第五章 駆け出し冒険者編

第34話 第六感

『お、おい、大丈夫か!?』

『弟君、直ぐにポーション!』

『あ、あぁ』



 ピンクの髪の毛に青い眼をした男性とその、男性と姉と思わしき人物がアリスィアの治療を開始する、酷い物だ。アリスィアの腹部には大きな穴が開いており大量に出血をしているのだから。


 アリスィアを治療をしているのは兄弟であった。一人はラインと言う名の男性、ピンクの髪に碧眼、顔立ちもかなり整っている。自由都市にはレギオンと言う冒険者同士が組んで設立をした連合のような物が存在する。



 レギオンを組んで狩場を占領をしたり、資金を調達をしてそこから新たなるビジネスを発展させたり、利害が一致したから互いに守り合ったり、レギオンを組む目的は様々である。


 そして、ラインは自由都市最大級、四大レギオンの一つ、『ロメオ』と言う名のレギオンの副団長を務めていた。自由都市内では名の知れた冒険者であり、かなり怖い顔立ち、若干フェイとキャラがかぶってしまっている強面キャラであるが、この都市ではルックスと立場など色んな理由があり女冒険者から絶大な人気を誇っている。


 だが、彼はそれを鬱陶しいと思っており、気になる異性などいない。彼は唯一生きている肉親である姉のことしか頭にない、家族として長男として、男として姉を守るために日々力を求めているから……いわゆる。乙女ゲーのキャーキャー言われる王子枠である。



 そう、つまりはアリスィアの男性版ヒロインなのである。本来ならリザードマンに襲われていたアリスィアをラインと彼の姉で助けてフラグが立つ。




 そして、ラインの姉の名はバーバラ。単純に説明するとラインの姉。どこぞの姉を名乗る不審者とは違って本当の姉である。ピンクの髪と碧眼、優しそうな顔立ちで、スタイルもかなり良く、男なら無意識のうちに目線が下がってしまう程。感極まった顔立ちゆえに余計に。


 性格も最高で困っている人は見捨てておけないという善人。



 ラインとバーバラ、この二人がリザードマンに腹部を刺さされて命の危機であったアリスィアを救助するために急いで側に駆け寄る



 だったのだが……。そんな結果はない。



 


 一階層に出現するはずのない、そこで現れる敵の強さを優に超えた化け物。二人はリザードマンの雄たけびを聞いて急いでそこへ向かった。そして、どうかそこに駆け出しが居ないで欲しい。


 リザードマンを倒せるだけの猛者が居て欲しいと願った。だが、希望は薄いとも思った。リザードマンは頭が効くモンスター、格上に挑んだりはしないから。


 倒せる範囲で挑むはず……もしかしたら……最悪の想定をして二人が向かうと……


 彼女達の前には異様な光景が広がっていた。駆け出しと見える女の子が恐ろしい物を見るような眼で何かを見て、凄い怯えていた。今まさに灰に変わっていき、消え去りそうなリザードマン。


 そして、少女とリザードマンの間で血だらけになり、腕が赤黒く腫れてしまっているのに嗤って居る男。



((え? どっちが、魔物だっけ……?))



 二人はフェイとリザードマンを何度も見比べて、迷った。フェイの姿がどうにも魔物みたいな感じに見えたからだ。バーバラが心配そうに化け物? に声をかけた、



「え、えっと、君……大丈夫? あの、言葉通じるよね?」

「質問が多いな」

「あ、良かった……うん、あの、大丈夫かな? だいぶ……怪我してるけど。今、ポーションで……」


 人間だと分かるとバーバラは治癒力が普通のポーションより数段上の上位ポーションをフェイにかける。すると、フェイの赤黒い悪魔のような右腕が人間の状態に戻り、血が出ていた傷も塞がり、ただ血でべっとりと汚れただけのフェイになった。


 気まずそうに弟ラインと、フェイとアリスィアと見比べるバーバラ。フェイに驚き過ぎて呆けている外伝主人公アリスィア。そして、アリスィアにちょっと見とれてしまっている男性版ヒロインライン。


