第八章 偽主人公覚醒編

第48話 伝承の剣を携えて……原史&異史

以前から目の見えない人生だった。真っ暗で全てが怖った。周りの子達は皆優しかった。でもその優しさが劣っていると示され続けているようでそれも辛かった。


 しかし、それはフェイによって変えられた。己は特別でも無ければ、劣っているわけでもない。自分はいくらでも変えられる。


 これからはもっと頑張ろうとレレは決めたのだった。それから数か月が経過した。ある日、レレが木剣を持って素振りをしているとマリアから声が書けられる。


「レレー」

「なーに?」

「フェイが自由都市に来いって言ってるんだけど……」

「わー! いきたい! ぼくいきたい! いってみたかった!」

「そう……フェイがね、今日呼びに来ると思うから……一緒に行こうね」

「うん! ぼうけんしゃのとし! すごくたのしみ!」



 フェイからの手紙には、今自分は自由都市に居る、そして今すぐ来い、向かいに行く。とだけ書かれていた。宛先がレレとマリアだったのだが、どうして自由都市に行くのか、彼女には見当もつかなかった。しかし、彼が無意味に誘う事などあるはずはないと、身だしなみを整えて国の門の前で彼を待った。



「あ、フェイが来たわ」

「おー!」



 マリアが馬車から降りてくるフェイに気付いた。だが、彼女はフェイに声をかけるのをためらってしまった。なぜならフェイと一緒の馬車からユルルとメイが降りてきたからだ。



「フェイ君……その、返事はいつでも良いですから……でも、一緒に居てくれたらうれしいです……」



 小声でフェイの耳元で言っているようで何を話したのかは分からない。だが、照れ臭そうにしているユルルを見て、何かしらの進展があったのではないかと彼女は感じた。



「フェイ様、メイの脳はお嬢様のせいで破壊されそうでした。イチャイチャする相手をちゃんと選んでください。あと、あのアリスィアと言う方はお気を付けください」



 自身がロマンス系小説の主人公だと思い始めた彼女はユルルとフェイが仲良くコッソリいちゃついているのを見て脳が破壊されそうだった。当初は自身とフェイがいちゃつく予定だったからだ。


 そして、アリスィアと言う本物のロマンス系の主人公を目撃して無自覚な、怒りと同族嫌悪に近い衝動で彼女は自由都市ではちょっと大変だったのだ。そんな彼女には気づくことなく、フェイは澄まし顔で流す。



「フェイ……久しぶりね……」

「よし、準備は出来ているようだな。行くぞ」

「おー---!!!」

「えと、その……うん」




 さっきは二人と何を話していたのかマリアは聞こうと思ったが、引っ込みな性格の為に聞くことは出来なかった。馬車に乗り込み、3人は自由都市に出発した。



◆◆



 フェイ達は自由都市に到着し、フェルミの館に足を向けた。フェイ、マリア、その間にレレが入ってマリアと手を繋いでいる。


「ふぇいもてをつなご!」

「……好きにしろ」



 そう言いながらも彼は手を伸ばしてくれた。レレはその手を取って、嬉しそうにしながら歩く。



「ぱぱとままみたい!」

「あ、あらあら! そんな事言われると……て、照れちゃうわね?」



 おろおろとレレの言葉に反応をするマリア、そんな彼女の様子をフェイはやはりヒロインだなと思いながら歩みを進める。



「おや、来たようだね」



 中で待っていた一人の老婆にマリアは首を傾げる。私達にどうしてこの人を紹介したいのか意味が分からなかったからだ。フェイは縁を広げようとか、皆大好き! もっと仲良くとか言うような子ではない。


 だからこその、疑問であった。しかし、それはすぐさま解消されることになる。



「ほほほ、どうやら説明していないようだね。あたしの名はフェルミ。義眼を作ることが出来る老いぼれさ」

「義眼……!?」

「そうさ、そっちのレレと言う子に二つほどの義眼を作って欲しいと頼まれていてね」

「……そう、そうだったのね。フェイ……貴方」



 マリアが眼を向けると無言で彼は眼を逸らした。フェイは腕を組んだまま壁に寄りかかる。後はお前たちが決めろと言っているようだった。



「レレ……? フェイがね、貴方の眼を見えるようにしてくれるかもしれない人を紹介してくれたの」

「……え、本当?」

「うん」

「本当に?」

「そうよ」

「やったぁ! ほんとうなら、うれしい!」

「……でも、それには手術が必要なの」

「それならだいじょうぶ! それくらいかくごをきめるまでもないから!」

「そう……ちょっとフェイに似て来たわね」



 幼い子供なら誰もが怖がるだろう手術という行為を進んで許容するレレにマリアはフェイと似て来たなと感じる。フェルミもレレの覚悟の強さを感じ取るとすぐさま手術室に連れて行った。


 一時間ほどで終わると告げて……フェイとマリアを別室に残して。



「フェイって、やっぱり優しいんだね」

「別に……そうでもないさ」

「もー、照れ隠し?」

「違う」

「私は優しいって思ってるけど……違うの?」

「そうだ、別に優しさじゃない。慈悲でも無ければ、施しのつもりもない」

「そっか。でも、そういう所……私……」



 あ、これ以上は言えない。と彼女は思った。顔も気付いたら紅に染まっており、体温も上がっていた。手でパタパタと顔を扇いで体温を冷ます。



「さっき、ユルルさんとメイドの人と話してたけど……何話してたの?」

「別に、大したことじゃない」

「そっか……」



 そこから無言な二人の時間は過ぎていく。さほど時間もかからないうちに手術室がガッと勢いよく開くことになる。



「まりあー!」

「レレ!」

「うわぁぁあ!! まりあ、こんなかおしてるんだ! びじんってかんじする! よくわかんないけど!」



 レレの眼が開いていた、彼の眼はマリアのしっかりと認識していて、ちゃんと彼女の様子を把握している。今までの彼には出来なかったことだ。義眼の移植によって彼の眼は見えるようになったのだ。



