第3話「セレンディア家」

 俺は部屋の鏡を見て、自分の姿に驚いた。

 顔は特別変わった様子は無いのだが。


 明らかに変わったのは髪だ。

 根本から毛先まで綺麗な白髪になっていた。

 銀髪というべきなのか?


 いきなり色々な目に遭わされたんだ。

 ストレスでこうなったのか?


 いや…………そんな訳ないか。

 まぁなんにせよだ。

 こっちの世界の人がどんな髪色なのか分からないが、目立ち過ぎないことを祈ろう。


 コンコン。

 部屋のドアがノックされ、先程のメイドが入ってきた。


「アレン様。お迎えに参りました。ご準備はよろしいでしょうか?」


「ああ。大丈夫だ」


 これからハロルドの娘二人に、俺を紹介するらしい。


「ではこちらへ」


 メイドに従い、後をついていく。

 廊下に出ると、先に見える曲がり角は結構遠い。

 50メートルくらいだろうか。


 それだけでも、この屋敷の大きさが伺える。

 窓にかかるカーテンも、見た感じいい素材を使っていそうだし、デザインも上品だ。


 ハロルドは領主と言っていたな。

 もしかして、かなりの有力者なのだろうか?


 屋敷を観察しながら歩いていると、メイドがある部屋の前で立ち止まった。


「こちらでお待ちください」


 そこは応接室のような場所だ。


「あまり緊張なさらずに、ゆったりとして頂いて大丈夫ですよ」


「ああ」


 メイドがじっとこちらを見ている。


「まだ、何か?」


「アレン様。貴方は使用人というは建前です。ですがハロルド様はここの領主であり、これからいらっしゃるのはそのお方のお嬢様方です。どうか最低限の礼儀だけはお気を付けくださいませ」


 俺の不愛想な態度がやはり気に障っていたのか。

 そういえば、敬語も使うのを忘れていた。


 まぁ敬語を使うのは会社でもそうだったし、それはいいのだが。

 愛想を良くしろというのは無理だ。


 それに…………。


「最初に言っておく。俺はまだあんたらを信用してない」


「それはどういう意味でしょうか?」


 俺の言葉に、メイドは顔色一つ変えずに聞き返してきた。

 恐らく見抜かれていたのだろう。

 相手がこちらの心境に気づいているのなら、隠す意味がない。


「俺は人を信じない。人は利害関係でしか動かない。あんたらはまだ俺に言ってない何かを隠してるんじゃないのか?でなければ、見ず知らずの俺をここに置いてなんの得がある?」


「アレン様…………」


 メイドは動揺したような表情を見せた。

 さすがに怒らせただろうか?


「アレン様……先程は、記憶がないとのお話でしたが……」


 しまったと思った。

 確かにそうだ。

 今言ったセリフは、過去の経験に基づいて言ったもの。

 本当は記憶がありますよとわざわざ言っているようなものだ。


「あ、いや……」


 どうする。

 どう言い訳する。


「性格…………みたいなものだと思う。小さい頃からそう教えられていて、それが染み付いているのかもしれない」


 頭をフル回転させて出た言い訳がこれだ。

 さすがに無理がある気がする。

 数秒前の自分を殴ってやりたい。


 だがメイドから返ってきた返事は、意外なものだった。


「なるほど。一部、戦火が激しい地域では、そういった教えをされていると耳にしたことがございます。もしかしたら、アレン様もそういった地域に住んでいたのかもしれませんね」


「あ、ああ……そうなのかもしれないな」


 なんだ?

 戦争でもしているのか?

