第22話

 司会の男の合図と共に、正式に始まった晩餐会は演奏家たちのクラシックをBGMにして豪華な食を楽しみながらいつものように情報交換や世間話をしているが、今回は少し違っていた。

「なにこれ! 美味し!」

「シオン、ご飯は逃げないからもっとゆっくり食べて。あとよく噛んで」

「そうですよ。よく噛まなくちゃ、食べられるものも食べられずに終わってしまいますから」

 皿に盛った料理を一気に食べるシオンへアヤメとスイセンは諫めの言葉をかけ、特に最後の食べられないというワードに彼女は反応し、強く頷いてひと口を小さく、よく噛むように心掛ける。

「それにしても美味しそうに食べるよね」

「だって美味しいもん!」

 アヤメの感想にシオンは素直に答えると二人は笑みを浮かべ、それもそうだと思い自身の持つ皿に盛った料理に手を付ける。

「!確かに美味しいですね。こんなのを食べると、携帯食に戻れないです」

「言いすぎじゃないですか?───うっま」

「アヤメ言葉遣いちょっと変!」

 楽しそうに指摘されたアヤメは顔を赤くしながらシオンの皿からサッとローストビーフを奪って食べる。

「あ! 私の!」

「美味しい」

 悔しがるシオンへアヤメは幸せそうにもぐもぐとし、飲み込んでから感想を述べると余計に悔しがった。

「アヤメさんも意地悪しちゃだめですよ?シオンさん、これ食べてみてください」

「うう、ありがとう……」

 スイセンはアヤメを叱りながら肩を落としているシオンへ自分の皿に置いていたターキーを食べさせるとみるみる顔を喜びへと満ち溢れさせ、安心する。

「鳥も美味しい!」

「あっちにありますよ。でも急ぎすぎて転ぶとかないように気を付けてください」

「はーい!」

 すっかり元の調子に戻り、いつの間にか空となった皿を持って料理の盛られている場所へ行くのを見送りながらスイセンはアヤメに話しかける。

「シオンさん、空元気からげんきですか?」

「スイセンさんも気づいてたんですか。多分、アキノさんのことを考えてるんだと思います」

「アキノさん……」

 アヤメの指摘にスイセンは彼女の名を口に出して反芻しながらシャンデリアを見上げる。

「生きてますかね」

「生きていますよ。あの人は」

 二人でしみじみと話しながらスイセンはふと天窓に映った人影に目が行った。

「あれ?」

「どうしたんですか?」

「今、あそこに人が」

 天窓を指差すと既に人影はなく、アヤメは苦笑を浮かべながら彼女の脇腹を肘で突く。

「スイセンさん、もしかして飲みました?」

「なっ、飲んでるわけないでしょう! 私はまだ未成年ですよ」

 スイセンは慌てて否定していると、トントンと背中を叩かれ振り返るとアダム少佐と彼の腕に絡むオダマキが立っていた。

「お取込み中失礼なんだが、これから他の人とも話すので彼女の介護をしてやってくれないか?えらく上機嫌で酒を飲んですっかり酩酊してんだ」

 困ったように苦笑しながら隣の彼女を二人に見せるとすっかり出来上がりベロンベロンとなった状態のオダマキが話しかけてくる。

「おお~スイセン、アヤメ~!」

「隊長…」

「飲みすぎです……」

 酒の力も相まってテンションのおかしいオダマキは二人の姿を見るや否や少佐の腕から離れて抱き付く。

「えっ」「!?」

「会いたかったぞ……生きててくれてよかった…」

「まったく……酔いすぎですよ隊長」

 アヤメは呆れながら二人でオダマキを抱えて会場から少し離れた別室に運び、ソファに寝かせる。

「ん~?」

 まだ夢見心地の彼女に水を飲ませていると扉が開き、三人の元へ来客者が訪れた。

 誰かと思い、視線を向けたスイセンは驚き、慌てて直立不動の敬礼をする。

「っ! ハナモモ大佐! それと、カルミア──博士」

 スイセンの呼んだ名でアヤメも慌てて敬礼すると扉の前にいたハナモモとカルミアはお辞儀を返し部屋の中へと入った。

「初めまして花人機械化混合隊の皆さん。改めまして自己紹介を。〈花守人〉にてリーダーを務めさせてもらっているハナモモと申します。これからもよろしくお願いしますねアヤメさん、スイセンさん、オダマキさん」

