第11話

 昔から少し苦手だった。自分と同じような過去を抱えているくせに、自分なんかより悲惨な過去なくせに、それを表に出さず生きていて。

 それに偽善かはたまた無駄な同情心からなのか自分で手一杯な同類わたしにまで手を差し伸べてきた。「大丈夫?これでも食べたら?」って味のしない配給されるオヤツより百倍も貴重で美味しいチョコスティックを渡しながら。

 あの時の私はなんて答えたっけ。もう覚えていないや。ああ、でも今心の底から分かっているのは───彼女に感謝を伝えなくちゃの息の根を止めなくちゃ




「それで? さっきまでの威勢はどうしたの?」

「まさかそんな見え見えの挑発に乗ると思ってるんですか?そこまで子供じゃないですよ!」

 鼻で笑いながらもカンパニュラは腕から茨を出し、対面するアヤメへ鞭のように横薙ぎに払う。

「案外素直じゃないのね!」

 飛んでくる茨に対し重力に身体を預けて後ろへ倒れこんで避け、そのまま倒れ切る前に両手を支えにし、勢いを足に乗せて茨を蹴り上げながら回転し元に戻るや即座に零参式を抜いてカンパニュラの額と胸を撃ち抜く。

 撃たれた衝撃でブルッと二回身体を震わせのけぞり、そのまま倒れるかと思いきや額と胸から透明な液体を垂れ流しながら口角を上げて狂気的な笑みを浮かべ涎を撒き散らしながらアヤメを目指して走り出す。

「もっと! もっと!」

「まさかそこまでこじらせているとは思わなかった」

 自身に掴みかかろうと迫ってくるカンパニュラの手から逃れながら手に持つアンプル残量を確認し、零参式のセレクターをフルオートへ変更する。

 一部が透明で中が見えるグリップ部にはまだまだ満載な液体がピチャンと跳ね、その様子に満足したアヤメは銃口をカンパニュラへ向け、引き金を引いた。

 鋭い連射音と共に迫ってくるカンパニュラの肉体をこれでもかと穿ちぬきながらも彼女は歩みを止めずに一歩、また一歩とアヤメに迫る。

 度重たびかさなるアヤメからの攻撃でカンパニュラは腹部と胸部をほとんど失いながら、互いの吐息が聞こえる距離にまで追いついた。

「へへ」

「”つなげ”」

 得意そうに笑うカンパニュラに対し突き放すような口調で呟いたアヤメの言葉に共鳴するように彼女の身体と地面に突き刺さっていた弾丸同士が繋がって鎖のようになり、あっという間にカンパニュラはその場からそれ以上進めなくなってしまう。

「え? え?」

「シオンが生み出し、アキノさんや隊長が壊す。なら私は見物者と行動者を繋ぐ役割。これがⅢ型花人が司るクソッタレからの贈り物。まあ、『植物』と化したあなたにはもう分からないでしょうけど」

「私は私です! 何でいちいちそんなモノみたいな呼び方で──!」

「なら、自分の名前言えるの?」

 怒りを露わにし、詰め寄ろうとして糸がカンパニュラを制しながらアヤメは彼女をしっかりと見つめながら問う。

「何を当たり前なことを。私は───あれ?」

「ほらね。もう、貴女は『    カンパニュラ』じゃないのよ」

 アヤメは悲しそうに話しかけたが『植物』は肝心な場所が聞き取れず眉を顰めた。

「今、何て言ったんですか?」

「だから、貴女はもう『    カンパニュラ』じゃないの」

 やはり『植物』は名前の箇所が聞き取れずに、今度は苛立ちが積もり糸が軋んだ。

 その様子でアヤメは彼女の身に何が起き、どう聞こえたか察し憐みの表情を浮かべる。

「可哀そうに....同僚、そして先輩として───

「っ!!────うああああ!!」

 アヤメが零参式を『植物』の額に突き付けた瞬間、彼女は現実のような幻で体験した事と今の状況が重なり、怒りと恐怖から暴れ始めた。

「このっ、大人しくして!」

「ああああ!!」

 仕方ない、といった様子でアヤメは一瞬ためらいの表情見せてから両手に二発ずつ零参式を撃って拘束し両足を逆に折った。だが『植物』はその拘束から逃れるように暴れて両手を引きちぎり、コンバットシューズに隠していたナイフで背中の皮膚ごと断ち切ってアヤメへ斬りかかろうとする。

「あああああ!!」

「その意気は認めてあげる」

 迫ってくる『植物』へアヤメは冷静な表情のまま自ら進んで行き、ナイフを突き出しきた瞬間にその手からナイフを奪って地面へ叩きつけた。

「がっ」

「遅い。何もかもが遅すぎたのよ」

 倒れる『植物』へ乗っかかり、右手を背中へ回し彼女の耳元に囁き締め上げていた手をさらに押し込むとベシャッと言う音と共に『植物』の顔が苦痛に歪む。

「あああああ!!」

「静かに!」

 痛みに叫びながら暴れる『植物』の首筋へ胸ポケットに装備していた注射器を取り出して刺し、中身を注入する。注入されてからしばらくは暴れていたが段々と動きものろまになり頃合いだと思ったアヤメは壁にもたれさせるとトロンとした目で彼女を見てきた。

「さあ何があったのか教えて頂戴」

「──植物Ⅲ類ススキを狙撃可能な地点を探し、最も有力な候補地である時計塔周辺を偵察していました。そして───」

「あー、とりあえず大きな出来事だけをかいつまんで?」

 力なく頷き、澄んだ青い目をアヤメに向けて大きな出来事を話し始める。

「偵察二日目の夜、不審な影を見て追跡。外の茂みへ逃げて行ったので後を追うと蔦に足を取られ.....うっ」

「足を取られ?」

 苦痛に顔を歪めて伏せた彼女へ介抱しようとアヤメが駆け寄る。

「大丈夫? ねえ?」

「はい.....だいじょおぶですぅ!」

 嬉々とした様子で原型を留めないほどに顔を綻ばせ、不凍液のように淀んだエメラルドグリーンの瞳を爛々とさせながら『植物』は駆け寄ってきたアヤメの腹部へ生成した茨を刺した。

