三花繚乱 ~女神は世界の終わりを望む~

仕黒 頓(緋目 稔)

第一部 冬芽の子

序章

 初春らしい温かい陽気に微かに肌寒さが残る風が、活気を取り戻しつつある市の大路みちを吹き抜ける。

 通りの両側には様々な列肆みせみせ櫛比しっぴし、店頭からはしるものや粥の湯気と香気が立ち上っている。

 その間を、どうにもちぐはぐな三人組が歩いていた。

 背の高い男が一人。

 中性的な面立ちをした麗人が一人。

 二人の胸までしか背のない、枯れ木のような少女が一人。

 彼らはゆったりとした足取りで一つずつ店頭に並ぶ品物に興味を向けながら、あれはどうだ、これは似合わないなどと朗らかに笑い合っている。

 一見家族のようにも見えるが、よくよく観察すればどうも家族というにはどこか隠しきれない緊張感があるようにも感じられた。

 三者三様に穏やかな笑みを浮かべながらも、男は鋭く周囲への警戒を怠らず、麗人は少女の顔色を窺い、少女は自分の足元だけを見つめ続けている。


「ほら、薄雪うすゆき。これなどはあなたによく似合いそうですよ」


 麗人が少女に話しかけた。その指が向けられた店頭には、花を模した飾り紐と色貝とを組み合わせた可愛らしい髪飾りが置かれている。

 少女はその指先を目で追いながら、困ったように顔を下げた。


「で、でも、髪につけると、頭巾に引っかかる、から」

「頭巾は、もう要らないのではありませんか?」


 長い前髪で視界を塞ぐように俯く少女の頭を、麗人が優しく撫でる。だが少女は、その提案に慌てて首を横に振った。


「だ、ダメだよ。ないと危ないし、それに……」

「僕は、薄雪の顔が見えなくなるのは寂しいです」


 少女の拒絶に、麗人が少し甘えるような拗ねるような声で言う。少女はその顔を見てはいなかったが、その声音に含まれる意図を正確に読み取っていた。

 困ったように視線を泳がせ、最後の抵抗を試みる。


「でも、もし春を見たら……」

「それは薄雪が気にすることではありません。薄雪だって、見たいものを、見たい時に見て良いのですから」

「――――」


 中性的な声音が、父のように、母のように、優しく肯定する。

 それは他の者にとっては何でもない、当たり前すぎて聞くにも値しない言葉だったろう。

 けれど少女にとっては、すぐには受け止めきれないほど深い意味のある言葉で。


「では、代わりに外衣はいかがですか? 頭衣のついている物があれば、代わりになります」


 黙ってしまった少女に、麗人が困ったように妥協案を続ける。それに少女が応える前に、前を歩いてた男が呆れたように口を挟んだ。


「そんなチビに合うものなんかあるか」


 それは嫌がらせや皮肉ではなく、仕立ての済んでいる服を売っている肆はあっても、すぐに成長してしまう子供用となると、どこも置いていないのが普通だった。

 子供用といえば、一般的には着古した服をほどいて仕立て直すか、大人用の服の丈を詰めるのがほとんどだ。

 しかしこれに、麗人は不満げに抗議した。


「見てみるだけでもいいではないですか。それともあなたは、薄雪が風邪をひいてもいいというのですか?」

「いちいち俺を悪者に仕立てようとするな」


 思わぬ反撃に、男が顔を顰めて文句を言う。

 そのやり取りが何だか微笑ましくて、少女は二人の間でこっそりと口元を緩めた。

 仮初めの道連れである二人との縁は、いつ途切れてもおかしくない。

 麗人は本当は少女などが傍にいてはいけない存在だし、男にも少女と共にいる理由など本当はひとつもない。明日にも二人との縁は切れ、少女は独り、見知らぬ土地に放り出されるかもしれない。

 それでも、そうと分かっているからこそ、今この時の、こんなにも平和で心穏やかな時間がいられることが、ありがたい。

 だからこそ、願う。


(どうか、私が二人を不幸にする前に、離れていけますように)


 その願いの始まりは、温かな春が来るよりもずっと前。

 終わらない長い冬の中、少女が独り踏み出したところから始まる――。


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