第2話
「ただいま~!」
「おかえり。戦果は?」
骨と瓦礫がゴロゴロしている世界から切り取られたように酷く文明的なテントに入ると中で書類と対決をしていた長髪の女性から質問が飛んでくる。
「全然! 『ミント』しか居なかったよぉ」
紫髪の少女はそう言いながら近くのソファに寝転ぶと同時に黄髪の少女もテントに入ってきた。
「おかえり。アヤメ」
「うん。相変わらずだったよ」
アヤメと呼ばれた黄髪の少女は腰に巻いていたベルトを外して机の上に置いて奥へと消え、寝転がっていた紫髪の少女はその様子を見て思い出したように自分も腰に巻いていたベルトを外してサイドテーブルの上に置く。
「ちゃんと皆と同じ場所に置いてね。シオン」
「ちぇ~。あ、そういえばアキノさん。アンプル使い切っちゃった」
パチパチと鳴らしていたタイプライターの手を止め「また?」とずっと上げなかった頭を上げてシオンと呼んだ紫髪の少女を見る。
えへへ、と本人は申し訳程度に反省の意を込めてソファから起き上がり、直立のままアキノと呼んだ彼女の前で笑っていた。
「別に使い切ることが悪いって言ってるわけではないの。今もこうして生きててくれてて感謝してるもの。でも明らかに他の子よりも消費が早いのよね…」
最後は独り言のように呟きながら打ち込んでいた書類を置いて席を立つ。
立ち上がった彼女はシオン達より少し背丈も高く、あどけなさも二人よりは残っていない顔に愁いを帯びながら奥にあった木箱を持ってくる。
「えーとシオンはⅡ類だったから──あったあった。このアンプルセットが最後だからね」
「はーい。それより、次の配給っていつだったっけ?」
木箱から取り出された少し黄ばんだ箱を貰いながらアキノに質問すると少し考えてから返答が返ってくる。
「大体あと二日三日って頃かしらね」
「わーい! あそこに入ってるお菓子甘くて味がするから好き~」
黄ばんだ箱を持ちながらシオンは一応仕切りがある部屋の中へと入って幕を下ろし、密室を作り上げる。
「ん~♪ふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら黄ばんだ箱を小さな机の上に置いて封を切って中からガラス瓶を取り出し、机の上にある試験管置きに差して飾る。
「うーん……みんな奇麗だね」
机に頬をくっつけてアンプルたちを見上げるようにしながら光に透かして見ていると背後に気配を感じた。
「シオン、風呂」
「分かった~」
振り向くとタオルで髪を拭きながらこっちを覗き込んでいるアヤメとすれ違い、テントの外にあるトタン作りの小屋に干してあった自分の下着を持って中に入る。
「お風呂~おふ...やっぱり湯舟じゃないかぁ」
残念そうにシオンは呟きながらノブを捻ると頭上のノズルからシャワーが降り注ぐ。
「冷たっ! ちょっとアヤメ!?」
降り注いだ冷水に驚き外のテントに向かって声を上げると「なに~?」と大声で返事が来る。
「冷たいんだけど! なにかした?」
「何もしてない~!」
絶対何かしてる、と愚痴を零しながら一糸まとわない様子で外の発電機を見に行くと黒い影が何やらごそごそと発電機をいじっていた。
(え、誰!?)
思わず小屋の壁に張り付いて近くに転がっていたレンチを拾い、静かに影の背後に移動しようとしてこちらに気づいたのかシオンの方を向く。
「えっ」
「わあああ!!!」
声を上げ動揺した一瞬の隙を突いてシオンは振り上げたレンチを思いっきり声の主の頭に打ち付けると、ゴリッと言う明らかに無傷じゃない音を出し倒れた。
「何事!?」
「シオン大丈夫!?」
声と音を聞きつけたアキノとアヤメが片手にリボルバーを持って駆け付ける。
「不審者捕まえた!」
「なんだ.....アイツらじゃなかったのか」
自信満々に伸びている不審者を指差すシオンに二人は安堵しながら同時に不審者を縛り上げてテントへ戻った。
「なるほどね。だから発電機の不調で温水が出なかったのね……」
「うん。なんかもうビックリだよ。アヤメまでは普通に使えてたのに~」
油まみれになりながら発電機の様子を見たアヤメはしばらくして「これで使えるはず」と言いながら額の汗を拭きとっている間にシオンはシャワーのノブを回すとノズルからは温かな水が注がれる。
「やったー! お風呂!」
「時間もアレだし一緒に入ってもいい?」
「いいよ」
アヤメの提案に即答したシオンに面食らったアヤメは自分から言ったのに遠慮し、シオンは不思議そうな顔でそのままシャワーを浴び始めた。
「♪~~♬~~ahh♪」
シャワーを浴びながら無意識に歌っているのかその歌声は水が彼女の肌やトタンに当たり弾ける音と共に意識を戻さない不審者の監視をしていた二人の耳にも届く。
「歌ってるね」
「どんな歌か知らないけどね」
聞き慣れぬ旋律ではあるもののどこか安心するそのメロディーに二人が耳を傾けていると不審者が歌詞を口ずさみ始めた。
「―――l’objet de tous ces chants ?Quel vainqueur, quelle conquête――(讃美歌、荒野の果てにより抜粋)」
「起きたか。ゲス野郎」
「ひとしきり話を聞いたら殺す」
ただならぬ殺気を放つ二人に不審者はギョッとして自分が縛られていることに気づいてバタンと倒れさらに身動きが取れなくなる。
「シオンの裸を見ただけでは飽き足らず私たちのスカートの下も拝見しよう、という魂胆か。良いだろう」
「は~身体が温かい──って何してんの?」
運悪くシャワーを浴びた後にそのままタオルで身体を拭きながらシオンがテントに入ってきた。そして縛り付けられ、倒れたままの不審者は視線も動かせず彼女の裸体をまじまじと見る形となりそのまま沈黙が支配した。
「……ふぇっ!?」
「シオン、こっち」
「この野郎! 一度じゃ足りないか! 私だってまだそんなにマジマジと見たことないんだからなっ!」
情報量が追い付かず、目を白黒させて驚いているシオンをアヤメが部屋へと押し込み、アキノは動けない不審者へ半ば私怨をぶつけながら蹴り続ける。
静かだったテントは打って変わって騒がしくなった。
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