「おばあちゃ……フェルミおねえさん、ありがとー!」

「この子、出来るね……どういたしまして、ぼっちゃん」



 マリアもフェルミの御礼を言いつつ、こういう所もフェイに似て来たなぁと女たらしのようなイメージが付きつつあった。



「おー! ふぇいは……なんかカッコいい! くーるっぽい? かんじする、わかんないけど、すっごくかっこいい!」

「ふふ、レレ正解よ」

「まりあがすきなのもなっとく」

「……あはは、それも正解」

「すごくもてそう、だね……大変?」

「大正解」



 レレは凄く察しが良かった。



「ふぇいって、ちょっとこわそう、でもやさしいとおもってたから、いがい! そういうのぎゃっぷ?っていうの?」

「さぁな」

「でも、やっぱりやさしい!」

「そうか、それはどうでもいいが……眼が見えたからどうという事もない。今までと俺は態度は変えない。自分のしたいようにしろ」



 冷たそうに突き放して、彼は家から出て行こうと廊下に向かって歩き出す。



「ちなみにお値段って……」

「あの子が払ってくれてるよ、ほらついて行きな」

「はい、ありがとうございました」

「ありがとう、ふぇるみおねえさん!」



 二人もフェイを追って歩き出した。




◆◆




 ――円卓英雄記 外伝 『退魔の目覚め』


 

 これは二人の退魔の末裔の別れの話である……。



 退魔士、嘗ては聖騎士、冒険者などに変わって魔物を退治していた善良なる戦士の事である。しかし、それは今では殆ど残っていない。


「ライン?」

「なに?」

「変な夢を見た……姉さんが消えて……俺と戦う夢を」

「姉さん呼びとはどうしたの? 珍しいね、いつもはバーバラとしか呼ばないのに」



 レギオン、冒険者達の派閥グループ。多種多様あるレギオンの中でも、その一つである『ロメオ』と言う最大派閥で二人は団長バーバラ副団長ラインという大きな立場だ。


 そのロメオの拠点のソファでラインは目を覚ました。夢の中では姉が古い禍々しい剣を持って自らを貫いた。それが妙に生々しくて不安がよぎった。



「ま、まぁ、夢だよな……そう言えばさ、そろそろ父さんが死んでから10年だよな」

「そうだったね……そろそろお墓参りに行かないと――」




――二人が仲良く談義を繰り広げていると



「団長!」

「ん?」

「何か、変です……。ダンジョンが」

「ダンジョンが?」

「別の場所から、入り口が……出て! 魔物が溢れて、止まりません!」



 一人の団員がバーバラたちに報告に来た。その表情の慌てぶりと、纏まらない言葉の羅列に彼女達は尋常ではない何かを感じ取る。


 急いで拠点の家から外に出ると……ダンジョンがある真逆の方向から大きな大群の音が聞こえて来た。これは先日の自由都市を襲った魔物の大進軍に似ているような気がしていた。


 先日から日数は過ぎて、復旧も少しずつ済んでいるが未だに一般民にも冒険者にもあの恐怖は残っている。徐々に都市に不穏な空気が浸透していった。だが、それを振り払うのが自分たちの成すべきことだと感じた彼等は走り出す。



 自由都市内には既に数百の魔物が侵入していた。だが、他の冒険者達がすでに応戦を繰り広げていた。以前の侵攻があってからいつ何が起きてもいいように準備を欠かさない者達が居たのだ。


 その者達に都市の防衛を任せ、二人は大本の源に向かう。この魔物が一体どこから出ているのか、どうして唐突に現れたのか。それを根本から解決しなくては意味がないからだ。


 バーバラとライン、二人は魔物を倒しながら走り続けると、とある世界の大穴を発見する。大きさ直径で約40メートルほど、下は見えないほどに暗い。そこから徐々に魔物が溢れてくるのだ。



 魔法を駆使して、大穴に叩きこみを数を減らしていく。だが、その行為が僅かに止まる。誰かがこちらを見ていると感じたからだ。


「この視線……貴方は、デラッ」



 黒いローブを被った男性が数十メートル先からこちらに向かってくる。デラと呼ばれた男。彼はブリタニア王国でユルル・ガレスティーアに闇の星元を施し、彼女の兄弟にも闇を与えた。


 トゥルーと言う聖騎士をとある村で殺そうともした。


 それだけでなく、嘗てバーバラ達の両親も殺している。彼女達は彼が行った全ての悪行を知っているわけではない、だが、それでも両親を殺されているのだから憎むのは当然、憎悪は当たり前であった。


「僕を覚えてくれてたとは」

「当然だよ。私のお父さんから龍蛇の魔眼を奪って殺したんだから」

「あー、そうだったね。いや、この眼を奪うのは苦労したよ。まぁ、今更必要はないけど……」

「この大穴はお前の仕業か!?」

「ラインも久しぶりだね。君の質問に答えるなら、その通りさ」

「ダンジョンを元に戻せ!」

「元に戻せね……というか、そもそもこのダンジョン自体が永遠機関の作った天然の実験場なんだけど」

「「……永遠機関……?」」




 永遠機関、人間の生命の限界値を極め、そして新たな極致を目指す集団。違法な実験を行い、それらを私利私欲のために使うのが彼等だ。



「なぜ、この自由都市のダンジョンにだけ、魔物から魔石がドロップすると思う? こんな現象、都市の外にはないよ」



 彼はもう、その謎がどうでもいいように淡々と答えを提示しようとする。



「その答えを教えよう、もう意味もないから。誰も知らないままでは面白味も無いからね。……元はとんでもなく大きな魔石だったんだ。ダンジョンと言うのはね」」


「そこからだ、永遠機関が地中に眠るその魔石に気付いた。魔石の魔力から魔物を作り出す技能を開発した。とは言っても最終的には頂上的な生命を作り出すのが目的だったんだけどね」


