第35話 ギャンブラー

『三日目 溝鼠ドブネズミ



 フェイが裸のモードレッドと一悶着あった後、フェイは体を起こして上着を着こむ。モードレッドも探し物があると出て行った。フェイとアリスィアは二人きりである。


 そして、そのタイミングでアリスィアはうーんと背を伸ばす素振りをしつつ、今起きましたよ、と言う風を装う。流石に全裸で抱き着かれていたところを見るのも、見ていたと知られるのも気まずいからだ。


「う、うーん、あら、おはよう」

「……ふん、ようやく起きたか」

「あ、あー、あの、あの、あの、アイツ、はどこ行ったの? 全然、全く、これっぽちもぐっすり寝ていたから全然分からないわ……」

「用事があると出て行った」

「そ、そう? ふ、ふーん」



(ふー、これでまさか全裸で抱き合っていたと私が知ってるとは思わないわね。あの二人、一体何の会話してたのかしら……裸のアイツ見てから慌て過ぎて聞くどころじゃないから、知らないけど。元カレ元カノかしら……)



(……き、気になる……他人の恋路ってすごく気になる……生々しい夜伽を知りたいとかではないけど。こう、どうして、そうなったのか、こっからどうしたのかとか気になるのよ……コイツについて行く理由が一つ増えたわね……)



 彼女が深く考え込んでいる。彼女が今現在フェイについて行きたい理由、夢に出てくるくらい怖いから克服したい、普通に強いから見習って強くなりたい、そして、モードレッドとの恋路を鑑賞したいの三つ。


 未だ、恋などしたことなく、だが、ロマンス系小説とかを見てこんな感じかと妄想してはいるが実際の恋を見た事もしたこともない彼女にとってフェイとモードレッドは気になる対象であった。


 ここから色々鑑賞してやろうと考えているとフェイが一足先に部屋を出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと待って!」

「なぜだ?」

「い、いいから! ちょ、ちょっと、三分! 三分だけ!」



 急いで身だしなみを整えて、フェイと一緒に部屋を出る。幸い、フェイが無表情で待っていたおかげで何とか一緒について行くことが出来た。朝から何処へ行くのか、フェイについて行きながら疑問を浮かべているとフェイはとある空地へと足を踏み入れた。



「素振りすんのね……」



 フェイは無言で素振りを始めた。早朝、日の光が彼女とフェイを綺麗に照らす。朝日を浴びると体内時計が整い、眼が冴える。朝日を浴びながらコンディションを整えて素振り。


 フェイの中でこれはルーティーンとなっている。はぁと何だか溜息を吐きながら彼女はフェイの素振りを見る。



(コイツ、いつもこんなことしてるのかしら……?)



 フェイの素振りをじっくりと見る。見ていると自然とその姿に魅せられる。何だか分からないがフェイの強さの根源を見た気がしたからだ。


(なんか、コイツ見てるとワタシも頑張らないといけない気がして、不思議)



(私も素振りしようかな……)



 アリスィアが自身もフェイを見習って素振りをしようとしたその時。誰かの甲高い聞き覚えるある声が聞こえた。それはある意味ではアリスィアが待って居た声。来たかと彼女はその声がする方を向いた。


 そこには、金髪ポニーテールの……



「フェイ様ー! まさかまさかの、こんなにも早く再開するなんて……やっぱり運命ですわ♪」

「……貴様か」

「もう、そんな冷たい反応をしないでくださいまし。ワタクシも一人の乙女、そのような冷たい反応をされたら悲しいですわ、シクシク」

「……悲しくそのようには見えんがな」

「ふふ、確かにそうかもしれませんわね♪ フェイ様の雄姿を朝から見れたらそれはもう、幸運ですわ♪ 愁いよりも、喜びが勝ってしまうのは当然ですわ♪」



(き、来たぁあぁぁ!!! ど、どうなるのよ!! ここから!)



 この二人が一体全体どのような関係なのか、元カノ元カレなのか、ここからどのように発展していくのか。興味津々。



「……そうか」

「ふふ、フェイ様の朝から汗ばんで鬼のように刀を振る仕草には感動しますわ♪ ワタクシ、朝からたぎってしまいますわ♪」

「聞いてない」

「冷たい反応も素敵ですわ♪ ワタクシ、フェイ様にならどんな対応をされても嬉しくてたまりませんわ♪」



(す、すごい、猛烈なアピール……。こんなに分かりやすいアプローチが……一体、フェイはどう対応するのよ……!?)



「……そうか、俺はお前のようなペラペラ聞いてもいらんことを話す者はこのまんがな」



(し、辛辣ー!? すーごい辛辣!? そ、そんなしつこい元カノを突き放す感じださなくても……)



「まぁ♪ そんな風に強気なフェイ様も素敵ですわ♪」



(ええ!? 喜ぶ!? 今ので……!? ど、ドМなの!?)



 アリスィアが見る先には嬉しそうにしているモードレッド。明らかに拒絶感のある言葉を向けられていうのにいやんと両手を頬に添えて体をくねくねしている。


 フェイは冷めた目をモードレッドに向け続けている。すると、モードレッドとフェイの目が合う。そこで彼女はそっと、フェイ胸板に体を預けた。



(速い……ッ。フェイの元へ行くのが残像しか見えなかった……。嘘でしょ。どんな速度よ……モードレッド……ダンジョンの時から分かってたけど、コイツ相当強い……格上……)



「ふふ、やっぱりフェイ様の胸板は最高ですわ……ワタクシの抱き枕にしたいくらい」

「離れろ」

「ふふ、うすうす勘付いていましたが、フェイ様って意外と甘い方なのですわね」

「なに? 俺が甘いだと?」



(ひぃ、フェイがちょっと怒ったぁぁあ! こ、怖い!)




 フェイが甘いと言われて、ギロリと鋭い眼をモードレッドに向ける。微かに威圧が出て、アリスィアは背筋が凍る。それほどまでに彼の威圧はすさまじかった。だが、モードレッドは涼しそうにしながら嬉しそう。


「えぇ、本当に離れさせたいなら剣でぶっさせばよろしいのでは? あの時みたいに、頭突きでもして無理に剝がせばいいのでは? でも、貴方はそれをしない」

「……今も振り払っているがな」

「本気ではないでしょう? 貴方は本気の闘争の時は女だろうが、子供だろうがぶった切るほどの狂人であるはずなのに。闘争以外では時偶にこのように体をすり寄らせてもただ拒むだけ。拒絶をして刀を抜いたりはしない……本当に不思議なお方。貴方様の価値観や信条は一体どうなっているのか。理解できないのが寂しいですわね」

「……どうでも良すぎて聞くに堪えんな。とっとと離れろ」

「いえいえ、もう少しだけこのままお貸しくださいまし♪ ふふ、フェイ様のこういう甘い所、好きですわ♪ あの狂った極限状態の時が一番好きですが♪」

「……」

「あぁ、星元も使わず、剣を抜かず振り払おうとするだけ……やっぱり甘い……だからこそ分からない……このまま手で触れて確かめたい所ですが……何だかもったいないですわ♪ フェイ様とはジックリじっくり互いを理解していきたいんですの……♪」



 モードレッドがフェイの胸板を人差し指で撫でる。嬉しそうに抱き着く姿は恋する乙女そのものに見えた。


(わ、わお……凄い所、見ちゃった……モードレッド凄い積極的じゃない。何か色々言ってるけど、私には普通にフェイが拒んでるだけに見えるけど……。もしかしてモードレッドって凄い妄想癖の激しい女なのかしら?)



