束の間の平和
第18話
「ん...ここ、どこ?」
戦場ではない場所だと分かる音で目を覚ましたシオンは清潔な白い天井が目に入り、ゆっくりと起き上がる。
「あ、隊長...アヤメも、スイさんも」
「おはよう。シオン」
病院の大部屋に四人は収容され、彼女と対面するベッドにはオダマキがいて小さく手を振りながら笑いかける。
「シオンが一番遅く起きたね」
「むう」
目覚めて早々に意地悪を言うアヤメをまあまあ、と言葉で諫めながらスイセンはオダマキへ目線で助けを求めた。
「アヤメはシオンが起きるまでしきりに気にして私とスイセンに聞いてきたんだ。悪気はないんだよ」
「ばっ、隊長!」
オダマキの仕返しにアヤメはベッドから身を乗り出したが強化ガラスに阻まれ、鈍い音を響かせて額を押さえる。
「え? アヤメ?」
シオンは三人のベッドと違い、カーテンではなく強化ガラスで仕切られていることに初めて気づいた。
意味が分からず、ベッドから降りるために点滴の針を抜こうとして病室の扉がガラリと開いて一人の医者が入ってくる。
「おはようございます。皆さん」
「おはようございますドクター」
医者に挨拶をされ、オダマキが代表して挨拶を返すと三人はペコリと頭を下げた。
「経過は良好ですか? とりあえずオダマキさんとスイセンさんはこれから施術するので準備していてください。シオンさんとアヤメさんは待機です。安静ですからね」
「待って! 先生!」
予定を説明し、安静を強調して去ろうとした医者へシオンは声をかけて止める。
「どうしました? 先に言いますけど病院食は変更できませんよ」
「アヤメだけどうして監禁されてるんですか?」
シオンの質問に医者は難しそうに顔をしながら手に持っていたカルテを数ページ進めてから内容を読み上げる。
「アヤメ・フリージア。階級は一等軍曹で花人混合軍、花人機械化混合隊所属。カテゴリーはⅡ型花人。搬送時、容姿の激変により本人確認のため採血し検査した際、血中に『植物』の成分を検出し経過観察のため強化ガラスによる観察を決定」
「え?」
静かにカルテを読み終えて悲痛な表情を浮かべているシオンと沈んだ表情の三人へ医者は礼をしてから部屋を去っていった。
医者がいなくなり、葬式のように静まり返った病室の中で一人強化ガラスの中で達観視しているアヤメは薄い笑顔を浮かべる。
「そっか....私、処分されちゃうかもな」
アヤメの自分を突き放したようなセリフにシオンは怒り、点滴の針を抜いてベッドから降りて強化ガラスを殴りつけた。
「なんでそういうこと言うの!? 絶対に私がそんな事させないから!」
「シオン.....」
強化ガラスを殴り続け、拳に走る激痛に耐えながら振り下ろし続けていると天井や床、ガラスに赤い血をビシャリと跳ね飛ばしながら殴る。
「シオンッ! もうやめろ!」
「嫌だ! アヤメをここから出すの!」
オダマキは動けないため叱咤するが彼女はそれでも止めず、涙も流しながらガラスを殴り続けた。
「シオン、手が!」
強化ガラスの中のアヤメはシオンの拳が赤くなるだけではなく、ついに白い物が見え始めたことに気付いて息を呑んだ。
「こんな....この程度で!」
「なんじゃなんじゃ。重傷ではないか」
音もなく病室に入ったヤエはいつの間にかシオンの背後に立ち、彼女の振り上げた拳を掴んでマジマジと見ながら気の毒そうな声を上げる。
「だ、れ?」
「
「
「誰!?」
病室の扉から顔を出そうとした少女が影に消え、拳を持たれて動けないシオンは驚き恐怖するがヤエは気にせず怪我した場所を見続けながら話を続ける。
「そういう訳なので命の恩人である私の意見を主らは聞く義務があるんじゃが、分かるかの?」
「全然っ! それより、さっきのお化けみたいなの何!?」
シオンの「お化け」と言う言葉を聞いた瞬間、病室に十二人の同じ格好をした少女たちが雪崩れ込み、彼女を囲んだ。
「え!? 本当にお化け!?」
「お化けじゃない! 牡丹たちは生きてる!」
「そうだそうだ!」と抗議する様子にシオン達は呆気にとられ、ヤエは頭が痛くなったのか手で押さえながらため息をついた。
「こうなるから出てくるなと言っておいたのに....どうして出てきたのじゃ?」
「お化けじゃない! 生きてるもん!」
「それは先刻聞いた....それより散れ散れ! 他の者たちに見られたら騒ぎになるぞ!」
まだまだ抗議し足りないと態度で表しながらも渋々病室の外へと消えていき、再び静寂となった病室でヤエは咳払いをした。
「と言うわけで....
