第16話
「こちらアリウス。レコンキスタ、応答しろ! 誰か!」
オダマキは走りながら無線機に呼びかけるがザーザーと雑音を返答するだけで何度も何度も声をかけ続ける。
「っ!.....クリス軍曹! ブルーノ曹長! アイフェイオン! ジニア!」
名前を叫んでも無線機は同じ返事を繰り返し、ついに彼女は送信ボタンから指を離してハーネスに装着し直す。
「応答がないって事は全滅....?」
「撤退しろって通信が最後にあったから電波の通じない場所にいるかもしれないし、まだ希望はあるよ」
シオンの不吉な質問にアヤメは自身もその答えにすがるような返答をし、オダマキは振り返らずに走り続ける。
「隊長、前方十一時の方向から──」
「分かってる」
アヤメの忠告を最後まで聞かずオダマキは機械的に零肆式の銃口をその方向へ向けて引き金を引いた。
「aaa!」
「次、二時の────」
「二時の方向、数は六」
弾が命中して苦悶の叫びをあげる『ミント』を尻目にオダマキは先頭を走り続けながらそれぞれ致命傷にはならない箇所を的確に撃ち抜き、そして通過していく。
「隊長、なんで倒さないんですか?」
「倒していないわけじゃないよ。そのうち倒れる」
振り向きもせず、淡々とした口調で話すオダマキにはこれ以上質問することを許さない迫力があり、シオンはそれ以降何も言わずに走っていると商店街を抜け出し、それと同時に無線から砂嵐に混じって人の声が聞こえてくる。
《こちら───。アリウス聞こえてるか!? こちら歩兵連隊隊長マリア! オダマキ!》
オダマキは無線機を手に取り、喜びを露わにして応答する。
「マリア! 良かった。無事なんだね。もうすぐ合流できる」
《いや、こっちへ来る必要はない。既に本隊が到着して旧首都は奪還できた》
朗報のはずなのにマリアの声は沈んでおり、オダマキは不自然だと思った。
「それなら、他の部隊員の声を聞かせてくれないか?」
オダマキの要求にマリアは無言で、答えない。
「マリア? 聞こえているかい?」
《レコンキスタは.....全滅した》
「どういうこと...だ?」
か細い声で報告された悲惨な現実にオダマキの顔は潮のように血の気が引いていき、無線機を持つ手も弱まってカシャンと音を立てて地面に落下した。
《ザザッ───えてるか? オダマキ?》
「何が、何があったんだ? 教えてくれ」
無線機を拾い、詳細を求めるとマリアは息を深く吐き出してから悲劇を語り始める。
「急げ! 動ける者は防衛線を再構築するんだ! ここで全滅などしてたまるか!」
「帰って来たぞ! 先遣隊だ!」
銃声が鳴り響いていた戦場から少し離れた呻き声と無線の報告入り乱れる廃墟の中でレコンキスタ隊隊長マリアは指揮を執っている中、送り出していた部隊が戻ってきたと聞いてすぐさまバリケードの置かれている入口へ数名の部下を引き連れて出迎える。
「ご苦労。結果は?」
「アイツら一体撃退すると二体に増え、二体撃退すると三体に増えやがります.....これじゃあキリがありません!」
「分かった。それより、他の者はどうした?」
「全員食われました.....自分を逃がすために、進んで囮になったヤツも......」
自己嫌悪と後悔の念からか細い声で報告し、今にも自決しそうな兵士の肩に彼女は手を添えて話しかけた。
「いいか。今我々は確かに窮地に立たされている。だがそれでも我々の闘志は揺らがずに徹底抗戦を掲げている。一秒でも長く、一人でも生き延びさせるために戦う仲間が必要だ。これ以上は言わなくても分かるな?」
「はっ.......この命、尽きるまで奴らに抗ってみせます!」
兵士は立ち上がり、敬礼をして速足で臨時の兵器庫へと向かっていった。
「さて、残存兵力はどれほどだ? 少尉」
マリアは臨時指揮所へ戻り、隣のベレー帽を被った副官へ問いかける。
「はっ。現在の戦力は通常歩兵が百五十名、重装歩兵が六五名に特殊歩兵二十名と支援火器軽重合わせて六十丁あまり。使い捨ての兵装はクレイモア二十、対人手榴弾十五にスタングレネード三十です」
「敵の勢力は?」
マリアの質問に今度はその隣の青い軍服を着た青年が答える。