 アリスィアには普通にモードレッドがしつこいから、フェイが拒んでいるようにしか見えない。眼をジッとそこへ向け続けているとようやくモードレッドがフェイから離れた。



「ふふ、ワタクシ達、朝から裸姿見て、こんなに熱い抱擁を交わすなんてもうこれは運命に導かれたカップルと思えてきませんこと?」

「全く思わんな。それより――」

「あら? あらあらあら? フェイ様……朝からそんな事……本当にたぎらせてくれますわね」



フェイがモードレッドに対して刀を抜いた。その行動にモードレッドは嬉しそうに笑う。


「少し付き合え。貴様で相当の時間を喰った。俺は訓練の時間を取り返さないくてはならん」

「えぇえぇ、いいですわ♪ ただ、今のフェイ様との本気の闘争は狂おしい程にしたいのですが……まだまだ、フェイ様はこれからもっと強くなられるはず。あくまでワタクシからの手ほどきと言う事でよろしいでしょうか?」

「気に食わんがな、良いだろう」

「ふふ、冷静な判断が出来る所も好きですわよ?」

「心動かん告白だな」

「ふふ、では始めましょう」



フェイは知っている、まだモードレッドを超すことは出来ないと。リベンジを誓っているがまだその時ではないと直感で分かっている。それにモードレッドは自身に対して強くなることを望んでいる。


ならば、自身を狩る存在を有効に使ってやろうと考えた。格上から舐められているという地獄の業火に耐えながら未来の為に牙を研ぐ。


俺はここに強くなりたくて、強くなるために来たのだ。ならば、どんなものでも使う、どんなことでもしてみせるという彼の覚悟。


それを直で感じて、モードレッドはまたしても興奮した。イカレタ闘争心、破綻している闘気、際限なき強さへの渇望。全てがモードレッドにとってはドストライクだった。


キャッチャーが構えているド真ん中。ここに欲しいと思った所に丁度決まってぱちんとキャッチしていい音がする感じくらい、フェイはドストライクだった。




(う、嘘……戦闘始まっちゃった。なんだか、全然二人が理解できない。結局、モードレッドはフェイの事が好きだけど、フェイもまんざらではないって事? いや、普通に鬱陶しいと思っているだけに見える。フェイからしたら訓練用の敵にしか見えてないって感じだけど……)




刀と剣が交差して火花を散らす。モードレッドの剣がフェイに向かう、だが、フェイの頭の中にアーサーが居た。自然とその剣のイメージが湧いて態勢を崩さない。剣を振りながらモードレッドはフェイに問う。



「……一つ聞いてもよろしくでしょうか?」

「なんだ」

「フェイ様はワタクシと似たような剣技を使う方と親しいのですわよね?」

「親しくはない」

「そうですか……その方はフェイ様にとって、具体的にどのようなお方ですの?」

「……倒すべき存在、超えるべき運命だ」

「……そうですか」





(す、すごい、フェイもよくあれに対応できるわね……。身体強化だって明らかにモードレッドの方が上なのに)




刃同士が何度も打ち合う。時偶にモードレッドから足や手が飛んでくるがそれもフェイは防いで見せた。



「なるほど……相当その方と打ち込んでいるようで」

「屈辱の日々だ」

「でしょうね。フェイ様にとって、敗北を重ねるのは物理的に切られるよりもお辛いでしょうに……あぁ、でも嫉妬しますわ。その、剣を合わせている御方に……違うと思いますが、剣を合わせているのは、あの、小さい銀髪の方ではないですわよね?」

「貴様と似た剣技の相手ではない」

「ですわよね……」

「――余裕そうだな」




先程からどこか、心ここに非ずとまでは言わないが別の事を考えているモードレッド。眼の前のフェイに意識を向けてはいるが、質問が湧くほどに頭の中には微かな余裕がある。


それを感じて、フェイが必殺技を解き放つ。急激な肉体の活性化。腕が赤黒く腫れる。剣を無理やり弾いた。


「ふぇ?」



モードレッドの可愛らしい声が響く。それをフェイは無視して、そのまま剣を捨て、拳を握ってモードレッドの鳩尾に右ストレートを叩きこんだ。



「――ッ」




モードレッドは『く』の字に体を曲げて数メートル吹っ飛んだ。手を地面について地をえぐり掴むことで勢いを殺して何とか踏みとどまる。


口からは血を吐いて、咳をした。だが、顔は恍惚な表情だった。



「あはは、やっぱりフェイ様は素敵♪」

「少しは集中が出来るようになったか?」

「ええ、えぇ、勿論♪ フェイ様の熱い拳でワタクシ、目が覚めましたわ♪ 申し訳ありません、フェイ様。フェイ様を前にしてフェイ様以外の事を考えてしまっていたふしだらなワタクシをどうか許してくださいまし♪」

「そんなことはどうでもいい。とっととかかってこい」

「ふふ、フェイ様、本当にお慕い申してますわ♪ 約束も、今までの常識も、全部全部、フェイ様の前ではどうでもよいと思ってしまう♪ フェイ様、覚悟してくださいまし……本当ならフェイ様に合わせて強さを調節する予定でしたが……♪ 手加減はできませんわよ♪」




紅い血に染まったドレスを着た悪魔が一瞬で距離を詰める。そして、彼女は右足を大きく振った。予想は出来ていたがそれをフェイは早過ぎて対応しきれない。左腕で何とか、防御を、いや、その場所にあてられたという表現の方が正しい。


ゴギっと鈍い音をたてて、フェイは数十メートル吹っ飛んだ。



(ま、全く見えなかった……)




アリスィアは気付いたらフェイが吹っ飛ばされたことに驚く。そして、今のでフェイが死んでしまったかと心配になった。



「ちょ、ちょっと! いくらなんでもやり過ぎでしょ!!」

「あら? 居たんですの?」

「いたわよ! そ、それより」

「フェイ様を甘く見ないで欲しいですわ。あの方は――あは、ほら♪」



下品な笑い方をしてモードレッドはそこへ目を向ける。右腕と左腕に多大な負傷をして、派手に吹っ飛んだことで脳震盪、別個所の骨折をしていても可笑しくない。なのに、フェイは口で刀を咥えて、歪めた笑みを向ける。


眼が言っていた。まだだと。



悍ましい、とアリスィアは恐怖した。モードレッドはただ嬉しかった。



そこから先を語ることはない。ただ、フェイはモードレッドに蹂躙されて、身体だけボロボロになった。



(あ、あんなの、訓練じゃない……ただの一方的な虐めじゃない……。アイツ、大丈夫なの? 嗤ってるけど……本当は……)



◆◆




 朝起きて、剣を振る。これは当たり前の事。日々の積み重ね大事なのだ。どこかで役に立つのだ。この考えと習慣は何処へ行っても変わらない。


 剣を振っているとモードレッドが登場。コイツ暇なの?


 へぇ、運命とか俺は感じないけど……そう言えば、コイツってどんな感じのポジションなんだろうか? アーサーみたいにライバル枠で良いのかな? 何というか、出番が最近多くなって来たからちょっと気になる。


 ライバル枠と言うだけで判断しても良いのか?



 運命ねぇ。まさかヒロイン枠とかはないよね? しかし、朝から裸を見てしまった。ああいうのって意外とヒロインがやったりするよな?


 でも、アーサー関連の人物だよね? アーサーが絡むとちょっと違う気がるんだよな?


 すっごいベタベタしてくるな、この子……う、うーん? こんなに積極的だと……ひ、ろいん? なのか……?


クール系だから取りあえず、離れておけオーラ出しましてと……ん? なに? 俺が甘いだって!?


 こいつめ!!!


「えぇ、本当に離れさせたいなら剣でぶっさせばよろしいのでは? あの時みたいに、頭突きでもして無理に剝がせばいいのでは? でも、貴方はそれをしない」

「……今も振り払っているがな」

「本気ではないでしょう? 貴方は本気の闘争の時は女だろうが、子供だろうがぶった切るほどの狂人であるはずなのに。闘争以外では時偶にこのように体をすり寄らせてもただ拒むだけ。拒絶をして刀を抜いたりはしない……本当に不思議なお方。貴方様の価値観や信条は一体どうなっているのか。理解できないのが寂しいですわね」



あのね? 確かに俺は普通じゃないよ? だって俺は主人公だから。そこら辺の有象無象と同じにして貰っては困るよ? それと確かに狂ってる部分はあるよ? 狂ってるくらいが主人公はちょうどいいもん。


いやでも、子供とかは流石にちょっと躊躇するぜ? 俺確かに狂ってるけど、狂ってない常識的な部分も持ってるから。



常識はあるよ! 人を快楽殺人者みたいに言うな! 狂人は認めるけど!



俺は常識のある、狂人なんだ!


「ワタクシ達、朝から裸姿見て、こんなに熱い抱擁を交わすなんてもうこれは運命に導かれたカップルと思えてきませんこと?」



いや、そんなに思わないですね……と一概に判断しても良いのかな? まぁ、それは取りあえず置いておこう、目先の訓練の方が大事だ!!


さてさて、ちょっと戦って貰えるかい? 君のせいで訓練の時間が減ったんだからさ。体で払って貰うよ?


「ふふ、冷静な判断が出来る所も好きですわよ?」



好き、ね……そんなにちゃんと告白する奴って今まで居たか? まぁいいや。



戦闘開始!!



うぉー、やっぱり速いねー。アーサーに匹敵するなこれは……。訓練の相手になってくれるのはありがたいけど質問が多い!


訓練に集中しろよパーんち!! 



お? 集中できる感じになったようだな!!