「だが、その経過途中で我々は勝手に魔石を削り魔物を作り出す技能を得た! どうなったと思う? 彼ら魔物は勝手に徒党を組んだのさ! 彼らは自身と似た形、毛並み、行動パターンを事故に分析して勝手に巣を作り出したんだよ!」


「自らの領域を広げて、勝手に広がってダンジョンが出来た。僕達としてもここまで巨大な大きさになるとは思ってもみなかったけど」


「おかげで、冒険者が行方不明になりやすい状況だから、偶に攫って実験対象にできたけどね。どうだ? これがダンジョンの真相だよ!」



 両手を広げて彼は大声で語る。おもちゃを自慢したい子供のような言動に呆れる暇もなく、二人は息を飲んだ。



(ダンジョンって、かなり数百年前からアルって聞いてたけど……そんな前から永遠機関とか言う団体はあるって事……? 本当なら相当に根が深そう。自由都市以外にも関係者とか絶対居るッ)



 ここでこの男を斬った所で、何が変わるのか。何がトンデモナイ自体が都市を、国を、世界を襲っているような感覚が走る。



「バーバラ……」

「うん、これはここで討伐しないといけなそう」

「あー、まぁ、君たちに魔眼が効かないのは知ってるけどさ……でも、僕がこうやって出てきたのって実質的に準備が整ってるからなんだよね」

「「……え?」」

「――おいで、深淵爪の龍ギガント・クロー



 彼が手を空にあげた瞬間に地面が揺れる。バキバキ、と先ほどの大穴から何かが上がってくる気配が感じられた。二人の頭には危険信号のような何かが走り、急いでその場から退散する。


 空に向かって土煙が上がり、大風が吹き荒れる。魔物もバーバラ達にも痛いほどに小石や風が当たる。衝撃が止んで薄っすらと眼を開けるとそこには、大きな竜が居た。


 比喩ではない、ただ見た瞬間に絶対的な差を感じ取った。あれに挑めば殺される。と魂が訴えていたのだ。


 この都市の冒険者達が力を合わせれば問題は無いのかもしれない。だが、それは不可うのだろう。最大派閥には妙な小競り合いがある、足並みをそろえるのは難しい。ならば、自分達だけならどうだろうか。


 『ロメオ』なら……バーバラは考える。そして、無理だと悟った。今の自分達にはあれは倒せない。だが……父の敵、都市の命運、弟、他の団員達。


 全てを守りたいと、そして、この復讐の闇も晴らしたいと彼女は願った。



「ライン、ちょっと外れるから……足止め、お願い!」

「な!? バーバラ!! 待って!」



 彼女は駆けだした。風よりも早く全力でフェルミの家に向かう。家の中に入り、とある部屋の前で足を止めた、決してこの部屋を開けることなどないと思っていたのに。


 父が大事に持っていた退魔の剣。一度も見た事も無かったがフェルミの家に封印がされていると聞かされていた。大量のお札が張られていたがそれらを剥がして彼女は剣がある部屋に入った。


 禍々しい闇の風が、窓もない部屋から吹いてきた。突風で彼女は眼を開けられない。だが、手で顔を覆いながら進んで、進んで、台座に刺さっている剣……否、刀を手に取った。


 刀身はお札が何枚も巻き付けられており、僅かに見える鉄の部分も錆びている、持ち手もお札が張られている。


 彼女がその刀を持った瞬間、景色が切り替わる。辺りは真っ暗で足元は泥水のように淀んだ、沼地に変化している。



『おやおや、久しい人の子よ。よう来た、よう来た。こっちに寄ってくるのじゃ』



 その沼地の中に大きな岩でできた玉座のような物があった。そこに一人の女性が座っていた。バーバラは思わず、自分が座っているかと錯覚した。


顔立ちは自分とそっくり、双子と言っても差支えはない程だったのだから仕方は無いのかもしれない。


 髪の色も両者桃色で眼も青色。己が退魔の一族の末裔だと彼女は改めて感じた。バーバラとそこに座っている女性は似ている。だが、大きく違う部分もある。先ずは神の長さ。

 

 桃色の髪はバーバラはボブヘアーのようなイメージだが、その女性は腰ほどまで伸びている。


 服装も違う。その女性は浴衣のような物を着込んでいるが、前がはだけて一部が大きく露出している。



「あの……」

「言うな言うな、人の子よ。わらわが誰か、知っておるんじゃろ?」

「……退魔士、『バラギ』さん……です、よね」

「正解。さてさて、お主は『鬼』であるわらわに何の用じゃ?」



 バラギと名乗る、バーバラの先祖の額には角が二本生えていた。彼女は岩の玉座から降りた。そのままゆっくりとバーバラに歩み寄る。驚くべきは彼女の背丈が思ったよりも大きい事だろうか。


