第51話 鬼、夫、フェイ
ダンジョンでの悪童の激突が終わったその日の夜。フェイはフェルミのリビングで剣術の本を読んでいた。彼は波風清真流をこれまでもこれからも使って行くつもりであるが、他の剣術も学んだ方が良いと師匠であるユルルに言われていたからである。
一人で熱心に本を読んでいると、彼の前の席にモルゴールの腰掛ける。
「熱心に読んでるね? 何読んでるの?」
「お前に関係ない」
「あー、もう、そうやってすぐ意地悪するの良くないぞー? 僕に教えろ」
「……」
「無視!?」
モルゴールはフェイに無視をされた。そのことにぷくっと膨れ顔をしながらフェイを睨むが彼は本に夢中なので彼女の顔を見ることはない。
腹が立つので彼女は机の下から彼の足を軽めに蹴る。一瞬だけ反応をするフェイだったが直ぐに視線を本に戻す。
「あーあ、暇だなー」
「……」
「ねぇ、ちょっとは話し相手になってくれてもいいじゃん! 僕ちょっと
「……なんだ?」
渋々と言った雰囲気でフェイが彼女に目線を向ける。ようやく話せると思って僅かに笑顔を見せるモルゴール。
「筋肉をさぁ、触らせてほしい! すっごかったから! お風呂で!」
「……」
「あ、本に視線戻さないで僕の話聞いてくれ!」
聞いて損をしたと言わんばかりに再び読書をフェイは再開をする。そこからもモルゴールが何度も絡もうとするがフェイは反応をしない。
「あ、フー君」
そこへ、パジャマ姿のバーバラが姿を現した。モルゴールは知り合いではない為、一瞬だけ、気まずそうな顔をする。
「えっと、それと……モルゴールちゃんだよね? フェルミさんが言ってたから、知ってる」
「あ、そうですか……えっと、僕がモルゴールです」
「私はバーバラだよ」
「お邪魔してます……」
「私の家じゃないよ! だから、畏まらないくていいよ!」
「あ、凄い明るい人だなー」
バーバラがニコニコの笑顔でモルゴールに語り掛けるので思わず陽キャのオーラに苦しむ陰キャの如く、モルゴールは気まずそうだ。
「ふー君はまた剣術の本を読んでるんだ?」
ナチュラルにフェイの隣の席に座って、彼の呼んでいる本を横から覗き込む。桃色の髪がお風呂上がりで僅かに湿っている。鎖骨がちらりと見え、ダボッとしているパジャマなのに胸元が膨らんでいるのが分かる。
(うわ、このバーバラって人、色気凄いなぁ……僕よりも全然凄い……)
同じ女性として、モルゴールはバーバラの色気に羨ましさと、嫉妬を僅かにしてしまった。胸と尻の大きさは自身もかなりあるし、大きさもさほどの差はない……と思いたかったが彼女の方が大きい。それに加えて、目元は僅かに垂れて、まつ毛も長い。
バーバラは甘い女性、という感覚があった。だが、自身は目つきが悪く、高身長で色気があるのかと聞かれたら微妙なライン。
(モテるんだろうなぁ、こういう人。まぁ、僕はモテたいって思ったことないけど……運命の人との恋愛はしたいから、もし、そう言う人と出会えたら愛される形をしていたい。だから、羨ましいって思うんだろうなぁ。それはそれとしてさ、ってかさ、胸でかくない? 僕も大きい方だけど、この人、なんなの? 手のひらで持てないくらいじゃない?)
「それって、何の剣術の本なの? 何処の流派なの?」
「……野生餓狼流」
「知ってる! それって獣人が使ってる人が多いんだよね。私のレギオンにも獣人の子いるけど、フー君は知り合いに居る?」
「……一人いるな」
「名前は?」
「……ボウラン、だが半分獣、外見は人族だ」
(なんだよ! 僕の質問には答えない癖に! おっぱい魔人には答えるのか!! おっぱいに釣られやがって!!)
フェイは面倒そうに返答をしているが、モルゴールには彼がバーバラのおっぱいに釣られて言葉を交わしているように見えた。
「半身が獣人か……。
「さぁな」
「ボウラン、うん、聞いたことある。その子は聖騎士なの?」
「そうだ」
「そっかぁ……可愛い?」
「そう言う感情で見たことはない」
「ふーん」
(
フェイから話は振られないなのに、ずっと自分から話しかけるバーバラを見てモルゴールは事情を察した。バーバラと言う女性がフェイを好いていると言う事に。
「あ、そう言えば。今日ね、偶々仲間から、演劇のチケットを二枚貰ったんだけど行く人居なくてさ。どう? 一緒に」
「俺は興味がない」
「だよねー、私分かってた! じゃあ、一緒に剣術都市行かない? 沢山の魔剣とか剣術の本とかあるんだって。原初の英雄が愛した聖剣の
「……そうか」
「一緒にいこっか?」
「俺一人で向かう。邪魔だからついてくるな」
「えー! 今私が教えてあげたのに!」
(えー、なにこの恋愛ごっこみたいなやり取り。なんか分からないけど腹立つなぁ)
モルゴールがフェイとバーバラのやり取りにイライラしているとフェイは剣術の本を閉じて、席を立った。
「おやすみ、明日も訓練頑張ってね」
「無用な気遣いだ」
振り返らず背中越しにそう言ってフェイは去って行った。フェイが居なくなるとモルゴールとバーバラの二人きりとなる。
「フー君寝るなら、私も寝よっかなぁ」
「バーバラさんって、フェイのこと好きな感じか?」
「あー、分かやりやすい?」
「まぁ、それなりには」
「んー、好き……なのかな? なんとなく良いなぁって思ってるって言うかぁ?」
「なんとなく?」
「あんまり恋愛したことなかったからさ。レギオンの団長で忙しかったし、弟の世話とか……でも、最近弟のラインも一人前になってきたし、仲間が大分支えてくれて余裕出来たからちょっとそう言うのもいいかなって思った感じ?」
「はぇー、なるほど……。貴殿はフェイのどこが良いんだ?」
「頼もしい所、一択」
フェイのどこが良いのかという問いにバーバラは即答をした。頼もしい所、というのがなんとなくだがモルゴールも理解できた。
「頼もしいか……」
「ああいう人、いいよね。こう、筋肉も凄いから後ろから強めに抱かれたい? みたいな?」
「確かに筋肉は凄い」
「トンデモナイ何かが宿ってる位凄いよね」
「でも、それなら他の人でも良くないか? 頼もしいって言う理由なら」
「んー、優しい所も含めて頼もしいから。それだとズレてるかも。強さを只管に求めて鍛えてさ、どんどん強くなるし、絶対諦めないしさ。全部ひっくるめて隣にいてくれたら頼もしいって言う意味かな」
