29 戦いの後




義兄にいさん、怖かったです~!!」


 その義兄の気持を無視して、<義妹が大義名分は我にあり!>とばかりに抱きついてくる。


義妹いもうとよ。どうして、あの緊迫した激闘の後に、こんなに平常運転なんだ!? 心臓に毛が生えているんじゃないか?!」


「酷いです! 初めての実戦の緊張と不安で、心が押しつぶされそうになっている義妹いもうとに、よくそんなことが言えますね!!」


(いつもどおりに振る舞っているが、実は内心では不安に押しつぶされそうになっているのかもしれない…)


 和真が自分の考えを改めようとしたが、そんな気は義妹の発言ですぐに消し飛んでしまう。


「そもそも、本来なら義兄にいさんの方から、そんな義妹いもうとの心を癒すために、そっとキスをするのが正解なんですよ! そんな気遣いが出来ないから、彼女イナイ=年齢なんですよ? でも、私はそんな義兄にいさんを、受け入れてあげます!」


「恋人がいなくて、悪かったな!」


 和真が悲しみの突っ込みを行う。


「しかし、奴は一体何だったんだ…」


 護衛の討伐者の一人がそう呟く。

 それは当然のことであり、今まであのような存在は歴史上現れたことはなかった。


 果たして、何者なのか? そもそも人なのかも不明であり、そもそもその本人が何も言わずに立ち去ってしまったので、ここで討議しても答えは出ない。


 そのため、話題は自ずともう一つの疑問に移る事になる。


「奴のこともそうだが、三上! オマエの常人離れしたあの跳躍力は一体何だ!?」 


 その疑問を切り出したのは、切断された腕の治療を受けている教官であった。


「そうです! 義兄にいさん。あの身体能力は何なんですか!?」


 真菜は和真の抱きついたまま説明を求めてくる。


「いや… それは… その… というか、義妹いもうとよ、オマエはいい加減離れろ」

「嫌です! 義妹いもうとは、不安で心が潰れそうなんです!」


 和真は言い訳を考えながら、抱きつく真菜を引き剥がそうとするが、彼女は腕に力を入れて離れようとしないどころかヤンデレ目になると、いつもの可愛らしい高い声から低い声になり、彼にだけ聞こえる声でヤンデレ抗議してくる。


「ホント、いい加減にしてくださいよ、義兄にいさん。さっきから、何なんですか? 不安な義妹いもうとを突き放すような態度は? これはもうお仕置きですね。お仕置きするしか無いですね! 幸いここは戦場、義兄にいさんの手足が2~3本吹き飛んでも、それはアグレッサーがしたことに出来ますね」


義妹いもうとよ、周りに目撃者がいるから、それは無理だぞ」


 和真はヤンデレ義妹に抗議するが、実は真菜のお仕置きは既に始まっており、彼女は抱きつくために彼の背中に回した両腕のうち、右手の指で背中を摘んで捻っている。


 しかし、こんなものは彼女からしたら、お仕置きの<お>の字の<`>ぐらいの行為であるため、その溜飲は下がることはない。


 和真がヤンデレ義妹の地味なお仕置きを受けながら、教官達に説明しても無駄になるので、のらりくらりとはぐらかしていると例の声が聞こえてきて、一同から記憶が消失する。


 一同の記憶からは、和真のギフトだけでなく黒い仮面の男の事まで消えており、教官と咲耶はアグレッサーの攻撃の流れ弾を受けて、負傷したということになっていた。


(アイツが自己紹介しても意味がないと言っていたのは、殺すからという意味ではなく、俺と同じで記憶から消えるからということだったのか… ということは、俺と同じか同じようなギフト所有者なのか? それとも、別の意味があるのか…)


 和真がリナックスの正体を考えていると、未だに抱きついている義妹がこんな事を言い出す。


「どうして、義兄にいさんが私に抱きついているんですか? 実戦で不安なのは解りますが、人前でこのような事は… 家に帰ってからゆっくりと…」


 記憶と共にヤンデレモードも消失したが、義妹の記憶は恐ろしく自分勝手に改竄されている。


「どう見ても、お前が抱きついているだろう」


 義兄は冷静にツッコミを入れる。


 和真のギフトが元に戻ったということは、戦いが終わったという事を意味しており、戦場からは勝利の声が聞こえてくる。


「どうやら、終わったみたいだな。お前達ご苦労だったな」


 戦いが終わったので、教官は和真達訓練生に労いの言葉を掛けて、他の訓練生の元に戻るように伝える。


 こうして、和真達の実戦訓練はハプニングがあったが、終えることができた。


 だが、1日掛けて家に帰ってきた和真であったが、心が休まるのはまだ先のようである。


「さあ、義兄にいさん! 実戦で荒んだ心を癒すために、義妹いもうとに甘えてください!」


「疲れたから、もう寝るよ」


「言い方が悪かったですね。戦場で心身ともに憔悴した義妹いもうとを、甘えさせてください!」


「あれ? 伝わらなかったのかな? お義兄にいちゃんは、疲れたのでもう寝ます」


「はぁ!? 何ですか、その態度は!? 前線基地の城壁の上で、あんなに私の体を求めてきたくせに!!」


 義妹の記憶は、さらに自分の欲望に忠実に改竄されている。


「だから、抱きついてきたのは、お前のほうだろうが!!」


「ホント、いい加減にしてくださいよ、義兄にいさん。何なんですか? 戦いで心が不安定になっている義妹いもうとを突き放すようなその態度は? これはもうお仕置きですね。お仕置きするしか無いですね。手ですか? 足ですか? どちらから、失いたいですか?」


「アレ? デジャヴュ!?」


 ヤンデレ目でいつもの可愛らしい高い声から低い声になり、ヤンデレお仕置き宣言をしてくるその姿に、和真はデジャヴュを感じてしまう。


 和真は彼女に向かって、黙って右腕を伸ばすと義妹の頭に、そっと触れナデナデする。


「初めての実戦、よく頑張ったな」


 義妹いもうとの頭を撫でながら、義兄は労いの言葉をかける。


義兄にいさん… かっ 勘違いしないでくださいね! こんな子供だましで、許すのは今日だけなんだからね!」


 ヤンデレモードから、デレデレモードになった真菜は、そこからツンデレモードに移行して、嬉しそうにしている。

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