第55話 嵐の前のひと時

「おっす、トゥルー君」

「どうも」



 師弟関係、もとい監視対象、色んな関係が複雑に絡み合っているがトゥルーはトリスタンと接する時間が増えていた。



「さぁ、かかってきて」

「じゃ……行きます」



 星元によって強化されたトゥルーは剣を振るう。思いっきり空を斬るような豪快な剣はトリスタンの人差し指で止められた。



「ッ」

「驚かないでよ、これくらいは普通だから」

「っち! くそ」



 あっさりと止められたことでトゥルーは僅かにイラっとしつつも、同時に風の魔術を展開する。半径、数メートル内に風の弾丸を数十展開。



「結構、出来るなぁ」



 ぱちんと指パッチンをするとトゥルーの魔術が一瞬で霧散する。星元が更に天の上の星元に押しつぶされるような現象であった。



「星元はさ、使い方が上に行けば相手の力場みたいなのを吹っ飛ばせるんだ。魔術も阻害できる」

「ッ」



 そう言うと流れるように手の甲でトゥルーの頬を叩いた。軽めの音が耳に響いたはずなのに彼は飛ばされ、地面に激突をしてなお勢いは止まらない。


「けほけほッ、痛ッ」

「もっと精度良くしないとね」

「……トリスタンさんって本当に強いですね」

「それなりにはね。でも、君も結構強いから安心していいよ。魔術の精度、星元の量は爆発的に多いけど……もうちょっと面白みが欲しいかな」

「は、はぁ……」

「フェイ君は結構面白いかなぁ」

「頑張ります……」

「めっちゃライバル意識してるじゃん。まあ、分からなくもないけど、個性強めだし」



 ケタケタ笑うトリスタン。強いというのはこれでもかと分かったがどことなく威厳が足りないなぁとも感じてしまう。



「星元操作は君が上さ。総合値で言ってもトゥルー君が勝ってる。100回戦えば99回君が勝つだろうね」

「……」

「でも、実戦だったら100回の内の1回を引く可能性もあるけどね。でも、君はピカイチなのは間違いない。正に玉石混交と言われる聖騎士の中では玉だよ」

「は、はい」

「魔術は初歩的な魔術でも使い方で出力変えられるし。オレはブリタニア城吹っ飛ばせるくらい出来るよ。やらないけど」

「確かにそれは止めた方が良いですね」



 ハハハと守るべき城を吹っ飛ばせるとか言うので、トゥルーは若干ひきつった笑みを浮かべる。


 嘘を言っているようではないので僅かの恐怖心すらある。



「バラギって言う退魔士がアイツの剣には封印されているんですよね」

「らしいね、あれ多分本当の事だよ。触れてみて分かった。マジでヤバいの奥に潜んでいる」

「……」

「でも退魔士なんて関わりが出来るなんて思ってもみなかったなぁ。

「自由都市で手に入れたみたいです」

「自由都市の冒険者と聖騎士って仲悪いからねぇ。完全関係性って遮断されてたけど繋がりって出来るもんだねぇ」

「本来できるはずがない、繋がりが出来たってことか……」




 円卓英雄記と言うノベルゲーに置いて、トゥルーとアーサーが主人公である。本編では王都ブリタニアを中心として物語が進む。


 しかし、外伝ではアリスィアが主人公でありこの二つの物語はほぼ交わらない。だが、フェイが無理やり両方交わせた。



 故にアリスィアも自由都市を離れて王都ブリタニアに暮らしている。



 フェイ達が暮らしている孤児院。そこではマリアリリアが孤児たちをお世話して一緒に暮らしている。


 そんな孤児院だがアリスィアは洗濯をしたり、料理を作ったり、小さい子供の面倒を見て過ごしている。一応は居候と言う事だが働くことで暮らせている。


 しかし、そんな真面目に働いているアリスィアをマリアは呼びだした。



「アリスィアちゃん、ちょっといいかしら?」

「なに?」

「そのぉ……この孤児院から出て行ってくれないかしら?」

「えぇ!?」



 まさかあの温厚で才色兼備で優しい聖母マリアがそんな事を言うとは思いもよらなかったのだろう。



「なんでよ!? 私ちゃんと働いてるじゃない!」

「えぇ、そうね。子供達の面倒を見てくれるし、ご飯も美味しく作ってくれるし」

「そうよね、だったらなんでよ!」

「……貴方、夜にフェイの部屋で何してるの?」

「……」



 マリアが僅かに睨みながらアリスィアに言うと彼女は黙った。眼を逸らして何も知らないと言いたげな眼で虚空を見つめる。



「夜になったら必ずフェイの部屋からあなたの声が聞こえるの。フェイはそう言う事をしたり誘ったりするタイプじゃないし……貴方、寝ているフェイにやらしいことを毎晩しているでしょ」

