第14話
散っていく。命がまた一つ目の前で消えていく。
「撃って!」
彼女はこっちを見て懇願してくる。嫌だ。まだ治療できる
けれども心のどこかで分かっている。これは治せない。
そう思った瞬間に私の指はさっきまで重かったはずの引き金を簡単に引き、銃口から数発の液弾を放ち、放たれた弾は彼女の身体を貫いた。
貫かれた彼女の身体は揺れ、やがてスローモーションで倒れる。
その様子を見て私は現実を教えられる。私が彼女を殺したんだと。
放たれた一発の銃撃は迷わずカンパニュラへと命中し、華奢な彼女の身体は後ろへ大きくのけ反り音と埃を立てて仰向けになる。
「はあはあ.....うっ!」
銃口を震わせながら降ろしたオダマキは直後に口元を押さえるも堪えきれず、床に吐瀉物を撒き散らす。
「げええっ! うっ、うぐっ」
目に浮かんでいただけの涙はボロボロと大粒の涙となり、彼女の頬を伝い床にピチャンと音を立てた。
「あっ、あああ.....ああああ!!」
吐き出しきり、空となったオダマキは次に声をあげて泣きじゃくっていると足音が聞こえる。
「マキ! 大丈夫か──」
「隊長、何が──」
アキノはスイセンを支えながら二人でこちらへ走って来たが、動かないカンパニュラとこちらを見ずにひたすら泣き続けるオダマキを前に歩みは止まり、絶句した。
「え? 嘘、ですよね.....そんな....」
スイセンは口元を手で隠しながらヘナヘナと床に座り込み、アキノは無言でしゃくり続けるオダマキへ近づき彼女の胸ぐらを掴んで自身へ引き寄せる。
「おい説明しろ。何があった!そして何をした!」
「......」
掴まれたオダマキは泣き止み、怒るアキノを生気のない瞳で静かに見つめ返した。やがて空虚な笑みを浮かべながら口を開く。
「ああ。私が殺したんだ」
「っ!」
ギリと歯を食いしばりながらアキノは握っていた手を放しながら彼女を突き飛ばし、フラフラと下がったオダマキへ零式を突きつける。
「アキノさん!」
「黙ってろスイセン。マキ、自分で何を言ってるのか分かっているのか?」
アキノは先程と違って努めて冷静な声で表情を見せないオダマキへ再び問いかけた。
「答えろ」
「分かってるよ....さあ、私を殺してくれ.....味方殺しのアキレギア・オダマキ中尉を殺してくれ。スミス曹長」
オダマキはアキノをスミスと呼び、呼ばれた彼女は目を見開き、忌々しそうに声を漏らしながら引き金を引こうと指に力を入れ、オダマキは静かに瞳を閉じる。
「あああ!!」
パンと一発の銃声が鳴り響き、直後にアキノの頭部へ埃と木片がパラパラと落ちた。
「いい加減にしてください」
アキノから離れたところに座り込んでいたはずのスイセンがいつの間にか彼女に追いつき、銃口を天井へと向けさせ、さらにアキノの膝を蹴り上げ跪かせ零式を奪い取る。
「くっ、離せシャーロット!」
「動かないでアキノさん。隊長は錯乱しているだけのはずです。きちんと話を聞いてあげてください」
スイセンは暴れるアキノをなだめながらオダマキの方へ視線を向けるとホルスターから抜いた弐拾年式を自身の顎の下へ突きつけ、今にも引き金を引こうとしていた。
「隊長やめて!」
「マキ!」
その光景に思わず力を緩めた隙を逃さずにアキノは抜け出し、地面に転がっていた零式を拾い上げ即座に狙いを定めて引き金を引く。
「つっ!」
「何のつもりですか隊長!?」
アキノはやむを得ず握っていた両手ごと撃ち抜き、地面に転がったそれを駆け寄ったスイセンが蹴り、さらに遠のかせながら怒鳴る。
「約束したんだ....二度と殺さないって.....なのに.....私は!」
そう言いながらオダマキは再び目に涙を浮かべ始め、それを見たスイセンは黙って彼女の頬を叩く。
「!?」
「隊長.....どうしていつも一人で抱えるんですか? 私達には話せないんですか? いつも
「スイセンお前......」
驚いているアキノとオダマキを
「だってそうじゃないですか。私たちは孤児です。そして絶望にいた中、光を与えてくれたのは誰ですか? 手を差し伸べながら私に教えてくれた言葉、覚えていますか?」
「.....忘れもしないよ。特に君は『問題児』だったからね」
打たれた頬を抑えながらオダマキは苦笑し、一つ息を吸ったのを合図に三人はその言葉を口にする。
「「「わたしたちは踏みなれた生活の軌道から放りだされると、もうだめだ、と思うだろう。だが、実際はそこに、ようやく新しいものが始まるのだ。生命のある間は幸福がある」」」
「これ、有名な作家の言葉なんですってね」
今度はスイセンが苦笑を浮かべながらその由来を問う。
「ああ。適切ではないと思ったが当時は十分慰めにはなっただろ?」
「いやコレがなってなくて最初は 私の何が分かってるんだ! って怒ってたのを覚えてるよ」
「それ言えてます。それより後に言われた言葉の方が私達は好きでしたね」
そうだったのかとオダマキは驚いた顔をし、同時にどんな言葉をかけたのか思い出せずにいると誰かの走る音が聞こえ背後を見る。
「シオン!」
「あ、たいちょ.....はあはあ」
シオンは額に汗を浮かばせながら三人を見つけると安堵の表情を浮かべながら駆け寄り、オダマキの腕の中へ倒れこむ。
「どうしたんだ? それよりカルミアやアヤメたちは?」
「はあはあ、カルミアは無事.....それよりアヤメが! こっちに来て!」