 トップに立つ者から名前を憶えられていた二人は感謝で背筋をさらに伸ばし、改めて敬礼をしていると止めるよう手をあげられ、手を下ろす。

「ハナモモ……大佐…すいません」

「良いんですよオダマキ。今日くらいその程度の行いは目を瞑ってあげますから。それに、用があるのは私ではなく彼女なので」

 少し酔いが醒め、正気を取り戻したがソファに寝たまま敬礼をするオダマキへハナモモは寄り添って笑いかけ、三人の前で棒立ちの彼女へ視線を送りながら立ち上がった。

「多分、私は部外者になっちゃうと思うので外で待っていますね」

 気を使ってハナモモは扉を閉め、密室にして四人きりにするとカルミアが固く閉ざしていた口の封印を解いて話し始める。

「お、お久しぶり……ですかね?」

「ひ、久しぶり…」

「久しぶりです」

「一昨日以来だね。カルミア」

 たどたどしいやり取りが途切れ、しばらく無言となっていると突然カルミアは頭を下げて謝罪を口にする。

「ごめんなさい!」

 突然の謝罪に三人は顔を見合わせ、下げている顔をあげさせるとその顔には大粒の涙が生まれては地面へと落ちており驚いた。

「もしあの時、私が逃げ遅れたりせずにいれば部隊を分断せずみんながここにいたんじゃないかって思って……搬送されてから目を覚ましたと聞いた時、本当はすぐ謝りに行こうって思ったんです。でも……でも、怖くて……もし恨まれていたらって…」

 途中からカルミアは崩れ落ちて泣きじゃくりながら懺悔を続け、最後まで聞き終えた三人は無言で彼女を引き寄せ、頭を撫でたり涙を拭ったりする。

「恨んでいるわけないさ。少なくとも、君が開発した零シリーズのおかげで生き残れたんだから」

「そうです。それに、言い方が悪いかもしれませんがカルミアさんごときで私たちは不用意な割り当てなんてしませんよ。あれは元々考えられていた計画です」

「スイセンさん言い方……まあ、そういう事なので気に病まなくていいですよ…シオンも同じ気持ちだろうし」

 三人のフォローにカルミアは感謝で胸がいっぱいになり、再び今度は堰を切ったように声をあげて泣き続けていた。

「あらあら。やっぱり気に病んでいたのね。でも、これでお互いの絆はより一層深くなったはず」

 扉の影で盗み聞いていたハナモモはカルミアの泣き声とそれを励ます優しい声に満足し、一人会場と真反対の道を進んでいると歩幅を段々狭め、ある程度部屋から離れてから足を止める。

「コソコソしていないで姿を見せたら? 私、ネズミはあんまりなのよ」

 ハナモモの鋭い声が廊下に吸収され、消えた頃屋根の一枚が外され、そこから三人の黒ずくめの男が降り立つ。

「気づかれていたとはな。いつからだ?」

「いつから? 私を尾行していた時からって言えば満足? 少なくとも臭すぎて離れていても分かったわ」

「口は達者なようだな。『成り損ない』」

「その成り損ないに負かされたらあなたはどんな吠え面かくのかしら。楽しみだわ」

 ドレスの裾をつまみ上げ、露わになった両腿りょうももから腰へ伸びるガーターに装備された一対のナイフを手にし、構えたハナモモへ黒ずくめの男たちは廊下の前後に立ち塞がる。

「三対一だ」

「数にこだわる人間は弱いのよ」

 いちいち返される彼女からの煽りに苛立ちを覚えたリーダー格の男は手元の無線機で待機しているメンバーへ命令を下す。

「プラン変更。皆殺しで構わない」

《了解した。だが、標的は極力───》

 返答を遮るように無線を握りつぶした男は被っていた覆面を外して素顔をハナモモに晒すと彼女は一瞬眉をひそめた。

「あなた、まさか……」

「その会話は必要ない。今必要なのは遺言だけだ!」

(来る!)



