第21話
晩餐会の会場へ向かう道中、四人は奇麗なドレスに身を包み、言葉のない車内でシオンはそわそわと落ち着きのない様子でいた。
「大丈夫。みんな最初は緊張するからね」
そんな彼女の手を取りながらオダマキは緊張をほぐしてあげるとシオンは肩の力を抜き、笑顔を浮かべる。
「やっぱり硬い表情より、そっちの方が似合ってるよ」
「えへへ」
オダマキに褒められ、シオンはさらに顔を綻ばせながらも顔に影を落とした。
「どうしたんだい?」
その影に気付き、聞こうとした瞬間、車は停車しドアが開く。
「到着いたしました」
四人はドライバーの手を借りて順番に車から降り、今晩の会場となる大きな建造物を目の当たりにする。
「すご……」
「これはかなり大規模なようですね」
「ああ。各界の要人や私達直属の上司も来るんだ。当然、警備の人員もだ」
オダマキの指摘にアヤメは周りを見ると防弾チョッキにアサルトライフルを装備している民間兵のような人物が策の周りを巡回し、建造物の出入り口には二人の警察官が立っていた。
「こちらです皆様」
ドライバーに別れを告げ、パーティー会場まで四人はボーイに案内されると再び圧倒された。
遥か高みにある天井、そしてそこから吊るされる巨大なシャンデリア。さらに床は高級絨毯で敷き詰められ足首の衝撃を最大限に減らし、大理石の壁はさんさんと照らす灯りをこれでもかと反射し会場全体を輝かせる。
「すっご」
「ここまでとは……本当に招待された理由が皆目見当がつかなくなってきたぞ」
「何を言うとる。主らは功労者ぞ。主賓がおらぬのでは宴にならん」
隣から聞こえる特徴的な言い方に四人は横を見るとそこには振り袖姿のヤエが立っていた。
「ヤエさんも招待されたの?」
「招待、と言うよりかは用心棒としてじゃな。そこまで人脈は広くないのじゃ」
そう言いながらヤエは袖元から短刀を二振り見せてからしまい、笑みをこぼす。
本来、左眼のある場所にある桜の蕾を揺らしながら笑う彼女へ突然オダマキが敬礼し三人も慌てて続く。
「よいよい。今宵は無礼講じゃ。寧ろ主らの方が重要じゃぞ?」
ヤエの采配にオダマキたちは手を下ろし、今度はスイセンが握手を求める。
「〈公国大戦〉の英雄に二度も会えるとは、恐縮です」
「その呼び方はむず痒くて仕方ない。ヤエ、と呼んでほしいのじゃ」
「それではヤエさん。お会いできて光栄です」
「うむ。我も首都奪還の功労者を救えて光栄じゃ」
固く握手を交わし合い、また後でと別れて四人はボーイの案内で待機室で開会を待つ中、シオンがヤエの容姿などについて話し始める。
「凄そうな人だった。なんて言うか、みんなの先生!みたいな感じ」
「それすっごい分かる。私達みたいな子供の扱いが慣れてるのがスイセンさんと話してる時の態度で分かった」
「アヤメさんとシオンさんはそう感じていたんですか。私はなんていうか、どこか得体のしれない感じが、まだ本音を話していないように感じたんですよ。世渡り上手なタイプだと思います」
そんな推察飛び交う話を肴にオダマキは置いてあった食前酒をワイングラスに注ぎ、一杯飲みながら自分の知っている限りの話をした。
「彼女の名前はヤエ・オオイト。混合軍トップ〈花守人〉所属の階級は特務大佐。数ある戦績の中でも彼女らの戦いぶりが分かるのは〈公国大戦〉の最も苛烈な戦闘だったとされる〈ハンプシャー=ロックフォード防衛戦〉だ。三千超とされる『植物』の成体を自らが率いる部隊四十名で増援が来るまで見事生き残ったそうだ。驚くことに死者はゼロ。最後には弾薬も尽き、全員ナイフで格闘戦をしてたらしい───んん! このシャンパンは美味しいな」
「ふうん…〈花守人〉って何?」
「シオン……」
話を聞き終え、これまで知らない単語が出て来たシオンは純粋に質問し、呆れるアヤメと酒を楽しんでいるオダマキに代わってスイセンが説明をする。