 バーバラよりも一回り程、大きい。見下ろすように立つと、ゆっくりと額に触れる。


「なるほど……大体把握した。全てを救うために力を欲したわけじゃな……カカカ、よいよい、ならば与えよう、力を……」

「本当!? じ、時間が無くて、ハヤク、早く力を」

「慌てるでない。力は与えよう。じゃが……わらわも暇での、ずっとこんな寂れた場所に一人……代わりにお主の体を貰おうか」

「か、体?」

「そう、お主の弟や大事な下僕をわらわが救ったら、今後一生わらわがお主の体を使って生きる」

「……そんな」

「まぁ、無理にとは言わんがの」

「……」

「どうする? いやなら引き返せばよい。ほれ帰り道はあっちじゃぞ?」

「……今の私達にあの竜は倒せますか?」

「無理じゃろ? お主が分かっておるくせに、その為にここに来たんじゃろ?」

「……あの、体を渡したら、私はどうなりますか……?」

「死ぬ、それだけで勘弁してやろうではないか。退魔士は死ぬほど憎いが体をくれると言うのであればな」

「死ぬか……どうせ――」




 バーバラは決意をした。どちらにしろ、あの黒い竜がすべてを無に帰すであるのならば……






◆◆



 当所現れた黒い竜により一気に辺りは焦土と化す。放たれる炎は一瞬で人の骨すら溶かすほどだ。


 魔石の研究の最終終着点とも言える竜の創造。その力をライン達は抑えるので精いっぱいだった。


 龍の額には黒ローブ男デラが乗っており、上から神のような視点で見下ろしている。彼の眼には既に自由都市は写っていない、興味すらない。人の生命も、培ってきた営みも全てを壊しても何の感情もない。


 ただ、あるのは龍の生産に成功した喜びだけ。彼の指示でまたしても炎が龍から放たれる。


 あ、死んだ。と感じた。あれだけは無理。何度も吐かれている炎とは比較にならないと誰もが悟る。


 だが、その炎が放たれたのに誰も死んでいない。一瞬で酸素が無くなったように炎は最初から無かったように消え去った。


「誰だ?」

「……カカ、人工的とはいえ、竜か!? 面白い! 少しは楽しませてくれ!!! 宴だ」

「ね、姉さん?」



 ラインの眼に宙に浮かび、竜と同じようにこちらを見下ろす姉が居た。だが、どこか雰囲気が違う、それだけではない。額、腕、甲、あらゆる場所に禍々しい紋章が刻まれていたのだから。



「あれは……退魔の紋章!?」



 ラインが驚く隙も無く、彼女は刀を振るった。次の瞬間、竜は二つに切れる。腹が斬られて、大地に竜が沈んだ。


「さて、お主はどうする?」

「バーバラではないな。まぁいい、あの竜は前座だ。本当の竜は僕自身なのだから」

「なるほど、竜人というわけか」



 デラと言う青年の肌が竜のような鱗に変わる。更には背中から細い羽のような物が十数本出現し、体もひと回り大きくなった。


「ほう……?」

「これが生命の終着点さ」

「うーむ? 弱いの」


 バーバラバラギは剣を振るう。彼女が持っている退魔の剣、バラギが封印されていた刀の本当の名はつめはぎ爪剥。その特性は一度、刀を振るうたびに指の爪を一本分持って行く。その代わりに大きく切れ味を上げることが出来る。



 バーバラの体を使い、星元操作、全ての主導権を奪ったバラギからすれば、竜は所詮、雑草程度の認識しかない。龍の力を得たデラもあっさりと真っ二つに斬った。



「ね、姉さん?」

「……ふぬ? あぁ、お主か……ら、ライン?」

「どうしたの、それ?」

「ごめんね……ライン。私、もう一緒に居られそうにないの」

「どういう事……?」

「ご飯、ちゃんと食べてね? 絶対だよ? ちゃんと幸せに……うぅ、頭がッ」



 正気を取り戻したバーバラは頭を抑えた。そのまま地面にうずくまって嗚咽を吐きながら、地面の這う。


「あ、頭が、割れるように、痛いッ」



(約束じゃ、体は貰うぞ)



「い、いや」



(いや、貰う。お前は、わらわのモノじゃ。耳を閉じてもわらわの声は響くぞ?)



「ま、まだわ、わ、たし」



(直接、心に問いかけてるからな。いくら耐えても無駄じゃよ)



 うずくまるバーバラにラインは急いで駆け寄る。彼女に手を触れようとしたら、既に彼女は立ち上がり、背を向けていた。


「さて、協力御苦労。ようやく新しい依り代が手に入った……、退魔士の末裔か、どうりで馴染む」

「お、おまえ」

「さて、退魔士は全員殺してやりたいが……お主だけは残してやろう」




 彼女はラインの側を通り過ぎた。そのまま彼に一撃を加えて彼を気絶させる。


 退魔士、その末裔である二人。退魔士には嘗ていくつもの派閥があった。嘗ては派閥争いがあったが、今では無くなっている。既に退魔士と言うのが必要ないからだ。


 だが、いくつもある家系に一つだけ言われていることがある。各代の当主はバラギが復活した場合はそれを討つようにと……。



 ずっと、バーバラ達の家が守っていた退魔の剣は解き放たれた。それは直ぐに他の退魔士の家系にも伝わることになる。





◆◆



――異史



 フェイはフェルミの屋敷でけがの手当てを受けていた。朝からモードレッドと対戦をして半殺しにされた彼は、治療を余儀なくされたのだ。


「あーもう、こんなに無茶して……」



 アリスィアは包帯をフェイの頭に巻きながらテシテシと、彼の頭を叩く。



「もう、アンタは……モードレッドもやり過ぎだし……もう、私が居ないと二人共どこまでも無茶するから」



 ちょっとだけ、彼女は膨れっ面で怒っていた。無理をしないでくれと言って止まってくれるような存在ではないと分かっているが、訓練のたびに血塗れになられると気が収まらない。