「ええ、えぇ、勿論♪ フェイ様の熱い拳でワタクシ、目が覚めましたわ♪ 申し訳ありません、フェイ様。フェイ様を前にしてフェイ様以外の事を考えてしまっていたふしだらなワタクシをどうか許してくださいまし♪」



……いや、別に? 怒ってないよ。と言うか一々言動が俺に惚れてるみたいで気になるな……。いや、訓練に集中しよう。



「そんなことはどうでもいい。とっととかかってこい」

「ふふ、フェイ様、本当にお慕い申してますわ♪」



え? これって……ガチで告白されてない……? 落ち着け。主人公は冷静は判断をしなくてはならない。


朝から裸イベント……さっきからちょくちょく好きとか、慕っているとか、ハグもしてる……こいつ俺のこと本気で好きなのか……? 俺の事が好きと言う事は……ヒロインなのか?



ま、マリアじゃなかったのか? あ、あれぇ? マリアだと思ってたんだけどな……。




お、落ち着け、今は訓練の途中だ。ちゃんと戦おう! と思ったら急にクソ速い!!


数十メートル吹っ飛んだ。


考えても、分からない……戦おう。今の俺にはそれしか無い。モードレッドと真剣に戦って、眼の前の事をまっすぐこなしていくことしか俺には出来ない。それをしていれば何か一つの結論を出せるはずなんだ。



さぁ、始めようぜ。俺とお前の闘争って奴を……



すげぇ、ボコボコにされた……正直アーサーよりボコボコのぼろ雑巾。モードレッドはアーサーよりもある意味では壊れている。


これをしたら相手の骨が折れてしまうとか、血を流すなとかの常識がない。



そう言う人としての常識的なものがない。だけど、訓練と言うのはそう言う物なのだ。いつもの俺なら、泣いて喜ぶ所だ。そう言うのを頂戴頂戴っていう所なのだが、今はそれどころではない。


なぜなら……モードレッドがもしかしたら……




マジかよ……これってさ……俺の頭の中で一つの説が浮かんだ。



モードレッド、暴力系ヒロイン説。



ボコボコにされながら頭の中ではモードレッドの事で頭がいっぱいだった。



居るんだよな。主人公への恋愛アピールが暴力なヒロインって。モードレッドの場合は言葉で好意を伝えられるのに暴力と言う。ちょっと、変わってるけど、まぁまぁまぁ、今は訓練だし?


多様性の否定はダメだ。



でも、暴力系ヒロインって……結構批判が多いんだよな。俺が生きていた時代は特にそうだった。


ちょっと前まで、転校初日のヒロインが主人公に膝蹴りかましたり、電撃ぶっ放したり、『100t』と書いてあるハンマーで主人公を潰したりするのが基本だったけど。


うーん、どうなんだろう。ちょっと、判断に困る。この円卓英雄記が作られたのが俺の時代なら間違いなく、世間とかオタクの層を意識して負けヒロインにするかもしれんな。




これは、そう簡単に判断しない方が良いな。



◆◆




 フェイの怪我はモードレッドが持っていたポーションによって、全て回復をした。しかし、フェイは未だにいつものように安定の気絶をしていた。



「ねぇ……ちょっと、やり過ぎだったんじゃない?」



 先ほどまで二人で訓練を行っていた場所の近くにある木のベンチにモードレッドは座っていた。彼女の膝の上にはフェイの頭が乗っかっており、フェイの体はベンチに横たわっている。



 アリスィアはモードレッドのフェイが居ない方の隣に座りながら神妙な趣で聞いた。



「これくらいがフェイ様は丁度良い、寧ろ足りないとすら思ってるはずですわ」

「え、えぇ? そ、そうなの?」

「ええ、フェイ様ですもの……常に高みを見ている御方……絶対にもっと激しいのが好みですわ」

「へ、へぇ、は、激しい方が良いんだ」

「えぇ、そうでしょうね……ところで……貴方は誰ですの?」

「いや! 私よ! 昨日会ってるでしょ!!」

「……???????」

「いやいやいや! こんな美人忘れんな! しかも、昨日救った命忘れないでよ! 貴方に昨日命を救われた者よ!」

「……あー、はいはい。そう言えばいましたわね。気絶してて……フェイ様が余りに濃い方でしたので忘れてましたわ♪ 貴方フェイ様に比べたら薄い方ですので……申し訳ありません♪」

「すごーい、失礼! 薄いって何よ! アリスィアってちゃんとした名前があるんだから!」

「あー、はいはい。覚えましたわ、アリなんとか様♪」

「アリスィア! アリなんとかじゃないって!」



 ムキになってモードレッドに自身の名前を連呼するが一向に覚えて貰えないので、更にムキになってしまうアリスィア。顔を真っ赤にして怒る彼女を無視して、フェイの頬に触れたり、髪触ったり忙しい。



「ねぇ、なんでそんなに、そいつのこと気に入ってんの?」

「そうですわね。貴方には……ワタクシの髪の色が何色に見えますか?」

「えぇ……? まぁ、そうね。私と同じ金色かな?」

「ワタクシには、灰色のように見えますの。勿論、金色と言うのを認識はしていますわ。ただ、どれも同じように見えてしまう。何かを感じたり、共感がワタクシはできませんの……闘争以外では」

「闘争以外?」

「赤色。真っ赤な血の色だけがワタクシの感じられる色ですの。それを浴びながら笑いあいたい。そこら辺の方々がしているようにワタクシも血の闘争を笑い合いたい……と思っていましたの」

「……」

「でも、そんな人居る訳が無い……まぁ、別にワタクシ自身が楽しければそれでいいので困ったりはしないのですし、寂しいとか思ったりはしていません。ですけど、フェイ様に初めてあった時、この方は心の底から嗤ってましたの♪ その時のワタクシの心境は計り知れません程の歓喜♪」

「そ、そう……」

「えぇ、嬉しかった。剣を腹に刺されて、血を大量に吹き出しながらワタクシに頭突きをして来た時のフェイ様は凄かったですわ♪」

「……」




(以前から、そんな化け物な感じだったのね……逆に安心だわ)



 アリスィアがモードレッドと話していると、ようやくフェイが眼を開けた。


「おはようございます。フェイ様」

「……」

「無視ですの? 全然いいですけど……それよりそれより、フェイ様改めてワタクシ思いましたの♪ 精神的にもまだまだ余裕もありそうですし……フェイ様はこれからもっともっと強くなりますわ♪」

「当然だ」

「ですので、フェイ様、やはりワタクシの弟子になりませんこと? きっと今までとは比べ物にならないほどのペースで強くなれますわ♪」




 まじまじとフェイの顔を見ながら、媚びるように焦がれるようにフェイの頬に手を添える。



「断る。前にも言ったが……俺の師は……ただ一人だ」

「……ふーん。フェイ様って女の趣味は悪いんですのね」

「……」



 不貞腐れたようにそっぽを向いたモードレッド。それは今まで彼女が味わう事も無かった嫉妬と言う感情に近かったのかもしれない。



「どこへ、行きますの?」

「強さを求めて、行くべき場所に行く」


 フェイはそう言ってモードレッドを見向きをしないで歩いて行った。振られたような気分で切なさを味わい、寂しそうな顔を彼女がしたのをアリスィアは見た。



「行かないの?」

「……いえ、少しだけ、一人で居たいので……貴方様は行ったらどうですの?」

「うん……それじゃあね」



 アリスィアはモードレッドを置いてそこから去った。きっと、暫く会う事はないだろうなと言う直感を感じながら。


(振られたら暫く立ち直れないでしょうね……あれほど入れ込んでいたら無理ないわ……一人でそっとしておいてあげましょう)


◆◆




 フェイとアリスィアは一緒にダンジョンへ向かっていた。正確に言えばフェイに勝手にアリスィアが付いて行っただけなのだが……


 二人が歩いていると、見るからにチンピラと言う輩によって絡まれてしまった。


「おー、可愛い姉ちゃんとカッコいい兄ちゃん……ちょっと俺達と遊ばない?」

「駆け出しでしょ? この都市で通しか知らないカジノがあるんだけどどうどう? 彼氏さんもカッコいい所見せたいんじゃない?」



 見るからにチャラそうな男の二人組、美人なアリスィアだけでなくフェイにも話を持っていく所を見ると、どうにもナンパ目的ではないと一見考えられた。


「誰よ。邪魔なんだけど」

「ふー、強気だね。そんな嬢ちゃんならかなりのお小遣い稼げるよ」

「……胡散臭いわね」

「大丈夫大丈夫。そこの酒場で軽いカジノどう?」



 フェイは一向に興味がない顔つきだが、足を止めて話を聞いている。これはもしかしたら、自身のイベントではないかと感じている。


 だが、これはフェイではなく、アリスィアのイベントである。本来なら二日目。カイルから酷い目の合うが、命だけはモードレッドに救われて、通りかかったラインに回収をされる。


