第8話

「シオン!? シオン!」

「嫌だ…死にたくない……」

 尋常じゃない怯え方にオダマキは驚きながらも必死に泣き続けるシオンを励まし、周りに危険がないか確認して近くの長椅子に座らせ、彼女を揺さぶる。

「シオン! しっかりしろハル!」

「は、る?」

 ハルと呼ばれた彼女は泣き止み、不思議そうにオダマキを見つめながら首を傾げた。

 だが声をかけた彼女は間髪入れずに安堵した表情で額を撫でながら話しかける。

「シオン大丈夫かい? 何があったかは聞かないでおく。とりあえずは無事?」

「は、はい! 私は大丈夫です!」

 オダマキの呼びかけにシオンは元気に返事し、ホルスターに収めていた零弐式を慌てて取り出すと彼女は笑った。

「マキ、ちょっといいか?」

「どうしたんだ? アキノ」

 すっかり元の調子になったシオンに安心したオダマキのもとに付近の偵察をしていたアキノが深刻そうな表情で報告をしてくる。

「さっき時計塔の上部に行ったんだが、これが置いてあった」

 そう言いながらアキノが見つけたソレを手渡されたオダマキは目を細める。

「空薬莢? 〈公国大戦〉以前の火薬式だ」

「その通り。そして同時に私たちを狙撃してきたヤツの痕跡でもある」

「ちょっと待った。大戦以前の空薬莢なんてそこらへんに沢山ある。どうして決めつけられるんだ?」

 アキノの断定的な口調にオダマキは不信感を覚え、聞き返す。

「この空薬莢を見てもそんなこと言ってられるか?」

 そう言ってもう一個の空薬莢を取り出して二人に見せると息を呑んだ。

「これは…いや、この反応が出ているのは…!」

「嘘だよね? アキノさん、これ冗談だよね? 偶然だよ。そうだよ! 偶然!」

 深刻な表情で呟くオダマキと対照的に努めて明るい声で否定しようとするシオンへアキノは残念そうな顔で首を横に振る。

「なんで……だって、理由が見つからないじゃん!」

 シオンが声を上げた時、逃げた『ミント』を捜索していたアヤメとスイセンがちょうど帰還してきた。

「どうしたの? シオン」

「どうやら只事ただごとじゃない様子ですね」

 オダマキが事情を説明しようと目線を向け、今度は別の違和感を抱き二人へ質問する。

「待った。カルミアとメディウムは?」

「さあ? 見ていません」

 嫌な予感がよぎったオダマキだがすぐにその考えを捨て去ろうとした時、ガタンと物音が聞こえ、反射的にその方向を見る。

「あの部屋は?」

「カンパニュラが捜索していた場所です」

 零肆式のアンプルを確認し、部屋へ向かいノブを回そうとして鍵がかかっていることに気付いた。

「このっ!」

 鍵のかかったドアへ零肆式を構え、引き金を引こうとしてアヤメに止められる。

「向こうにカルミアやカンパニュラがいたら巻き込まれる可能性があります。蹴破りましょう」

「ふんっ!」

 冷静さを欠いているオダマキに対してアヤメが冷静に危険性を示すと即座にシオンが扉に蹴りを入れる。

 バキンッと木製の扉が音を立てながら破壊され、小さな隙間が出来上がり、オダマキがその隙間から手を通してロックを外して部屋に突入する。

 部屋へ入ると真ん中に置いてあるベッドの上に組み伏せられたカルミアとそれの首を絞めているカンパニュラがこちらを見てきた。

 その眼は濁った緑色でオダマキを映すと一瞬小さく目を開き、すぐに色が引いていくと同時に力も緩んだのかカルミアがこちらに駆け寄ってくる。

「カンパニュラ…?」

「隊長……」

 こちらに寄ろうとするカンパニュラへアヤメとシオン達は銃口を向け、静止を促す。

「カルミアの容態は?」

「首にあざがあるだけ。無事だ」

 むせるカルミアを検査しているアキノの診断でひとまず安心したオダマキだが、すぐに厳しい視線をカンパニュラに向ける。

「どういうことだ?」

「誤解です! あそんでるつもりだったんです……」

「嘘! 私のこと殺す気だった!」

 興奮した状態で声を上げるカルミアをスイセンは制しながらも静かにカンパニュラを見つめ、やがて視線を逸らす。

「とりあえず帰投するまで拘束だ」

 オダマキが言い終わるとアキノとスイセンが無言で座り込むカンパニュラの両手を後ろへ回させてから手錠をかけ、部屋の外に連れて行こうとした。

「残念だったな」

「何か言ったか?」