「あのさー、もうちょっと遠慮できないの? アンタが心配なんだけど」

「無理だな」

「あ、っそ」



 フェイは手当てが終わると何事もなかったように立ち上がる。


「どこ行くの?」

「ダンジョン」

「やめてよ、ってかダメよ! 怪我したばかりなのに! 今日は休んで!」

「……」



 むー、とアリスィアは怒っているとアピールするが彼はそれを聞くつもりは一切ないようだった。


「ちょっと、待ちないさよ!」



 フェイが一人で外に歩いて行こうとするとアリスィアが付いて行こうとする。彼等が部屋から出ようとすると前からバーバラがやってきた。



「あれ? フェルミさんいないの?」

「丁度、買い出しに行ってるわ」

「そっか。ちょっと話が合ったんだけど……後で良いかなー。あ、ふーちゃん来てたんだ、久しぶりー」



 バーバラはフェイに微笑みながら挨拶をした。軽く手を振って反応を伺う。しかし、フェイはクールに何の反応も示さない。


「ありゃ、私嫌われてる?」

「……好きでも嫌いでもないが」

「そかそか! いやー、嫌われてたら悲しかったから取りあえず良かった!」

「……そう言えばお前は退魔士だったな」

「そうだけど……? それがどうかしたの?」

「この家には退魔の剣があると聞いた」

「確かにあるけど……」

「どこにある?」

「えっと、あっちの部屋だけど……案内しよっか?」

「そうだな。やってもらおうか」

「まぁ、見学だけならいいか」



 僅かだが、アリスィアはフェイが笑って居ることに気付いた。本当に一瞬だけ、僅かに頬が緩んだだけだが、笑ったと言うのが彼女の中で驚きになる。


 いつも表情を変えないのに……どうして? と彼女の中に疑問が大きくなる。



「この部屋だけど、入るのはダメだからね? 退魔の剣って言うのはって、ちょちょちょ! 待って待って! ふーちゃん! これは封印されてるの!」

「そのようだな」

「いや、あのね、封印って言うのは解いてはいけないって意味なの。それなのに堂々と札剥がそうとしたよね?」

「何か問題あるのか」

「あるよ! 大いにあるよ! って、あ、ちょっと!」



 フェイは無言で部屋の扉に貼られている、怪しげな札を剥がした。そのままドアを開ける。木のきしむ音が不気味に聞こえて、部屋から不穏な風が吹いた。



「これ以上は絶対ダメ! ダメダメダメ!」



 バーバラがフェイの手を両手で掴んだ。彼女は退魔士、この剣は一族に伝わり、決して誰にも渡してはいけないと言われていた代物なのだ。流石に知り合いと言ってもおいそれと渡すわけにはいかない。


 アリスィアもそれを知っていた。だから、フェイを止めようと思ったのだが、彼女の行動を見て一旦止まった。フェイを止めるために両手をバーバラが掴んでおり、それが彼女の胸元に押し付けられるような形になっていたからだ。



「ちょっと! そう言うの無し! ダメ! 絶対!」



 嫉妬をするように彼女の手に掴みかかる。その時、丁度、誰かが大急ぎでフェルミの家に入ってくる足音が聞こえた。


「だ、団長!」

「どうしたの!? そんな急いで!」



 入ってきたのはバーバラが団長であるロメオの団員であった。


「外に大群の魔物が……!!」

「「――え!?」」



 アリスィアとバーバラは表情が固まった。アリスィアはまた、自分のせいで不幸が起こってしまったと焦る。バーバラは一刻も早く、その状況を確かめないといけない。



「ふ、ふーちゃん、その部屋に入ったら絶対ダメだからね! 私、あとで怒るからね! 分かった!?」



 バーバラはそう言って団員と二人で外に駆け出していく。残された二人の間には沈黙。だが、次第に笑い声が漏れ始める。


「ククク、あぁ、やはりと言うべきか……」

「フェイ?」


 全て、俺は分かっている。彼の顔が雄弁に語っていた。


「分かっていたさ、こうなるのはな……」



 意味深な言葉に彼女の心は僅かに晴れた。これも全て彼の想定内。誰のせいでもなく、己のせいであると彼は語るのだ。いつものように。



「安心しろ、俺の試練だ」



 彼はそう言って封印された剣が置いてある部屋に入り、刀に触れた。よしと準備を終えたように彼はそれを持つ。



「ね、ねぇ? 大丈夫? それって変な声とか聞こえるんじゃなかったっけ?」

「何も聞こえないが……まぁ、いい」



 彼はそれを持って外に駆け出した。




◆◆



 バーバラが外に出た時、全てが終わっていたのだ。一人の女の子モードレッドによって黒龍が真っ二つになった瞬間をバーバラは目撃した。あまりに現実とは思えない、かけ離れている光景だった。