 ラインに回収をされた後、精神的に彼女は追い込まれたまま一夜を過ごす。そして、ラインに慰められたり、姉のバーバラに抱擁されたりするのだが、心の傷はいえずおぼつかない足取りで一人、自由都市を歩く。


 ライン達に別れも告げずに彼女は離れたのでラインは彼女を見失う。そこで、このチンピラ二人にゲームを持ちかけられる。彼女はあれよあれよと言うままに、断る気力すらなく、近くの酒場でギャンブルを行う。


 不正をされて、ギャンブルで負けて身ぐるみを剥がされる。金と武器を全部失って、一文無し。そこへ、ラインが現れて不正を暴いて、そして、金と身ぐるみを取り返す。


 救ってくれた恩から少しづつ、ラインを意識し始める。泣きながらラインに抱き着いて、『ドウシテ救ってくれなかったのか』とポカポカ殴って、そして、また泣いて、ありがとうと言うイベントなのだが……



「悪いけど、面倒だからパスするわ。そんな遊びしてる暇ないのよ。私達には」

「……」

「まぁ、そんなに怖いなら無理しなくてもいいよ。しゃあない、他の奴誘うか。大分、腹が座って無い奴みたいだし、ね?」

「そうだな。ビビってるからなしょうがないしょうがない」



 煽るように吐き捨てて、チンピラ二人を誘うのを諦める。キャッチが上手く行かなかったら腹が立って最後にちょっとした嫌味のつもりで言ったつもりだった。


「あぁ? こら、誰がビビりですって? ねぇ、フェイ?」

「……」

「え? 無視……こほん。いいわよ、その賭け事、やってやろうじゃない!! 私ビビりじゃないし! その安い挑発に乗ってやろうじゃない!」

「あ、そう? 急だね……まぁいいや、来い、こっちだ」



 アリスィアは気が短い。煽り耐性は低い。フェイのおかげで何だかんだで元気なので安い挑発に乗ってしまった。本来の心身ともに疲弊していた為に流されてしまった時と同じような運命を結局は彼女は辿る。


 チンピラの後をフェイ達は付いて行った。近くの酒場に入ると、わいわいと賑わっている。兜をかぶっている剛腕の男、坊主の目つき悪い男、チャラそうな男、中年の白髪男、全員が冒険者だ。



 入り口には一匹の猿のような生物が出迎える。可愛らしいがフェイとアリスィアをジッと獲物を見るような眼で見ていた。そして、その猿は天井につるされた照明灯に登った。


「お? なんだなんだ? また連れて来たのか?」

「いいねぇ! がんばれがんばれ!」

「すげぇ、あいつ超上玉じゃん……」



  取りあえず、座れと言われ二人は席に着いた。下賤な視線を浴びてアリスィアは鳥肌が立つ。二人の前に座ったのはちょび髭の中年男。


「あの二人が連れて来たって事はここへ、ギャンブルをしに来たって事だな?」

「ええ、そうよ」

「そうかい、じゃあここでのルールを説明するするぜ」



 ちょび髭はルールを説明した。ルールは簡単、賭けるモノは何でもいい。その賭けたモノの倍の配当が還元され、相手の賭けたモノが更に貰える。だが賭けに負けて、相手の還元するべき利益を払えない場合は何らかの方法で絶対に払わなくてはならない。そして、ギャンブルの種類は……


いきなり五枚のカードが配られる。



「凄く簡単だ。まずは手元のカードを確認してくれよ」

「……一から五までの数字が書かれた五枚のカード?」

「その通り。このギャンブルのルールは簡単。互いに一枚カードを選んで伏せる。そして、開く。そうして開いたときに大きい数字であった方の勝ち数一。カードが全部無くなるまでこれを行い、勝ち数の多かった方、または使い切る前に先に三勝した方が出た時点でゲームセット」

「ふーん……簡単ね」

「いいねぇ、嬢ちゃん。それじゃあ……どっちがやる?」

「……私がやるわ! 軽く勝ってアンタにお昼奢ってやるわよ! ……そ、その、何だかんだで、感謝してるって言うか……その、貸しを作りたくないって言うかぁ……」




 そう言って彼女はカードを手で掴む。照れながらカードを掴むアリスィア。それを見てなんかイチャイチャしているように見えて、冒険者たちは舌打ちをする。


「それじゃあ、まぁ、軽くやろうか。お嬢ちゃん」

「ふん、吠え面かかせてやるわよ」



(私、結局フェイに相手にされてない気がする。ここでちょっとは良いところ見せておかないと……私、空気みたいになっちゃう気がする。こんな所で負けている奴が大物になれるわけないしね!)



◆◆


(うわぁぁぁん! お金全部無くなっちゃったぁーーー!!)



 アリスィアはゲームに惨敗した。次は勝つ、よし勝った!! 次は勝つと繰り返して、息込んでギャンブルの沼にハマって完全敗北。


「残念だなー。お嬢ちゃん。どうした? まだやるかい? 腰の剣をかけてもいいんだぜ?」

「……ま、まだまだこれからよ!」

「よく言った!」



(こんなに負けが込むなんて……だ、大丈夫。次は絶対勝てるはず!!)



「変われ。俺がやる」



 ずっと見ていたフェイが負け続けているアリスィアの肩を掴んだ。そのまま引きずりおろすように肩を引いて自身がちょび髭と向かい合う。


「あら? フェイ様、ギャンブルですの?」

「あ、アンタ、いつの間に……」

「あらあら、アリなんとか様、先ほどはどうも」

「どうもって……アンタ、落ち込んでたんじゃ……あとアリスィアね。ここ大事」

「いつまでも落ち込んでいてもしょうがないと思いましたので、スキップをしながら都市をぶらぶらしていたら三度再会できましたわ♪」



(立ち直りはぇぇ!! しかも、速攻で再開するんじゃない!!)




 フェイに向かって名一杯手を振るモードレッド。二人の再会はあっという間であった。フェイは無視して、カードを眺めている。



「そう言えば、貴方は随分鴨になってましたわね」

「え? 私が?」

「貴方以外に誰がいますの? 思いっきり不正されているのに、時折勝たせてもらって、沼にハマってまだ無謀に勝負をしようとするお馬鹿さんは貴方しかいませんわ」

「おいコラ……舐めんな」



 モードレッドが小声でアリスィアに話しかける。青筋が浮かぶ、アリスィアだが、それを小馬鹿にするようにモードレッドは笑う。


「それより、フェイ様のギャンブルを見ましょう?」

「釈然としないけど……分かったわ」




 二人の目線の先には五枚の手札を今配られ終わったフェイが居た。掛け金は持ち金全部……そして、刀と予備の剣。今あるだけのありったけの財産だ。



「フェイ勝てるかしら?」

「貴方と違って馬鹿ではないので勝てると思いますわ」

「あぁ?」



 フェイは配られたカードを見ることなく。伏せられたままのカードを一枚出した。



「……おいおい、兄ちゃん。カード見ないのか?」

「見る必要はない。俺は引き寄せる男だ」

「……」



フェイはジッと動かない。相手のちょび髭もフェイがカードを見ない事で固まって硬直状態になってしまった。


天井の猿にチラリと目を向ける。



(まさか、気づいたのか?)



 この店の猿は彼の手駒だった。あらゆる場所を移動して、相手の手札を見て鳴き声で相手の出すカードを伝える。相手にあわせて自身のカードを選ぶ。それで必ず勝てる。


 時折、勝たせてやって。だが、肝心な所では必ず勝つ。それを繰り返して彼はずっと金を稼ぎ続けた。


 調教をした猿を使えばそれが簡単に出来た。



 だが、フェイは手札を自身ですら見ることなく伏せたまま、適当にカードを選んだ。これでは何を選んだのか全く分からない。



「……」



 フェイは黙って彼の勝負カードを待ち続けた。そして……



◆◆



 如何にもチンピラみたいな二人にギャンブルに誘われた。これは……俺のイベントだな。間違いない。俺は主人公である。やはりイベントが寄ってくるのだろう。モブキャラなのか、ヒロインなのか、何キャラなのかいまだ不明のアリスィアもやる気満々みたいなご様子。


 この子って、何キャラなんだろうか? 結局分からんなぁ。主人公である俺と比べると大分薄い感じするからなぁ。



 ギャンブルの場所に案内された。うわぁぁ、いいなぁ、このカマセの巣窟みたいなチンピラ軍団。嫌いじゃないよ?


 あ、なんか猿みたいなのが居る。


 さるはギャンブルできないんだから大人しく去るさるべきだ。



……さて、アリスィアがお金を失った。コイツ、ちょっと勝てたからってムキになって馬鹿か?


凄い噛ませな感じするなぁ。何か、主人公が来るまでの時間稼ぎ要員みたいな可能性も出て来たよ?