「第Ⅰ類、Ⅲ類のそれぞれ『成体』が確認されており、合わせて二個大隊ほどかと思われます」
多いな、とマリアは思わず笑みを浮かべて机の上に置かれた廃墟内の間取りとトラップの配置が記された地図を改めて見る。
「入口にクレイモアを五つほど設置し、残りは裏を取られたりしないよう警戒ラインに置け。対人手榴弾は入口のクレイモアが爆発しきってから使えと伝えろ。出し惜しみは無しだ。第一防衛ラインの人員は通常歩兵を七十五名、重装歩兵すべてを配置しろ。それと、重機関銃六丁を設置して弾帯も二箱分付けて待機。現地での指揮は少尉に委任する」
「はっ」
ベレー帽の副官は敬礼をして退出し、命令されたとおりに要塞化を始めた。
「続いてだが、特殊歩兵二名と通常歩兵二十名を率いて万が一に備えていてほしい。特にⅠ類の侵入に、だ。これの指揮は准尉、頼んだ」
「了解しました」
青い軍服の青年は敬礼して先程の副官と同じように退出し、指揮所にはマリアしかいなくなる。
誰もいなくなった暗い、埃っぽい指揮所で彼女は胸ポケットから煙草を一本取り出して咥え、火を点ける。
「ふう.....」
肺にたまった煙を吊るされている裸電球へ吹きかけながらマリアは整えていた髪をグシャグシャにして振り下ろし、煙草を一気に吸う。
「これが最後の晩餐なら、ユダも驚くほど貧相だな」
短くなった煙草を割れた瓶の中へ捨て、無線機を片手に指揮所から出て自身も最前線へ足を運ぶ。
最前線に行くと既に要塞化は済まされており、さらに重機関銃の近くに土嚢が積まれて防御がより一層強まっていた。
「この短時間でか。すごいな」
「混合歩兵連隊隊長マリア・ケリー大尉に、敬礼!」
マリアは感嘆していると存在に気付いたベレー帽の副官が声を張り上げ、周りの兵士たちは一斉に彼女へ直立不動の敬礼をする。
「休め」
「傾注!」
マリアは近くの少し段差のある場所へ上り、片手を上げながら命ずるとベレー帽の副官が隣で再び声を張り上げた。
「諸君、我々は当初一日で、しかも死傷者───いや、死者ゼロで終えるはずだった戦闘を今もなお続けている。おかげさまで八百名以上もいた精鋭たちがいまや半分以下にまで減ってしまった!」
重く静まる空気、顔を暗くさせる新兵と一切の表情を変えない古参兵たち。
「しかし! 半分も消耗した所で我々にとっては何ら変わらない!何故なら我々は
マリアの冗談に兵士たちは笑い、少し空気が緩まった。
「私がこれまでの前置きで言いたいことはただ一つ! 古強者である貴官らは一騎当千の実力の持ち主であり、新兵諸君らはその先輩である老害どもから技を盗み、背中から撃って己の戦果を挙げる勢いで挑め! この一瞬で我々は正義を気取る阿呆から正義を掲げる愚者へとなるのだ!」
「「おおーー!!」」
たちまち雄叫びが彼女の元へと返り、空気と鼓膜をビリビリと揺らす。
「以上! 動くことを覚えただけの燃えるゴミどもに負けるな!」
マリアはそう言い切ってから部下たちへ敬礼し、兵士たちも敬礼で返答した。
敬礼する彼らの顔つきをみて彼女は満足げに頷き、入り口を指差し作戦開始の合図を出す。
「ショータイムだ!」
直後に入口にセットしていたクレイモアの一つが爆裂し、この世のモノとは思えない悲鳴を廃墟いっぱいに響かせる。
「死守だ。屍になろうと、両腕を失っても銃を手放すな」
マリアはバヨネットと『植物』に有効な特殊弾を用いるピストルを抜いて先頭に立った。
最初の爆発から数分は何もなく、ただ緊迫した空気だけが入り口に漂い続ける。
ただの脅しかと新兵たちが気を抜いた瞬間、他の兵たちが一斉に銃を構え慌てて彼らも入口に向けた。
「来るぞ」
マリアの宣言から間もなく地鳴りと共に『植物』たちが押し寄せ、入り口の枠に激突し建物いっぱいに衝撃を与える。
「怯むな! 撃て!」
揺れと共に入口の枠は壊れ、広くなった入口から雪崩れ込む群れへ一斉に引き金が引かれる。
一瞬で奇声と建物の出す呻き声が銃声でかき消され、殺到する『植物』たちによって入口には光源が消え失せマズルフラッシュだけが灯りとなり断片的な資格情報をもたらす。
「おおおおお!!! 」
「ジェイク! 離れろ!」
