第19話
「
「何がじゃ?」
病院を後にし、行きつけの菓子屋で作ってもらった団子を持って大通りを歩きながら食べるヤエに影から
「いや、あんな高い仕立て屋の無料券を差し上げたの、惜しくなかったのですか?」
「その程度の事か。
ヤエは質問してきた人形のことを春と呼び、団子を食べながら懐から先程シオンに渡したのと似たような名刺を二枚出した。
「使える者に渡すのが筋じゃ。腐らせるには勿体ない
「そうですか....主様は晩餐会? と言う催しには出ないのですか?」
春の問いにヤエは咥えていた串をバキッと噛み砕きながら悔しさに顔を凄ませる。
「行きたいのは山々なのじゃが....討伐があるのじゃ」
「それはとても悲しいですね」
「何を言うておる。主らも一緒ぞ」
「はあ....
春は彼女の影から一切身体を出さずに会話を続け、ヤエもそんな彼女に何も言わずにカカッと笑いながら二本目の団子を取り出して食べていると春はあることに気付いた。
「主様、先程の名刺をもう一度見せてくれませぬか?」
「んん? 行きたいのなら
そう言いながらもう一度名刺を見せると春はとても言いずらそうにしながらも、重大な事実を話す。
「主様が渡したのは無料券ですよね?」
「そうじゃ」
「それで、今二枚残っているんですね?」
「回りくどいのぉ。さっさと言うのじゃ」
機嫌を損ねたヤエは団子を一気に串から剥がすように食べ、三本目を取り出そうとして春が本題を話した。
「先日、三枚の内二枚が期限切れとおっしゃっていませんでした?」
「確かに。だが、それと何の関係が───」
言いかけてから彼女は団子を食べる手を止め、懐から二枚を慌てて取り出して期限を見る。
「ど、どうですか?」
「二枚とも切れてる方じゃ。危なかった。恥をかかせてしまう所じゃった」
ヤエは顔を向けず、淡々とそう言って団子を口に運んで咀嚼する。
「主様泣いてます?」
「たわけが。泣いておらぬわ! 安堵しておるのじゃ!」
そう言いながらもヤエは瞳を合わせずに屯所へ帰ると、既に同居人たちは全員帰宅しており彼女を出迎えた。
「遅すぎでは? もう、ご飯が冷めてしまいますわ」
「作ったのウチですけど? アンタ皮むきしかしてないじゃない」
「まあまあ、二人とも落ち着いて?まずはお帰りなさいが先でしょ?」
早速迎えにならない迎えを受けながらヤエは持っていた団子を袖元へ隠しながら居間へ行く。
「ただいま戻ったのじゃ」
「おう、お帰り」「お帰りなさい」「おかえりなのですわ!」
バラバラな歓迎にヤエは笑い、三人もつられて笑った。
「さて、
「今日はカレー。しかもスパイスいっぱいの辛いやつ」
「うっ、
「スズちゃんの分は別に作っておいたから大丈夫よ」
夕食の話で盛り上がりながら台所へつまみ食いをしに行こうとしたヤエの首根っこを先程まで二人をまとめていた女性が掴み、制止する。
「ヤエちゃん? まずは手を洗おうか。それから、ご飯はきちんと待ってね?」
「う、うむ....分かったのじゃ」
「礼儀正しいわねヤエちゃんは。エンちゃんは止めても食べようとしちゃって本当に苦労したわ」
「ハナさん....言わないでください」
さっきまで口の悪かった女性は敬語でヤエを制した女性へ話し、その様子を見ながらヤエは手を洗っていると階段を下りてこちらに来る人物を見る。
「今起きたのか」
「うん。おかえり、ヤエ」
目をこすりながら寝ぼけている女性は手を洗っている彼女を歓迎し、空いた洗面台で顔を洗って目を覚ましてボサボサの髪を後ろへまとめると先程までの態度が嘘のように胸を張って自信満々の状態で居間へ二人で向かった。
「あら、おはようマグちゃん」
「もう夕方ですけどね。おはようございます」
