにする。

「急に撃ってくるとは卑怯じゃないか!大体誰だおま───」

 偽物の怒りを無視して老人はショットガンを再び構えて今度は胴体を吹き飛ばし空薬莢を絨毯へ落としながら冷めきった声で警告をする。

「跪きなさい」

 透明な液を壁にぶちまけながらよろめく偽物へ間髪入れず今度は両脚を吹き飛ばして跪かせ、額に銃口を突きつけた。

「まず目的を教えてください。彼女を狙った意図は?そして本当の目的は?」

「教えるわけないだろ」

「そうですか。では、喋るまで苦痛が待っていますよ」

 躊躇いもなく引き金を引かれたショットガンは老人の腕へ衝撃を伝え、出口を塞いでいた頭を再度吹き飛ばす。

「ひっ」

「レディ、しっかり見ていてください」

 目を逸らそうとするシオンへ老人は鋭く指摘し、彼女の視線を拷問している現場へ貼り付けさせる。

「こんなの、大したことはない」

「当たり前です。この程度で悲鳴を上げられても仕方ありません」

 弾切れのショットガンをそのまま破棄し、代わりに羽織っているスーツのポケットから注射器を一本取り出した。

「自白剤は効かないからな?」

「そんな生易しい代物ではありませんよ」

 老人は冷ややかにそう言いながら注射器を首筋に勢いよく刺して中を注入する。

「なんだ?」

 だが、しばらくしても偽物の身に何も起きず、鼻で笑っているとシオンがいちはやくその変化に気付いた。

「あ、あのこれって……」

「ええ。効果は個人差があるのですが、今日は早いですね」

 老人の言葉とシオンの驚く顔に理解が追い付かない偽物は忌々しさを覚えながらも歯を食いしばり、言葉を選んで話しかける。

「なんのことを言っている?」

「こういうことですよ」

 老人は偽物の質問に対して手鏡を見せた。

 出された手鏡に警戒しながらも覗き込み、己が目を偽物は疑う。

「ど、どういう事───」

 映し出された現実に驚き、思わず老人の方を見ようとした瞬間に手鏡は破片となり彼女は後ろへ大きくのけ反って床に大の字となって倒れた。

 硝煙が僅かに上がる拳銃と映すべき場所を失くした手鏡を捨てながら老人は立ち上がり、手に刺さる破片を抜きながら話しかける。

「つまり、『変装』はもう解かれているのです。様」

「どうして……なんで!?」

 床の上でピクリともしないカンパニュラへシオンは声を上げ、老人はそれを静かに見ながらベルトの後ろに挟んでいたデリンジャーを抜き、銃口を自分の視線と同じ場所へ動かす。

「すみません。レディ」

 一切変わらない口調で謝罪を述べながら老人は引き金を引き、硝煙も上げずにデリンジャーはプシュッと言う音を出してシオンの首筋に命中した。

「っ! どうし、て───」

 即座に老人へ振り返り、驚きの表情を浮かべながら徐々にフラフラとしてカンパニュラの隣へバタンと倒れる。

 遠のく意識の中、シオンは隣で目を見開いて動かない彼女へ手を伸ばしかけて限界を迎えた。

「三文芝居も過ぎると苦痛なのですが? 起きてください」

 老人は捨てた銃たちの指紋を拭きとりながら動かない二つに言うとやがてクククと忍び笑いを漏らしながらカンパニュラが起き上がり、冷めた口調の彼に怒りを少し滲ませて怒鳴る。

「提案した時は随分と乗り気だったじゃないの!」

「滅多に帰らず、挙句に経営をわたくしどもへ丸投げする当主を撃ってもいいと言われれば喜んで参加いたしますとも」

「これが終わったらクビにしてやる……」

 涼しい顔で毒を吐く腹心の部下にカンパニュラは文句を言いながら隣で寝息を立てて動かないシオンの輪郭を指先で優しくなぞり、その場で立ち上がって大きく背筋を伸ばす。

「偽物のフリするの疲れたあ!でも、隊長とアキノ先輩ってそんな関係だったんだ……」

「本当によろしいのですか? これで」

彼女の口調には一切触れずに老人は問いかける。

「ええ。さっきまで見た光景とやり取りでお姉ちゃんは私が死んだと思うし、次に会う時は私を本気で殺しに来る。それは貴方も同じよ? ケリー」

「今更何を仰いますか。仕立て屋あそこはもう私の手がなくとも大丈夫です。それに、残り僅かな人生がお嬢様の役に立つなら尚更です。死ぬのが少し早くなるだけですから───これで直りましたね」

 老人は彼女の少し乱れたドレスを正しながら笑顔を向けるとカンパニュラは悲しそうな笑顔を浮かべながら一歩引いて上流階級の仕草で彼に感謝を示した。

「この身に余る栄光を頂き、感無量でございます」

 老人が礼を述べた後も彼女は頭を上げず、不審に思う。

「お嬢さ───」

「逃げ、て」

 近づいてきた老人をカンパニュラは手で制し、片手で自分の顔を隠しながら絞り出すような声で言って壁に肩を当てながら立ち上がるもすぐに両膝をついて苦痛を漏らした。

「お嬢様っ!」

「本当は……これが終わってから人知れず死ぬつもりだったけど…駄目みたい」

 窓枠に手を置きながらエメラルドグリーンと空色の瞳で老人を見ながら苦しそうに笑顔を作り、つちのような形状に変えた腕で窓を叩き割る。

「残念だけど、もうお別れだわ。一人寂しく死ぬのが裏切者に相応しい最期だからね」

 風防が消えた枠から吹き込んでくる風にスカートを靡かせながら対面するカンパニュラの顔を見た老人は何かを言おうとしてそれを堪え、ため息をつく。

「お嬢様……それでは、こちらを」

 老人は懐から薬瓶を取り出し、足元に置いて一礼して扉のあった枠組みから消える。

 カンパニュラは老人が置いて行った薬瓶に興味が湧き、窓から離れてそれを持ち上げてラベルを見て双眸を見開いて息を呑んだ。

「これは……ありがとう。ケリー」

 感謝を口にしながらコルク栓を梁に変形させた指で切り取って中をグイッと飲み干す。

「ぐっ!?───何を飲んだ貴様! 許さぬ、このようなこと絶対に許さぬぞ!」

 飲み終えた直後に豹変した彼女は獣のような声で怨嗟を叫び、叫びきるとバタンと声もなく倒れ、やがて起き上がった彼女は先程の豹変が嘘だったように穏やかな顔で己の五感を感じ、謳歌していた。

「ふう…」

「やはり薬を飲む際、一瞬ためらう癖は健在でございますね」

「影で見てたなんて……少し軽蔑するわ」

 とげのある言い方をしながらも笑顔の彼女へ執事はおどけた仕草で反応し、そして目頭を押さえた。

「泣くほど?」

「いえ。それよりも、効果が切れるのはそろそろです。急ぎましょうお嬢様」

「分かったわ。それと、私のことをお嬢様って呼ぶのはこれっきりにして頂戴」

「それではどのようにお呼びすればよろしいでしょうかお嬢様」

 わざとやってるでしょ、と彼女は苦笑しながら色の違う双眸をそのままに首元から下げていたドッグタグを外し、それを部屋から去る間際に投げ捨てて野心溢れる獰猛な顔を浮かべながら新しい名を口にする。

「私の名前は─────」

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