 まぁなんにせよ、難は逃れた。


 俺は助かったと、ほっと胸をなでおろした。


「そういえばまだ名乗っていませんでしたね」


 そう言うと、メイドはキリっと立ち直し、優雅なお辞儀を見せた。


「私はこのセレンディア家に仕えるルディアと申します。アレン様は、ハロルド様たちの命をお救いしてくださった方。私共はアレン様に多大なご恩があります。その方を利用しようなどとは、微塵も考えておりません」


「それを信じろと?」


「はい。女神に誓って。重ねて感謝申し上げます」


 そう言うと、ルディアはもう一度深く頭を下げた。


 これ以上、信じないと駄々をこねるのは野暮というものだな。


「分かったよ。悪かった。俺も助けられた。感謝している」


 その言葉に対して、ルディアは笑顔で静かにうなずいた。

 一つ一つの動作に品があり、メイドというに相応しい振舞である。



「そういえば、あんた少し耳が長いが?」


「はい。私は魔族とヒューマンのハーフでございます」


 さっき会話で出てきたが、やはり魔族というのは存在するのか。

 詳しく聞こうとしたが、扉の向こうから声が聞こえてきた。


「お嬢様方がお見えになったようですね」


 ルディアが部屋の扉を開ける。

 中に入ってきたのは、どちらも美しい女性だった。


「アレン様。こちらがご令嬢のコレット様とエレナ様でございます」


 メイドに紹介され、俺は一応立って向かい合う。


「お初にお目にかかります。姉のコレット・ルミアス・セレンディアと申します」


 コレットは、母のエマ同じブロンドの髪をしている。

 20歳半ばぐらいか?

 俺と同じぐらいだな。


「…………エレナです」


 一方妹の方は、父のハロルドと同じ赤髪。

 歳は、2~3歳くらい若そうだ。

 こちらはなんというか…………不愛想というか、性格がきつそうというか。

 まぁ、姉妹揃って美人なのは変わりないのだが。

 なんか俺と同じタイプの匂いがする。


「アレンだ」


「アレンさん。私もあなたに助けていただきました。心から感謝申し上げます」


 コレットも魔物に殺されそうになっていた一人らしい。


「でも、何も覚えていない」


「父から聞きました。お辛いですね。ですが、歳が近そうな方が来てくれて私たちも嬉しいですわ。仲良くしてくださいね」


 コレットは優しい笑顔を見せる。


「こちらこそよろしくお願いします」


「ほら、エレナ?あなたもちゃんと挨拶しなさい?」


 そう言われるが、妹の方は俺を睨んだままだ。


 なんだ?

 俺まだなんもしてないが。

 なんか俺と同族の匂いがする。

 俺と同じ事を感じて睨んでんのか?


「あなた………魔術、使えるのよね?」


 エレナはぎらついた目で俺に問いかけてきた。

 俺が魔術を使って、レッドウルフを倒したというのは聞いたが…………。

 覚えてないしなぁ。


「なによ。隠したいことでもあるの?」


 なんて答えたらいいものか悩んでいると、余計に怪しまれているようだった。


「こら、エレナ?今はそんなこといいでしょ?」


「良くないわ、お姉様。…………答えて」


 なぜここまで執拗に聞いてくるかはわからないが、その時の事は正直に答えたほうが良いだろう。


「さっき答えた通り、本当に何も覚えていない。術を使ったっていうのも。自分がどういう術を使えるかっていうのも。嘘ではない」


 俺がそう答えると、数秒の間、またきつい目で睨まれた。


「…………そう。まぁよろしく」


 短くそういうと、ふんっという態度で部屋を出て行ってしまった。


「ごめんなさい。エレナは人見知りなんです。あとすごい魔術を使ったっていうあなたに、もしかしたら嫉妬したのかもしれませんね」


「いえ、気にしていない。エレナさんの立場だったら俺もそうする」


 嘘じゃない。

 本当だ。

 自分の家に知らない誰かが住むとなったら、間違いなく俺は敵意をむき出しにするだろう。


「そう言っていただけると有難いですわ」


 コレットは妹の態度に、少々苦笑いを浮かべていたのだが…………。

 それだけではなく、なんか避けられているような感じがした。


 まぁ俺も似たような性格だから、何も言えないが。


 これからは一緒に暮らすわけだ。

 問題だけは起こさないようにしよう。


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