 デラからしても、その光景は異様だった。


「……竜がこうもあっさり。しかも光とは……アイツは『子百の檻』関係者か。僕達とは真逆というわけか」



 黒ローブの彼は割れた竜の頭上から飛び、地に足をつける。


「あら? ワタクシと戦いますのね」

「あぁ、子百の檻なら相手として申し分ない」

「……一応聞いておきますけど、アナタは子百の檻ではないのですよね?」

「永遠機関さ」

「そちらですか、それなら、ワタクシとしてはどうでも良いのですが……フェイ様との愛の巣がありますから壊すわけにはいきませんのー」

「誰だ? まぁ、この力を試せるなら――」

「――あら? 相手はワタクシではないようですわね」

「なに?」



 竜を倒したのはモードレッドだがそこに居たのは彼女だけではない。多数の魔物の駆除の為に数多の冒険者達も剣を抜いていた。大穴から発生した魔物はすべて倒した。


 龍も消えて彼らは既に大喜び状態……だったのだが、それが急に消えた。さざ波が引くように彼らは誰かに道を開ける。



「お前は――」



――その姿には見覚えがあった。



 勝てるはずだった。背に名も知らないどこにでも居そうな平民の女を一人庇って。大した事のない存在だと思って油断した。だが、それは間違いだったのだ。魔眼が効かない。


 あまりに纏ってる倦怠感のような異質の感覚。世界を見ている眼があまりに人とは程遠くて、別の世界から来たのではないかと思えるほどに見たことが無かった。



「因縁かぁッ、最高じゃねぇかぁ!!」

「……さぁ、始めよう」



 まるでその少年はこの再会も戦いすらも分かっていたようだった。そして、眼が自分ではなく、刀を見ていると分かった時、デラには怒りが湧いた。


「あの時とは違うんだよッ」

「そうだ、俺も違う……」



 デラは龍の人、とも言えるような変貌を遂げる。背中から龍の細い羽のような物が数本。人肌も鱗に変わって人とは思えない存在とフェイは相対した。


「変わったんだよ、強くなるために。僕はね、強くなるために。必死に、必死にッ」

「……大体、使い方はこんな感じか」


 羽が一本、伸びて剣のようになる。それをフェイは新たな刀、つめはぎ爪剥でそれを斬った。そして、それと同時に彼の爪は剥がれた。そのまま消えた。


退魔の剣、 つめはぎ爪剥にはとある存在を封印するわけではなく、切れ味を一振りだけ強化する代わりに指の爪が一つ消える特性がある。そう言ったのがあると言うのはフェイはフェルミや僅かに話を聞いたアリスィアから聞いていた。


つめはぎ爪剥、なるほど。伝説の通りか……元はとある魔物の元となった武具。更にはその魔物の特性と退魔の悪霊を封印しているか……」

「……なるほど、こういう感じか……大体わかった」

「爪と言うのは人が何かを握る為に必要な部分だぞ。つまり、君がそれを振れるのは後は、九回、いや、八回ほどだろう。しかも振るうほどに威力も落ちるとはだいぶ使い勝手が悪いと思うがねッ」



 羽が次々と彼の元に向かう。羽の数は八。それを避けながらフェイは出方を伺う。モードレッドは楽しそうにそれを眺めているだけだ。


「手伝いはしなくて良いのかいッ、君は」

「ワタクシが手を出すまでもない。勝利とは勝者の手に既に握られているモノですもの。この勝負は既に……」



 羽が止まらない、更にはそこから彼の口には爆炎が備わっていた。それらは光の線のように放たれるがそれを彼は切る。


「爆炎を斬るか……だが、全身丸焦げだな」



 爆炎を斬る、そんな離れ業を発揮したがそれでも高温と切り伏せられなかった部分はフェイの体を高温で焼いた。目玉が溶けるギリギリのラインの熱、鍛えていた彼の体も灰のように僅かに消えそうになる。



「爆炎を斬るのに、君は七回剣を振るった。もう、終わりだな。体は丸焦げ、腕も振るう力もない……勝負あったね。まだ手を出さないのかい?」

「ふふ、勝ってもいないのに勝った気になっているとはちゃんちゃあおかしいですわね。ほら、フェイ様は向って来ますわよ」

「――なにッ」




 炎の煙が揺らぐ、丸焦げになりながらも彼は走り出した。


「馬鹿が! もう君は終わっているんだよ!!」



 再び、爆炎を口から放射する。先ほどと同じ灼熱の光線、再び斬ると言う選択肢は既に存在しない。なぜなら、爪はもう指に残っていない。体も高熱でほぼ死体のような物だ。


(これで、終わりだな。もう、動けるはずもないッ)



 高熱の光線を放ち続ける。人影はまだ、見える。彼は光線で陰しか見えないがそれでもまだ生きていると分かった。


 一歩、人影が高熱の線を進む。



(もう、終わりだ)



 また一歩人影が進んでくる。


(終わりだ、焦るな。もう終わっているのだから)



 また、一歩、熱によって消滅することなく影は進んでくる。



(終わって……なぜ、消滅しないッ)



 爆炎が止まる、いな完全に斬られた。人影からフェイの本体が見える。丸焦げだった。服も殆ど燃え尽きている。だが、それでも体は原形をとどめてこちらに進んでいた。



(なにがどうなって、コイツは生きているッ!? いや、落ち着け、追い詰められているのはアイツだ、僕じゃない。よく見ろ、アイツの方が、や、られて――)



 彼の腰の後ろ側から何かの袋が落ちる。そこには。その瞬間、竜人デラの顔が驚愕に染まる。



(ま、まさか、まさかまさかまさか、コイツは自分の爪を剥がして……貯蔵してやがったのかッ!?)



 一振りで指の爪が消えるのならば、爪を最初から剥がして、治して、また剥がして、ポーションなどを利用すればそう言った工程は容易くできる。だからこそ、彼はそれをした。


 最初からつめはぎ爪剥の特性を聞いた瞬間から彼はこれを思いついていた。爆炎をずっと斬り続けられたのも、それのおかげだ。無論、爆炎に耐える身体強度、身体能力、迷いなき判断力があって初めて成立する芸当である。


 そんなことは常人には不可能なのだ。デラは見誤った。眼の前の存在がどれほどまでに狂っているのか。


 モードレッドは感動をした。やはり、自分を理解してくれるのは、愛を捧げられるのはこの強者しかいないと改めて魂で感じ取った。



「おま、えっ」

「……試し斬りだ」



 丸焼き状態ながらも龍を彼は十八分割に切り裂いた。生臭い血を被り、その水気で彼の体から血の焦げる音と匂いが辺りに広がる。


 彼の体は限界であったがそれでも嗤いながら立っていた。



「フッ、まぁまぁだな……」

「流石ですわ。フェイ様」



 モードレッドは戦いが終わると拍手をしながらフェイに駆け寄った。そして、黄金の輝きを持つとそれを手袋越しであるが彼に触れた。その光に包まれるとフェイの体はいつもの状態に時が戻るように治癒された。