「……してないけど」

「声が聞こえるのよ。大分抑えているようだけど……

「……私達……? ……よく分からないけど。夜の声は空耳でしょ。知らないわ」

「そう……だったら出て行ってもらうわ。ここの責任者は私だもの」

「なッ! 横暴よ!」

「正当な権利よ。それに貴方は相当な実力者でしょ、騎士団に飛び入りで入団して騎士団の寮で暮らせるはずでしょ」

「……私、弱いし」

「嘘ね、貴方の星元はトゥルーに匹敵しているわ」

「……フェイが、鬼いちゃんがいないと眠れないし」

「出て行ってもらおうかしら……私達だって本当は添い寝とかしたいし……貴方に譲ってるんだからね!!」

「ちょ、急にどうしたのよ!? 情緒がおかしいわよ!?」

「うるさい! 私達がどれだけ我慢してると思ってるの! 毎晩好きな人が他の女に……とにかくあなたは出禁! 出禁だから!」



 急に子供っぽく駄々をこねるマリアに驚愕する表情をするアリスィア。そんなマリアに外に引っ張り出されるアリスィア。


「ごめんなさい、ごめんなさい! 謝るからここに住ませて!」

「……もう、いやらしいことはしない?」

「しません! 隣で寝るだけにします!」

「……分かったわ。貴方の料理美味しいし、子供達からも人気だし……今回は許します。でも、次は出て行ってもらうわ」

「はーい、気を付けますー」(まぁ、次はバレないようにすれば問題ないわ)




 アリスィアはふふ、と僅かに微笑みながらもシクシクと泣き真似をする。マリアリリアはそんなアリスィアを眼を細くして疑いの視線を向けていた。



 しかし、ずっと疑っていてもしょうがないと警戒の目を緩めていつものように暖かい聖母の眼差しに戻る。


「えぇ、これからもよろしくね」

「はーい、よろしくだわー!」



 本当に大丈夫かコイツと一瞬思ったがマリアは直ぐに気持ちを切り替えた。




◆◆



 フェイが木の上に足をかけて腹筋をしている。ずっと己を鍛えるために何度も体を起こしている。



「フェイーー」

「アーサーか」



 木にぶら下がっているので逆さまに見えるが金髪が特徴のアーサー。そして、彼女の隣には薔薇のように綺麗な赤髪のボウランが立っていた。



「おーす、フェイ。頑張ってるな」

「……邪魔だ、消えろ」

「おいおい、ひどいな! アーサーもそう思うだろ」

「フェイのこういう時は感情の裏返しだからダイジョブ。問題ない」

「そっかぁ」

「フェイは訓練が終わった後にハムレタスサンドイッチを上げると喜ぶ」

「おおー!」



 ぺらぺらと本人の眼の前のそこそこの音量で語る二人。そんな二人を気にせず、彼は必死に訓練を続ける。


 腹筋の後は体感トレーニング、ダッシュ、ダッシュ、腕立て伏せ、ダッシュ。体中に錘をつけながら己の肉体を極限まで追い込んでいく。



「……あいつ本当に頑張るよな」

「知ってる」

「アイツの、どこが好きなんだよ」

「頑張り屋さんで、いつも可能性に満ち溢れてて、常識を超えてくれるところ」

「ふーん」



 ボウランは何も感じさせない瞳でフェイを見ていた。ぼおっとしながら彼を見ているとどこか、食い入るように気付いたら見てしまっている自分が居る。



「ボウランはフェイの事が好き?」

「……嫌いじゃないぜ。まぁ、ぼちぼちってところだ」

「そっか。ワタシは好きだよ」

「ふーん、まぁ、頑張れ。アタシは応援してやるかさ……」

「ありがと」



 ボウランは欠伸をするふりをしながらアーサーの背中を押した。アーサーはその後にフェイにちょっかいをかけた。


 辺りは静まり返った夜になった後、アーサーは一旦騎士団の寮に帰った。フェイはアーサーにからかわれたり、己自身を過酷な訓練に身を落とした結果として多大なる疲労を抱えていた。