 そして、全くもって満足そうに不敵に笑うフェイ。


 本当ならアリスィアとラインの出会い。そして、互いを意識するきっかけとなるはずであったのに、間に割って入った小松菜のせいでかなりシュールな絵面になってしまった。




「えっと……君達って駆け出しなのかな? あ、自己紹介が遅れたね、私はバーバラ。こっちは弟のラインって言うんだ」

「そうか」

「……あー、私達の名前を聞いてその反応って事は……外から来たばっかりなのかな? 君の名前は何て言うのかな? 答えたくないなら良いけど」

「……フェイ」

「そっか。フェイ君ね。よろしく。ポーションで傷は治したけど血は出っぱなしだから注意してね? 今日は戻った方がいいよ。私達が送って行くから」

「……それには及ばん。己で帰る……」

「あ、そ、そう」


(なんか……掴み所のない人に見える……でも、血だらけで嗤ってたし……変な人)


 フェイがその場を後にしようと背を向ける。バーバラは隣の弟を見る。いつもなら仏頂面で自身に失礼だったり、冷たい反応をしたりする輩には制裁を加えたりするシスコンが何もしない事に違和感を持ったからだ。



「……」

「……」



(ありゃ……これは、ラインにも遂に春が来たのかな?)



 ずっと。アリスィアから眼を離さない。眼が離せない、それほどまでに彼女は美しかったから。もしかしたら、外伝、乙女ゲーの最初の出会いとしては最高点だったかもしれない。無傷でイケメンと美女が見つめ合うような状況は何かが始まるような予兆であるのだから。


 ここから本当は始まるはずだった。



 小松菜が余計な事をしなければ。



(あれ? この女の子、ずっとどこ見てるの? ラインと見つめ合ってるようで全然違うところ見てない? もうなんか、瞳何も写してないんだけど……だ、大丈夫? 君?)



 バーバラが思考を巡らせていると背を向けているフェイが一言呟いた。



「ポーションの件は……手間をかけた。いずれ、報いよう」

「気にしないでいいよ。冒険者は助け合いってやつだよ」

「……そういうものか。ここには疎い……その言葉覚えておこう」



 それだけ言って彼はクールに去る。そして、フラフラとフェイの後をつけるアリスィア。本当にあの子は大丈夫なのだろうかと心配にバーバラはなってしまった。


(フェイって言うんだ……ちょっとラインと雰囲気は似てるかも。大怪我するところとか、無鉄砲な感じとか……あ! 駆け出しか、色々心配だな)



「君達ー! この都市は意外と物騒だから気を付けて! 夜は深くならないうちに宿屋とかに行くんだよ!」



大声で彼女は二人に言った。どちらも特に反応はしない。だが、フェイはその話を聞いていた。そんな気がした。



「大丈夫かな。あの二人。随分ここに疎いようだけど……もう、ライン! 呆けすぎだよ!」

「え? あ、あぁ……すまんな。つい」

「あの金髪の子がかわいくて見惚れてたのは分かるけど、あんまりジロジロ見ると嫌われるよ」

「な! 俺はそんなつもりはない!」

「あー、はいはい。そうだねー」

「おい、バーバラ俺を馬鹿に――」



仲睦まじそうに兄弟はダンジョンの出口に向かって歩き始めた。



◆◆




 深い深い夜。辺りは真っ暗であった。だが、月明かりと深い深い夜になってもどんちゃん騒ぎをして朝まで飲んだくれようとする冒険者達のはしゃぎ声が聞こえている。


 

「がははあ!!」

「もう、無理俺……おぇぇぇぇ」

「うわぁ、吐いたぞ!!」

「はははは!!」



 楽しそうに笑って居る。酒を飲んで気分が良さそうに、楽しそうに娯楽を味わっている。酒が疲れた体に染みわたる。いくらでも飲めると思うが、気づくと酒に呑まれて嘔吐をしてしまう。


 何度も何度も止められない。酒とは、娯楽とはそう言う物だ。冒険者にとって薬であって、癒しである。


 だが、無制限に飲み続けられるわけではない。


「おれ、もう無理……流石に、帰るわ」

「え?! まじかよ!」

「流石に無理だわ……宿屋に、戻る……明日もダンジョンに潜らないといけないしな」

「そうか、体大事にな」

「明日も頑張れよ!」



 仲間達にそう言われて一人の男が席を立つ。そして、騒がしい明るい酒場を去っていく。急になんだか寒くなって行く気がした。確かに今は寒い季節だ。だが。もっと違う、何かが凍るような、身が何かを案じているような。