重機関銃を撃ち続けていた銃手に『ミント』の触手が襲い掛かり、反応が一瞬遅れた銃手はあえなく串刺しになり、動かなくなり両者ともに沈黙してしまう。
「ジェイク!!」
「誰かあの重機関銃の発砲を引き継げ! 正面が手薄になった!」
「俺が行きます!」
ピストルで牽制し、サーベルで近づいてくる『ミント』を倒しながら沈黙した重機関銃の奪還を命ずると一人の兵士がわき目も降らずに駆け出し、それの援護を命じる。
「アイツの援護をしろ! 続くんだ!」
マリアの近くで戦闘をしていた三名の兵士が駆け出した兵士の護衛として走り、重機関銃は見事に再びその怒号を上げ始めた。
「弾の切れた者は迷わず下がれ! 弾は惜しむな! 命を惜しめ!」
「それは漏らすなってことですか?」
彼女の激励に一人の兵士が冗談を飛ばす。
「替えは用意できないからな」
マリアは不敵に笑ってそう言い返し、弾の切れたピストルを投げ捨てて床に転がっていた対人手榴弾のピンを抜いて未だに盛んな『植物』の群れ目掛けてそれを投げる。
順調に阻止できていた作戦だったが、やがて最も大きな音と光を発していた重機関銃が全て沈黙した。
「弾切れです!」
「全員第二ラインまで撤退!
手筈通りに重機関銃を放棄し、迷わず兵士たちは無駄のない動きで撤退をする。
《第二ライン配置につきました!》
指揮所まで先に撤退したマリアは手に持っていた無線から報告を聞き、計画通りだと頷いた。
(これで彼らが来るまで持ちこたえられる......)
きっと全速力で向かってきているオダマキたちを思いながら彼女は第二作戦の開始を命じようと無線機の送信ボタンを押しかけた時、綻びの連絡が入る。
《こちら強襲隊......全滅しました》
「なんだって!?」
虫の息で報告をする声にマリアは詳細の報告を要求するが、一瞬の雑音が入り、やがて二度と彼らから連絡が入ることはなかった。
「どういうことだ? まさか『成体』? いや、特殊歩兵もつかせていたんだ。全滅するはずがない」
背筋に嫌な気配をゾクゾクと感じながらも彼女はその雑念を振り払おうとした瞬間、崩壊の序曲は流れ始める。
《こちら第二防衛ライン! 正体不明の敵によって半数が死亡! これより───ぐあっ》
《頼む誰か助けてくれ! こんなところで死にたくないんだ!》
《があああ! 腕が! 俺の腕がっ!》
《チクショウ! どこにいんだよ!?》
《隣にいるよ》
その直後、ザシュッと言う何かを切る音が聞こえてから砂嵐の音を無線機は流し続けた。
「誰? 最後の声...」
マリアは無線機から聞こえた最後の男の声に聞き覚えが無く、恐怖する。
(新入りから滅多に話さない隊員まで全員の声は知ってる。でも、あれは...)
「意外と鋭いね」
「っ!!」
隣から無線で先ほど聞いた声が直に聞こえ、、マリアは机の上に置いていたリボルバーを取ろうとして机に身体を押し付けられ、拘束されてしまう。
「離せっ! どうするつもりだ!」
「どうすることもない。殺すだけさ」
男の起伏の無く、まるで日常の延長線上にある行為のようにさも当然と言わんばかりに発せられた「殺す」と言う言葉にマリアは恐怖した。
「痛みはない。一瞬で終わるから」
男の顔をせめて死ぬ前に拝んでやろうと暴れるもことごとく阻止されてしまい、マリアは背部で振り上げられた腕を感じ取り終わりを覚悟する。
しかし、その腕は静かに下ろされマリアは解放された。
「なんのつもり?」
「君たちより面白そうなのを見つけたから」
男は顔を一度も見せず、そう言ってから本当に消えてしまった。
その直後に指揮所の扉が突然蹴破られ、中にスタングレネードが投げ込まれて瞬く間に見えなくなる。
「生存者確認!」
「よし、メディックを連れてこい!」
何も見えないまま、何も聞こえづらいまま運ばれたマリアは地面に置かれた担架の上で寝ながら魂が抜けたようになっているとやがて一つを思い出す。
「伝えなくちゃ....」
《以上だ....詳細は資料にまとめられて後日発表されるはずだ》
無線の告白を聞き、スイセンは何も言えないオダマキの代わりに返答しようと手に持った瞬間、無線機を投げ捨て背負っていた零式を構えて周りを見渡す。