全員がそろったのを確認し、全員をまとめていた女性は夕食のカレーを再加熱すべく台所へ消えていき、残された四人は食器や飲み物を置いたり鍋敷きを敷いたりなど役割を分担し、カウンター前で呼び出しがいつかかってもいいようにしながら雑談する。
「スズさんはしばらく暇ですか?」
「いいえ。明後日から遠征軍の護衛を勤めないといけませんわ。ああ、お風呂もしばらくお預け....」
「エンキさんは?」
「アタシ? 別に。いつも通り『橋』に近づいてくる奴を追い払うだけ」
「ヤエさんは?」
「明日から時計塔の掃討なのじゃがエンキ、代わってくれぬか?」
「は? なんでアタシがわざわざ変わらなくちゃいけないのさ。お断りだね」
エンキと呼ばれる女性は心底嫌そうに断り、他の二人へ視線を向けるがヤエは折れずに懐から切り札を出し、彼女の前に差し出す。
「これでも、か?」
「なっ──チッ、分かったよ。代わる」
「交渉成立じゃ」
「はーい出来上がりましたよー? みんな手伝ってー!」
尚も不服そうなエンキを差し置いてヤエは話を切り上げ、台所で助けを求めるハナの元へと消えていった。
「はい、それではみんな手を合わせて〜?」
カレーを人数分作り、席についた四人にハナは手を合わせるように言って全員が手を合わせるのを見てから元気な声で食卓を始める。
「いただきまーす!」
「「いただきます」」
きちんと言ってからカレーを五人は一斉に食べ始めた。
「うま」
「
「美味しいですわ!」
「美味しい」
口々に感想を言い、あっという間に平らげてしまうと全員机の上に置いてある鍋からルーを取ろうと我先におたまを奪い合い、そんな様子をハナは微笑ましそうに見ながら手を叩いて注目を集める。
「みんな仲良く! いい?」
彼女の笑顔を崩さずに言ってきた言葉は反論の有無を問わずに返答を許さない圧があり、四人はシュンとした。
そんな四人の態度を見たハナは慌てたように手を合わせ、困ったような笑顔で自身の言葉を訂正する。
「まだまだいっぱいあるから、順番にね?」
「そうですとも。あと鍋二つ分ございます」
台所から割烹着姿で出て来た春にヤエは思わずガタンと立ち上がり、彼女を指差す。
「なっ、どうして主がおるのじゃ! 帰ったはずじゃろ!?」
「影にずっといたのですがハナモモ殿に見つかってしまいまして....それから猫の手も借りたいと言う程多忙の御様子でしたので、なりゆきで───らいすは如何しますか? よそりますよ」
「あ、お願い」
春はヤエの疑問に答えながらお代わりを求める他の人物たちのために奔走し、そんな様子を見ていたハナはさらに笑顔で頷いていた。
「と言うわけで春ちゃん、これからもよろしくね!」
「御意」
「主は私の
ヤエたちが和気あいあいとした夕食を囲んでいる頃、公国内のとある空き家の中で誰かと通信をする怪しい人影があった。
《ふうん....それで? 駄目っぽいの?》
「勝機はございます。明日になれば一気にこちらの優勢になるのです」
通信相手の若い男の声はどこか興味なさげな様子で、年老いた人影は必死に説得しようと力説するも手応えはなくついに若い男はため息をつきながら話を遮って口を開く。
《いい? こっちは密入国できる術があるって言うから君を高い犠牲を払って送ったの。なのにまだ~、あと少し~。言い訳しか出てこない。いい加減自分にも火の粉が飛ぶ覚悟で行動してくれないか?》
「そ、それは....」
老いた男は無線機を握りながら狼狽すると若い声は追撃をする。
《第一さ、
「そ、それには心配ございません! 明日になればと言う理由は軍の上層部が主催する晩餐会があるからなのです」
若い声は初めて興味を示したのか「ほう?」と声を漏らす。
(ここだ!)