 小さく呟いたカンパニュラにアキノが鋭い声で指摘すると無言で首を横に振り、歩いていく。

「カンパニュラ、嘘だよね?」

「シオン……ごめん」

 部屋の外で警戒をしていたシオンと会ったカンパニュラは顔を背けて謝罪を口にし、その言葉にシオンは崩れそうになる。

「どうして……? なんで!? 動機は!? 私たちが嫌いだったの!?」

「…嫌いにはなってない」

「ならどうして!?」

 その言葉にカンパニュラははっとしてシオンの顔を見てしまい、思わず視線を逸らそうとしてしまった。

 涙をこぼれさせまいと限界まで顔をくしゃくしゃにし、カタカタと音を立てるほど零弐式を持つ手は震えていた。

「カンパニュラは妹みたいだって、本当に思ってたのに……」

「シオン…」

 今にもあふれそうな彼女の涙を拭おうと両の手を差し出すも、頬に触れることもなくその手を避けられ、ついには背中を向けられる。

「さあ、こっちだカンパニュラ」

 ズルズルと引きずられる形で連行されていくカンパニュラをオダマキは見届け、部屋の見分を始める。

「ここにカルミア、そしてカンパニュラ。ならどこに隠れていたんだ?」

 カンパニュラのあの濁った目をオダマキは心当たりがあったらしく、状況を整理しながらもう一度ベッドの下や形をなんとか留めているクローゼットの中を見たりする。

しかし、何もないという結論に至った。

「ということは、本気で彼女は反乱を?」

 そんな事を呟いた直後、

 ガタン!

「っ!」

 狭い室内のため、無意識に腰元に差していた弐拾年式を抜いて構える。

 音の立てた主は若干色あせた小型の冷蔵庫だった。銃口が向けられている今もカタカタと若干動き、ついに倒れた。

「……?」

 警戒しながら倒れた冷蔵庫を足先で蹴ってひっくり返し、フタに手を伸ばして開けようとすると勢いよく開く。

「ぷはっ! 危うくサンプル化するところだったよ!」

「誰だっ!」

 冷蔵庫から上半身だけ出して気の抜ける発言を発した男にオダマキは銃口を向け、反射的に出口側に近づく。

「ああストップストップ! 僕は敵対するつもりはないよ!」

「その言葉を信じていられるほどお人好しではないんだ私は」

 弐拾年式を片手で構えながら余った手で零肆式を構えてから弐拾年式をしまい、改めて質問する。

「どうして冷蔵庫の中にいたんだ?」

「実は驚かせようと思って隠れたはいいんだけど出れなくなって暴れてたら...今に至る」

 オダマキは未だに冷蔵庫から上半身だけを出した状態で悪びれずに話す男へ得体のしれない気持ち悪さを覚えながらも、警戒を緩めずにいると冷蔵庫からついに抜け出した。

「動くな!」

「素っ裸なんだよ? どうやって攻撃するのさ。こうかな?」

 男は宣言通り素っ裸の状態で立ち、首をかしげながら指先をオダマキに向ける。何かが来ると身構えた瞬間、男の爪の間から鋭い音を立てながら不可視の物体が飛び出した。

「ぐっ、この!」

「おお危ない。知らない間にたくましくなってるんだね」

 飛び出した何かを肩に直撃しながらオダマキは零肆式のトリガーを迷わず引いた。迫りくる数多あまたのそれらを簡単に避けながら男はベランダの窓ガラスを割って外へ逃げた。

「なにっ!?」

「じゃあね~!」

 ベランダから飛び降りた先は大きく口を開いた崖があり、そこに吸い込まれるように男が消えていくのをオダマキは黙って見届ける。

「なんだったんだあれは...」

 しばらく崖を見下ろし、男が戻ってくる可能性が無いと判断したオダマキはベッドに腰掛けて着ていたワイシャツを脱ぎ、それと同時に、後ろへ髪をまとめていたリボンも外す。

「っ、これは...?」

 肩に受けた傷口の中から摘出すると、それは弾丸などのたぐいではなく、向日葵ひまわりの種だった。

指弾しだん? いや、そもそも耐えられるはずがない....」

 種を試験管に収容し、腰元のポーチにしまいながら傷口に軽くアルコールを吹いて消毒し、それでも毒物の可能性も考えて髪を纏めていたリボンで少しきつめに縛ってからワイシャツを着た直後、轟音が響き渡る。

 既視感を感じながらも部屋の外に慌てて出ると、土埃が舞っている。

 オダマキは嫌な予感を感じながらも急いで土埃の舞うロビーへと向かっていった。

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