「はあ……」

 ため息をつくシオンはがやがやとしていた会場ではなく、また三人たちがいるような別室でもない離れた部屋に一人佇んでいた。

「みんな忘れちゃったのかな……アキノさんのこと」

 窓ガラスの向こうに見える景色と反射する自分のつまらなさそうな顔を見ながらシオンは意味もなく窓を開いて外の風に当たる。

 ヒュウと全身を透過し消えていく感覚を目を瞑りながら感じ、再び目を開くと今度はじかに街が映る。

「奇麗だな…」

 誰も答えてくれないと分かりながらもシオンは小さくない声で呟いた。

「.....誰もいないし当たり前か」

「忘れられているなんて、ショックなんだけれど?」

 思わぬ返事に驚き、振り返ると机にワンピースを着たアキノが立って彼女を見ていた。

「うそ…」

「嘘じゃないわ。少なくとも今は、ね」

 口を抑えながら声を震わせているシオンへアキノは微笑み、両手を広げて彼女を誘うと迷わずそこへ飛び込む。

「おっふ、容赦ないわね」

「生きてた! アキノさん!」

 泣きながら再会を喜ぶシオンを撫でながらアキノは隣の椅子に座らせ、自分も対面する位置に椅子をずらして腰掛ける。

「みんな会ったらビックリするよ! それより、いつ着替えたの?」

「そこは秘密。でも、タネを明かしたらなーんだそんなことか、ってなっちゃうかもね」

 すっかり上機嫌のシオンはアキノへ矢継ぎ早に質問し、アキノはそんな彼女の質問一つ一つに丁寧に答え、気が付けば時計の針は半周程していた。

「あ、こんなに経ってたの。早くみんな呼ばなきゃ!」

 立ち上がり、呼びに行こうとするシオンをアキノは止め、座らせると彼女は不審感を顔いっぱいに出して膨れる。

「なんでー?」

「すぐ会ったら、収拾がつかないでしょ? だから、心の準備も兼ねて個人個人でやるの」

 アキノの計画にシオンは確かに自分も驚いたと納得し、警戒心を解いて椅子に寄りかかり、その様子を見ていたアキノは笑みを零した。

「それでねシオン、頼みがあるの」

「なに?」

 アキノは真剣な表情で頼みがあると口にするとシオンは身を乗り出して耳を傾けると彼女はその耳元へ顔を近づけて小さな声で囁く。

「アダム少佐をここに連れてきてほしいの」

「アダム少佐って───だれ?」

 誰か分からず、首を傾げるとアキノは困ったような顔をしたがすぐに笑顔で上書きし、彼女の頭を優しく撫でながら別の頼みごとをする。

「それじゃあ、オダマキを呼んできてくれない?」

「え? アキノさん会いに行くんじゃないの?」

「サプライズしたいんだけど、シオンが偶然窓を開けてくれたから入れたの。だから、他の場所からは入れないの」

 ふーん、と言いながらシオンは承諾し、立ち上がって扉を開いて出ようとする彼女をアキノは手を振りながら見送り、閉じた瞬間に扉へ即座に隠し持っていたショットガンを連射した。

 バスン、バスンと連射する度に木片が飛び、扉が無くなるまで撃ち続けたアキノは弾切れとなったショットガンをその場に捨てて今度はサブマシンガンを握って部屋の外を確認する。

「っ!」

 確認しようと身体を出した瞬間、こちらを狙う気配を察知しすぐに引っ込めると木枠に弾痕が出来上がった。

「やっぱり偽物だった」

 硝煙が昇る拳銃を握りながら話すシオンの両眼には涙の痕があり、構えたまま部屋の入口へ静かに近づく。

「いつから気づいた?」

 部屋へ一気に突撃し、クリアリングしていると声だけが投げかけられ、シオンは警戒しながらその問いに答える。

「一番最初に疑問に思ったのはアダム少佐を連れてきてほしいと言ったこと。隊長なら知ってるかもしれないけど私たちと同じ隊員のアキノさんが知ってるとは思わなかった。そして何より一番の決め手は!」

 疑惑が真実へと変わった核心を答える前にシオンは即座に背後の天井へ振り向いて連射した。

「っぐう! それで、何が決め手だ!?」

「アキノさんは隊長のことをオダマキって呼ばない」

 命中した腕を抑えながら睨みつけてくるアキノの偽物を睨みながらシオンはもう一度ハンドガンを構えて引き金を引く。

 カチン

「え?」

「弾切れだ!」

「きゃっ!」

 撃ちきり、そのことに気付かず驚いた一瞬の隙を逃さず偽物はシオンを押し倒し、その首に手を回して即座に絞め始める。

「かっ」

「まさか銃を持っていたとは思わなかったけど、これで終わりね。ああ、最後の最後が同僚に殺される気分はどうかしら? んん?」

 首を絞めながら苦悶する声を上げる彼女へ耳を近づけ感想を聞こうとするとシオンは残った酸素を使ってかすれた声で返答をする。

「あなたは……仲間なんかじゃ…ない」

「仲間? まだそんなのにこだわっていたの!? もうここまで来ると可哀想で仕方ないわ! だって、あなたの待っている人はとっくの昔に───」

 偽物は言い切る前に轟音と共に首から上が吹き飛び、蔦と葉のようなものを壁と窓に飛び散らせ、首の無くなった身体はバタンと仰向けに倒れシオンは気道が確保され息を一気に吸って立ち上がった。

「っはああ! げほっげほっ」

「大丈夫ですか? レディ」

「はい…なんとか──え?」

 まだフラフラする自分を支えてくれている男性へシオンは感謝しながら顔を見て、少し驚きを露わにする。

「なんで、仕立て屋の人がここに?」

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