第10話
「大丈夫ですか? 枷は痛くありませんか?」
「......大丈夫」
「そうですか.....」
柱に拘束しつつも心配してくるスイセンにカンパニュラはそっけなく答えつつも何故そこまで気にかけてくるのか気になったが、それを口にはせずただ無言で俯いた。今は、その視線と視線を交わすだけでも出来ないと思ったからだ。
「カンパニュラ───アメリはどうして裏切ったんですか?」
「!?」
カンパニュラはスイセンが規律を破って質問してきたことに驚き、思わず顔を上げる。すると少し離れた場所に座っていたはずの彼女はいつの間にか自分の前にしゃがみ込んでおり、絹のように白い瞳を覗き込む。
「アメリ、どうしてですか?」
「スイセンさん.....それは明らかに規律違反ですよ。死罪になるかもしれませんか?」
「ここには私と貴女しかいません。貴女が話さなければ良いんですよ」
「────話すかもしれませんよ? “取引”を持ちかけられたら」
カンパニュラは
「それは大丈夫だとわかってます。だって、アメリは────」
直後、スイセンの背後に影が見え、その影は彼女を攻撃するようにその腕を振り上げる。
「シャル後ろ!」
「え?」
カンパニュラが声を上げた直後に腕は振り下ろされ、小さくスイセンの身体は揺れ、カンパニュラの顔に大量の花弁が飛び散り、スイセンは決して小さくない穴を胸部に作りながら倒れる。
「ごほっ......アメリ......私は────」
長袖に隠れた細い指をカンパニュラへ伸ばしながらか細い声で語り掛け、背後に立つ暗殺者は冷酷な笑みを浮かべながら遮るようにスイセンの後頭部を撃ち抜く。
小さな発砲音。そして飛び散る花弁。
「あ──あ───」
「スイさんはやっぱり優しすぎたんだよ」
動かないスイセンを蹴りながら彼女は呆れたように喋り、やがてカンパニュラの額に銃口を突きつける。
「絶対に.....絶対に許さない!」
「拘束されてるのによく吠えるね。まあ、妹の不始末はお姉ちゃんが片付けないとね」
涙を流しながら目の前に立つスイセンの
「じゃあ、さようなら」
「っ!」
引き金を引かれ、目の前を閃光が埋め尽くし死を悟ったカンパニュラはただ静かに訪れる崩壊を待っていた。だが、いつまで経ってもそんな兆しはなく、キーンという耳鳴りも無くなっており恐る恐る目を開くと誰もいなかった。
「なん───で?」
あれは幻覚?いや、あまりにも生々しくそれに───
カンパニュラは手に握っていた気味の悪い汗が
何があったのかと考えてる間に近づく二人分の足音にカンパニュラは気づき視線を送るとそこにはアヤメともう一人────
ああ、これは神様からの信託だ。ここで死ぬ定めではないのだと。
静かな廃墟と化したホテルの長廊下では地響きと共に一部の部屋の壁が崩れ、そこから一人の少女が床に叩きつけられ、透明な液体を流しながら立ち上がって土埃の中から出てきたもう一人の少女へ手に持っていた銃の先端部を向ける。
「もうやめましょうよ。お互いに苦しいだけですよ?」
「やめたいのは山々だけどここで
交渉を持ちかける相手へ迷わず引き金を引いたアヤメに対し、『植物』は放たれた弾丸を避けるわけでもなく顔に直撃を受け破裂しながらも腕から
「がはっ」
『植物』の攻撃は緩まることなくさらにアヤメの死角から
「痛っ!」
「痛覚はここにもあるなんて不便だねっ!」
アヤメは近くに転がっていた瓦礫を地面に伸びている蔦めがけて振り下ろすと、グチャリという気持ち悪い音を立てて透明な液体を床に染み込ませると『植物』は悲鳴を上げた。
「あああああ────がふっ!?」
「黙って!」
思わず口を大きく開けた『植物』の口内に持っていた手りゅう弾をアヤメは押し込み、ピンを抜いて零参式のマガジン部で叩き飲み込ませて蹴りを入れて距離を取る。
「せいっ!」
「あっ」
直後に爆発音と共に四方八方に透明な液体と植物片を壁や床、さらには天井にまで叩きつけた。
「終わった...やっと...」
もろに液体や破片を被りながら健在なアヤメは鞭で打たれた片足を引きずりながらその場から逃げようとする。
