第20話
そして月は沈み朝を迎え、それと同時にとある病院の一室では目覚ましもなしに三人がムクリと起き上がり身体を動かす。
「おはようございます隊長、スイセンさん」
「おはようアヤメ。んーっ! よく寝たよ」
「二人ともおはようございます。ほら、お寝坊さんも」
朝の雑談をしながらスイセンはまだ寝ているシオンの頬をつついたり伸ばしたりして彼女の目を覚まさせる。
「いふぁーい」
「朝ですよ。今日は晩餐会のドレスを仕立ててそのまま会場へ向かうのですから早く起きてください」
「そうだった!」
シオンは分かるや否や弾かれたように起き上がり、ドタバタと音を立てながら部屋を出て行った。
「ええ....」
三人が困惑していると間もなくシオンが戻ってきて、はぐらかすような笑顔を浮かべながら質問する。
「洗面台ってどこにある?」
「んーさっぱりする!」
「水がこうやって使えるのは本当にありがたいですね」
「まったくだ」
「そうですね」
四人仲良く横に並び、洗面台で顔を洗い給湯室から出ると昨日二人の手術を担当した医者と鉢合わせた。
「おはようございますドクター」
「おはようございますオダマキさん、スイセンさん。皆さん朝食はまだですか?もしよろしければ経過も兼ねて一緒に食べませんか?」
「食べる―!」
朝食の誘いに誰よりも早く快諾したシオンに四人もフッと笑い、食堂へと案内する。
「広ーい!」
「シオン大人しくね? 他の人もいるんだから」
二人ははしゃぐシオンをたしなめる役をアヤメに任せ、それぞれの医者と行動を共にする。
「カウンターに近い所にしましょう。あ、お二人の分は僕らが持ちましょうか?」
「私は大丈夫です。ただ、彼女はまだ腕の接続が甘いので」
医者の厚意とオダマキの機転にスイセンは礼を述べ、一人が二人分のトレーを持って朝食の注文をするべくカウンターへと向かった。
「おススメは?」
「ベタですけどトーストとサラダのセット、もしくは目玉焼きとサラダです。ちなみにパンケーキもありますよ」
医者のチョイスに二人は感謝し、オダマキはトーストとサラダのセットを、スイセンはパンケーキを頼み飲み物はコーヒーにした。
四人から少し後にアヤメとシオンはカウンターで注文をしようとし、何を注文するのか聞く。
「シオンは何にする?」
「白米と漬物、あと味噌汁!」
元気のいいシオンの注文にアヤメはため息をつき、無いと言おうとしたがコックは快諾し、アヤメに注文を訪ねてきたため彼女は少し驚き、慌ててメニューを見てスクランブルエッグと肉類のセットを頼んだ。
「和食あるんだ」
「久しぶりの白米~♪」
上機嫌のシオンとメニューの豊富さに驚くアヤメの向こうで四人の男女は楽しく会話が弾んでいた。
「そうだったんですか。実は私も弟がいるんですよ」
「偶然ですね。いくつぐらいですか?」
「私より一回りぐらい年下なので甥っ子のようにかわいがってます」
「かわいい盛りじゃないですか。あ、子供は皆可愛いですけどね」
医者と話しながらオダマキは最後の発言に愛想笑いを浮かべ、嫌悪感を噛み殺して自分の注文した分を受け取って列から離脱する。
「なんかマズイこと言ったかな…」
オダマキの話し相手だった医者は頭を掻きながらサラダを手に取って彼女の後に続いて席に戻る。
「スイセンさんってあまり喋らない人だと思っていました」
「意外ですね。私もあなたは無口な方だと術中は思ってました」
「そうですか?」
「ええ。あまり表情に出ていませんでしたし、今こうして感情がコロコロと出てくるのが不思議なくらいです」
スイセンと話しながら医者は心底驚いたようで目を見開いて驚きを表現し、術中の様子がそう見えているのだと初めて知ったのだと彼女に打ち明けた。
「集中しているいい証拠じゃないですか。私はニコニコしながらされるよりは黙々と、淡々としている人の方が信頼できます」
「恐悦です」
そんなことを話していると二人の頼んだ分が置かれ、二つのトレーを医者が持って席へと戻っていった。
「仲良いね~」
「ね。初対面じゃないみたい」
四人の背中を見ながらシオンとアヤメは『退役』と言う二文字が頭に浮かんだ時、まずアヤメの頼んだセットが出てくる。
「じゃあお先」
「はーい」
トレーを持って席に戻って行くのを見てからシオンはカウンターの方を見るとそこには先程会ったコックではなく、顔に『春』と書かれた半紙のような物を着けた自分と同じくらいの丈の少女がいた。