「優しい……。でも、貴殿に優しくするのはおっぱいに釣られてるからでは?」
「いやいやいやいや、流石にそれはないよ。あんまりチラチラ見てこないし。さっき話してるときも、私のこと一度も見ずに本ばっかり見てたでしょ?」
「まぁ、確かに」
「結構、生真面目な性格なのも良さげかなー? そう言うのも気になるかも」
「へー」
「モルゴール、ちゃんは好きな人は?」
「僕はいないかな。でも、お姫様になるのが夢!」
「あ、意外とピュアなんだ」
モルゴールが腰に手を当てて、胸を張り高らかに自身の夢を語る。目つき悪いのに意外とピュアと言う外見と夢があっていない事にバーバラは驚いた。
「僕は背が高すぎるし、目つきが悪いから……姫様っぽくないけど、運命の王子様にお姫様抱っこされたいんだ!」
「すっごいピュアなんだね、モルゴールちゃん」
「でも、先に僕の兄を見つけないといけないから暫くは無理だけど」
「あ、言ってたね。お兄ちゃんかぁ……そう言えばフー君と目つきが似てるような……」
「それさっきも言われた。でも、僕の家は魔術が有名な一家で僕の兄は凄い才能があったって聞いたからそれは違うと思うんだ」
「フー君、無属性だけだから、確かに違うね」
「なかなか見つからないな」
「そっか……頑張ってね! 応援するから! 私も何か分かったらすぐに連絡する!」
「えー! ありがと! 貴殿には感謝だ!」
バーバラとモルゴール、二人の友情が少し深まった夜だった。
◆◆
「これからどうしようかしら……」
星空を見上げながらアリスィアが呟いた。
「ねぇ、どうすれば良いと思う?」
「しりませんわ。興味もありませんわ」
アリスィアが同じ部屋のベッドで寝ているモードレッドに相談を投げる。しかし、モードレッドは一切興味がなく、適当に流す。
「聞いてよ。私……これからどうしようか迷ってるんだから」
「面倒ですわ。ですが、このままグダグダ話しかけられ続ける方が面倒ですので、特別に少しだけ答えてあげますわ」
「ありがと、私、これからどうするべきだと思う?」
「兄を探していればいいのでは?」
「最近、それもどうでもよくなちゃってさ……」
「好き勝手に生きればいいのでは?」
「うーん、私にはあってない気がするわね……聖騎士とかどう思う?」
「あぁ、フェイ様以外、大した事のない集団の集まりですか……まぁ、貴方程度でもなれそうですし、良いのでは?」
「そっか……フェイと一緒に居られるしブリタニアで聖騎士やろうかしら?」
「やっぱりダメですわね。ワタクシが指名手配されているので聖騎士になれないので」
「いや、アンタの話じゃなくて、私の話ね?」
「知ってますわ。ただ、フェイ様の近くに貴方が居ると嫉妬で血祭りにあげそうになってしまう事を考慮して聖騎士になるのは止めろと言っているのですわ」
「怖い!? なに!? 自分がブリタニアで指名手配されててフェイの側に居られないから私にも居るなって言ってるの!? 無茶苦茶でしょ!?」
手元の剣を鞘に納めて、何度もキンキンと金属音を鳴らしながらアリスィアを脅すモードレッド。そんな彼女に恐怖を覚えて、大声をあげながら距離を取った。
「まぁ、どうするかは追々決めるけど……母親に兄を見つけて認められたいとか思わなくなったのが自分でも驚いてるのよね」
「不幸を呼び込むとか言われて追放されたとか言ってましたわね」
「そうよ。母親……最近はどうしてるのかとかも考えなくなったわ。フェイが居てくれればそれでいいって感じちゃってさ。でも、私が居ても迷惑よね」
「そうですわね、フェイ様からしたらあなたは迷惑なので速攻視界に入らないようにするべきですわ」
「いや、ちょっとフォローしなさいよ」
「他の男にしてしておくべきですわね。うん、他に運命の方が居ること間違いないですわ」
「凄い引き離そうとするじゃない。何言われても離れたくはならないわよ!!」
相談をする相手を間違えたかもしれないと思うアリスィア。しかし、モードレッドは戦闘経験はずば抜けており、世界情勢とかも色々と知見がある。だからこそ、やはり彼女から話を聞くのは大事だと感じる。
「アンタも目的あるんだっけ?」
「えぇ、ただ悪童を殺したので暫くしたら、ここは離れますわ」
「悪童って今日の昼にフェイが倒した奴よね? あれがなんなの?」
「色々とありますの。光の星元を持っている同郷は全員殺す。ついでに永遠機関とかも潰す。それが目的ですの」
「永遠機関、最近聞いた名前ね。あとは光の同郷って、子百の檻出身子だっけ?」
「そうですわね」
「ふーん、まぁ、よく分からないけど応援してるわ」
「貴方程度の応援は微塵も役に立たないですが、一応受け取っておきますわ!」
「素直に受け取りなさい!」
「ふっ……あぁ、それと貴方のトラブル体質、不幸を呼び寄せる特性とも言えるそれですが……」
「それがなに?」
「きっと、訳アリでしょうから自身の事を調べることも視野に入れておくべきかと思いますわー」
「……訳アリ……?」
「あそこまで不幸を呼び寄せるのは偶然ではないと言う事でしょうね」
「そっか。私にはやっぱり居場所がないのかしらね……」
「……フェイ様はそれすら飲み込む」
「ッ!」
「見て来たと思いますが、貴方と言う存在はフェイ様みたいな方からしたら絶好の鴨。不幸を、逆境を己が成長をする幸運と捉えられる人からしたら、さぞや魅力的に写るのでしょうね」
「だったら、嬉しいわねッ」
「えぇ、フェイ様に色目を使ったら殺しますが、フェイ様が強くなるための道具として側に置いておく許可をあげましょう」
「いやだから怖いのよ!!」
ニコニコ笑顔で怖い事を言うモードレッドに戦慄をアリスィアはした。しかし、一緒に居てくれる人が居てくれると思えることは彼女にとって最高の安心感でもあった。
◆◆
「あれ? なんだここ? 初めて来たんだけど!? 何これ!? 面白そうなイベントが始まったなぁ!!!」
わらわはフェイと言う男と契約をして、魂をこいつの体に定着をさせた。最初は体を乗っ取ってやろうと思った。体に呪いを施して魂を喰らったり、思うがままに道化人形にしてやろうと考えていた。
「あれ? バーバラに似てる? お前誰だよ」
だが、全然操れなかった。こいつの魂は常軌を逸しており、声が魂に届かないのだ。だが、だがだがだが、ようやくこいつの魂と接触をする事にわらわは成功をしてしまった!!!!
