第12話

「間に合ってくれ....」

 土埃と音の鳴った場所へ行こうとオダマキは部屋の外へ飛び出る。が、すぐに足を止めて無人の廊下を睨む。

 しばらくすると床や天井、壁を突き破りながら『ミント』達が姿を表した。

「kararara.....」

「悪いがここで時間を無駄にするわけにはいかない」

 零肆式の銃身へ腰部に吊るしていたバヨネットを取り付けながらガチン、とチャージングハンドルを起こし半歩下がる。

「aaa!!」

 後ずさったオダマキを『ミント』たちは恐れたのだと勘違いし、一匹の咆哮に続いて一斉に襲い掛かる。

「邪魔だっ!」

 零肆式を下段に構え、床すれすれの状態から一気に振り上げて一刀両断に捨て去りながら迫ってくる他へ振り下ろして頭部に突き刺す。

「aaaa!!」

「黙れっ!」

 刺さったまま液体を吹き出しながら吠える『ミント』へオダマキは引き金を引き、液体を飛び散らせながらバヨネットを引き抜いて頬にこびりついた液体をぬぐい、化け物の山を見る。

「数が多いな....」

 がむしゃらに斬り捨て、撃ち抜いていれば時間は足りないと理解しながらオダマキは最短と最適距離を見出すべく周りを見た。

(突き破られた天井? 却下。待ち受けている可能性がある。

 ならば床? 却下。奴らは垂直な場所も歩行できることから谷かもしれない。

 窓? 却──いや、行ける。これが最適!)

 すべきことが決まったオダマキは零肆式の銃口を下ろしジャケットからワイヤーを引き出しながら右隣にある巨大なステンドグラスへ体当たりする。

 バリンと大きな音を立てながら破片と共に空へ舞いながら上層階の方を見ると掲げるべき象徴を失った旗竿が目に入りそこへ目がけてワイヤーを投げつけた。

 投げられたワイヤーは空気を切り裂きながら旗竿へ迷わず向かい巻き付き、やがて限界を迎えてピンと張り詰めて落下していくだけだったオダマキを宙づりな状態にさせる。

 ワイヤーが限界を迎え身体にグンと衝撃が走ったオダマキは一瞬苦痛に顔を歪めながらもすぐにそれを覆い隠し腕の力だけで登っていく。

「ふうっ、ふうっ」

 本来はザイルとして使用することを考えられていなかったワイヤーは彼女を支えることが出来ても掴むその腕を労わる意図など無く無慈悲に傷つけ、手を液体で滑りやすくさせる。

「まだ、まだあ!」

 あともう少し、と言った距離でオダマキは欲張って窓枠を掴もうと一気に体重をかけ、その負荷に耐えきれなくなったワイヤーはプツンと軽い音を立てて切れた。

「呆気ないものだ....」

 あまりにも情けない死に方だと思い、唖然としながら自然と笑みが浮かび掴むはずだった窓を見ていると人影が映り、やがて破片となりながら彼女のもとに何かが飛んでくる。

「なっ!?」

「捕まえた!」

 窓を破って落ちてきた正体はアキノだった。

「何してるんだ!? 心中なんて馬鹿なことは───」

「ばーか。誰が死ぬって!?」

 アキノは腕にロープを巻き付けており、オダマキは差し伸べてきた片手をしっかりと掴むとロープは彼女の腕を絞めあげミシッと悲鳴を上げるが、聞こえないふりをしてなんとか窓へ這いあがる。

「はあ、はあ.....」

「.....」

 破片だらけの窓際で肩で息をするアキノと無言のまま下を向いたまま座るオダマキがいた。

「とりあえず音のあった場所へ向かおう。ほら、立てるかマキ」

「……して.....どうして助けた!?」

 壁に立てかけていた零式を肩に掛け、左手をオダマキに差し伸ばすがその手を振り払って立ち上がり、アキノの胸倉を掴み逆上した。

 胸倉を掴まれているアキノは震えるオダマキの腕を左手で掴み、まっすぐ彼女の瞳を見ながら口を開く。

「どうもこうもない。私が助けたいから助ける。まさか、覚えてないのか?」

 黄の双眸が見つめながら質問してくる内容にオダマキは目を見開きながら声を震わせる。

「忘れてさるはずがない.....ああ、そうだ。そうだったね」

 怒りに燃える瞳は静まり、穏やかになりながらオダマキは手を離して照れ笑いを浮かべた。

「さあ、急ぐぞ」

「無論だ」

 今度は差し伸べられた左手を握り返し、二人は廊下を駆けて行く。

「マキ一つ質問いいか?」

「なんだい?」

 走りながらアキノは前から思っていた事を聞く。

「なんでスーツなんだ?」

「生地は動きやすいのにしてるから問題は無いと思うんだが?」

「違う違う。どうしてスーツにこだわってるんだってことだよ」

 そういう事か、と納得しながらオダマキはどうしてこの服装にこだわっているのかを思い出す。

 鮮明に浮かぶ幼き少年がこちらに手を振りながら言ってきた誉め言葉、「似合ってるね!」思えばあの日以来、彼の声を聞いていない。元気にしているのだろうか。

「───? おい、マキ? 大丈夫か?」

「あっ、すまない。考え事をしていたんだ」

「しっかりしてくれよ?......っと、なんだありゃ」

 音は段々と近づいていき、緊張していく二人は目の前の半開きの扉とそこから覗く細い見覚えのある足に立ち止まり顔を見合わせる。

「あれは?」

「間違いない.....急ぐぞ」

 安全装置を外し、慎重に近づいていき室内へ銃口を向けて突撃するオダマキをカバーするようにアキノが外を警戒しながら倒れているスイセンを確保し、部屋の外へ引きずり出した。