 

さてさて、次は俺の番。全部賭けるよ。金と刀と剣。だって、俺がこんなチンピラに負けるわけない。


偏見かもしれないけど、ちょび髭のチンピラに負けるはずがない。


だけど……多分だけど、コイツ不正してるよな? ちょび髭はよくする感じある、偏見かもしれないけど。



アリスィアが多く賭けた時だけ負けるとか。多くちょび髭が書けたときだけ負けるとか、絶対なんかあるだろ。


うーん、カードの裏の模様とか? いや、でもアイツ全然カードの模様見てないような気がしたんだよな。


アリスィアが模様を見えないように太腿付近でカード選んだ時、直ぐにカード出してきたりしてたから、観察する暇もないような時もあった。


超能力とか? 相手の思考を読めるとか? いや、そんな大層な能力だったらもっと別の所で出演するか。


こんなカマセの巣窟でちょび髭なんかはやしてないわ。



うーん、ただ、絶対後出しだし、ちょび髭だし不正はしとるな。何だろうなぁ、その時、俺の頭に電流が走った。


『ふぇ、フェイ君……今日の私、いつもと違うところあるの分かりますか……?』

『……髪型か?』



いつぞや、ユルル師匠と一緒に朝練をしていた時の事だ。綺麗な銀髪を急にツインテールにしてきて俺に感想を求めてくる師匠に、もしかして好意持たれているのかなって思ったんだ……


ここの伏線かぁ……



ツインテール→双→髪型を分けている→二つに分けていても本体ユルルは一つ→敵は一つに見えたとしてもよく見たら二つかもしれない。



さては……この中にアリスィアの手札を教えている内通者がいるな? 



ふっ、流石は師匠。居なくてもちゃんと背を押してくれる。


これって、常人とか、普通の人だと……いや、流石にユルル師匠の髪型そんな解釈は出来ないだろって言うんだろうな。



でも俺は主人公だから。愛弟子だから分かる。あれは伏線だったと。感謝するぜ。



だとすると、内通者は……後ろには誰も居ないし……あの猿か? あの猿が手札見てたとか……? それともこの部屋の中に透明人間が居て手札見てからそれをこっそり伝えていたとか……



まぁ、どちらにしろ。誰も手札分からなければ問題ないよね? 俺すら手札を一切見ないでおけば大丈夫。万が一テレパシーとか使える奴がいても俺すら分からないんだから、出すカード。


完全にギャンブル。これがギャンブルだよ。だが、俺は負けない。この条件下なら必ず勝てる、ちょび髭には負けないさ。


運命は世界は俺に味方をしている。こんな五分の一みたいな運ゲーに必ず勝てる。俺は勝てる、勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる、勝って当然、常勝不敗が普通。


はい、勝ったー。



三連勝、勝ち星三で勝ったぁ。お金貰って行きます。何で負けたか明日まで考えておいてください。



ほな、バイなら。



あ、モードレッド、居たんだ? いつの間に……まぁ、いいや。それより、そろそろお昼だから、食べたらダンジョン行こう。



◆◆



「アイツ……勝っちゃったわね」

「当然ですわ♪ だって、フェイ様ですもの♪」

「ねぇ、さっき私のこと鴨って言ってたけど……どういうことなの? アイツが勝てたのと関係あるの?」

「あー、そうですわね♪ あの後ろの猿が貴方の手札を見て、なき声でちょび髭野郎に出すカードを教えていたってところでしょう。如何にも羽虫が考えそうなことですわ。まぁ、それを真正面から打ち破るフェイ様は流石ですわ♪ あれに負けた方は猿以下と言ったところでしょうね♪」

「さ、猿以下……猿以下……わ、私が? 猿以下……あれ? でも、ちょっと待って。アイツが不正を見抜いていたとしても百パーセント勝てること出来なくない? だって、相手の出すカードランダムだし……」

「そこがフェイ様の凄い所ですわ♪ 運を引き付けるというか、あぁ、やっぱり高貴な方は出す結果も素晴らしいですわね♪」

「不正見抜いたのに……最後の最後に全賭けギャンブルって、指摘とかすれば無条件で勝てたかもしれないのに」

「狂ってますわ♪ 有り金全部、魂とも言える刀と剣も差し出して……負けたらどうなさるおつもりだったのか気になりますわね♪ まぁ、素手でダンジョン潜るでしょうけど……あぁ、やっぱりフェイ様は素敵♪ 常日頃から命張ってる方は羽虫如きとは訳が違いますわ♪」




 フェイの後ろを付けながら二人は話を弾ませる。最も、アリスィアはちょっと引いて、モードレッドは興奮しているが。


「はぁ……何だか今日は疲れたわ……そろそろ、夕食の時間じゃない? お腹空いたし」

「貴方、何言ってますの? まだ、日も登りきっていないのと言うのに」

「え……?」



 アリスィアは上を見上げる。そこには確かに綺麗に輝く太陽があった。



(……内容が濃すぎてもう、一日終わったのかと思ってた……。まだ、お昼くらいの時間だったのね)



 そこでアリスィアのお腹がぐぅっと鳴った。ハッとして彼女はお腹を手で抑えて恥ずかしそうに下を向く。きっと聞こえているだろうなと思いながら恐る恐るフェイとモードレッドの方を見る。


「フェイ様、よろしかったら一緒にお昼ご一緒に」

「……断る」

「ふふ、でしたら勝手について行かせてもらいますわ」



(あれ? もしかして本当に私って、空気……? フェイのせいで私の存在凄く薄くなっているというモードレッドの言葉は本当だった?)



 お腹が鳴ったというのに、全くもって反応をしない。眼もくれない。自身がどんどん本当に空気のようになっていく気がしてしまった。


 フェイは取りあえず、飲食店に行くようで辺りを見渡しながら歩いて行く。アリスィアはその後を追っていると……どこからか声がした。


「お前は……昨日のッ」

「……?」

「それに、アリスィアも……」



 そこに居たのはラインだった。彼はモードレッドを見て驚きながらも、アリスィアの無事も確認して安堵をしていた。



「えっと……誰だっけ?」

「俺だ……ラインだ」

「ライン……」



(誰だったかしら……私も人のこと言えない……。ど、どうしよう。どこかで見た気がするんだけど)



「あ、ああー。ラインね。久しぶりね……?」

「昨日会ったが……」

「そうね! 昨日会ったわね!」



(き、昨日……会ったっけ……。あ! フェイ達が行っちゃう!)



「そ、それじゃ、またね!」

「あ、あぁ」




 本当ならラインがアリスィアのイベントに向かっている際中だった。だが、フェイが早めに新幹線で駆け抜けたのでイベントが無くなってしまったために、道端で会うという事になった。



 アリスィアはラインを後にした。



 その後、お昼はお金がないのでフェイに昼食を奢って貰った。




◆◆



 モードレッドはいい加減探し人が居るという事でフェイ達と別れた。フェイとアリスィアは再び二人きりとなり、ダンジョンへ向かう。


「ありがと……昼食奢ってくれて……いつか返すわ」

「いらん。あの程度で一々返される方が手間だ」



 ぶっきらぼうにフェイは呟いた。そんな彼をチラチラ見ながら歩いているアリスィア。曲がり角へ差し掛かり、そこを曲がれば後は一本道でダンジョンに到着する。


 二人が角を曲がりかけた時、誰かが丁度走っており、アリスィアとぶつかった。



「いったぁぁ!!」

「す、すいません! だ、大丈夫でした!」

「この不躾! どこ見て歩いてるのよ!」



 額を抑えながら、相手を睨みつける。そこには赤い髪の赤い眼、背丈はフェイよりも少し小さい。だが、どこか可愛らしく中性的な顔つきの少年が申し訳なさそうにアリスィアに頭を深々と下げた。



「す、すいません!」

「……まぁ、そんなに謝らなくていいわよ」

「ありがとうございます! 本当にすいませんでした!」

「もういいって言ってるでしょ? それより、急いでたんじゃないの?」

「あ、そ、そうでした! すいません、失礼します!」



 慌てて、少年は去って行った。フェイはその少年に僅かに目を向けたが、再びダンジョンへ向かって歩き出す。


「あ、ちょっと待ってよ」

「……」

「さっきの子、凄いあわてんぼうだったわね」

「……」

「偶には、会話返してくれても良いんじゃない?」

「……確かにな」

「背中にボウガン背負ってたし、冒険者かしら?」

「だろうな」



 ギルドに入ると、マリネが二人を見つけて挨拶をする。マリネが挨拶するのはこの二人くらいだ。


「お二人共ー、いらっしゃーい! 良いクエストが入ってますよー!」

「……クエストか」

「するの?」

「少し興味がある」

「ふーん」




 フェイがマリネに近寄る。彼女は待ってましたと言わんばかりに一枚の紙を差し出した。そこには本当なら緑であるはずなのだが、赤い色をしているゴブリンの絵が描いてあった。