ここまで長かった! 一万回くらい大声で呼びかけたけどずっと届かなかった!!
魂の差異によって、声が届きにくいとかあるが……こやつは本当におかしすぎて……うぅ、嬉しすぎて涙が……
「うぅぅ」
「何で泣いてるの? 大丈夫か? ポンポン痛いのか?」
「誰がじゃ!!」
「あ、元気じゃん」
「おかげさまでの!! 声を出すのが得意になったわ!!
「よくわかんないけど、良かったね」
「……お主、そのような話し方だったか? 大分外と違うが」
「外? どういう……あ、ちょっと待って。もしかして、アンタって最近俺と一緒に体をシャアハウスしてる元退魔士のバラギって人? それで俺の体の内側から、つまり心に直接話しかけてる感じ?」
……こやつ察しが良いな。初見でいきなり精神世界でわらわに話しかけられて、全てを看破するとは……。
「察しが良いの」
「おー!! 最高じゃん!! まぁ、主人公の中に異形の存在が居て、内側から話しかけてくるのってあるあるだからさ。すぐに分かってしまったぜ!!」
「……一から十まで何を言っているのか全く分からんの」
「なるほどね。いつものクール系な話し方に勝手に翻訳されないのは心に話しかけてるからだろうね。あれって、やっぱりキャラの特性みたいな感じだから、体に常備されてるクール系主人公翻訳機能って事だったんだろうなぁ」
「いや、分からん。全然分からん。何を言っているのか分からん。わらわに分かるように話せ」
「それは無理だと思うぜ! だって、俺は主人公だからな! 主人公の考えとか本質は俺以外には分からない、お前に言っても無駄だな!」
「……まぁ、お前の話し方は正直どうでもよい。それより小僧」
「どうした?」
「お主の体をわらわに渡せ」
ふっ、言ってやったわ!! わらわと契約を交わした退魔士は過去にも居たが、大体の奴はこのセリフを言うとビビッておろおろする!
おろおろしてビビる!!
体の内側から自分と言う存在を乗っ取ろうとする、別の存在が居ると言うのは怖いからのぉ!! ビビれ! わらわにビビれ!!
「お、お前……」
フェイは手をカタカタと震わせながらわらわを指さした。流石に恐怖で震えているのだろうなぁ。わらわは怖いからのぉ!! これが普通の反応なんじゃ!! 今までがおかしかったんじゃ!!
「100点だ!」
「は?」
震えているのかと思ったら笑っていた。
「やっぱり内側から体を乗っ取る的なノリが一番だよね? それ主人公の中に封印されている異形の存在としては100点だ。寧ろ、その方がいいんだ。これからもそれで頼むよ」
「……は?」
意味が分からない。物凄い喜んでいるのは伝わってくるがどうして喜んでいるのかは分からない。理解できない。
「そうやって、乗っ取ろうとして置いていずれ和解して主人公の為にサポートする。主人公の基本と言うか、あるあるだしね。バラギ、序盤のムーブとしては100点だよ」
今までこんなに喜ばれたことがあっただろうか。脅しを言ったはずなのに……喜ばれている。
わらわは意味が分からなくなった。外面は厳しい顔をして誰かの為に命をなげうつ狂人、内心は別の意味で頭が狂っているような狂人。
こいつの行動原理が分からない。
「……ふっ、じゃがいつまでお主の余裕が続くか見物じゃな?」
「ん?」
「お前のような奴は、きっと一人になる。他者の為に命を懸けてもなんらの徳はない。きっと後悔するぞ。気付いたら自分一人になって誰にも信じてなど貰えない。わらわには分かる。お前はきっと一人になる」
「……? よく分からないけど、そうなってもいいじゃないか?」
「……なに?」
「俺は俺を誰よりも信じてるからな。それだけで進んでいける。だって俺は主人公だからな」
……眼が輝いていた。昔の自分のように……それが無性に腹が立った。自分は誰かの為にと生きて……それで……
「気に入らん、主は本当に気いらんなぁ。わらわの神経を逆なでする。必ず体は貰う、二度度ふざけたことも腹が立つ口もきけぬように」
「それでいい、でも、お前は必ず俺に心の底から力を貸したくなるよ」
「ありえないのぉ」
「それがあるんだよ。だって、俺は主人公だから」
それだけ言って、男は消えた。正確にはわらわが一時的に会話を拒絶をしたのだ。
わらわが自分から力を貸したくなる? あり得ない。あり得ないのぉ。
舐めた小僧じゃ、本当に
◆◆
遥か昔、世界に災厄が訪れた。全ての生命を飲みこうとする、害悪の象徴、名を
人やあらゆる生命を超えていた存在だった。恐怖、理不尽な恐怖。それは過去の存在だとしても今を生きる者達に伝わるほどにすさまじかった。
しかし、人々はとある事実を忘れている。
そう、最初はただの人間だった。故に、人間であったのだから『子孫』が居たとしても可笑しくは無いのだ。
子孫は歴史の裏でずっと生き延びてきた。時には迫害を受けながら……だが、生き延びてきた。生き延びたのだが、子孫達にはとある呪いがかかっていた。
子孫たちは誰もが若くして死んでしまう。そして、謎の体質を持っていた。それは成長をするごとに強くなる、
世界の災厄、その子孫である彼等、その内の一人は生まれながらに闇の星元を持ち誰かの為に動かないといけない正義感を持った男。
――もう一人は産まれた時から不幸を呼び寄せてしまう少女。本当に特異な体質を持って生まれた。そして、それに加えて周りがそれに恐怖をする。
人の感情が恐怖がたった一人の少女へと集約する。概念的な精神的恐怖の集約、己自身とそれ以外による強迫観念と自己嫌悪。
それによって、特性が恐怖の集約で強くなり、彼女の不幸体質がさらに強くなってしまった。
肥大化する不幸、それを見に宿す
なぜ不幸であったのか。
人からずっと遠ざけられるのか。
そして、災厄の子孫を狙う者達が居ると言う事も彼女は知らない。
――自由都市に二人の青年が足を踏み入れた。
「ここか……アリスィア。厄災の子孫が居ると言う場所は」
「はい。生まれた時から不幸体質であり、数々の災害が彼女の居るところで起こっているとか。アリスィア、彼女の母親からも小さい頃からそのような兆候が見て取れていたとか」