「手間をかけたな」

「いえいえ、ワタクシも良い物を見せて頂きましたし」

「そうか」

「その刀、なかなか面白い性能ですのね。まぁ、切れ味が上がるだけならさほどの価値は感じませんが、中に霊的な存在が居るとか」

「らしいな」

「何か聞こえまして?」

「何も聞こえない」

「あら……まぁ、いいですわ。それより、一緒に一度屋敷に戻りませんこと? フェイ様も服がボロボロですし」

「そうだな」

「ふふ、では!」

「おい、ひっつくな」

「まぁまぁ、そう言わずとも」



 モードレッドは絡みつくようにフェイの腕を抱きながら歩く。ニコニコして嬉しそうな彼女と反対にフェイは不機嫌そうだった。豊満な体を押し付けられても彼は平然としていた。


「もう、少しはたぶらかされても良いではありませんか」

「……どうでもいい」

「もう! そんなことを言われたら……益々振り向かせたくて燃えてしまいますわ! それに今回の戦いを得て、益々フェイ様に惚れてしまいましたし!」

「知らん」



 鬱陶しそうにしながらもフェイはそのまま歩き続けた。その時、彼の刀が僅かに揺れた事に誰も気付かなかった。




◆◆




 アリスィアが退魔の剣とか言う武器があると言うのを教えてくれた。フェルミの家に封印がされているらしい……。


 それって……主人公強化アイテムじゃね? 呪われているとか、爪が一本持ってかれるとか地味だけど嫌いじゃない。寧ろリスクある方が好きだ、遂に専用武器実装かぁ?


 最近、伸び悩みしてたしね!


 そんな強化イベントを予想していると朝からモードレッドに訓練に誘われた。ふっ、良いだろう。あの時とは違うぜ?


 いつものアーサーの訓練みたいにコイツにも負けた。勝ったくせに愛してるとか、ゾクゾクしますわ、とか言うから凄く嫌味に聞こえるんだが……。


 あー、もうほっぺすりすりするの止めろよ。暴力系ヒロインは主人公との距離感を測りかねることはよくあるからなぁ。腕組むと骨軋んだりするのはあるある。


 アリスィアに治療をされた後にバーバラにあった。あ、そう言えばコイツは退魔士の関係者とかじゃなかったか? 聞いてみるか……え? 剣のある場所知ってる?


 封印の剣、俺、気になります! 見せて見せて!


 おー、封印のお札が貼ってある……剥がしちゃダメ? あ! 剥がせって意味ね! 押すなよ! 絶対押すなよと同じ意味だよね!


 封印を剥がすと、闇の風っぽいのが吹いてきた。この普通ではない雰囲気……ぞくぞくするねぇ!!


 封印の剣とか言ってたのに、思いっきり刀なのは触れないでおくとして……刃こぼれとか、メッチャしてるなぁ。でも、それはガンテツのおじさんに研ぎなおしたり貰ったり、持ち手を修正して貰えれば問題ないね。



「外に大群の魔物が……!!」

「「――え!?」」



 色々考えていたら、何やら騒ぎらしい。どうやら魔物が大群で現れたようだ。


 ふっ、まさに試し斬りイベント、というわけか。主人公が新たな力を手に入れた時は丁度、お試しの敵が出てくるのは基本。このイベントは既に予想出来ていた。


 さて、バーバラが絶対に触れるなと言って出て行ったので……触れます。



「ね、ねぇ? 大丈夫? それって変な声とか聞こえるんじゃなかったっけ?」



 アリスィアが何やら面白そうなことを言ってくる。この刀にはとんでもない存在が封印されてるから、こっちの意識を持ってくとかそう言えば言っていた。


『――カカカ、久しいな。人の子よ」



 誰の声もしないし、耳を澄ましても全然聞こえないなぁ。まぁ、もうちょっとしたら話しかけてくるのかな?


「何も聞こえないが……まぁ、いい」


『――この剣に触れたと言う事は……力を求めていると言う事であろう? ふふふ、わらわの頼みを聞いてくれれば、わららが効率的に体を使ってやろう』



 ちょっと、異形な何者かが主人公に語り掛けてくる構図好きだったから、そう言うの待っていたんだけど……ちょっとガッカリした。


 魔物が進軍してきていると言う事なので、外に出て走っているとアリスィアが心配そうに何度も聞いてくる。


「ねぇ、フェイ本当に声とか聞こえない? フェルミが剣から元退魔士が話しかけてくるって言ってたんだけど」

「聞こえんな」



『――まぁ、無理にとは言わんぞ? 決めるのはお主だからな』



「えー? なら良いけど……心配ねぇ。魂、心に直接語り掛けてくるとか言ってたから、聞こえないとか無いって聞いてたんだけど……」

「全然聞こえないな」

「うーん? フェイの心が常軌を逸してるから不具合でも出てるとか? いや、流石にそれはないか」




『――さて、そろそろ答えを聞こうではないか』



「お前はここに居ろ」

「わ、私も行くわよ」

「危ない」

「し、心配してくれてるの?」

「別に、そう言うわけではないが……お前はこっちでやれることをしておけ」

「う、うん……その、絶対帰って来てね?」

「あぁ、俺は死なない」



『――おい、そろそろ答えを聞かせてもうらおうかの』



「その、私さ……今度服買いに行こうと思ってて、この戦いが終わったら一緒に」

「それは一人で行け」


『――あれ? 聞こえてるじゃろ? わらわの声、聞こえてるよね? おーい、返事して貰わないとわらわ、契約も結べないんじゃけどー』



 アリスィアとの会話を軽く流して、敵の本陣っぽい所に突っ込む。モードレッドの野郎、既にメインモンスターみたいなのを倒してやがった。



 こういうの本当にやめてほしいわぁ。主人公が活躍しないと主人公じゃないよ。俺より活躍する奴は絶対に許さん。


 しかし、黒ローブの男が今回の最大の敵っぽいから許してやろう。試し斬りだ。この刀のな……



 敵は前にヘイミーの村で見た奴にちょっと似ていた……と思ったら竜人になった。似てなかった。



 剣を抜いて、翼を一個、新武器で切ったら爪が一本とれた。情報通りだ。よし、何となく使い方は大体わかった。


 戦っていたら竜人から炎光線が放たれる……折角新武器を試せるのに避けるのは勿体ない!!!! ライフで受けるぜ!!!