突き出された茨は腹部へ刺さり、内臓を食い破りながら背中へ貫通する。

「あ.....がはっ」

「はははは! ちょっと痛いフリをしたら駆け寄ってくるなんてチョロすぎます!」

 花弁と透明色な液体を吐き出しながら倒れたアヤメの頭を『植物』は踏みつけて話し続ける。

「ずっと前から私は先輩のことが大っ嫌いでした!偽善を押し付け、自分だけ優越感に浸ったり!──どうしてそんな事してきたんですか!?」

 後半は泣き声で嗚咽も混じらせて聞きながら踏みつけていた頭を鷲掴んでこちらに向かせる。頭部からは先程と同じように透明な液体が垂れ、片目は潰れているのか開かれていない状態の顔を見ながら『植物』は気の毒そうな表情を見せる。

「可哀想ですね。私が治してあげますよ殺してあげますよ

 手から茨を生成し、槍の形状に変えてそれを地面に突き刺して地面に寝ているアヤメを片手で持ち上げ壁に叩きつける。

「がっ」

 呻き声のような声を漏らしながら叩きつけられた壁からズルズルと落ちていくアヤメの肩ごと『植物』は生成していた槍で穿ちぬいた。

「っ! あああああ!」

「良い声で鳴くじゃないですか先輩! そっちの方がよっぽど可愛いです!」

 地面に足がつく前に槍が肩を貫通したため、体重が全て集中し余計に激痛がアヤメを苦しめ、悲鳴に拍車をかける。

 壁に張り付けられ、もともと身長差が少しあったのもあって見上げる形の状態に嫉妬心を抱き蔦を足場代わりにして目線を同じくらいにして顔を上げる。

「先輩? あれ?」

 口は半開きのまま涎を垂れ流し、残った眼に浮かんでいた三ツ矢型の花弁は崩壊し始め光も同時に失ってカンパニュラの顔を映し出した。

「なに.....これ?」

 映し出されていた顔はすっかり原型を留めておらず、かろうじて残っていた瞳はエメラルドグリーンに変色して口元からは茨のような牙がむき出しになり肌の色は『ミント』と同等の緑色になっていた。

「嘘....そんなわけない.....」


 やっと気づいたのか?


「誰!?」

 動揺し、足場の蔦から足を踏み外しそのまま地面にへたり込んで顔を両手で覆い隠しながら現実を受け入れられずにいるとどこからともなく声が聞こえる。


 お前はもう俺の支配下なんだよ。そして夢を見ていたんだ。だが苦労したぜ? 身体を乗っ取っているって気づかれないように思った通りの動きを誤差なくこなし、さらにセリフも遜色そんしょくなく言った


「嘘よ.....絶対にありえない!」

 身体にまとわりついてくるような気持ち悪さを振り切るように叫んだ。しかし声は面白いのか笑い声さえも上げてより一層気味の悪い言葉を続ける。


 なら、指の一本でも動かしてみな? そして目の前のアイツを助けてみろ。そろそろ自重で胴体の半分が裂けちまうぞ? ほらほら急げ


「そんなこと.....え? どうして?」

 立ち上がろうとして足が、腕が動かせないことに気付く。そして顔が無意識にアヤメの方向を向いた。

 空虚な目がこちらを見ているように感じ、目を逸らしたい衝動に駆られる。だが顔は動かず眼球の運動すらも出来ずにミチミチと裂ける音を立てながら段々地面に近づく彼女を見届ける。

「もうやめて!」

 まだ自由の利く口で懇願すると声はため息をつきどこか失望した調子で口を開いた。


 やめて、だと? これはお前の望んだ景色だ結果だ。叶えてやった次は撤回を命じるのか? いつまで経ってもお前らは傲慢なのだな


「お前ら? どういうこと?」


 関係のない事だ。だが、その願いはお前の最後の代償をもって叶えてやろう


「最後の? 私に何が────これがお前の代償だ」


───残っているの? って、どういうこと!?


 地面にしゃがみ込んでいた状態の『植物』は優雅に立ち上がって足を空中へ上げると自動的に蔦が足場を形成し、両手でアヤメを抱えると槍は枯れて消え去りそのまま彼女を床へ寝かせると耳元で『植物』は囁く。

「感謝と、最大の敬意を。そしてこの言葉を授けよう。Obliviscatur a tergo, perge ad priorem unum.(後ろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進め。───新約聖書、ピリピ人への手紙3章13節より)」

 そう言って『植物』が離れて行くとアヤメの周りを茨が包み込んだ。

 人のいない廃墟の廊下へ足音をカツン、カツンと鳴らしながら歩く『植物』は最初こそ無表情だったがこらえきれなかったのか突然笑い声を上げながら歩みを止めない。


 何がおかしいの?


「久方ぶりに肉体を交換できる思えば! 人型でさらに花人だと!? なんと幸運だ! ははは!」

 頭に聞こえるカンパニュラからの問いかけに『植物』は雑草が生え放題の中庭の真ん中で両手を空へ掲げる。

「神の意思は健在なのだ! 私にはまだ加護があったのだ!」

「その御意思とやらは果たして私たちの言う神のかな? カンパニュラ」

 背後から投げかけられた声に対して『植物』は驚き、振り向くと中庭には足を踏み入れずに廃墟の中からオダマキが銃口をこちらへ向けて立っていた。

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