「……厄災の子孫、狩るのが好ましいだろう……我々、『聖痕の一族』がな」
ノベルゲー円卓英雄記、その外伝ストーリー。その内の一つのアリスィア追放√のラストエピソードが迫っていた。
◆◆
勝手に寝ている部屋に入って添い寝をするのが私だから……ついでにモードレッドも勝手に添い寝をする。
イラっとしたり、フェイの迷惑だから辞めろと言おうと思ったけど、私だけは言ってはいけないので無言を貫いている。
「フェイ様ぁー。ふふふ」
寝言を呟きながらモードレッドがフェイに抱き着いている。ニヤニヤして幸せそうにしているから、何だか邪魔が出来ない。相変わらず全裸で寝ているとはどうかと思うけども……
そう言えばこの家ってフェルミの家なのよね。私達が住みこんじゃって私的に使ってるけど……今度御礼の品でも買った方が良いのかしらね?
取りあえず起きようと思って、窓の外を見た。
――外には雨が降っていた。
「曇り……」
無性に嫌な予感がした。こういう感覚は偶に私に降ってくる。漠然とであるのだが、心に灰が積もるように少しずつ不安が大きくなっていくのだ。
こういう時は大体私に不幸が起こる……
「なにか、起こるのかしら……」
不安になるが首を振って、そんな訳がないと己を律する。体を起こして、キッチンに向かう。
フェイがそろそろ起きて訓練に向かうので帰ってきたら、朝食を用意しておきたいのだ。
パンを焼いたり、サラダを作ったり、ハムを焼いたり、色々と準備を進める。いつもなら朝食を作る時に幸せな気分になる。フェイが食べてくれると思うと心が躍る。
だけど、今日は……不安が襲ってくる。
人数分作り終えたら、一度外に出よう。そして、空気を吸おう。気分がよくなるはず。
「久しぶりにフェイと一緒に訓練しよ……」
寝室に入るとフェイが訓練に向かう準備をしていた。モードレッドはまだ寝ている。
「私も行くわ」
「……」
「偶には訓練に付き合おうと思うの」
「お前に俺の相手が出来ると思うか……?」
「出来るわ。私だって強くなってるもの」
「どうだかな」
「……もしかして、私に負けるのが怖くて勝負しないのかしら?」
「いいだろう、ついてこい」
チョロい。まぁ、こういう所が可愛くて好きなんだけど……普段は鬼みたいな性格をしているのに単純な所があるから魅力的なのね。
自由都市の中にはとある空地が存在している。いつもフェイはそこで朝練や訓練を行っている。
そこに到着をするとまずは準備運動から始まった。フェイは生真面目なのでしっかりと体をほぐしつつ、適切に動けるように体を温める。
「よし……」
終えるとそうつぶやいて、今度は素振りを開始した。空気を斬っているように剣筋が美しい。フェイは日本の武器を持っている、一本は普通の剣、もう一本は退魔の剣、魔剣だ。
魔剣はデメリットがある為に今は使っていない。普通の剣で素振りをしている。私はその姿に見惚れていた。
暫くして、彼がこちらを向いた。黒い瞳が見える、彼の瞳に鏡のように私が写った。
めっちゃ、私頬赤くしてるじゃん……!!
好きバレは恋愛においては悪手、相手を好きにして相手から告白させるのが勝ちって、この間買った恋愛本に書いてあった。
「俺の剣の相手をすると言っていたな」
「あ、う、うん、そうね」
「剣を抜け、打ち合いだ」
「……いいわよ」
私が今のフェイに勝てるわけない気もするけど、訓練の相手をすると自分で言ってしまったわけだし。仕方ないと剣を抜こうとした時……
「見つけたぜ。クソ災厄の末裔が」
「情報通り、彼女がアリスィアで間違いないです。兄さん」
誰よ、こいつら……。二人組、一人は強気で獰猛な感じ、もう一人は本を持ってる気弱な感じ。似ている所を見ると兄妹だろうか。
「あー、一応名乗っておくか。何も知らずに殺してしまうのは可愛そうだしなぁ。俺は聖痕の一族、ゼロ」
「僕はゼロの弟、ワンです」
聖痕の一族……? 聞いたことがないわ。
「フェイ、知ってる?」
「さぁな。だが……」
「どうしたの?」
「俺に用があるようだ」
「私の名前を呼んでいたから私に用があるんじゃないかしら?」
「いや、そうではない。結果的には俺に用があるはずだ」
よく分からないけど、フェイが言うならばそう言う事なのでしょうね。
二人組、その内の一人、ゼロと名乗る獰猛な男。アイツは名乗りが終わると急に私に剣を抜いて襲い掛かってきた。
だけど、フェイがそれを剣を抜いて応援をする。フェイは無表情だが獣のように笑っていた。
「おいおい、俺が用があるのは厄災の末裔なんだが……邪魔するなら殺すぜ?」
「お前では俺は殺せない」
「なるほどな、アイツの男って訳かぁ。お前、あの女がどんなクソ野郎か知ってるわけ?」
「アイツは俺の女ではない。俺が戦うのは己の魂に従っているだけだ」
「ふーん、どんな理由でも良いがよ。アイツを守って事がどんな意味を持っているのか知ってるか?」
フェイとヘンテコな男の剣が交差をしている。しかし、一旦離れて、ゼロと名乗る男が私を指さした。
「そいつは……
「え……?」
思わず、私は声を漏らしてしまった。あの男が言っていることが私の理解を超えていたからだ。
「正確には人間であった頃のだがな。
「あらゆる生物の細胞を取り込んだ
「闇の星元を持っていたり、呪われていたり……災厄の王、異形な存在の血筋は異様な種を生んだ。その内の一人がアリスィア。お前だ」
「……ッ、わ、た、し……?」
「そうだ。まぁ、お前の兄も該当するんだが、それは置いておこう。アリスィア、心当たりがあるだろ。呪われているように自身を中心に不幸が起こるってことに」
「……え、あ……そ、それは」
私は……わたし、は……母親に殺されそうになったことがある。よく言われていた。
――わたしがいるとふこうがおこるって
むらでも、ともだちからもいわれたことがある。どこへいってものろいのようにわたしのさきではふこうがおこる。
せかいからきらわれているように……それがげんいんなの?