老いた男は手応えを感じ、計画の全貌を一切の包み隠さずに話した。
「い、如何でしょうか?」
通信機はしばらく応答がなく、自分の言った内容に何か不都合があったのかと男は焦り、手に汗を握る。
《…面白い。良いね。その計画は全て任せよう。権限は最高レベルを限定的に授けるから支援は最大限行われるよ》
「っ!! ありがたき幸せ! 必ずやご期待に添えられるような結果に致します!」
男は誰もいない壁へ思わず頭を下げ、平伏していると若い声は笑い声を上げなら警告をする。
《そうそう。現在地に今『花屋』が向かっているらしいから気を付けてね。それじゃあ》
「え、あ」
老いた男の返答を聞かずに通信機は沈黙し、やがて炎を上げて塵となった。
「『花屋』が....くそっ!」
作戦の承諾、さらに褒められたという喜びを噛みしめながら男は急いで空き家から出ようと玄関扉へ足を向けたが、すぐに
男がベランダから飛び降りた直後に玄関扉が派手な爆発音と共に部屋の奥まで吹き飛び、土煙の中から四人の完全武装した人間がフラッシュライトで確認をしながら突撃する。
「駄目です。一歩遅かったようです」
「チッ、逃げ足が速いだけある。証拠はないか確認しろ。毛髪一本、繊維一本でも回収しろ!」
遅れて部屋の中に入った神父へ武装した一人が報告すると舌打ちと共に現場検証を即座に命じ、続いて数名の身軽な装備をした人物たちが部屋へ雪崩れ込み、修道士の命令通り現場検証を始める。
「どこへ消えた──んん?」
神父の服装をしている男はベランダに出て一服しながら眼下のトタンやベニヤで作られたスラム街のような町を見ていると一人の走っている人物に目が行った。
「いや、人違いか?」
ここしばらく根を詰めすぎたのだと思い、目頭を押さえて疲れを軽く取ってからもう一度見た時、その人物が振り向いてこちらを見る。
「っ! いたぞ! スラムの方へ逃げて行った!」
神父は咥えていた煙草を落としながら叫び、その人物を追うべくベランダから飛び降りようと身を乗り出した瞬間後ろから引っ張られ部屋の床にしりもちをついた。
「何しやがる! あそこにいたんだぞ!?」
「別動隊に任せてください。もう特徴と位置は伝えておきましたから」
神父を引っ張った女は装着していたヘルメットのバイザーを上げながらそう言うと腕時計で時間を見て目を丸くさせる。
「もうこんな時間! 帰らせてもらいますね!」
「おい、ちょっと待て!」
神父の止める声を無視して女は帰っていき、三人の武装した修道士と八人の身軽な修道士が神父を見る。
その空気にいたたまれなくなった神父は髪をグシャグシャにしながら解散を命じた。
教会へ帰り、別動隊も目標を見失ったと報告を受け、成果を得れなかったことに不機嫌な神父の元へ一人の修道士がUSBを持って訪れてくる。
「神父、これを」
「通信機? ログは?」
「こちらに」
修道士は持参したパソコンにUSBを差して傍受した内容を再生する。
《明日に───は───軍の上層───》
《@$#kw'ß??"#!!4》
「これだけか?」
「申し訳ありません」
神父はその一瞬の動画に呆気に取られたが、やがて頷き傍受した修道士を労って部屋へと返し、一人で何度も何度もデータを聞き続けた。
「明日に? そして軍の上層部....」
断片的な情報を紙に書き起こし、それらを繋げる手がかりを探し続けること一時間。
「これが狙いか」
神父は追っている人物が翌日行われる公国軍主催のパーティーでひと騒ぎを起こすことを突き止め、すぐさま関係者に電話をした。
「ああ俺だ。今晩開催される晩餐会の警備を引き受けたいんだが、どうだ?」
(お前らの好きにはさせない。俺が健在の間はな)
神父は電話をしながら闘志を燃え上がらせ、やがて相手が警備の快諾をすると不敵な笑みを浮かべながら感謝の言葉を口にする。
「その選択に後悔はさせない。教会の者は人間離れしているというのが
三つの勢力が交わる晩餐会の前夜、一つを覗いて準備が整った舞台を空に浮かぶ月は見下ろし、最後の安眠を手助けしていた。
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