シオンのただならぬ気迫に
「こっち!」
手招きをしながら走っていく彼女へ付いて行き、誰もいなくなった廊下で一体がむくりと起き上がった。
「シオン、何があった?」
「説明はするけど隊長どうしたの? 目元が赤いけど」
走りながらシオンが首をかしげるとオダマキは「気のせいだ」 と微笑み、話を促す。
「どこ.....どこにいるの!?」
アヤメに言われた通り、シオンは応援を呼ぼうとロビーへ向かったがそこには誰もおらず、焦りと恐怖から彼女は周りをしばらく走って探すが無人だった。
「まさか....いや、そんなのありえない!」
シオンは嫌な予感を覚えたが首を横に振ってそれを否定し、先程聞こえた轟音の方へ向かおうとしてカタン、と言う僅かな物音が聞こえ即座に零弐式を抜いて構える。
「ゆっくり両手を上げて出てきて」
「う、撃たないでください!」
「カルミア!」
受付カウンターだった場所から埃まみれのカルミアが両手を上げながら飛び出て、危うく彼女は反射で撃ちそうになったが正体が分かるとホルスターに収め、歩み寄る。
「大丈夫だった? それよりみんなは?」
「分かりません.....急に緑色の化け物が出てきて私は......」
慌てて隠れたのだろう。着ていた服は埃で汚れ、恐怖心から未だ歯をカチカチと鳴らして震えていた。
「大丈夫。私がいるもん。部隊一の名手だからね!」
「でも、何もない所で転びますよね?」
「げっ、どこで聞いたの~?」
自分の恥ずかしい欠点を言われたシオンは悪い笑顔を浮かべながらカルミアの全身をくすぐりながら尋問する。
「はははっ! 昨日の夜にッオダマキさんッがはははっ! 話してくれまし───はははッ!」
隊長が話したのなら仕方ない、とむくれながらシオンはくすぐる手を止めて立ち上がる。
「とりあえず、隊長たちを探そうか」
「はい。あ、でもここにいた方が良いんじゃないんですか?」
シオンの提案にカルミアは首をかしげながら待機の方がいいと思ったがやがて奥から聞こえた『ミント』の吠え声にブルッと身体を震わせて自分の意見を
「うーん....ここら辺だと思ったんだけどなぁ?」
「お、オダマキ.....さーん?」
ロビー左手側の通路を進みながら二人はしばらく無数の瓦礫の山をひっくり返したり壁に大きな穴の開いた部屋を調べたりしてカルミアは声をかける。
「うーん.....よいしょっ! あいてっ!」
シオンは一つをひっくり返した際に、むき出しになった鉄柱で指を切ってしまった。
「大丈夫ですか!?」
「いてて、ああ大丈夫だよ。こんなの舐めてれば治るし!」
そう言いながら赤い血が
「これでも巻いててください。あと、感染症も気を付けてくださいね」
シオンの不衛生さに小さくため息をつきながらカルミアは近くの椅子に座らせながら腰元のポーチから瓶と包帯を取り出し、瓶の中身を怪我した場所へ垂らして濡れた場所を包帯の先端で拭き取ってグルグルと巻く。
「ありがとう。慣れてるね」
「いつも怪我をしてるので自然と上手になりました」
照れくさそうに言いながら自分の頭部や腕に巻かれた包帯を指差す。
「はいこれで処置はおしまいです」
「よし!───何あれ」
スクッと立ち上がりながらシオンは壁の向こうに見えた緑塊に思わず声を上げる。
「え?」
「カルミア、近くで見よ!」
まだ理解が追い付かないカルミアの手を引きながら大部屋の壁と床にこびりついている緑塊を彼女に見せる。
「これって....カルミア?」
「これは花人の体液です......外気と接触して反応したやつです」
震える声で科学者は現実を突きつけ、シオンは嫌な予感が脳裏を
「アヤメ....どこにいるの?」
「シオンさんあれ!」
カルミアが指差す先を見るとそこには枯れた茨と蔦で包まれた人ひとり程の大きい物体があった。
「もしかして......」
物体に近寄り、コンバットナイフで中を傷つけないよう慎重に切れ目を入れ、開く。
開かれた内部を見たシオンは絶句し、カルミアも恐る恐る中を覗いて後ずさり、その顔には恐怖が浮かんでいた。
「こ、これって....」
「.......」
シオンは呆然と立ち尽くし、中で眠る彼女を見つめ続ける。
「アヤメ....起きて?」
返事はない。
「アヤメ! ねえ起きて! みんな待ってるよ!」
シオンはアヤメの手を握り、強く呼びかけた。
その時、握る彼女の手がピクリと反応し、不快そうに眉をひそめながら目を覚ます。
「うるさい。人が気持ちよく寝てんだから起こさないでよ」
「っ! アヤメ!」
「痛い痛い首絞まっちゃう」
抱き付いてくるシオンを剥がし、殻から出てアヤメは改めて彼女の顔を見るとシオンは驚きで目を見開いていた。
「人の顔見て何驚いてるの。そんなに隈すごい?」
「アヤメ、その目どうしたの?」
「え?」
「あと.....首元へ走るその痣?みたいなのも.......何?」
背筋に寒いのが走るのを感じたアヤメは大部屋の壁に掛けてある割れて曇った鏡の前に立つ。
「なに......これ」
ルビーのように赤かったはずの瞳は不凍液のように蛍光緑色へと変化し、黄色の髪は枯れ木のような色へ、そして目元から全身へ走る茨のような痣を持つ身体が映っていた。
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