「早く、隊長やシオン達に知らせないと...」
しかし小さな段差に足を取られ転び、それと同時にベチャリ、と言う音がした。
音の鳴った方向を見るとそこには二本の足が立って、それぞれの破断面から蔦や荊がミチミチと生え、周りの破片を回収しながら身体を再構築していた。
「嘘でしょ...」
「ももも、もう、許さない!」
獣の咆哮を思わせるような声を上げ、爆破される前と大差ない身体で『植物』は怒り、倒れているアヤメの腹部を蹴り上げる。
「がっ」
「まだまだまだこんなのじゃ終われない!」
宙に浮いたアヤメを蔦が縛り、地面に引き戻してきたところを間髪入れず顔面へ膝を打ち込む。
グシャッと言う骨が折れる音よりベチャッと言う柔らかいのが潰れる音をアヤメの顔面は上げた。
「はあ、はあ...」
「.....うっ....」
『植物』は足元で虫の息なアヤメを
「後はお姉ちゃんだけ...」
倒れている彼女へは最早目もくれず、ロビーの方へ行こうとして今度はアヤメが『植物』の足を掴む。
「行かせない...絶対に!」
視覚情報を失いながらも手探りで足を掴み、足の向きと位置から予測した方向をにらみながら決心のこもった声で宣言するアヤメに『植物』は小さくため息をつきながら掴んでいる腕を千切る。
「あああ!」
「ここまでなってでも抵抗する理由はなんですか?アヤメ先輩」
腕を失い、ボロボロな状態のアヤメに『植物』は問いかける。
「そんなの...シオンやみんなを...守るためよ!」
「少なくともそんなモノに守る意味はないと思いますよ」
「え?」
淡々とした口調でアヤメの理由を一蹴した『植物』に驚いて絶句していると話は続く。
「だってそうじゃないですか。そもそも私たちは単体で生きられる。群れて生活とか人間の真似事なんて無駄なんですよ」
そう言いながら足を振り上げ、アヤメの頭目掛け振り下ろす。しかしアヤメはそれを避けて離れながら零参式を取り出して四方八方へ無差別に引き金を引いた。
「当たりませんよ──それに、盲目で片腕がない状態で何ができるんですか?」
「勿論何も出来ない。普通は、ね? けれども絶対に皆が来るって分かっていれば
脇に零参式を抱え、中に入れていたアンプルを引き抜く。引き抜かれたアンプルをアヤメは振ってシャバシャバと鳴ったのでまだ中身があるのを確認した。
「何をするつもりです?」
「ひーみーつ」
顔の上部がほぼ無い状態で舌を出しながら笑い、零参式から引き抜いたアンプルを自身の首筋に突き刺す。
一瞬痛みから唇を噛みしめながらも迷わず押し込み、体内にガラス瓶ごと吸収すると首筋から全身へ赤く光る何かが血管を経由して巡り渡り、潰れていた頭部や腕部もみるみる再成されていく。
「なんですか.....それ────まさか」
「その通り。これはⅢ型花人が持つ『目』の能力を最大限にまで引き上げる特効薬。つまり型の違うあなたに命中すれば本来は拒絶反応で死に至るはずだった。けれどもさっきので確信した。すっかり『植物』となっていたのね」
「だから何だって言うんです?どのみち不利に変わりはありませんよ」
どこか歯切れの悪い言い方で脅してくる『
「何がおかしいんです?」
「だって、たかが13歳だった子供がまるで人生を知ったようなことを言って、挙句は人間の真似事?はっ!笑わせないで。やっぱりちゅうにびょ───」
「その口を先に潰しましょう!」
アヤメの挑発に乗ってしまい感情的になったカンパニュラの攻撃をアヤメは流れる水の如くいとも簡単に避け、彼女の腹部に蹴りの応酬をかます。
腹部に蹴りが命中したカンパニュラは思わずその場所を抑えるが抑えながらも片手で茨を突き出すも今度はそれを掴まれて千切られた。
「うっ....どうしてこんな急に強く───」
「さあ、みんなが来るまで生きててね!」
零参式へ新たに胸ポケットから取り出した透明な液体が詰まったアンプルを差し込み、スライドを引いて構えるアヤメの
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