第17話

「くそっ! キリがない!」

「言葉より弾を出せ!───リロードする!」

 ケースを持つカルミアを囲むようにしながら四人は発砲を続け、迫り来る化け物たちを次々と殺し、空となったアンプルを地面に落としてガラス片を散らす。

「アヤメ危ない!」

 シオンの警告でアヤメは地面から這いずって迫ってきた『ミント』に気付き、銃口をそちらへ向けた。

 だが、それに気付いたのは相手も同じで、緩慢だった動きが急に早くなり彼女へ飛びつく。

「このっ....離れろ!」

 零参式で噛まれないよう守りながらすぐさまナイフを抜き、顎を切り落とす。

「aga.....」

「噛まれなきゃ、なんて事はない!」

 顎を失い、声にならないうめき声を上げながら怯んだ『ミント』を蹴って離れさせ、頭へ二発撃ち込むと噴水のように液を吹き出しながら倒れた。

「はあ、はあ....」

「アヤメの方が手薄になった! シオン、こっちを任せてもいいか?」

「任せて隊長!」

 息を切らしながらも応戦するアヤメをカルミアのいる真ん中へ押し込みながら、オダマキは四面だった陣形を三面へ変えて射撃する。

「アヤメさん、これを」

「ありがとう」

 カルミアから手渡された注射をアヤメはなんの躊躇いも無く自身の腕に打ち、苦悶の声を漏らした。

「ぐっ......もう大丈夫。復帰します!」

 しばらくして元気よく立ち上がったアヤメは零参式のセレクターをフルオートに変更し、シオンの隣に立って再び四面の陣形に戻して勢いを巻き返す。

 だが、それも一時の優勢であり元の火力に戻ったのだと知られるや否や再び戦力を増加した波が襲い掛かり、それを削りながら誰かが弾切れを起こし、再装填の援護で二面が脅かされ、また誰かが疲労で動けなくなれば無理に活性化剤を打ち込んで誤魔化し、立ち上がるを繰り返す。

「もう、無理.......」

 左腕に複数の青い注射痕を作りながらシオンは目の下に睡眠不足からではない隈を作り、垂れ流しの涎や汗を拭いもせずひたすら機械的に、無意識に零弐式を撃ち、再装填するを続ける。

 もうやめて、と心が拒絶をしても本能が自らを生かすため無理に動かし彼女は考えることを止めようとしていた。

「シオンをこれ以上戦わせるな!」

「シオンさん!」

 目を虚ろにしながら零弐式を駆使して異形たちを蹂躙し、時折這いつくばって襲ってくる卑怯者へは涎をまき散らしながら手に持っていたナイフで二枚おろしにして再び零弐の狙いを定めるという作業を続け、ついにアヤメが彼女の手から銃を奪いカルミアが引きはがす。

「駄目.....殺さないと.....」

「無茶です! 死ぬ気ですか!───って力強っ!?」

 うわごとのように呟きながら素手で群れに立ち向かおうとするシオンをカルミアは必死で阻止するが彼女の努力空しくスイセンとアヤメをかき分けてナイフを握り締めながら『ミント』へと歩む。

「シオンさん!」

「殺す.....殺さなきゃアキノさんを迎えに行けない......カンパニュラとも仲直りが出来ない......」

 幽霊のようにおぼつかない足取りが段々とはっきりと地面を踏み、そして駆け出して行きあっという間に彼女の姿は覆いかぶさる『ミント』で見えなくなった。

「うそ.....」

「シオン! シオン!」

「アヤメさん駄目です!  陣形が崩れたらそれこそお終い───ああっ」

「スイセン!」

 よそ見をしたスイセンは群れの中に紛れていた『ハエトリグサ』に襲われて姿を消し、アヤメとオダマキはカルミアを守るように互いに背を向けその間に彼女を置いて抵抗を続ける。