「これ、最近ダンジョンに出現したゴブリン亜種だそうです! かなりの数が居て、今現在色んな冒険者が討伐に出ています! そうして、このゴブリンの魔石の買取がかなりの料金なのでおすすめです!」

「……受けよう」

「はい! 了承しました! 五十体倒して、魔石すべてを回収をお願いします! 魔石によってクエストを判断するので決して無くさないようにお願いしますね!」

「あぁ……」



 フェイがアリスィアがクエストの発注をしていると、誰かがギルドの中に大急ぎで入ってきた。


「お、お待たせしましたー!!!」



 先ほどの赤髪の少年である。知っている素振りのマリネにアリスィアは質問を投げかける。



「あー、あの子」

「知ってるの? アイツ」

「えぇ、私と同じでかなり除け者扱いされている冒険者の方です。溝鼠ドブネズミだなんて呼ばれちゃっている可哀そうな子です」

「……どうして、そんな」

「あの子、トークって名前なんですけど。物凄い臆病でドジで腰が低い。立ち振る舞いが冒険者として見るに堪えない底辺だから、地下に住むネズミみたいだとか訳の分からないことを言いだした人が居て、その名目が定着したって感じです」

「……そうなんだ」

「えぇ、でもあの子、ずっと冒険者辞めないんです。他の道を探さないで、でも戦闘も出来ない臆病者だから安い賃金で非戦闘員のサポーターみたいなことだけしてるって感じです」

「……パーティーとか組んでないの?」

「いえ……ただ、今日は何処かのパーティーにサポートとして入る予定だったみたいですけど……ボウガンの矢を忘れたみたいで急いで取りに行ったのですが先ほど彼をおいてそのパーティーはダンジョンに」

「まぁ、そうよね。そんなドジな子に背中は任せられないわ、いくら頑張っていたとしてもね……」



(当たり前だけど……フェイみたいなのが沢山いるわけないわね。ああいうドジな輩が居てちょっと安心している自分に驚いているわ)



 彼女の目線の先にはドジをして、呆れられて一人ぼっちのトークが居た。マリネもトークが可哀そうだと思っている節があったのでフェイとアリスィアにある提案をした。



「もし、よければ、お二人のパーティーに入れて上げて頂けませんか? 多分、知識とかではかなり役に立つはずですし……ドジですけど」

「ドジでビビりね……そんな奴と一緒って……。まぁ、私は才能あふれてるから誰とでもパーティーは組めるけどね! フェイが良いって言うなら入れてあげてもいいわよ」

「俺とお前はいつからパーティーを組んでいることになった?」

「え? そ、そうね……仮パーティーって事にしておきましょう。それでアイツどうする?」

「……俺は最初からソロだ。それにお前が勝手について来ているだけ。だから、今更誰がついて来ても構わん」

「決まりね。おーい、そこのしょぼくれた赤髪、こっちに来なさい! パーティーに入れてあげる!」



 アリスィアがそう言うとトークが眼を輝かせながら二人に近寄ってきた。ぺこりと頭を下げる。


「あ、ありがとうございます! 僕トークって言います! よろしくお願いします! こ、こんな僕でも精一杯頑張ります!」

「あー、はいはい。よろしくね。そんなに畏まらくていいわよ。私は世界最高峰の才能を持つアリスィア、こっちの鬼の生まれ変わりみたいな目つきの男はフェイよ」

「アリスィアさんにフェイさん! 覚えました!」

「そ、まぁ、早速行きましょう。話ながら色々説明するから」

「は、はい!」



 フェイは一瞬だけ、トークに眼を向けて挨拶を返さずダンジョンへ向かって行った。アリスィアは結局世界のイベントからは逃げられない。ラインにギャンブルでのお金を取り返して貰った後、彼女は精神的にまいっているが再び強くなるために一人ダンジョンへ向かった。



 そこで男性版ヒロインであるトークと曲がり角でぶつかって邂逅を果たす。その後、ギルドでドジによって矢を忘れて、置いてけぼりにされたトークを再び会う事になり、一人ぼっちな彼と自身を重ねて、そして、心の安定剤として人を近くに置いておこうという結論になり、彼をパーティーに誘う。



 このイベントでフェイの前世、その一部の業界で人気であったヤンデレ依存系美少年トークが生まれることになる。





◆◆



 彼は弱虫だった。臆病だった。弱い弱い、少年だった。才能なんて持っているはずがなかった。


 魔術適正なんて持っているはずがなかった。でも、諦めきれなかった。彼はぼんやりと夢を見ていた。


 誰もが自分を認めてくれて、讃えてくれて、そんな勇者のような自分をずっと夢見ていた。


 でも、現実はそんな上手く行くはずがなかった。気付いたら周りから馬鹿にされていた。当然だった。何処までも臆病であったから。夢の中の自分は勇敢に、周りは瞠目をする。


 しかし、彼は怖くて怖くて、魔物に近づくことが出来なかった。剣を振るなんて出来なかった。だから、彼は遠距離のボウガンを武器にした。目標から離れて離れて、ただ打つ。命中率はそこそこだった。


 魔物が居ると一目散に逃げてしまう。そして、自分が傷つくことのない場所から撃つ。当たるときもあれば、緊張で手が震えて明後日の方向へ行くこともある。彼の評価は平凡以下であった。


 周りが勝手に自分の限界を決めているんだ……トークはそれが口癖だった。自分は頑張っているのに。周りが……。才能が……いつも何かを言い訳にして、



――諦める理由を探していた


 カッコよい自分になりたくてずっと頑張っていた……いや、頑張っているつもりだった。トークと言う少年はいつも妥協をして見切りをつけて、自分の限界を決めていた。


 

 その時、彼は運命と出会う。アリスィアと言う少女とであることになる。トークなんかとは実力も才能も何もかも違う。彼は嫉妬をしていた。だけど、同時に憧れを持った。


 強い人と一緒に居るだけで満足感も得た。


 誰も見てくれないのに自分を見てくれた事で幸福を得た。


 なのに、彼が彼女に与えたのは喪失だった。ゴブリンの強化種である、赤色のゴブリン亜種の大量発生。彼と彼女は大群のゴブリンに囲まれる。焦ったトークはアリスィアを置いてその場を離れる。


 逃げたわけではない。ただ、自分は安全圏の場所に移動しただけ。そして、そこからボウガンで彼女をサポートしようと矢を発射しようとしたのだが……実はもう一匹、近くにゴブリンが居てそれにビックリをして誤射をしてしまう。


 そのまま矢が……アリスィアの眼を抉った。


 そのまま、眼を失い悲鳴を上げて……でも、何とかゴブリンを退けて地上へと帰還する。そして、応急処置を受けた彼女に対して、トークは何度も謝る。罪の意識から彼は彼女へ依存状態になってしまって、ストーカーのような存在へとなる。


 彼女もトークの弱弱しい姿を見て、自分を見ているようになってしまう。トーク√へ行った場合は互いにドロドロとした愛情の鎖で結ばれる。



 フェイの前世のネット上ではヤンデレ好きは最高の展開だと評価が下されている。だが、トークへのアンチも多い。


 結局、彼は一つの眼を奪ってしまったから。義眼が自由都市には高値で売られているので眼は回復するが……それでも罪は変わらない。


 フェイが挟まった事でどうなるのか……それは神でも予測できるわけがない




◆◆



 フェイ達がダンジョンを歩ている。クエストをアリスィアはトークに告げた。その後、アリスィアとトークは言葉を交わす。



「へぇー、最近この都市に来たんですか。それなのに凄いですね」

「当然よ」

「……本当に凄いです。とても駆け出しとは思えません。魔術適正も五属性全部あるなんて。僕は無属性しか無くて……」

「そこのフェイも無属性しかないみたいよ」

「え? そうなんですか?」

「……だったらどうした?」

「あ、いえ。聞いただけです……」

「……そうか」




 フェイは最低限の言葉だけを話してまっすぐ進んでいく。そんな彼をトークは気になるようで視線を向け続けた。自分と同じ、無属性だけの存在。きっと自分のように見下されてきた存在だから共感をしたいと思った。