「散開!」
「チッ...空気を読んでほしいな」
スイセンの鋭い声の命令で三人は放心状態のオダマキを守るように展開すると廃墟の影や瓦礫の中から『ミント』たちがゾロゾロと姿を現す。
「え、多くない?」
「おそらくですけど首都周辺のが全てここに集結してるのでは?」
「そんなに私たちの事嫌いなの?」
二人と共に文句を口にしながらスイセンはチラリとオダマキを見るが俯いたまま動かない彼女を見て視線を前に戻す。
「kararara...」
口から涎のようなのを垂れ流しながら迫る『ミント』たちと睨み合うシオンはゴクリと生唾を飲み込み、額からは一筋の汗が流れ落ちる。
「まだです...あと、もう少し引きつけて」
「aaa...」
ジリジリと迫り来る『ミント』たちへシオンは銃口の狙いを一体に絞れずに遊ばせていると一体がブルッと身体を震わせ威嚇してくる。
「っ! ああああ!!!」
シオンはその動きに驚き、反射的に引き金を引いてそれを撃ち抜く。
「今です! 射撃開始!」
「aa! karara!!」
シオンの初撃を皮切りに二人も目の前の群れへ無差別に撃ちまくり、『ミント』たちはその物量に物を言わせて突撃を敢行する。
「再装填します。援護を!」
「了解!」
アヤメはリリースボタンを押しながらアンプルを振り落とし、左手の指に挟んでいた新しいのを差し込みスライドを引いて狙いを定めるまでスイセンは片手で零式の射撃とコッキングをこなし、残った片手で弐拾年式を持ってアヤメの援護をこなす。
しかし、抜群のコンビネーションで迫る波を抑える二面とは対照的に一面を守る場所は波の抑え方がまばらでギリギリだった。
「来ないでええ!!」
一人で守っていたシオンは迫る群れへ狙いもつけずに引き金を引き続けているとカチンと言う音が鳴り沈黙する。
「え?」
青ざめながら引き金を引き直すが再度カチンと言う音だけが鳴る。
「なんで? どうして? 早く!」
カチャカチャと乱暴に引き金を引き続けるが目の前の『ミント』はまるで獲物を追い詰める狩人のようにジワジワと近づいていく。
「やめて! 来ないで!」
目に涙をためながら弾切れの零弐式を撃ち続ける。
「aaa!!」
「きゃっ!」
自身の間合いに入った『ミント』はシオンへと飛びかかり、彼女は恐怖から頭を抱えてしゃがみ込むと、シオンの頭のあった場所を通過するのを感じた。
「シオンから...離れろ!」
オダマキは宙へ舞った『ミント』の頭部を零肆式に装着したバヨネットが貫き、滞空する。
「gaaaa!!」
「死ね」
叫びもがきながらバヨネットを外そうと暴れる『ミント』の頭部に迷う事なく液弾を数発撃ち込み、透明な液をシオンや周りへ飛散させ動かなくなった。
「隊長!」
「取り乱してしまいすまない。カルミアはアンプルセットを持って待機。三人とも彼女を守るようにして!」
平静を取り戻した彼女のオーダーに四人は周りを牽制しながら陣を組み換え、再び膠着状態に陥る。
「カルミア、アンプルⅠを四本」
「カルミア先輩、Ⅱを三本!」
「は、はい! どうぞ!」
シオンはグリップを握る指と指の間にアンプルを挟んで持ち、スイセンはボルトを引いて使いさしのを取り出してから中へ未使用のを全て押し込み再度取り出したアンプルを装填してボルトを叩き込んだ。
「アヤメさんはいりますか?」
「ああ。お願い。Ⅲを四本」
手際よくケースから取り出し、それを受取ろうとアヤメが手を伸ばした瞬間、二人の手と手がぶつかり空を舞う。
「あ」
宙を舞ったアンプルを見たアヤメは即座に身をひるがえし、地面に落ちる直前に取ろうと滑り込んだが届かず、音を立てながらアンプルは地面に中をぶちまけた。
「ご、ごめんなさ───」
「いいから早く予備を! 来るよ!」
謝ろうとする彼女を制するようにアヤメは鋭い声を出し、それを合図に『ミント』たちは地面を蹴って五人へ襲いかかる。
「全員各方面を死守! 死んでも一匹たりとも仲間の背中に近づけさせるな!」
「「了解!!」」
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