言うだけ言ってヤエは掴んでいた手を放し、帰ろうと扉に手をかけてから「あ~そうじゃ忘れておった」と四人を見ながら左目にある少し開いた桜の
「よくぞ生きて帰還した。上官として、同じ花人として鼻が高いのじゃ」
「花だけに──痛ったあ!?」
「いつ斬ったの、あれ?」
シオンは底知れぬ実力と様子に舌を巻きながら自分の拳に丁寧にまかれた包帯でもう人間じゃないなアレは、とドン引きした。
そんな苦笑いを浮かべ、自分の手を見て棒立ちのシオンへ恐る恐るアヤメは近づいて行き、声をかける。
「手、大丈夫?」
「うん。それよりアヤメも大丈夫? その....私たちのこと憎く思ってない?」
「思うわけないよ」
笑えない冗談だろう。しかしアヤメはそれを笑い飛ばしてシオンの頭を軽く叩いた。
「イテ」
叩かれた頭を抱えながらシオンは顔をしかめてから笑うと病室の空気はすっかり和む。
「どういう状況....ですか?」
そんな病室に二人へ施術しようとやって来た医者は驚いて立ち止まり、付いてきた助手の看護師たちも絶句していた。
「全く....こんな無茶をするなんてどれだけ前線は酷いんですか」
「すいません。でも一応は死者いないですよ」
カチャカチャと手際の良い手術をしながら零した外科医の愚痴にオダマキは少し誇らしげに答えると外科医はマスク越しに笑い、同意しながら右腕を施術し終える。
「右腕はこれで繋がりました。あとは脚ですね」
「ありがとうございます」
外科医は場所を移って右足の近くに椅子を移して助手から液漬けの足を受け取って縫い付ける作業を始める。
「つっ!」
「すいません。脚は苦手なんです....」
「大丈夫です」
顔を苦痛に歪めながら外科医の謝罪を流し、隣で同じく両腕の移植をしているスイセンの方を見ると彼女は顔を強張らせながら天井をずっと見ていた。
「スイセン、もしかして緊張しているのかい?」
「い、いえ....ただ怖いんです」
首を動かさず、天井を見続けながら答えたスイセンは弱音を吐くとオダマキはプッと吹き出し、シオン達も意外な彼女の弱点に笑う。
「終わりました。馴染むまではリハビリを──いらないようですね」
「馴れてますから 」
四肢が戻ったオダマキは右手を動かしたり、ベッドから降りて柔軟などをして身体を馴染ませている様子に外科医は目を丸くした。
「施術されたての人は普通あんな動かせませんよ。あんな感じで」
外科医は感心しながら両腕の移植を終えたスイセンを指差すと彼女は両腕を全く動かせずに途方に暮れていた。
「動かせない....」
「神経を繋ぐ感じで想像しながら動かすと出来るよ」
オダマキのためにならないアドバイスを聞きながらスイセンはプルプルと腕を震わせながら浮かばせ、ベッドにまた落ちる。
「駄目だ―」
「ふふ」
スイセンの諦めて音を上げた声にアヤメは思わず笑い、今度はシオンが頭を軽く叩いた。
「笑っちゃだめだよ」
「でも、なんでも出来そうなスイセンさんが苦労してるなんて珍しいと思うでしょ?」
それも確かにそうだとシオンは手を叩き、同意している間もスイセンは両腕をなんとか上げようと努力を続けオダマキは隣で応援を続ける。
しばらく腕は上がりそうで上がらず、少し動かせてもまた糸が切れた
「ぐぬぬ....」
「頑張れ! あと少しだ!」
スイセンの隣に椅子を置いてオダマキは応援を続け、ついに彼女は歯を食いしばりながら咆哮と共に腕が上がった。
「行けた!」
自らの力で動かせたことに三人は拍手し、祝福した。
「繋がるってこんな感じなんですね。なんか、昔見たマンガの主人公みたいな気分です」
手を開いたり閉じたりしながら嬉しそうに話すスイセンへアヤメは興味をそそられて質問する。
「どんなマンガですかそれ」
「別世界の自分の腕を移植して、自分の妹? を守ろうと力を行使した時に初めて使えるようになったんですよ。とても面白かったです」
それからしばらく四人は昔読んで記憶に残っていたマンガや映画の話をしようとオダマキの提案で彼女から話し始める。