私のせいなの? 全部、私が居るから皆が不幸になるの……災厄の子孫だから、私は呪われている?
辛い、辛い、悲しい。私は何も悪い事なんかしていないのに。最近、ようやく楽しくなって来たのに。また、辛くなってしまう。心が痛い。苦しい。
また、居場所が……
「俺達はそんな厄災の子孫を殺すことが先祖代々の使命だ。お前達は居るだけで世界にとって害悪だからな。闇の星元が目覚めたりしたら、それこそ人を襲う」
「……ッ、そんなことしないッ!! 私は……人間で」
「お前達には居場所はない、大人しく消えておけ。それが皆の為だ」
「兄さん言い過ぎでは、消すとしても。もっと言い方が」
「取り繕ってもしょうがない――」
「――お前達は要領を得ない話が好きなようだな」
恐怖も畏怖も期待も何もしていない声が響いた。私の表情はきっと恐怖で歪んでいるのだろう。だけど、フェイは変わっていない。
「あぁ?」
「こいつがそんな大層な存在な訳がない」
「あのな、コイツの行く先々では常に災害が起こるんだよ」
「違うな、俺が居たからだ」
「……なに?」
「俺が居た、だから、天変地異が起こる。世界は俺を中心に回っている。動いている。だが、それに気づているのは俺だけ」
「馬鹿なのかお前」
「知らないなら覚えておくといい。全ては俺の試練とでも言える。全ては俺の行く先に敷かれているレールに過ぎない。俺だけが特別で俺以外はただの置物――」
フェイは二人組を指さした。そして、その後に、私にも人差し指を向ける。
「――お前も、お前も、そして、アリスィア、お前もだ」
彼の漆黒の眼には偽りがなかった。本心から言っているのが私には分かる、眼を見なくてもフェイは一度も嘘をつかない男なのを思い出した。
思えばフェイは何者なのだろうか。
「お前達は、さも自分たちが世界の中心のように語る……だが、それは違う。遠ざかっているだけだ」
フェイは私の胸倉を掴んだ。彼の鋭い眼が私の眼を射貫く、心の中まで射貫かれたような、見通されているようなそんな気がした。
「アリスィア、お前は前に俺が言ったことを忘れたのか」
きっと以前ダンジョンで起こった魔物の大群行進の事を言っているのだろう。あの時、私はフェイに救われた。でも、私はその後もフェイが何度も傷つく姿を見た。
私の眼の前で好きな人が傷ついて、それを見ているだけで何もできない。そんな自分が凄く嫌で、いつも守ってくれているような気がして。
結局私は、呪われているのではと、私が不幸を呼んでいるのではないかと思ってしまった。
何度も私は思ってしまう。今もそうだ、災厄の子孫と言われて納得をしてしまっている。
だから――
「――何度も言わせるな。俺だ、俺が混沌の渦の中心。全ては俺に向かって動いているだけ」
フェイは無表情。何も、何も瞳にない。恐れも拒絶も何もない。ただ、あるがまま己の心象を語る。
「……おいおい、何を言っているんだ? アイツは」
「兄さん、あの人、本心であれ言ってるみたいだね。ふふ、馬鹿だね」
「あぁ、本当に馬鹿馬鹿しい。アリスィアが災厄の子孫だから、殺すべき、アイツが居るだけで人が傷つく、それだけだ」
私を襲ってきた二人組は呆れているようだった。だけど、フェイは真剣だと分かった。
「で、でもね、この間だって、昨日だって私のせいでフェイは怪我をして……今だって、私を襲ってきた人たちと戦って……ごめん……」
私の中の弱い自分。好きな人に嫌われたくなくて、取りあえず謝ってしまう。本当は誰かが傷つくのが怖いんじゃない。自分が嫌わてしまうのが私は怖いだけなんだ……
「ごめんなさ――」
「――少し、俺の話をする」
「フェイの話……」
「俺の行く道は繋がっている、始まりと終わり。この世界の謎、災厄、魔物。全てが俺を中心に回っている」
「よく、分からないわ……」
「分からないのであればお前はその程度と言う事だ。お前もアイツらも所詮は見当違いの中であがいてるだけ」
胸倉を掴んでいた手をフェイは優しく離した。彼は私を見ているようで見ていない。もっと大きなスケールで世界を見ているようだった。
「案ずるな。全てを俺はねじ伏せる。お前達の下らない見当違いも世界の災厄も……」
「はいはい、恋愛ごっこも大概にしてくれよ。こっちは聖痕の一族で、先祖代々、末裔を狩ってるんだ」
「長話をしている暇もないよ。兄さん、アリスィアが子孫であるのは分かっている。迷いなく殺すので確定だ」
二人組が私に殺気を向ける。まるで、私を人ではないような眼で見ている。ゴミ、蛆を見るような嫌悪をしている。
怖い……この人たちが……
ゼロと名乗る獰猛な男が剣を再び振りかぶって、私に向かってくる。本気で私を殺す気だと分かった。
「世界のごみはスクラップにするに限るぜ。母親が俺達に言っていたよ、呪われた気味の悪い娘は殺してくれって」
私は、ゴミ……
『貴方なんて、産まなければよかった……消えて、消えてよッ!!』
『あの子は呪われている』
『村から追放じゃ……』
『聖杯の神に生贄にすると言うのは…‥』
親にも友達にも……
『悪いけど、貴方とは一緒に居られないわ……貴方のせいで私達の評判まで下がるのよ』
『頼むから、町から消えて欲しい……』
ずっと言われていた……
「――誰よりも俺を信じろ、アリスィア」
――追い詰められて、逃げる場所が無くなって。そんな時、いつもこの人だけは……ッ
「馬鹿な……ッ、ゼロが一撃ッ!?」
ワンと言う男が驚愕で眼を見開いている。剣を振りかぶって襲い掛かったゼロと言う男をフェイは一撃で仕留めた。
気付いたらゼロは地面にめり込んでいた。剣筋を見切り、カウンターでフェイは拳を叩きこんだのだ。
フェイの腕が赤黒く傷ついている。星元操作が上手ではないフェイはいつもこうなってしまう。でも、フェイはそれを気にしない。
「あり得ない……一瞬で剣筋を見切れるはずが……まさかさっきの一瞬の攻防でゼロの動きを解析し、逆算をしていたとでもいうのかッ!?」
「……大したことじゃない。さっきの奴の動きは俺が今まで戦ってきた相手と比べれば格下だっただけだ」
「ゼロは聖痕の一族の中でも天才と言われていた剣士ッ、雷すら斬る速さの剣をあの短時間で……神業だぞ、そんなのはッ」
「……どうでもいい。お前達はとっとと去れ。俺の糧にすらならない。おい、お前が相手をしろ」
フェイは何処か虚空を見て声を発する、するとふふふと笑いながら聞き覚えのある女性の声がした。
「あら、完璧に気配を消していましたのに……流石はフェイ様。ワタクシに気付くとは」
「確かに気配は完璧に消えていた。だが、お前ならどこかで見ていると踏んだ」
「あらあら、これは一本取られたと思うべきでしょうか。気配ではなく、ワタクシの行動を直感で読むとは……ふふふ、ワタクシの事をよく理解していないとできない行動、最早これは夫婦と言い換えてもいいのではないかと思いますわ!」
「黙れ」
モードレッド……見ていたのね。私は全然気づかなかったけど……。
「この程度の相手、フェイ様には物足りないと思うでしょうね。どなたかは存じ上げませんが、さっさと消える方が良いと思いますわ。フェイ様に勝てないのは今ので分かったでしょうし」
「……クッ」
「コイツは返す」
フェイが気絶をしているゼロの首根っこを掴んで、もう一人のワンと言う男に放り投げた。
「後悔するぞ。聖痕の一族を敵に回したことを」
「しない。俺は己を常に貫く、何人にも俺を止められない……今度は本気で俺を殺しに来い。アリスィアを殺したければな」
「ふざけやがって、自分が何を庇っているのか……よく考えるんだなッ」
それだけ言って、ワンと言う男はゼロを担いで消えてしまった。すると、モードレッドが私に中指を立てていた。
「な、なによ」
「いえ、気に入らないので死ねと思っただけですわ」
「……な、なにが気に食わないのよ」
「羨ましいですわ、フェイ様にあそこまで言わせるなんて……まるで姫を守る騎士の様ではありませんの」
「……」
フェイは私を見ない。いつもなら自分を見てくれない事に苛立ちがあったりもする。でも、今は見てくれなくて良かったと思う。
だって、フェイがカッコよすぎて、どうにかなりそうだから。
今、絶対顔が真っ赤になっているッ、鏡がないけど分かる。そして、きっとこんな状況なのにニヤニヤしているだろう。
『――しない。俺は己を常に貫く、何人にも俺を止められない……今度は本気で俺を殺しに来い。アリスィアを殺したければな』
もう、一番うれしい言葉じゃないッ!! 遠回しに私を守ってくれるって言ってるのと同じじゃない。
あぁ、この世界に産まれてきてよかった……ッ
『――誰よりも俺を信じろ、アリスィア』
もう、世界で一番信じちゃうわよッ、もぉ、どうしよう……めっちゃ好き……。
絶対依存しちゃう……この先、フェイなしじゃ生きていけなくなりそう……。
かまってちゃんになりそうだし、夜とか絶対私から襲い掛かっちゃいそうになりそう……もう襲った事、モードレッドと何回かあるけど……
「フェイ様、体長は大丈夫ですの?」
「この程度のけがは問題ない」
「ふふ、そうでしょうけど……大分熱があるようですが」
「……それは気のせいだ」
「どういうことなの?」
「フェイ様、恐らく体調を崩しているですわね。体温がいつもより異常に高い、その証拠にあの程度の相手に汗をかいていますもの」
「ふぇ、フェイ、私のために……体調が悪いのに守ってくれたのね……」
「……違う。成り行きだ。それに……体温が異様に上昇しているときこそ、好奇。普段できない必要以上に心身に負荷をかけて修行が出来るというモノ」
「何という素晴らしい答え、流石はフェイ様ですわ!! ささ、ワタクシと気絶するまで打ち合いましょう!!」
「ダメよ! フェイ! 体調悪いならフェルミの家で看病をしないと!!」
「はぁ? 貴方、フェイ様がこの程度で倒れると思っていますの?」
「そう言う問題じゃないわ。腕も怪我してるし、体長も崩してる。だから、治るまで看病するってだけの話なの」
「俺は問題ない」
「ダメよ! 一緒に来て!」
私はフェイを連れてフェルミの家に向かった。なんだか、全てが晴れたような気分だった。
フェルミの家に着いたらフェイをベッドに寝かせた。
「問題ないと言っている」
「ダメ、今日は寝てもらうわ……私を守ってけがをしちゃったわけだし」
「お前は関係ない」
「分かってるけど……心配なの……」
暫く説得してフェイを休ませることに成功した。モードレッドからは大ブーイングだったが気にしない事にした。
「フェイ……ありがと」
「礼を言われることはない。あれは」
「アンタの試練だったわけでしょ」
「分かればいい。お前は何も気にする事はないと言う事だ。あの厄災の子孫と言うのもただの見当違い。恐らくだが……本当の子孫は俺だろう」
「それ、本気で言ってる?」
「あぁ、俺は何度も死にかけている。お前に会う前からな……。ブリタニアがとある聖騎士に魔眼で占拠された時もあの場で動けたのは俺だけだ」
「……新聞でその事件読んだわ。解決したのフェイだったのね……」
「そうだ。俺を中心に回っていると言う意味が分かったか」
「……うん」
フェイの言っていることは本当の事なのだろう。じゃあ、私は……ただの見当違いなのだろうか。
一瞬迷ったが……
『――誰よりも俺を信じろ、アリスィア』
えぇ、信じるわ。フェイが言っている事だもん。全て見当違いなのね。母親も村の人達も全員見当違いなのね。フェイが言っているんだもの、そうに決まっている。
