御伽噺

@OttinX

御伽噺

 遠い遠い、気の遠くなるような昔。

 まだ太陽が赤ん坊だった時代のお話です。


 宇宙の隅の隅に、小さな岩の球がたくさん飛び交う場所がありました。

 周りのことなど我関せずの体で、岩たちは方々に飛んではぶつかり合いました。

 ぶつかった岩同士はくっついて少し大きな岩になり、少し大きな岩同士がぶつかってさらに大きな岩になりました。

 ぶつかった衝撃で岩は熱を持ち始め、次第に煮えたぎるような熱さになりました。

 こうして、後の世で「惑星」と呼ばれる天体が誕生しました。


 寒くて広い宇宙の中で、この惑星はだんだんと冷えていきました。

 冷えると惑星の表面にはデコボコが目立ち始めます。

 そんなある日、この惑星で初めての雨が降りました。

 しとしとと降り止まない雨は、少しずつデコボコを埋めていきました。

 それでも雨は止みません。何百年、何千年と雨の日が続きました。


 この日もそんな雨の日でした。

 雨が溜まってできた深い深い海の底で、この星で初めての生命が生まれました。

 小さな小さな生き物です。

 生まれたその日から、彼の目的は明確でした。

 それは、「子孫を残すこと」。

 彼とて理由はわかりません。

 それでも、それが己が果たすべきことだと確信していました。

 彼は一生懸命頑張って子孫を残しました。

 彼の子孫もまた頑張りました。

 こうして、たった一人の祖先から生まれた小さな小さな生き物は、世界中の海へと広がっていきました。


 やがて、彼らは自分の生きやすいように姿形を変えていきました。

 当然、みんな同じように変わったわけではありません。

 こういうところに個性は出るのです。

 そうすると、今度は姿形の違うものを攻撃する種が出てきました。

 攻撃された側はたまったものではありませんから、必死で反撃します。

 そんなことを繰り返しているうちに、どうして争っているのかも忘れてしまうほど時が経って、気づけば彼らは宿敵同士になっていました。

 彼らの戦う目的は明確でした。

 それは、「自分の種の子孫を残すこと」。

 そう信じて疑いませんでした。

 きっと、みんなの祖先であった一番最初の彼がこれを知ったら、大いに悲しんだことでしょう。

 しかし、彼のことはとうに皆の忘却の彼方でした。

 今を生きるのに必死だったのです。


 そんなことをしているうちに、海は争いの絶えない場所になりました。

 強いものが弱いものを虐げる、競争社会です。

 ある日、彼らの一人があることに気づきました。

 何千年も降り続いた雨が上がっていたのです。

 初めて目にする太陽は大きくて眩しくて、とても恐ろしいものでした。

 しかし、海の競争社会の恐さを彼らは既に十分すぎるほど知っていました。

 彼らの中から勇気のあるものが、おっかなびっくり陸へと這い出てきました。

 確かに太陽は恐ろしいですが、競争から逃れるためには仕方ありません。

 後に続いて、少しずつ陸に出てくる生き物が増えてきました。

 余談ですが、これ以来この星の表舞台は陸に移ることになります。

 日光浴も案外悪くないものだとみんな気づき始めたのです。


 平和な時代が訪れたこともありました。

 しかし、平和は長くは続きません。

 なぜなら、ここに至っても皆の目的は変わらないからです。

 それは、「自分の種の子孫を残すこと」。

 そんなある日、陸に恐竜が登場しました。

 彼らは瞬く間にこの星で初めての覇権を握りました。

 彼らの武器とは、すなわち「力」でした。

 恐竜の強大な力の前に、他の生き物たちはなす術がありませんでした。

 恐竜は栄華を極め、まさにこの星の王となりました。


 それでは、この星には今も恐竜がいるのでしょうか?

 いいえ、そうではありません。

 彼らは、とうの昔にみな死に絶えてしまいました。

 なぜでしょう。

 原因は、ある日突然この星に降ってきた巨大な隕石でした。

 隕石は海に落下し、大きな水しぶきを上げました。

 水しぶきは瞬く間に星をすっぽりと覆い、太陽を隠してしまいました。

 かつてあんなに太陽を恐れていた生き物たちも、この頃にはすっかり太陽なしでは寒くて生きられなくなっていました。

 恐竜は皆死にました。

 他の生き物もほとんどが死にました。

 強大な「力」では、彼らの目的は果たされなかったのです。


 やがて、長い長い冬を超えて太陽が姿を現し、この星にようやく春がやってきました。

 もうこの星に、かつて覇権を唱えた恐竜はいませんでした。

 わずかに残った生き物たちは、新たな芽吹きの季節を存分に楽しみました。

 しかし、王が死ねばまた新たな王が生まれるのです。

 程なく生まれたこの星の新たな王は、名を「人間」と言いました。

 彼らの武器とは、すなわち「知恵」でした。

 知恵とは、「なぜ」を問う力です。

 彼らはたくさん考え、たくさんの発明をしました。

 そして、その発明を自分の目的を果たすために存分に使いこなしました。

 その目的とは、「自分の種の子孫を残すこと」。

 こうして、かつての恐竜とは全く違った方法で、彼らはこの星の覇権を握りました。


 彼らの発展は、これまでのどの生き物のものとも比較にならないほど目覚ましいものでした。

 彼らは知恵を使って「言葉」を生み出しました。

 そして、その言葉を生み出すための「文字」を発明しました。

 新たな発見があるたびに、彼らはそれを言葉にして伝え、文字にして残しました。

 それを学び取ることで、彼らは急速に知識を蓄えていきました。

 蓄えた知識体系を彼らは「科学」と呼びました。彼らは「科学」を発展させることに夢中になりました。

 こうして人間は、進化とは比べ物にならないスピードで成長することができるようになりました。

 もはや、この星に彼らの敵はいませんでした。


 それでは、この星には今も人間がいるのでしょうか?

 いいえ、そうではありません。

 彼らは皆死に絶えてしまいました。

 あんなに強かった人間はどうしていなくなってしまったのでしょう。


 彼らには知恵がありました。

 知恵とは、「なぜ」を問う力です。

 彼らは、この星の生き物がみな持っているあの目的の理由を考えました。

 それは、「自分の種の子孫を残すこと」。

 一生懸命考えましたが、人間にはその理由がわかりませんでした。

 子孫なんかいなくても、「知恵」を使えば楽しく暮らせる。

 子孫を作れば、もしかすると不幸せな思いをさせてしまうかも知れない。

 子孫を残さない理由ならいくらでも考えつくのに、子孫を残す理由はどうしてもわかりません。

 もはや、彼らに子孫を残す必要などありませんでした。

 だから、彼らはゆっくりと滅んで行きました。

 でもそれでよかったのです。

 それが彼らの望む道だったのですから。


 人間がいなくなったことは、他の生き物にとって大きな衝撃でした。

 これまでこの星にいた誰よりも強くなった彼らの最大の武器である「知恵」は、実は諸刃の剣だったのです。

 この星に残された生き物たちは、もうどうしていいかわからなくなってしまいました。

 彼らはこれまでと変わらず争いを続けました。

 それは、非力で不毛な争いでした。

 無理もないのです。

 力は無意味である。

 知恵は有毒である。

 歴史がそう語っているのです。

 生き物たちは、もう何も考えずに戦っているしかありませんでした。

 戦いに消耗し、彼らは少しずつ数を減らしていきました。

 そしてある日、この星で最後の二人の戦いが起きました。

 勝者は生き残り、敗者は死にます。

 最後に勝ち残ったのは、結局誰だったのでしょうか。

 いや、そんなことはもうどうでも良いのです。

 最後の彼も、やがてすぐに死んでしまったのですから。

 所詮生き物は助け合わなければ生きていけません。

 死の間際で彼がそれに気づいた時には、もうすでに手遅れでした。


 それでは、この星にはもう誰も住んでいないのでしょうか?

 いいえ、そうではありません。

 これは決して、悲しい物語ではないのです。

 この星の深い深い海の底で、また新しい小さな小さな生命が生まれようとしていました。

 きっと彼らの子孫が、皆が幸せになる答えを見つけてくれるに違いないのです。






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