「誰....ですか?」
「ハルです」
「あの、ご飯は?」
「ここに」
春がそう言うと目の前に一瞬でホカホカと湯気を立てながらツヤのある白米と赤味噌で作られた味噌汁とたくあんが置いてあるトレーが現れる。
「忍者?」
「恐ろしいぐらい手際の良さがなせる技です。忍術ではありません」
直後にキッチンの中で慌ただしく動いていた気配が一瞬止まり、そして春の周りに一同がそろってシオンの前で決めポーズをした。
「「どうぞごゆっくり!」」
「いや昨日ヤエさんといた人たち!」
シオンは目の前の集団の中に一人『牡丹』と書かれた少女で気づき、指を差して声を上げると彼女はビクン、と動揺し奥へと去って行く。
「ええ」
「牡丹は人見知りだから仕方ないです。それより、冷めますよ?」
困惑するシオンへ春が促すと慌ててトレーを持って五人の待つテーブルへと行き、空いている席に座った。
「揃ったね。それじゃあ、食べようか」
「ごめんなさい。いただきまーす」
オダマキは彼女が座ったのを確認してから朝食を食べ始め、四人もそれを見てから続いて行くのを見ながらシオンはいつものように感謝をしながら白米を口に運ぶ。
「おいしー!」
「和食は久しぶりだから、余計美味しく感じるんじゃないか?」
オダマキの推察にシオンはコクコクと頷きながら白米を口に運び、合間にたくあんをポリポリと食べて極上の笑顔で味噌汁を飲む。
「ほふ~」
「美味しそうに食べるね」
アヤメはシオンの隣でその顔を見ながら薄く切られたローストビーフでサラダを巻いて食べているとそれを見た彼女が涎を垂らした。
「じゅるり」
「まだ食べるの? いいよ。一口あげる」
「わーい!」
餌を待つヒナのように口を大きく開けるシオンへカリカリのベーコンをあげるとそれをモシャモシャと時間をかけて咀嚼し、飲み込んでからまた笑顔をこぼす。
「幸せ〜」
「うぐぐ....」
「頑張ってください。あと少しです!」
一方スイセンと医者は彼女が自身の力だけでサラダを食べようと震える手で持ち上げ、その様子を彼が応援している状態だった。
「あと....少し」
「油断しないでください。ゆっくり、慎重に」
医者のアドバイスを受けながらスイセンは腕に命令しながらこちらへ引き寄せ、食べるまであと少しと言った場所で腕が弛緩しきりフォークが音を立てて床に落ち滑る。
「はあ....」
「そんなに落ち込まないでください。普通は二日間は動かせないんですから」
そう言いながら医者は新しいフォークでサラダをついてスイセンの口元へ運び、食べさせる。
「ん....ありがとうございます」
「いえいえ。ゆっくり食べて養生してくださいよ」
「しかし、時間はないぞ」
いつの間にか完食していたオダマキは返却口へトレーを運ぶ去り際に時計を見るよう促して行き、時計を見た三人は顔を見合わせた。
「「時間(だ)!!」」
「ここだね」
「ここだ。けれど....」
医者たちと朝食を終え、慌ただしく洗濯され綺麗となった軍服に身を包んでヤエから渡された仕立て屋の名刺に書かれている住所へ向かったが、そこにあるのは───
「めっちゃ今にも潰れそう」
「同感。失礼かもしれないけど」
アヤメとシオンの貶しを聞いているスイセンとオダマキは互いに顔を見合わせながらクスクスと笑い、そんな二人へシオンは口を尖らせる。
「隊長騙してる?」
「いや、騙してはいないよ。───そろそろだ」
何がそろそろ?とシオンはオダマキが腕時計を見ながら呟いた言葉に疑問を持っていると古びた家の扉がガタガタと音を立てながら開いた。
「え?」
驚いていると中からスラリと背の高い老人が一人出てきて、四人を一瞥するや否やオダマキの元へ一歩進んで会釈をする。
「拝見してもよろしいですか? レディ」
「構わないとも」
差し出された名刺に書かれた筆跡をルーペで見たり紙の質感などをしばらく確かめていた老人はやがて満足したように頷き、今度は正真正銘執事のように品のあるお辞儀をして四人を出迎えた。
「お待ちしておりました。皆様、今晩開催される晩餐会に必要なドレスを求めていられるのですね?」
「なんで分かったんですか!?」
いとも簡単に来訪理由を当てた老人の観察力にシオンは驚き、その思いを包み隠さず口にすると老人は年季を感じる固い顔を柔らかく微笑みながらドアが閉じないよう立ちながら中へと促す。
「答えは店内に」