というか母親とか兄とか村とか、本当にどうでもよくなってしまった。だって、私には、全てを捧げたい人が出来てしまったわけだし。
自分の人生だもんね、どう使おうが私の勝手。私の事は全て見当違い。肩の荷も下りた事だし。
残りの人生は全てこの人に捧げよう……もう、身も心も全部、この人に落とされてしまった。
この人の事しか考えられない。
「大変じゃ!!」
フェイと二人でイチャイチャしようと思ったらフェルミが部屋に入ってきた。手には新聞が握られている。
「こ、これを見よ!!」
新聞には『災厄の子孫アリスィア、そして、それを守る冒険者フェイ』と書かれていた。
記事にはこの二人を都市に置いておくのは危険であり『追放』をすべきと書かれていた。
「追放ですって……私とフェイが……」
「恐らくじゃが、聖痕の一族の仕業じゃろう。お前達に意趣返しをするためじゃ」
「……ばっかみたい」
「こんな記事に信憑性も無いが一部では大騒ぎになっておる。お前達が、元ロメオの団長、フェルミの家に居るとは誰も知らないじゃろうから……暫くはここで大人しくする事じゃ」
「……フェイ、アンタは――」
「――ククク、ハハハは、追放かッ。面白い。ようやく面白くなって来た」
フェイは笑っていた。こんなに笑っている彼を私は見たことがない。
「俺は追放か……構わん。己を突き通しただけ。それに意味がある。その結果がどうなろうとな。ククク、だが追放か。愉快だ」
「……フェイよ、あたしゃ、あんたに感謝をしている。バーバラとライン、二人を救ってくれた。都市もさ。フェルミの名において、好きに使うと良い。ゆっくり今日は休むことにしな」
「フェイ、私も今日はゆっくり休んで欲しいわ」
「……まぁいい。いつでも出て行く準備は出来ているがな」
フェルミは優しいようでここに居ても良いと言った。確かに私達がここに居るという事は殆どの者は知らない。モードレッドはブリタニア王国では指名手配だし、余計に言えなかったのが功を成したのね。
「取りあえずはフェイ、アリスィア、お前達はここに居るんだね、あたしが面倒を見てやるさ」
フェルミはそう言って部屋を出て行った。
案外、受け入れてくれる人っているのね……やっぱりフェイの言う通り見当違いなのね。
「フェイ、今日は外に出ないで休んでね。色々と騒ぎになってるだろうし、体長も崩してるだろうし」
「……俺は気にしない」
「私が気にするの……だめ? 今日はここに居て」
「……」
無言だが眼を閉じてそれ以上は何も言わない。その後、フェイはベッドの上で本を読み始めた。私の気持ちを汲んでくれるという事だろう。
優しいのは知ってるけど……なんかいつも以上に嬉しい。
部屋には二人きり……二人きりかぁ……。
「また、剣術の本読んでるのね」
「……」
「あ、フェイが使ってる波風清真流が載ってるわね」
「……」
「……」
フェイは相変わらず無言。結構、私って顔立ち整ってるし、色気だってあるのに意識もしてくれない。
「ねぇねぇ」
「……なんだ?」
「私にも見せて?」
距離を詰めた、体をフェイの腕に押し付けるようにした。だけど、特に反応なし……
こんなに、女として隙を見せてるのに……。まぁ、クールな所がフェイの良さでもあるけどさ。
でも、フェイって実はムッツリな気がするのよねぇ。マリアって人をちょっと意識してたような気がするし……。
「フェイ様ぁー! ワタクシと一緒にディナーを致しましょう!!」
二人きりの空間にモードレッドが入ってきたので、良い感じの雰囲気が霧散した。その後、夜食を食べたり色々と過ごして寝る時間になった。
「おい、俺の部屋で寝るな」
「まぁまぁ、よいではありませんの」
「私は心配だから……体調崩してるし」
フェイはイライラしているような顔をしてたが明日の訓練の為に寝ることにしたようだった。フェイが寝ると私はフェイの上に馬乗りになった。
「貴方、なにをしてますの?」
「……カッコイイと思ってさ。フェイって、顔カッコいいわよね」
「顔とかはワタクシはどうでもいいですが、フェイ様だからカッコいいというのならば同意見ですわ」
「ねぇ、どうしよぉ、全部好き。フェイの全部好き、狂っちゃいそうなくらい好きなの。我慢が出来ないのぉ」
「……」
「ねぇねぇ、モードレッド。アンタはさ、フェイを殴ったり蹴ったりするでしょ。訓練だしフェイが望んでるなら別にいいのだけど……でもね、フェイを殺したら、どこまでも追ってアンタを殺すから覚えておいて」
「貴方では無理ですわね。天地がひっくり返ってもワタクシは殺せない」
「そうかしら。アンタが老いたら……不意打ちで殺せるかもしれないわ。もしだけどね……アンタがフェイを殺したら……絶対どこまでも言ってコロス」
「……ふーん、少しワタクシに似てきましたわね」
自分でも驚くくらいにドス黒い声が出てしまった。私にとって、もうフェイは全てだから。全部だから。絶対に生きて欲しい。大切な人だからどんなにどんなに、どんなことになってもいきてほしい。
「愛してる……。私は何番目でも良い。五番目でも二桁番の女になってもいい。だから、一生愛を捧げさせてほしいの」
私はきっと、誰よりもこの人を愛している
◆◆
わらわはこの男の中からすべてを見ていた。アリスィアと言う女が頭のネジがぶっ飛んでしまった瞬間を見てしまった。
災厄の子孫、あり得る話じゃが……わらわからすると信憑性がないとも見える。真偽は知らんがアリスィアと言う女が大分過去に遺恨や恐怖を持っているのが分かった。
それを完全に取り除いてやった……まぁ、良い事なのじゃが……
その後が雑過ぎる。一生守ってやるみたいなことを言っておいて、放置とは馬鹿なのか?