「なんだ? 視線が鬱陶しい」

「あ、す、すいません……その、無属性だけって……聞いたから……気になってしまって」

「……っち。そんな目をずっと向けられても不快だ。質問があるならさっさとしろ」

「あ、ありがとうございます! その、夢ってありますか?」

「夢……強いて言うなら、誰よりも強くなることだ」

「……無属性だけなのにですか?」



 それを堂々と言った彼に微かに驚愕をした。馬鹿にされたくなくてずっと言葉にするのを避けた来た自分とは違うから。



「何か文句あるのか?」

「な、ないです! ただ、世間一般的にだと、無属性だけだと色々と限界を決めつけられるというか……周りの声とか気にならないんですか?」

「ならない」

「凄いですね……僕とは違う。僕は怖いんです……いつか、自分のどうしようもなさに気付いて、全部を諦めてしまう時が、今まで見てきた夢も思想も全部無駄になってしまうのが、努力が苦労が苦難が全部意味をなさないモノになってしまうが怖くて仕方ないんです。だから、踏み切れない、全部をかけられない。無駄になった時の恐怖が頭を離れないんです……」

「共感できんな」

「……怖くないんですか? いつか、叶わない夢から覚めて、自分の頑張ってきた事が全部無駄になってしまう時が……」

「怖くない」

「どうして……」



 同じようなはずなのに、何もかもが食い違っている眼の前の存在に対して、疑問が尽きなかった。



「そもそも俺とお前の考え方は前提が違う。人間とは利己的な物だ。過去に今にどれだけの苦労を抱えていたとしても未来で良い結果となれば良しとする。今まで頑張ってきた、苦労してきたことが報われたとな」

「……」

「だが、報われなかったとき、無駄であったと嘆く。百一回叩けば破れる扉を百回たたいて止めたとしても。未来の自分が過去の自分を肯定する。そこへ至るまで俺は進み続ける。無駄になど、ただの苦労になど、誰がするか」

「――ッ」



 身の毛がよだつほどの覇気。


「俺は後悔などしない。未来で必ず俺は過去の俺を肯定する瞬間に至る。それだけを考えている。俺とお前の違いはそれだけだ」

「……」

「話しすぎた……だが、そうだな。もっと簡単に答えを言っても良いのかもしれない。ただ、諦める理由がない。それだけだ」

「諦める理由がない……」



 フェイの言葉を気付けば彼は復唱していた。諦める、言い訳をする理由を探し続ける自分と未来へ歩み続ける彼。


 器としては似ているのに、あり方がまるで違っていた。



「僕は……いや、



 その言葉を彼は言いかけた。自分も自分もと未来へ期待を寄せたくなってしまった。だが、そこで大きな音が聞こえた。


 ダンジョン、二階層。大きな大きな平原。もぞもぞ、地中から赤いゴブリンが現れる。その数は数百。


 一瞬で臨戦態勢へと入ったフェイとアリスィア。そして、それに恐怖を感じて囲まれないうちに逃げ出してしまったトーク。それを二人は確認するが今は眼の前の戦闘に集中する。



 アリスィアとフェイの剣技を駆使して、ゴブリン亜種をなぎ倒していく。次々と灰になって行く魔物。


 安全圏に入ったトークは再び、自己嫌悪になった。また、逃げてしまった、何度も何度も彼はこれを繰り返している。


(僕は僕は……いつになったら……逃げないようになるんだ……い、今からでも遅くない。二人を助けないと……)



 震える手でボウガンを手にする。引き金に手をつけた。打とうした瞬間、自身の足元からゴブリンが出ていることに気付いた



「うわぁっぁあ!!!」



 狂った。矢は……アリスィアの目元に飛んでいく。



「え……?」



 彼女は驚愕した、もう、間に合わない。防御できない距離にまで矢が迫っていたから。完全に虚を突かれた。まさか、このタイミングでパーティーメンバーから矢が目元に飛んでくるなんて誰が予想できるか。


 逃げたトークの居場所は彼女は把握していた。だから、きっとボウガンでサポートをしてくれると安心していた。


 だが、そこから来たのは攻撃だった。



 このままだと、自分の眼は潰れる。星元強化じゃ間に合わない。そう思いかけた時、次の瞬間。背中がドンと押された。かなり強めに押されたので彼女は地面に強く沈む。



 そして、血の匂いが……彼女の鼻に通った。眼を開けると、



 アリスィアの事を無理やり限界以上のスペックを引き出した手で押したことで、手が赤黒く腫れている。



 そして、眼から血が……



「あ、あ……フェイ……。血が……眼が」

「問題ない。それより、ここを片付けるぞ」



 その後、クエストは無事達成された。だが……その代償としてフェイは左目を失った。



◆◆




(僕は……僕は……なんてことを……最低だ。パーティーメンバーに向かって矢を放ってしまうなんて……ッ)



 ギルド館にある救護室に地上から帰還したフェイは直行することになった。周りではひそひそとトークについて言葉が交わされていた。


 聞こえなくても彼には分かった。罵詈雑言の嵐。震えが止まらない。この震えがフェイの罪悪感なのか、はたまた自分自身への保身なのか。その判断は彼に付かない。



 暫くするとアリスィアが部屋が出てきた。


「あ、アリスィアさん」

「……アンタね……! 自分が何をしたか! 分かってるの!!!」

「す、すいません……」

「すいませんで、済むわけが……」



 彼女は怒った。本来とは違って、自分ではなくフェイが眼を失った事で怒りが湧いた。彼女の根っこは甘い、自分の事なら無頓着になれることもある。だが、親しみのある人が何かをされた時誰よりも彼女は行かれる。だから、思わず手を振り上げかけた。


 そこで、救護室のドアが開いた。左目を包帯で巻いたフェイが無表情で立っていた。そして、彼が最初に発した言葉で全員が口を閉じた。



「――黙れ」


 アリスィアも、周りでトークについて罵詈雑言を発していた者達も。ギルド職員たちですら。


 重力が急に何十倍にでもなった様な圧迫感。



 それをトークも感じた。吐き気すらした。こんな存在が自身へ怒りを向けている。怖くて怖くてたまらなかった。でもしょうがないのだ。彼はそれだけの事をしたのだから。



「少し顔を貸せ」

「……はい」



 フェイはトークに声をかけてギルド館を出て行った。夕暮れ時、人気のない場所に彼らは向かい合う。



「本当に、すいませんでした……どんなことでもします……お金でも、何でも、用意できるだけ」

「戯けが……そんなことでどうにかなると思ったのか」

「い、いえ……貴方のような人の眼に見合う対価ではないと思います……で、でも何か償いを」

「……貴様はただ重荷から逃げたいのだな」

「え……」



 見抜かれた。そうトークは感じ取った。心の奥底にあった自分への保身、思わない様に居ていた汚い感情を彼は読み取った。



「俺は何も受け取らない。

「あ、あ……」


 それ以上続く言葉が無かった。何を言っていいのか、もう分からなかった。謝罪などでどうにかなるわけがない、怒りが収まるわけがない。



「……勘違いしているようだから言っておく。俺は怒ってなどいない」

「……そんな」

「俺は常日頃から自分の命を賭けるのが当たり前だと思っている。それに、貴様の攻撃を予測できなかった俺にも非がある」

「それは絶対にないです! ぼ、僕が全部――」

「――黙って聞け」

「……」

「俺からすれば大したことはない。たかが眼1つ。これで何かを変える理由も無ければ、諦める理由になりはしない。だが、その結果として俺は眼を失ったのも事実だ」

「……」

「俺にはこれを聞く権利がある。どうして、俺達へ矢を放った」

「そ、その、あの……手元が……ゴブリンが、出てしまって」

「分かったもういい。大体わかった。貴様はなぜ冒険者をする」

「凄い、存在になりたくて……勇者とか、そう言うのになって、皆に讃えられくて」

「……そうか。では最後の質問だ。お前は次はどうする」

「……分からないです……僕は……どうしたら……いいでしょうか……」

「言ったはずだ。今の貴様には何も価値がないと……ならばどうする。何が俺の望みだと考える」

「……分からない、です」

「……強くなれ」

「え?」

「今、貴様の眼を対価として抉ることも考えた。だが、そんなことに意味はない。俺は強くなるために覇道を行く。俺が高みに行けるほどの戦士となれ」



 そんなの無理だ。彼は直ぐに諦めた。


(だって、僕には才能も覚悟も何もない……)


 諦めて、目を伏せた瞬間、胸倉を掴まれて無理やり目を合わせられた。息を呑む。こちらを飲み込んでいくような王者の眼。


「何度も言わせるな、今の貴様になど端から期待などしていない。俺が期待しているのは溝鼠と馬鹿にされ続けてきた過去の貴様でも、今、道を見失い途方に暮れる貴様でもない。茨の道を歩いた果ての戦士トークだ」