「容態は?」

「気絶してるだけだ....大丈夫。ここは任せて早く行け!」

 オダマキは無言で頷き、廊下の残りを走ってロビーへ向かおうとして見慣れた影が目に入り立ち止まる。

「───だ。.......違う違う! どうして理解できないんだ!?」

 壁際に身体を張り付け、影が相手に見えないよう細心の注意を払って苛立った声を上げるカンパニュラを見る。

 カンパニュラはオダマキの視線に気づかずそのまま中庭へとブツブツと呟きながら進んで行き、意を決した彼女は影から飛び出し中庭へ駆けていく。

 中庭では既にカンパニュラは真ん中にまで歩みを進め、そこで両手を天に捧げながら興奮した様子で叫びをあげていた。

「神の意思は健在なのだ! 私にはまだ加護があったのだ!」

「その御意思とやらは果たして私たちの言う神のかな?カンパニュラ」

 思わずその主演気取りの少女へオダマキは茶化すように話しかけるとカンパニュラは驚いた様子でこちらに振り向き、一歩後ずさる。

「どうやって.....いや、そもそもなんで生きている?」

「カンパニュラ....ではないようだね。では、君は誰だ?」

 銃口を改めて向けながらオダマキは問いかける。

 問いかけられたカンパニュラは虚を衝かれたような表情をしていたが、すぐに歪な笑みを浮かべその体躯からは想像できないほど低い声が発せられる。

「私が誰だと意味があるのか? ここには私とお前しかいない」

「答えになっていないんだが....つまり君はカンパニュラではなくそっくりさんなのかい?」

 オダマキの解答に”何か”は首を横に振って否定し変わらず低い声で話し続ける。

「なるほど。仲間か」

「.....死んだのかい?」

「死んだ? はっ、想像に任せるよ」

 口角を吊り上げて気味の悪い笑顔で答える”何か”へオダマキは一切感情の揺らぎのない瞳で見ながら引き金を引いた。



「スイセン? スイセン! 起きろ!」

「うっ.....あ、アキノさん....?」

 揺さぶられ、目を覚ましたスイセンは直後に後頭部に痛みを感じ呻く。

「大丈夫か?」

「はい....それより、カンパニュラさんは?」

 彼女の問いかけにアキノは押し黙る。その沈黙でスイセンは全てを察し、表情を曇らせるもすぐに真剣な表情に変わって彼女の顔を見る。

「もし、カンパニュラに.....彼女と会ったら殺してください」

「なんだって?」

 突然の願いにアキノは驚き、同時に憤慨した。

「どうして殺す意味がある?」

「確実だと言えるわけではありません。ですが私には彼女が別人のように思えるんです.....」

 あやふやな意見にアキノは絶句しながらも同時に合理的な考えを持って動く彼女が初めて直感的な意見を言ってきたことに対しても判断材料として考慮し、頷いた。

「分かった。だが、殺さない。いいな?」

「ええ。分かりました」



 一方、中庭ではオダマキが会った時と変わらぬ微笑を浮かべながら引き金を引く寸前に銃口を下へ向けて彼女の足元を撃った。

「なんのつもりだ?」

「そこからこちらへ越えなければ私は何もしない。それだけだ」

 その答えに”何か”は笑い、同時に怒りから右腕から茨を出しながらオダマキへ突き出す。が、その茨は彼女には届かず地面にボトリと落ち、枯れて消えた。

「なっ」

「カンパニュラ、君は何がしたいんだ?」

 驚く”何か”へオダマキは問いかける。

「カンパニュラ? ああ、この身体の名前か。ならその質問には答えられない」

 不敵に笑い、首を掻き切る仕草でオダマキを煽るが彼女はそれを見ていなかったように同じ質問を繰り返す。

「君は何がしたい? まさか神の傀儡となるつもりかい?」

「傀儡だと? ふざけるな!」

 傀儡、という言葉に激しく反応した”何か”はそのまま両手から茨を出してそれを練り上げ槍に形状を変えて足元の線を越えてオダマキへ襲いかかった。

「死ね! 『花』の成り損ないが!」

 振り下ろされた槍をバヨネットで受け止め、死角から薙ぎ払う形で迫る槍を避けながら彼女の腕を掴み、地面に叩きつけその後頭部に銃口を突きつける。

「ぐっ」

「そんな成り損ないに追い詰められている気分はどうだい?」

「黙れ....」

 先程までの慈愛を匂わせる口調は失せ、氷塊のように冷めきった口調で言いながら背中に置いている足に力を入れ”何か”は苦悶で顔を歪ませた。

「あまり無意味に傷つける気はない。これで終わりだ」

 オダマキは銃口を改めて押し付けて指に力を込め、終わりを悟った”何か”は目を瞑る。

 だが、オダマキは撃たずに銃口を外して踏みつけていた足も退かした。

「何のつもりだ?」

「今ので分かったんじゃないか? 実力を」

 冷徹な口調は嘘だったかのようにまた慈愛のある口調と笑顔で話すオダマキを見て一種の危機を”何か”は感じる。

「君に私は殺せない。そして私は殺さない。分かったかな?」

「慢心だな」

「そうとも言う。だけど、君は私の部隊員かぞくなのだから、激しめの反抗期と思えば隊長おやとしての務めなのさ」

 呆気に取られながら頭を撫でられる”何か”はウインクをしてくるオダマキを見ながら自然な笑みが溢れ、やがて周囲に生えていた雑草達もサワサワと揺れ、彼女の手を取る。

 その時、ボトリと音を立てて”何か”の頭を撫でていたはずのオダマキの左腕は地面へ落下した。

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