馬鹿なのじゃな、その内絶対刺される。刺されても文句も言えぬであろう。
しかし、アリスィアと言う女もモードレッドと言う女も元からぶっ飛んでいたとも思える。フェイが寝ている間にずっと如何わしい事をしていたからのぉ。
じゃが……今日は特にディープな事をしておる。なぜあんな事をされているのにフェイは起きん? 意味が分からぬ。
寝ている間に襲われるとは……わらわからすると、男女の営みなど、最高にどうでもよいが……
フェイの体はわらわの物じゃ。乗っ取って使うのはわらわじゃ。勝手に夜中にわらわのフェイの体を使って欲を満たすのは腹が立つのぉ。
結局、わらわは朝までそれを見る羽目になった。そして、フェイは起きると訓練をするために家を出る。アリスィアとモードレッドも一緒だった。
「おい、悪魔の子孫!!」
「早く、消えろ」
「出て行け!!」
誰かがアリスィアに泥を投げた。彼女に当たりそうになるのをフェイが庇うようにして、服が汚れる。
「……フェイの服を汚した……アイツ殺す……」
「どうでもいい。訓練に行くぞ」
「フェイがそう言うなら……」
「ワタクシは殺しても問題ないと思いますわ」
「そうよね。私もそう思うわ」
今、フェイが止めなかったら絶対剣を抜いておったな……魔術も展開しかけておったし……。ヤバい位、好かれておるのぉ……。
どうするのじゃ? こいつ……モードレッドと訓練で気絶するだろうし、その時に聞いてみるか……。
あ、気絶しよった
「おい、主よ」
「あ、おっす」
「おっすではない」
フェイは何食わぬ顔でわらわに挨拶をした。こやつ、自分の状況が分かっていないのか?
「随分と苦労しておるようじゃな」
「苦労? どこら辺が?」
「強がるでない、追放のことじゃ。都市中から嫌われておるじゃろう? ククク、わらわからするとお主の不幸は喜ぶべき事じゃな」
精神が乱れれば乗っ取りやすくもなる。どうであれ、都市からの追放、人々から排除されるというのは辛いじゃろう。
「あー、追放ねぇ!」
「嬉しそうじゃな……」
「俺ネット小説ってあんまり読まなかったけど、ネット小説だと追放された主人公って、その後に成長とかするらしい!!」
「ね、ねっと、しょうせつ?」
「追放は主人公の登竜門てきな? 追放されると大体覚醒するらしい!! まぁ、なんだかんだで上手くいくんだろうなぁ。俺って主人公だしさぁ!!」
「……お、おまえ、頭がオカシイじゃろ!! 追放されて嬉しいとか!!」
「追放系主人公という新たなカテゴリが追加されたぜ!! 新しい主人公である俺の誕生でもある! ハッピーバースデー、新たな主人公である俺!!!」
馬鹿じゃ、こいつ頭が本当にぶっ飛んでおる……無性にイライラするの。わらわとて、こんな風に、裏切られた時にあの時思えたら……
「まぁよい……それはそれとして、お主の体好き勝手に使わせやるな」
「どういうこと?」
「寝ているときのあれじゃ……」
「寝ているときって?」
「……そ、それは……女の子であるわらわの口から言わせるでない!! ばかもの!!」
「どういうことだよ」
「起きた時に違和感があったじゃろ」
「あー、そう言えば起きたら口元がベタベタしてたな、それに服も何故か脱いでた」
「……それをあの二人に聞いてみよ。それで分かる」
「ふーん、分かった。それじゃ、訓練に戻るわ」
そう言ってフェイは起きた。起きるとアリスィアが膝枕をしていて、フェイのおでこを撫でていた。フェイの体はわらわのもの、勝手にでこを撫でるでない。
「あ、起きたのね」
「……あぁ」
「フェイ様! ワタクシの膝でも寝て構いませんわ!!」
「いらん」
「アンタより、私の方が良いでしょ」
「は? 調子に乗らないでくださいまし」
「真実よ」
アリスィアとモードレッドが喧嘩をしている。よし、そこへあの疑問をぶつけるのじゃ!!
「それより、俺が起きたら口がべたついて、服が脱げていた。何か知っているか?」
「「……」」
「……」
「さぁ、知らないわね」
「ワタクシも知りませんわ」
「……そうか」
「きっと寝ているときも修行をしてたんでしょ? フェイはそういう所もあるから」
「そうですわね」
「そうか……俺は修行をしていたとも言えるか」
あほが!! どう考えても犯人が眼の前におるじゃろ!! この二人、思った以上に面の皮が厚いようじゃの。
まぁよい、その内、わらわの体になる。
今の内はな……わらわのフェイを好き勝手使われたり、自分の物のような言い方をするのは気に入らんがの……
まぁ、いずれのぉ……
――――――――――――――――――――――――――――――――
この間は色んな意見ありがとうございました。そして、今年はありがとうございました! 今後もお願いします。
2月10日に書籍一巻も発売するのでよろしくお願いします。もう予約も開始しております。それと活動報告の方に表紙イラストも置いてあるので是非見てください!!
活動報告先↓
https://kakuyomu.jp/users/yuyusikizitai3/news/16817330651324236353
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