言われるがまま入店し終えると周りを見てから老人はドアを閉め、ガチャンと錠をかけた。
「これは....」
「わあ! すごい!」
薄暗い廊下を抜けるとその先には大量の着飾るマネキンと豪華な人物像が四人を出迎え、圧倒する。
「これらはみな一度しか着ることが許されぬ、いわば魔法のドレスでございます」
「どうして一度しか着ちゃダメなんですか?」
「それは───」
老人が答えようとしたが、すぐに口をつぐんで微笑を浮かべながら指を前に添えて黙った。
「それで、早速だが頼みたい」
「かしこまりました。それでは、皆様に専属の者がつきます」
オダマキが催促すると老人は指をパチンと鳴らし、それと同時にマネキンの影、絵画の裏、はたまた床からバトラーのような恰好をした人物たちが現れ、それぞれ四人の前に立ち、片膝をつく。
「まずは採寸から。彼らが個室へご案内いたします」
「そろそろでしょうか」
マネキンたちが見下ろすロビーで老人は懐中時計を見ながら仕立てが終わる頃だと思い、読んでいた本を棚へ戻したと同時に扉の一つがキイ、と音を上げて開いた。
「これ....本当に私のですか?」
そう言いながら扉の影から身を出すシオンは紺色のワンピースのようなドレスを身にまとい、遠慮気味な彼女へ老人は声をかける。
「とてもお似合いです。今宵はきっと、新しい体験で満たされる事でしょう」
「うう....恥ずかしい」
老人の賛美にシオンは顔を赤くしながら肩身を狭くして縮こまっていると仕立ての担当が無言で近づき、彼女の背筋を無理矢理伸ばさせる。
「シャキッとしてください。十分魅力があるのですから」
「あうう....」
二重の賛美を食らい、すっかりのぼせ上ったシオンは近くの椅子に座らされ、呆けていると二つの扉が同時に開いた。
「あ、隊長」
アヤメはシオンと似たようなデザインだが、赤を基調としながら下へ行くと段々色が抜けていくというドレスを着てオダマキの服装をまじまじと見る。
「私も女性だ。こういうのは嗜む方さ」
背中を露わにする白色の大胆なドレスを着るオダマキは驚いているアヤメへ少し自慢げに言いながらロビーへ目を向け、椅子で顔を赤くして呆けているシオンを見つけた。
「フフッ可愛いじゃないか。カメラはあるかい?」
「こちらに」
オダマキの冗談に老人は即座にカメラを準備し、彼女の前に差し出す。
一瞬戸惑いの色を見せたオダマキだがすぐにカメラを受け取り、シオンを撮った。
「現像したら公国屯所へ送ってくれ」
「かしこまりました」
焼き上がりが待ち遠しいと思うオダマキと撮られたことに気付かずまだ呆けているシオンの隣に座るアヤメはスイセンが出てくるのを待つ。
だがしばらくしても彼女は出てこず、もしかしたら倒れたのではなどと考えていると音もなく最後の扉が半開きとなり、仕立て人が先に出てくる。
「……殺します」
その後にスイセンが声を震わせながら三人の前に姿を現し、全員が息を呑んだ。
三人は普通のドレスだった。しかし、彼女はただ一人だけ燕尾服を着てさらに白手袋を装着して完全に執事の装いだった。
「これは…」
言葉に詰まるオダマキをスイセンは恥辱にまみれた顔で睨むがすぐに諦めたのかため息をつき、仕立て人を一瞥する。
「スイセン様たっての希望でございましたので」
「とてもありがたいです。でも! もっといいのあったじゃないですか!」
苦し紛れの言い訳にスイセンは噛みつき、その様子を見ていたシオンは我を取り戻し、目の前の美形に心奪われた。
「カッコいい....」
「スイセンだよ。彼女」
「うぇっ!? 嘘!?」
そんなやり取りをしていると老人が懐中時計をしまい、四人に声をかけてくる。
「皆様、僭越ながら会場までの『足』を手配いたしました。店の外に待機させておりますのでどうぞ」
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ。仕事でございますから」
オダマキの感謝へ老人はプロの回答をし、扉を開いて彼女らを送る。
「それでは、良い一夜をお過ごしくださいませ」
扉が閉まり、姿が見えなくなっても老人はお辞儀を続け、車が走り去る音を聞いてからようやく頭を上げ、仕立て人たちへ指示を出す。
「外出の用意を。お手入れが必要な方達だ」
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