「私は吸血鬼と人間がそれぞれの世界で共存するマンガが記憶に残っているね。主人公と相棒がその境界を壊そうと
オダマキの話を聞いた三人は意外そうな顔をし、シオンが次に話し始めた。
「私は神様と普通の人間の少女が恋して結ばれる恋愛マンガが好きでした。最初は仲が凄い悪い感じだったんですけど主人公の少女が真摯に向き合い続けるうちに神様も心を開くっていう話です。もし国営書館に残ってたら教えますね」
シオンらしいストーリーに拍手が送られ、アヤメが口を開く。
「えーと....マンガが原作の映画なんですけど、サイボーグ化が進んだ近未来の世界が舞台で謎の事件を追っていく主人公たちが段々その犯罪の規模の大きさから国家をも巻き込む一大事件に立ち向かうってストーリーです」
「想像力豊かな話だね。いつかそんな世界にしたいよ」
「犯罪もめんどくさくなりますよ?」
それは御免だ、とオダマキは自分の軽率な発言を苦笑と共に撤回しながらスイセンの方を見ると彼女は困惑を表情に出しながらも二回目の紹介をする。
「他にはそうですね....産業革命時代のイギリスを少し近未来にした感じの世界を舞台にしたスパイアクションのマンガとかですかね」
「なにそれ面白そう!」
シオンは興味津々と言った様子で目を輝かせて身を乗り出した。
そんな彼女のためにも、と思ったスイセンは少し話に力を入れる。
「ちょうど五人で構成されたチームが分断されたイギリスを舞台に膠着状態の両国を戦争状態にしようとする
「へえー! 見たいなー」
「ありますよ。私の部屋に」
残念がるシオンへ彼女は含みのある笑いを浮かべながら告げるとシオンは顔を弾けさせ、退院したら借りに行くと約束した。
「おお、一瞬で随分と回復したようじゃの」
「あ、ヤエさん!」
歓談している病室に再びヤエが単身で乗り込んできて、話に割って入ってきた。
「シオンは随分と気を許しやすいの。拳の調子はどうじゃ?」
「まだ痛いけど大丈夫です! ありがとうございます」
礼儀正しいシオンへ彼女は顔を綻ばせながら頭を撫でているとオダマキが何故来たのか聞く。
「明日の晩に晩餐会があって、主らも出席するようにと言う旨を伝えに来たのじゃ。つまるところ、相応しい装いをするように」
相変わらず言いたいことだけ言ったヤエはシオンの机の上に一枚の名刺を置いて去っていき、四人は絶句した。
「晩餐会? 明日?」
「無茶苦茶な....」
スイセンとオダマキは頭を抱えて急すぎると嘆き、アヤメも事の大きさに理解が追い付かない。
「ねえねえ、晩餐会ってなに?」
だが、シオンだけは存在を知らずにアヤメへ内容を聞いてくる。
「晩餐会って言うのは正規軍、混合軍の将校や司令官、さらには公国の重鎮が出席する会の事。少なくとも私達みたいな
「ご飯は美味しい?」
「美味しいと思うけど──え?」
シオンの的外れのような質問にアヤメは首を傾げながら答えるとシオンは満足そうに頷く。
「決めた。晩餐会行く!」
「でも、ドレスとかいろいろ必要だから....軍服じゃダメなんだよ?」
「分かってる! だから、ここに行くの!」
シオンはそう言いながらヤエの置いて行った名刺をアヤメに見せる。
名刺を見せられたアヤメはそれを読み、驚きのあまりあんぐりと口を開いて硬直し、悩み続ける二人を上ずった声で呼んだ。
「ちょ、あの隊長! スイセンさん!」
「なんだ? 今それどころじゃ───」「なんですか? 話は───」
少し不快そうな顔をしながら名刺を見て二人も同じように驚き、硬直して現実化を疑う。
「これ....偽物ではないね?」
「はい。本物です」
それは公国内で名の知れた仕立て屋の名刺で、ロゴの下には〈紹介書につき、代金は不要です〉と走り書きがされていた。
「晩餐会出れる?」
「ああ。行けるよ」
「やったあ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます