37 出征





 和真達が暮らす国<東方皇国>の東には大きな次元の歪みがあり、その監視所からアグレッサーの数が間引き作戦を決行しなければならないとの報告が齎される。


 東方国の【アグレッサー討伐組織ユビキタス】は、直ちに迎撃準備を始め真菜にも迎撃作戦に加わるように命令が下され、和真は自分も志願することにした。


 本来なら、彼の成績では危険と判断され却下されるが、真菜の不安を減らせると上層部に判断され許可される。


 何故なら、過去2回の迎撃作戦で真菜の両親と和真の父親は戦死しており、真菜の不安は大きいであろうと上層部は推察しており、義兄が一緒にいればその不安を払拭してその持てる力で活躍してくれると考えられたからだ。


義兄にいさん、一緒に来てくれるんですね! 嬉しいです! お礼に今晩シャワーを浴びて、部屋で待っていますね!」


義妹いもうとよ、気にするな! 義兄あにとして、当然の行為だ! だから、気にせず明日に備えて、”一人で”ぐっすりと眠るが良い!!」


 義兄の突き放しに、義妹はしつこく食らいつく。


義兄にいさん、義妹いもうとは不安で、一人では眠れそうにありません! なので、シャワーを浴びて、部屋で待っています!」


義妹いもうとよ。後半、目的がダダ漏れになっているぞ!」


 義兄のツッコミに、義妹は不安そうな表情で訴え続けてくる。


「酷いです、義兄にいさん! 義妹いもうとは、本当に不安で眠れないんです!! だって、今度参加する戦いは、お父さんやお母さんが亡くなった戦いなんですよ!? 私は怖くて怖くて仕方がないんです… なので、一緒に寝てください!」


「添い寝するだけで良いんだな?」


「もちろん、雰囲気次第では、大人の階段を爆走するに決まっているじゃないですか!! 察しの悪い義兄にいさんですね! 反省してください!!」


(ああ… これは、可愛そうだと思って添い寝したら、首根っこ掴まれて大人の階段とやらを引き摺られながら、一緒に駆け上ることになるな…)


 和真は不安そうな表情で一緒に眠ることを懇願して、更に何故か反省を促してくる義妹に対して、この問題を解決する切り札を呼び寄せる。


「真菜ちゃん。不安で眠れないんだって? 私でよかったら、一緒に寝て不安を取り除いてあげるわ」


 そう、咲耶おねえちゃんである。


「なっ!? 咲耶さん… 大丈夫です。私は百合営業してないので!」

「百合営業?」


 だが、真菜は訪ねてきた咲耶の顔を見るなり、速攻でお断りを表明する。


 が―


「まあ、いいです。義兄にいさんが、一緒に寝てくれそうにないので、咲耶さんで我慢します」


 帰ろうとした咲耶の服の裾を掴むと、真菜は目を逸らしながら恥ずかしそうに、咲耶に今晩一緒に眠る事をお願いする。


 同じベッドの中、真菜と咲耶は背中合わせで横たわっているが、咲耶の方から真菜に語りかける。


「真菜ちゃん… 私も2人と一緒に戦いたかったけど、駄目だって志願を断られちゃった。無理しないでね…」


「私は前回と同じで後方からの攻撃なので、大丈夫です」

「私はその前回の戦いで、その後方で流れ弾を受けて、負傷したから油断しないでね」


 咲耶達からはリナックスの記憶が消されて、咲耶は自分が彼からの攻撃ではなく流れ弾による負傷と記憶が改竄されているため、真菜に後方でも油断しないように忠告する。


「はい、気をつけます」

「フフフ…」


 真菜が素直にその忠告を聞き入れたので、咲耶は昔の幼い頃の素直だった彼女を思い出して、思わず微笑を浮かべてしまう。


「何ですか? 今の小さな笑いは?」


「昔の素直だった頃の真菜ちゃんを思い出しちゃって… あの頃の真菜ちゃんは、私の事を咲耶お姉ちゃんって呼んで、一緒によくオママゴトや人形遊びをしたな~ と思って」


「いつの話を……      そうですね… 」


 またもや彼女にしては、珍しく皮肉も憎まれ口も無く返事をしてきたので、咲耶は真菜が両親を失った迎撃戦への不安で、そのような事が言えないくらい余裕がないことを感じ取る。


 咲耶はそんな彼女を心配に思って、何かできることは無いかと考えていると真菜が咲耶の背中越しから、腕を腰の辺りに回して体を密着させてくる。


(えっ!? 真菜ちゃん、百合営業しないんじゃなかったの!?)


 咲耶は一瞬驚くが真菜がそれ以上動かなかったので、(そういえば、昔もこんな風に甘えてきたな)と思い出して、黙って彼女の腕に自分の手を添える。


 咲耶からは見えなかったが、真菜はそんな彼女の好意を嬉しく思って、それまでの不安な表情から思わず笑顔になってしまう。


 真菜は目を瞑ると、咲耶の手の温もりを感じながら、そのまま眠ることができた。


 その頃、和真は―


「駄目だ… 緊張して眠れない… 」


 迎撃戦の不安に押しつぶされそうになって、眠れずにいた…


 次に日の朝―


 和真は結局3時間ぐらいしか眠れず、寝不足気味の顔で一階に降りてくると味噌汁の臭いが台所から漂ってくる。


(真菜が、朝から味噌汁とは珍しいな…)


 朝はトースト派の真菜は、味噌汁は基本作らない。


「おはよう」


 そのため珍しいと思いながら、朝の挨拶をしながらキッチンを覗くと、そこには朝食を作る母親の姿があった。


「おはよう、和真。真菜ちゃんと咲耶ちゃんは、もう起きてリビングにいるわよ。アナタも顔を洗って、待ってなさい」


「あ… うん…」


 和真がそのような戸惑った返事をしてしまった事には訳があり、母親が朝食を作ることは少なくともここ1~2年は無かったからである。


 母親は夫を亡くしてからは、その悲しみと子供を育てるために仕事に没頭しており、2人には悪いと思いながら、家のことはあまりしていなかった。


 真菜と咲耶は、和真の母に朝食を作る手伝いを申し出たが、真菜は”戦いに備えて“咲耶は”お客様“という理由で断られている。


 和真はその理由が、夫と親友夫婦が亡くなった迎撃作戦に参加する自分達への心使いだと察して、そのまま台所を後にする。


 食事を無言で済ませた後に、母親が重い口を開く。


「二人共… 無理はしないで、必ず行きて帰ってきてね… 」


 出征する二人に、母親は無事に帰ってくる言葉と共に<安全祈願>のお守りを手渡す。


「はい、おばさま」

「もちろんだよ、母さん」


 2人は彼女に心配駆けないように、できるだけ笑顔でそう答える。


 咲耶はその様子を、胸を締め付けられる思いで見ている。

 何故なら、彼女も和真の母親と同じ思いだからであった。


 こうして、和真と真菜は咲耶と母親の思いを胸に、迎撃作戦に向かう。

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