「〈花守人〉と言うのは私たちが所属する花人及び人類混合軍のトップを務めている人たちの総称で全員合わせて五人います。〈非情のエンキアンサス〉〈高貴のマグノリア〉〈貴族家コデマリ〉そして〈流浪のヤエ〉です。彼女らはみな〈公国大戦〉でも際立って戦果を挙げ、アンセルムス公国建国に尽力したとされ、当時の高官達は彼女たちそれぞれに特務大佐の階級付与、武功十字章授与に続き配下の軍設立を許可したそうです」
「つまり、私たちがいる花人機械化混合隊は正規軍じゃなくてその混合軍に所属しているの?」
「そういう事です。ちなみになぜ『特務』が付いているかと言いますと、彼女らが最初は頑としてそう言った勲章を受け取らなかったので、仮の階級としてと説得してなんとか承諾されたんだとか 」
「すごーい! そんな人に助けてもらって、さらに仲良くできたんだー!」
とても出来た人たちなのだと感心し、素直に喜んでいるとドアをノックする音が聞こえた。
「お時間になりました。どうぞ会場へ」
「はーい!」
「ほら隊長、行きますよ」
「せめて、あと一杯だけでも───」
「駄目です。社交辞令の前に酔っぱらっては元も子もないでしょう」
少し出来上がっているオダマキをスイセンが引っ張りながら会場へと向かい、誰もいなくなった部屋に一筋の風が入り扉を閉めようとしたボーイの髪を撫でる。
「あれ?」
一瞬驚いたボーイは室内を見るが無人で、気のせいだと思ってそのまま扉を閉めて会場への配膳を手伝うべくキッチンへと向かっていった。
案内された会場は時間が経ち、あとは主催者の開会式が始まるのを待つのみとなっており先程の空き具合が嘘のように人で満たされ、そして多くの男女が漏れなく正装で談笑しており、もし軍服で来ていたらと想像した四人は少し表情が硬くなる。
「少尉? オダマキ少尉か?」
入口の近くで暇を潰していた四人へ歩み寄る背の高い男はオダマキの名を呼び、呼ばれた彼女は彼の顔を見ると笑顔を浮かべて握手と共にハグを交わす。
「お久しぶりですアダム少佐」
「聞いたぞ。旧首都の制圧に尽力したんだってな。おかげで
アダム少佐はそう言いながら敬礼をするとオダマキも彼を見上げながら敬礼を返し、積もる話もあるからと二人で料理を取りに向かっていった。
「行っちゃったね」
「うん。隊長だし」
「ええ。隊長ですから」
残された三人はずっといるのも目立つと考え、歩こうと思った矢先にマイクのハウリング音が一瞬鳴りダンスホールのような場所を見ると一人の男が立って話し始める。
「皆様、今宵の晩餐会に来てくださったことにまずは感謝を。今宵の趣旨はいつもの交流だけにとどまらず、一昨日行われた旧首都奪還作戦成功を祝い、功労者たちを労わり、
そんな文句から始まるスピーチに招待客たちは耳を傾け、男はスピーチを続けた。
「まず、旧首都奪還作戦の概要についてですが手始めに斥候として混合軍が攻撃し、消耗させたところで正規軍が総攻撃を仕掛け敵勢力を殲滅するという内容でした。そして当時、
会場にどよめく笑い声。一部は引きつっていたが。
「しかし、度重なる説得、さらに〈公国大戦〉においても戦勝となる切っ掛けを作った彼女らの実績を掲げ、ついに承諾され行われました。結果は見事勝利し、上層部の鼻をあかせました。この場を借りて混合軍の皆様へ感謝を、そして盛大な拍手を!」
パチパチと会場を埋め尽くさん勢いの拍手が鳴り響き、その場にいた一部の人は感極まって涙を流し、シオンは感動で胸がいっぱいになっていた。
「では───おや、これはこれは」
男は開会の宣言をしようとして、壇上に上がってきた紅白の短髪の振袖姿の女性に気づき、隣に移動する。
「紹介いたしましょう。混合軍司令、ハナモモ特務大佐です!」