 試しに斬って見たら全身丸焦げ状態だ。大丈夫、問題ない、いつもの事だ。俺が死にかけない時の方が少ないからな。



『――人の子の癖に龍を再現とは中々やるな……だが、それよりもコイツはどうして避けなかった? 一歩間違えれば死んだだろうに……まさか、後ろに居る冒険者達を庇ったのか?』



 そうこうしていると、また熱光線が放たれる。これを試し斬りしないで避けるのは勿体ない!!! また、ライフで受けるぜ!!!!


 そして、そのまま突っ込む。ここで俺の新たな力、退魔の剣の能力発動。爪一本消費して、切れ味を上げるぜ!! 更には事前に爪を剥がしてストックして置いたら何度でも俺の刀の性能は蘇る!!!



『――後ろの連中に光線が向かないように庇うか……バカな奴だ』



 斬って斬って、斬りまくるぜ。そのまま、相手もぶった切る。


「ま、待て、お前にこのダンジョンの秘密を教えて――」


――うるせぇ、興味ねぇ!!!!!!!


 最後に何か言っていたが興味ないので問題なし。よし、勝ったな。決着が付いたらモードレッドが治癒してくれた。


 おー、星元で身体強化もしてたからかなりダメージは受けたのに直ぐに治すとはこいつやるな。



 フェルミの家にそのまま戻るとアリスィアがめっちゃくちゃ睨んでいた。


「どうした」

「どうしたじゃない! もう! 見てたんだから! あんなに大怪我して!」

「問題ない」

「心配になるじゃない! 死んだらどうするのよ……死にかけのは見てて辛いの」



 俺が死にかけない方が今まで珍しかっただろ。だが、こんなに泣きそうにされると何とも言えん。



「すっごい怒ってるから……罰として今度、一日中、私とお出かけだからね。絶対よ」

「……あぁ」

「うん、なら良し」



 彼女は胸元に俺の頭を持ってきて、ハグをした。柔らかい感触が頭に当たっている。主人公はラッキースケベ基本だから特に反応はしない。



 アリスィアと話が終わると今度はバーバラだった。夜の外に呼び出されて、話が始まる。



「聞いたよ。退魔の剣持ち出したって」

「何も問題ない」

「本当に? おかしいなぁ? 声が聞こえるって言われてるんだけど……あり得ないけど呪いが経年劣化でもしたのかな?」



『――しておらんわ! こいつがオカシイだけじゃ!!』



 どうやら本来ならば聞こえているらしい。だが、俺には全然、声は聞こえない。ちょっとがっかりだが……



「でも、バラギって言う退魔士がそれに封印されてるのは本当なんだけどね。ねぇ? 本当に本当に大丈夫なの?」

「問題はない」

「そっか……なら良いんだけど。一応心配だから定期的に私の元に来て貰うね? あと、守ってくれてありがとう。遠くから見えたよ、君が戦ってるのは」

「戦ったのは俺だけじゃないだろう」

「そうだけどさ……ほら、前も戦ってくれてたじゃん」

「戦ってくれた……か。俺は俺の為に戦っているそれだけだ。そこにお前を助けようとする思いはない」

「でも、私は助かったって思ってるんだ、ありがと……あれ? ちょっと手、見せて」


 バーバラが俺の手を取って手の甲を確認する。彼女はなぜか手の甲を見てハッとする。


「これ、退魔の紋章……」


 そう言われたので俺も確認すると、確かに紋章みたいなのが描いてある。これを描いた記憶が無いから勝手に書かれたのだろう。


 デザインはカッコよくて俺の好みだ。



「や、やっぱりバラギが封印されてるんだよ。多分、君の中で何らかの魔術行使をして無理やりに君の体を奪おうとしてるんだ!」


 なにその熱い展開、最高じゃねぇの。大体、主人公の中に居る奴は主人公の体を奪おうとしてくるのは基本だからね。名作の条件みたいなところある。


「どどど、どうしよう!? 何かした方が良いのかな!? 再封印もしらないし!!」

「気にするな」



 やはり、何者かが俺の中から俺を乗っ取ろうとしているようだ。最高じゃん。ずっと憧れてた……変な謎の異業種と人体共同シェアハウスに!!


 シェアハウスは主人公の基本だろ。



「し、しかも、他の退魔士の一族にこれが知られたら暗殺作戦とか決行されちゃうよ」



 いいね、過激派か。主人公を処刑しようとする奴らが居るとストーリーの良いスパイスになる。


 ふふふ、異業存在とのシェアハウスに、過激派の襲来とか主人公のお子様ランチみたいで最高じゃん。



「あ、あのさ、一応聞くんだけど、体に変化とか無い? 急に力が湧いたりとか」

「……そう言われてみると、僅かに力が湧いているような気もするな」

「や、やっぱり」


『――いや、わらわ、特にまだなにもしてないのじゃが……強化も何もしておらんぞ……なんじゃ、こいつら、勝手に話進めよって。紋章が出ても何も出来んと言うのに』



 ふむ、劇的な力の変化はないが、強化されてるのかと言われてみたらそんな気もしなくもない。いや、強化されている、きっとそうだな! うん!!



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る