 ボロボロになりながらとぼとぼとフェイが歩いていると――



「――お疲れ」

「……ボウランか」

「アタシじゃ、悪いか」

「どうとも思わん」

「……あー、疲れてると思ったから、水と軽い食事と汗を拭く布を……」

「わざわざ持ってきたのか。お前が?」

「悪いかよ」

「……らしくないな。お前がやるような事ではない気がするが」

「いいから、受け取れ。あとそれ以上何も言うな。黙って受け取れ」

「……そこまで言うなら貰ってやろう」



 フェイはボウランから貰った水でノドを潤し、軽い食事をし、汗を拭いた。そして一息をするとボウランをジッと見た。



「余計な手間をかけたな、だがやはりお前がこういう事をするとは思わんが……飯屋に連れて行けと言う事か」

「違う。ただ単にお前にあげようと思った」

「……そうか」



 フェイはボウランからそう言われるとそれ以上は何も聞かないようで孤児院への帰り道を歩き出した。


「またなー」



 ボウランはそう言って別れようとしたのだが――



――ガッとフェイの服の裾を掴んでしまった



「なんだ」

「いや……」



 ボウランはある自身の変化に気付いていた。




(ヤバい、この感触……アタシってやっぱり獣人族ビーストなんだッ)



獣人族ビーストは他種族よりも、より強さを求める種族でメスは強いオスに惹かれしまう性質がある。




(やべぇ、でもあたしって人族と獣人族のハーフで、人族の血が濃いってずっと思ってた。でも、体が疼く……フェイを見てると……)



 先日、フェイが獣人族の里で戦いを繰り広げたせいであの里に居た女全員がフェイに惹かれてしまう事件が裏であったのだが……


 ボウランも例外ではなかった。強い雄、屈強な肉体、頂点的な魂。人族と獣人族のハーフで人族寄りであった彼女の中の、雌としての獣の本能が疼いていた。



「服にゴミが付いてたから取ってやっただけだぞ」

「この服は訓練で殆ど汚れている。たかが一つとっても意味はない」

「そう言うなよ。それじゃー、アタシ帰るなー」



 逃げるようにボウランは帰った。騎士団の女子寮に息をする間もなく入る。部屋はアーサーと同じ部屋だ。



「ボウラン、どうした? 顔が赤い」

「いや……なんでもねぇ。ちょっと……いや、なんでもない」

「そっか、最近色々悩んでそうだったし。添い寝でもしてあげようか?」

「いい、一人で寝る」





 アーサーの添い寝を拒んで、ボウランは一人で寝ることにした






◆◆



『おい、フェイ』



 あ、バラギが俺に話しかけてくるとは珍しい。久しぶりの精神世界だ。



『お前、いつになったら精神が潰れるのじゃ。昨日はお前の知人全員から殺される夢を見せてやったのに。ぴんぴんしてるのはどういうわけじゃ』


 主人公だからな。知人から殺される夢を見ても意志が砕けないのは基本だ。知人に殺されるスタンプラリーと思えば悪くない。



『お前の精神が異様に図太いのは知っておる。しかし、あれだけ知人から殺される夢を見たのに、現実でその知人、と何事もないように接せれるのはなぜじゃ。それが分からぬ』



 アイツらが俺にそんなことするわけないって知ってるしな。俺を殺すわけがない。そして、俺は主人公だから死なない。


 つまり、気にする意味がない。


 それにお前が精神攻撃で知人使ってるのは何となく予想がついていた



『……飽きれた奴じゃのぉ。まぁよい』



 それだけの為に呼んだのか?



『いや、違う。わらわはお主の肉体を諦めてはおらぬ、だから少しやり方を変える。お前のことを話せ。聞いてやろう』



 なぜに?



『お前の話の何処かに弱みや綻びがあるかもしれんからのぉ。喜べ、こんな麗しく、美しく可憐な、わらわがお主の話を聞いてやろうと言うのだ』


 

 ふむ、まぁ、話してやらなくはないが……



『よいよい、聞いてやろうじゃ。ではさっそく、あのボウランとか言うのはあれか、お主の事を意識しておるようじゃのぉ』



 ん? どういうこと?



『いやだから、意識をしておるじゃろ?』



 分からん。どういうこと?



『マジかよお前……めっちゃ冷めたわ。恋話を聞いて少しでもからかってやろうと思った気が失せたわ。もうよい、今日は寝る。マジで冷めたわ。次までに少し察しの良い男になっておけ』



 ふむ? よく分からないが……ボウランは差し入れをしてくれた良い奴ってことだよな!


 主人公の親友枠かな? 最初は生意気だったけど、徐々に認めていくタイプの!



『マジでないわ、お前』



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