拍手と共にハナモモはお辞儀をし、男からマイクを受け取り感謝のスピーチを始めた。
「司会さん、そして皆さま、まずはこのような場を設けていただきありがとうございます。花人及び人類混合軍を代表して感謝を述べさせてもらいます。今回の戦役で我々は決して少なくはない犠牲を払い、旧首都──いえ、ロンドンを奪還しました。しかし、功績はロンドンの奪還だけではありません。今回の実戦データ、さらに現地に赴いた教授が手に入れた植物Ⅲ類の内臓及び構成物質から最新鋭の火器が完成しました。現在既にその試作品、さらに教授がいますのでお呼びしましょう。カルミア
「「カルミア?」」
ハナモモの招集した名に四人は耳を疑い、壇を登ってくる少女に注目する。
カツン、カツンとヒールの音を立てながら壇上に上がった少女は色の違う双眸を持ち、背中にまで届く髪をなびかせてハナモモの横に歩く。
「こちらが最新鋭銃AP-18です」
ハナモモの声と共にカルミアは手に持っていた銃を天高く掲げ、それを見た聴衆たちは感嘆の声をあげた。
「AP-18はこれまで旧式銃FN F2000をベースにしていたAP-16からデザインを一新し、M4SOPMODⅡに変更しました。これによりアンダーバレルやサイドレールなど拡張性が上がり、個々の戦闘力や生存性に貢献するでしょう」
ハナモモの説明を聞き終えた聴衆たちから拍手が鳴り、静かになると一礼をして再び口を開く。
「それでは、開発者のカルミア博士からも一言いただきましょう」
カルミアはAP-18をハナモモへ預け、マイクを手に持って礼をした。
「あー、初めまして。カルミア・ツツジです。このような場所は初めてなのと博士号を取得できた興奮も相まって、口下手かもしれませんがお許しを。ハナモモ大佐も仰っていましたが、私は自ら戦地へ赴き植物II類の構成質などを詳細を調査した結果、旧式──AP-16は無型アンプルの消耗が激しかったことからAP-18では威力はそのままでアンプル消耗を削減しました。これはある部隊の実践データと護衛があってこそ完成した代物です。だからこそ、この場を借りて感謝を申し上げます。ありがとう。皆さんのおかげで私は生きています」
カルミアはそう言い終え、ペコリと頭を下げると割れんばかりの拍手が彼女へ降り注ぐ。
しばらく拍手は鳴りやまず、ひと段落したのを見計らって男はワイングラスを空いた片手に持ち、口を開く。
「それでは、皆様お手を拝借」
男の合図と共に全員グラスを持ち、その言葉を待つ。
「散っていた英雄たちへ、そして生きる英雄たちへ乾杯!」
「「
一斉にワイングラスを呷り、そして拍手が再び会場を埋め尽くす。
「それでは、今宵もお楽しみくださいませ!」
「こちらシモンズ。着いたぞ」
《分かったシモンズ。俺達も遅れて向かう》
「酒でも飲んで待ってるぞ」
晩餐会の行われている会場の、月光の当たらない暗い裏庭に立つ黒ずくめの男は通信を切ってから周りに倒れている民兵を近くの用具入れに押し込み、柵越しにこちらを見てくる黒ずくめの人物たちを見て頷き、協力して中へ入れる。
「もう既に開会している。予定より十分も早い」
「せっかちな野郎どもだ」
口々に悪態をつきながら建物の影からラぺリングしながら登り、屋根の整備用入り口から入るのと、引き続き外で待機するメンバーに分かれて行動を開始した。
「いいな? アダムとガルシア以外は殺せ」
「分かっている。だが、万が一の場合は保証できない」
そう言いながら整備用の天窓の蓋を閉じられ、男は舌打ちをしながら眼下の街を見下ろす。
「争いを知らぬ愚者共が……せいぜい最後の贅沢を楽しめ」
ギリと歯ぎしりしながら握るその拳からは僅かに蔦が伸びていた。
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