「――ッ」

「覚悟を決めろ。いつまでも座り込むな。憧れに手を伸ばし、魂を震わせろ。そして強くなり、

「あ……貴方は、こんな僕に期待をしてくれるんですか……」



 誰も期待なんてしてくれなかった。誰も未来など見据えてくれなかった。誰も信じてくれなかった。だが、眼を奪ってしまった存在はトークを信じて、未来へ歩めと背中を押す。




「――俺が期待をしているのは未来の貴様だ」



 そう言って胸倉をフェイ離した。トークは地面に尻もちをついて彼を見上げる。それは一つの始まりのようでもあったのかもしれない。遥か先を行く、剣士。その姿と覚悟に憧憬を抱いてしまった少年の……。



 フェイはそこを去ろうと踵を返す。その前に、自身の予備の剣をトークへ投げた。


「その剣がお前と俺の誓いだ……決して忘れることのないように貸しておく。俺の眼に見合う存在になった時、その誓いの剣を俺に返せ」



 最後にそれだけ言うとオレンジの光に照らされたフェイの背中だけが、トークに見えた。


 憧れに手を伸ばすように、フェイからの剣を彼は震える手で掴みとった。



◆◆



 宿への帰り道、フェイが眼を失った事は光の速さで伝わって行った。彼は煩わしいのが嫌いなので人気のない場所を歩ていた。そこへ、モードレッドが現れる。



「フェイ様」

「……貴様か」

「その眼……色々と噂になってますわ」

「俺は後悔などしない」

「……あの少年に随分甘いのですわね」

「……やはり見ていたか」

「えぇ……どうして、あそこまでしますの? フェイ様は被害者なのに」

「ふっ……貴様が俺にするのと同じ理由だ。言わば投資、今日やったギャンブルとも同じだ」

「フェイ様の眼をあの少年に投資をしたと? ……あの少年にそこまでの価値は感じませんわ」

「いや……アイツは必ず強くなる」

「何故そう言い切れますの?」

「少しだけだが、アイツの話を聞いた。溝鼠と言われたアイツをな」

「その蔑称ワタクシも聞きましたわ。経歴もかなりの聞くに堪えない物ですわね」

「フッ、俺はそうは思わん。どれだけ、蔑まれても見下されても、恐怖から逃げ続けてもアイツは冒険者をやめなかった。それはアイツがまだ諦めていないからだ。自分をな」

「……諦めが悪い男だから期待したと?」

「少し違う。。ああいう奴は嫌いじゃない。常に言い訳を探しながらも、諦める理由を探して、諦めても良かったはずだ。諦める理由はそろっていたことだしな。だが、それをしなかった。出来なかったんだ。アイツには、そこが好ましい……」

「……ワタクシにはフェイ様が言う程の価値は感じませんわ。正直に言えば今すぐにあの男を殺してしまいたい位」

「……」

「フェイ様とは万全の状態で戦いと言うワタクシの願いが潰えてしまうのは、堪忍なりません。と思っていたのですが、フェイ様がそこまで仰るであれば話は変わりますわ」

「それでいい」



 フェイは歩き続ける、隣では少し不貞腐れているモードレッドがフェイを見ている。


「なんだ? その視線は」

「好ましい、だなんてあまり使わないでくださいまし。面白くありませんわ」

「……」

「はぁ……フェイ様って、やっぱり不思議なお方ですわね」

「かもしれんな」



 泊まる宿に到着する。昨日と同じ宿屋。今日はフェイがちゃんと予約をしている。


「おい、さっさと帰れ」

「もう、フェイ様ったら冗談がお上手です事♪ ワタクシも同じ部屋に泊まるに決まっているではありませんか♪」

「帰れ」

「あら? 昨日気絶したフェイ様を介抱して宿屋に運び込んだのは誰であったのか、忘れましたの?」

「……」

「ふふ、そう言う義理堅い所も素敵ですわ♪ ささ、宿屋に入りましょう?」

「っち」



 二人が宿屋に入ろうとした時、待っていたと言わんばかりにアリスィアが出てきた。



「フェイ、やっぱりここに来たのね……眼、大丈夫?」

「一々騒ぐな。大丈夫だと何度も言っている……」

「あ、そ、そっか……」

「……何を言いたいのか大体わかる。金が尽きているのは知っている。入れ」

「い、いいの?」

「こいつが一緒に泊まる、二人も三人も変わらん」

「コイツだなんて……まるで熟年夫婦みたいですわね♪」




 フェイがアリスィアとモードレッドと一緒に部屋に入る。部屋に入るとモードレッドが再び話を切り出す。


「そうだ、フェイ様」

「なんだ?」

「この都市には義眼を売っている場所がありますの。よろしければ明日一緒に行きましょう?」

「ほう……いいだろう」

「ふふ、フェイ様ならそう言うと思いましたわ♪」

「わ、私も行くわ!」

「アリなんとか様は呼んでいませんわ」

「アリスィア!!」



煩わしいとフェイは頭を抱えた。



◆◆



日記

名前 アリスィア



 自由都市、三日目。今日は朝からすごかった、午前中とは思えないほどに濃度が濃い。まずはモードレッドとフェイの一騎打ち。訓練とか言うレベルではなかった。モードレッドの強さは異常である。一体全体、何者なのか。



 訳の分からないギャンブルに巻き込まれて、お金全部持っていかれた。でも、フェイが勝って、宿にも一緒に泊まって良いって言ってくれた。私……フェイに迷惑かけてばっかりだな……



 そして、フェイは左目を失った。私がトークを安易にパーティーに誘ってしまったから……なのかな。何だか、私が遭うべき厄災をフェイが代わりに受けてくれている気がしてしまう。


 だとしたら……凄く胸が痛い。やっぱり私は、疫病なのかな……。



 でも、フェイはずっと気にするなって言う。今までもこんな戦いを繰り返してきたって。ここに来てからも特に変わった事はない。これが俺の運命だって真っすぐ私を見て行ってくれる。



 なんだか、心がポカポカする。いつまでも辛気臭いか顔してないで飯を食えって、夜食を奢ってくれた。



 ごめんなさい……。いや、違う、ありがとうって、言いたかった。ちゃんと心の底から余計な事を考えずに言いたかった。



 時折、暗い顔をしていたのがフェイに分かったのだろう。デザートも注文していいって言った。滅茶苦茶気が効く。


 だけど、その後モードレッドから頭ひっぱかれた。フェイ様に迷惑かけるなって、悲劇ぶるな、お前如きがフェイ様の運命に干渉出来るだなんておこがましいって言われた。


 そうね。と私は思った!! いつまでも辛気臭いのは私に合わない。もっともっと、強くなるって事だけ考えよう。もし、フェイが言っていることが本当なら、フェイはこれから先も過酷な運命が待っている。


 私にも待っているはずだ。だから、一緒に頑張ろうって前を向こう! そこから気持ちを切り替えてデザートを沢山注文してやけ食いした。フェイは勝手にしろという感じだったが、モードレッドは図々しく下品とか言われた。



 いつかこいつひっぱたく。





自由都市三日目! ここまでの三つの出来事!!



一つ、ギャンブルで勝つ!


二つ、トークを遭遇


そして三つ、トークが誤ってフェイを撃ってしまった!!!




左目が潰れてしまった。まぁ、常日頃から命張ってるしね。今更どうと言う事はない。



俺はいつもそれくらいの覚悟を持っている。だから、驚くようなことはない。応急処置をして貰ってギルドの救護室を出る。


ひそひそうるさいな。トークを責めて良いのは俺だけだ。お前ら黙っていろ。



関係ないだろ。



さてさて、俺はトークを呼び出して二人きりで話をする。どうにも聞いているとコイツは全部を諦めているように感じる。


主人公が励ますのは基本。別に目を失った事に驚きはない。ただ、主人公の眼を失っているという事はそれなりに大きなイベントだろう。


トークって割と重要なキャラな気がするんだよな。俺の眼を代償としているイベントだし。これはね、将来期待できるキャラな気がする。主人公である俺の左目の価値に匹敵するキャラだもんね。



さてさて、適当に励ましてと。この剣を預けておくぜ。いつか返しに来な。ユルル師匠みたく俺も伏線を張って行くスタイル。



あ、モードレッド。どうした? え? 期待できない? いやいや、左目代償してるんだからそれなりのキャラだよ。



それに……何かああいう諦めるのが下手糞なキャラって嫌いじゃない。きっと大きくなるよアイツは。



さて、宿屋に戻る。今日はちゃんと予約した。そして、アリスィアが居る。あ、こいつギャンブルで全部金無くなっているんだよね? しょうがない泊まらしてあげるよ。


眼は気にしなくていいよ。



え? モードレッド? 今なんて……義眼? そうか、眼を失った事に他にも意味があったのか!!






――主人公義眼強化フラグきたぁぁあぁ!!!







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