「リロード! カルミア、頼む!」

「え!? 無茶です!」

「撃てるだろ!? 商店街で私を守ってくれたじゃないか!」

 オダマキは冗談など聞いていられないと怒りながら手際よく再装填し、弾幕を張りながら声を荒げる。

「わ、私は撃ってません!」

「なんだって!?」

「引き金を引いても水がピューピュー出るだけでした! だから私じゃないです!」

 突然の本気に出来ない告白にオダマキは驚き、アヤメも思わず目線が外れてしまい、その隙を逃さまいと触手が彼女を宙に舞わせた。

「アヤメ!」

 ゾロゾロと湧き続ける『植物』たちの群れの中に落下し、ついに二人きりとなる。

「ごめんなさいごめんなさい私のせいで.....」

 際限のない敵を前にカルミアは心が折れ、謝罪の言葉をずっと口にしているが、オダマキは違っていた。

「カルミア、私から離れないでくれるか?」

「え?」

 銃剣を装着しながらカルミアへ頼むと、彼女は疑問に思いながらもオダマキにピッタリと密着する。

「助けが来るまで絶対に生かす」

「kararara!!」

 一匹の気の早い『ミント』が襲い掛かり、オダマキは斬り捨てて再び構える。

「aaa!kararara.....」

 殺された仲間へ怒っているのか、それとも諫めの言葉を投げかけるような声をあげて波は二人を飲み込もうと押し寄せて来た。

「来る!」

 零肆式の狙いを定めず、連射をしてせき止めながら二人は前進し、アヤメが消えた場所へと向かう。

 しかし、尽きることのない波と限界のある銃では負けることなど一目瞭然でありオダマキがどんなに早くリロードをして射撃を再開する度に波と二人の間は詰められ、ついに立ち止まった。

「駄目だったか」

「オダマキさん.....」

 右腕を『ミント』に噛み千切られながらも撃ち続けたオダマキだが、片手では思うようにリロードも出来ず、波がついに二人へ衝突する。

 波が鼻先に迫ってきた時、死を感じた。自分の意識が無くなり、世界との境界が溶けるのを待ち続ける。

 だが、その感覚は訪れず、前を見るとアヤメらしき人物が瀬戸際で防いでいた。

「アヤメ!?」

「あ、アア.....死なせない!」

 不凍液のように濁っていた緑色の瞳は輝きを持って淀みを無くし、枯れ木のような色だった髪には活気がみなぎって元の穏やかな黄色へと戻っていた。

「何を......したんだ」

「ああああ!!」

 唖然とするオダマキを背後にアヤメは叫びながら『ミント』を吹き飛ばし、揺らいだ群れへ蔦を絡ませた槍を持って追撃する。

「死ねっ! 死ねっ!」

 鬼神の如く疾走しながら槍を駆使して次々と斬り捨て、カルミアとオダマキの元へ『植物』たちがたどり着かないようにして戦い続ける。

「あああ───がはっ」

 吠え声を上げながら暴れ続けていたアヤメは突如立ち止まり、口からどす黒い液体を吐き出しその場に倒れた。

「アヤメッ!」




「やれやれ、世話の焼ける部隊よのお」

「私が行って参ります」

「よいよい。全員で始末する」

 オダマキたちが戦い続けている様子を立ち上る土煙と轟音で確認した長髪の女性は呆れたように言いながら団子を口にしていると後に続く雑面ぞうめんを付けた少女の一人が走ろうとするのを手で制し、残った団子をひと口で食べきり串を捨てる。

「久方ぶりになまくら以外を斬れそうじゃからの」

 腰元の日本刀の鞘に触れながら長髪の女性はニヤリとし、戦場へと向かっていった。



「駄目...か」

 オダマキは倒れたアヤメを抱えながらカルミアの隠れていた瓦礫の中へと逃げ、浅い呼吸をしながら嘲笑を浮かべる。

「大丈夫です。おそらく薬の副作用なので安静にしていれば.....出来ませんよね」

「安静、か。参ったな...これが終わったら全員休暇のはずだったんだが、無期限休職となりそうだ」

 寂しそうに笑いながらオダマキは無くなった右腕と左足の先を見る。

「aaa!」

 外では三人を探そうと躍起になっている『ミント』の声が聞こえ、居場所がバレないよう息をひそめ続ける。

 きっと助かる。

 そんな淡い希望を持ちながら静かにしていると外も静まり返り、やがて一人の少女の呻き声が聞こえた。

「うっ、ああ....」

(シオン!)

 オダマキは反射的に出ようとしてカルミアに止められる。驚きで彼女を見ると目に涙を溜めながら首を横に振り、堪えるようにと見てきた。

「.....!!」

 歯ぎしりをしながらオダマキは耐え、それでも行われているであろう彼女の処刑を見届けようと顔を少し出す。

 壁際に肩を貫かれて吊るされ、抵抗の出来ないシオンはぐったりとうなだれ、眼下の『ミント』を見ていた。

「aaa!aaa!」

 興奮しながら跳ねる『ミント』たち。声を出さず、鞭のような触手を地面に叩きつけて催促する『ハエトリグサ』。

 やがてその群れの中からパチパチと拍手をしながら一人の男が現れ、シオンを見上げてスピーチを始める。

「同志諸君、これは君たちの家族や友人たちをなんの躊躇いもなく殺し続けた罪人だ」

 上がるブーイングのような吠え声。

「そして見た目が人でいないという理由で諸君らは迫害され、あまつさえ共存という理念さえも打ち砕かれた」

「何を言っているんだ.....それより、誰なんだ?」

 オダマキは穴から出て、瓦礫の山へと這ってより近くで聞く。

「これは正当な復讐だ! 我々に正義があり、奴らは悪だ! ならばこの目の前にいる人でもなく我々のような高貴なる血が流れているわけでもない下賤な者をどうする!?」

「kill ! kill !」

 初めて『植物』たちは言葉を発し、それを聞いたオダマキは戦慄した。

(喋れる!? それより、あれを統率する人物は? いやまずはシオンを───)

「随分と酔いしれた話じゃの。では、正義の名のもとにいたいけな子供を殺すことも厭わぬとな?」

 廃墟に響き渡る女性の声。男はため息をついて頭を抱えながらもその声を歓迎する。

「君が来るのは少し早すぎないか? 少なくとも出来る奴らを送り込んだというのに」

「あんなの、食後の運動にもならぬわ」

 そう言いながら女性は正面から堂々と現れ、『植物』たちと対峙する。

「無茶だ....一人であの数は」

「いいえ。大丈夫です」

 隣にいつの間にか現れた少女の反論にオダマキは驚き、同時に彼女の姿を見て苦笑した。

「瑞穂隊か.....なら彼女は───」

「ええ。傷一つ負わず勝てるでしょう」

 そんなやり取りを女性と男と化け物たちは露知らず、無言の圧を衝突させて膠着する。

「例え『最強』と呼ばれる勇猛果敢なきみでも、この人数を相手にするのはいささか無謀じゃないか?まさか、もう見えなくなったのかい?」

「たわけが。いつ私が一人で戦うと言ったのじゃ?」

 女性は刀を鞘から抜かずにそれごと持って立っていると廃墟の骨組みの上や影からオダマキの隣にいる少女と全く同じ装いをした人物たちが姿を現した。

「なるほど確かにこれは分が悪い」

「投降すれば、最低限の礼節で迎えるが?」

 女性の挑発に男は吹き出し、彼女へ中指を立てる。

「答えはNOだ。僕らの理想の糧となってくれ」

「そうか。残念じゃ」

 女性はここで初めて鞘から刀を抜き、一回横へ振り刀を下ろす。

「ほら、行け。どうしたどうした?」

 男は命令するが『植物』たちは動かず、やがて体をガタガタと震わせ始める。

「何をした?」

「村雨流抜刀術、技の名を〈おぼろ〉。既に斬られたと錯覚し動けぬの。さあ、どうする?」

 女性は切っ先を男へ向けながら笑みを浮かべて挑発をすると男は歯を軋ませながら舌打ちし、怒りを零す。

「ここでの戦闘は僕が負けそうだ。大人しく帰らせてもらうよ」

「逃げられると思っているようじゃの」

「逃がすのが賢明だよ?」

 男は女性へ背を向けて歩き、彼を追撃しようとした少女の一人が地面に落下し、首を押さえて悶絶し始めた。

「よい。追うな」

「仲間思いな英雄様だ」

 男は顔も向けずに賞賛し、風と共に消えると同時に悶えていた少女の症状も収まり、立ち上がる。

「申し訳ありません」

「気にせんでよい。それより、謝罪の意思があるなら手伝ってくれないかの?」

女性はそう言いながら眼前の震え続ける『植物』たちを見ると少女たちは頷き、短刀を両手に持って一方的な蹂躙を始めた。

「もう出てきて構わんぞ。オダマキ」

 そんな様子を見ながら女性は刀を鞘に収めながら声高く宣言するが、オダマキは出てこない。

「出てきていいのじゃぞ?」

 少し不安のある声でもう一度呼びかけると近くの穴から足と腕の欠けた彼女が少女に支えられ出てくる。

「随分と無茶をしたようじゃな」

「ああ。だが、今も戦っている仲間もいる」

 オダマキは時計塔の方を指差すと女性は頷き、近くにいた少女たちを時計塔へと向かわせた。

「しかし、相変わらず強いな。ヤエ」

「師範に恵まれたからの。それと、負傷者は全員保護しておいた」

「ありがとう」

 ヤエと呼ばれる長髪の女性の言う通り、近くの平らな場所に戦闘で散り散りとなった部隊員が全員寝かせられており、蹂躙を終えた瓜二つの少女たちが看病していた。

「しかし、全員同じ服装だと分かりづらくないか?」

人形ひとがたの事か?何を言うておる。おもてに字が書いておるじゃろ」

 言われてみると確かに動き回る少女たちが付けている雑面にはそれぞれ〈春〉や〈牡丹〉などと書いてあり、それで名称分けをしているのだと分かる。

「再会を喜びたいのも山々なのじゃがな」

「分かってるさ。報告だろ?」

 ヤエの歯切れの悪い言葉にオダマキは顛末を話そうとした時、ヤエは彼女の口に指を添えて黙らせる。

「?」

「まずは帰還じゃ。治療が最優先だから公国へ帰るぞ」

 帰還の合図と共に人形たちは担架に全員を乗せて二人一組で運び、ヤエと共に来た道を戻っていった。

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