 そんな訳はないと男は歩く、酔いが回っているから変な事を考えてしまっているのだろうと、赤い顔で歩く。



 宿屋まであと少し……あと少しで眠れる。寝て、明日も頑張ろう。と思いかけたその時、違和感が襲ってきた。



「……あれ?」




 誰かが、何かが彼の眼の前に立っていた。大きな大きな、まるで畑にあるカカシのような何かが嗤って居た。楽しそうにこちらに手を振っている。


 酔っているから姿があまり良く見えない。だが、恐らく男性、背丈は二メートルほど、そして、肩幅は割と細い。



 幻覚だろう、こんな時間に、こんな場所であんな大きな男が自分に手を振るはずがない。



 そう思って幻覚を通り過ぎようとする。だが、近づけば近づくほどに、酔いは冷めて行った。意識が戻って行った。


 ダンジョン仲間が自分が傷ついたとき時折感じる血の匂い。冒険者には血の気の多い物が多いから地上で感じる鉄のような独特な香り。それを鮮明に感じた。



 匂い、嗅覚で。そして、眼が異常を捉えた。確かに居る。デカい大男がそこに居る。そして、彼の手には、人間の手が握られている。真っ赤な血が垂れている。



「ヒぇ……」



 思わず、そんな子供のような声を漏らす。あれは一体だれの手だろうか。完全意識は覚醒した、なのに、体がうまく酒のせいで動かない。体が……上手く?


 男は混乱した、体がいつの間にか動かない。



「え……?」




 そして、見てしまった。自分の肘から先がない事に……あの男が持っている腕は……



「あ、あぁああ」



 助けを呼ぼうと大声を出した。自由都市には沢山の冒険者がいる、ここで大声を出したらきっと誰かがと淡い期待を持っていた。



「た、助けてくれぇぇぇ!!!!」



 だが、誰も来ない、まるで隔離されている空間の中に居て声が響かないように。



「人払いの結界張っているからさ。誰も寄ってこないし、君の声は聞こえないんだ! 残念!」



 楽しそうに無邪気な声で眼の前の男は嗤っている。そして、両足ともう片方の腕を剣で切り裂いた、血がどんどん垂れていく。大声を出して何度も助けを呼んだが意味はない。男の叫び声を笑いながら聞いて、飽きたのか次の瞬間喉を短剣で潰した。


 そして、今まさに刺された男は異様さに気付いた、恐怖で気付かなかったが


 

――どこも、痛くない



「あぁ、やっぱり死ぬ間際の人間を見るのは良いよね……僕は優しいから痛みを感じさせないで殺すことにしてるんだ。君は幸せ者だぜ。だって、本当ならもっと遊んでから殺すのに、今日は酒を飲んでいい気分だからあっさり殺されるんだから。死ぬのは怖いだろう、でも、どうせ死ぬんだからいつ死んでも変わりない。僕も割とこの趣味が良くないって事は知っているのさ、だから、痛みを感じさせない。女を殺すときはね、四肢をもいだりした後に犯してから殺す。あとは普通に犯してから殺すかな?」



 痛みがない。何故か先ほどまであった血の匂いもしない。感覚もない。聴覚だけが微かに働いてた。




「僕は今更、どうあがいても罪人でね。クズなんだ、だから、好き勝手やっても地獄なのは変わりないからこういう事をしてるんだ。あぁ、なんでこんな事を話すのか気になるって? それはね、慈悲さ。殺される相手の事を最後に知って欲しかったのさ」



 ケタケタと話して嗤う。聞いても居ない事を話してケタケタ微笑んで、そして、その男が額に手を置いた。だが、感覚がない。置かれたのは視覚で分かるのに。あと分かることは喉を刺された事で口内に血の味がする事だけ。


 恐怖だった。これが死んでしまうという事なのか。奪われて消えていく、己が。


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い



「……ねぇ、もう聞こえないだろう?」



 何かを言っている、だが、何も聞こえない。そして、視界が真っ暗になった。何も見えない、感じない。匂いもしない、聞こえない、舌で味わった最後の血の味も消えた。


 さっきまで仲間と眼を合わせて、肩を叩きあって、酒の香りがして、激励をしあって、血の味があったのに。



 真っ暗、何もない。もう、どうすることもなく、出来なくて、恐怖だけが男に残ってしまった。


 

 どこ、どこ、どこ、どこ、ここは……どこなのか、もう、それも消えていく。気付いたら、いや、そんな動作を感じる前に。


 もう、何もなくなった。



 そこには、心臓に短剣を刺された男が横たわっていた。四肢がもがれて、喉を潰されて、眼もえぐり取られて。人の形をしてない、むごいむごい姿でその男は翌日の朝、発見された。




◆◆


二日目 『光の同期』


円卓英雄記、外伝主人公であるアリスィアは宿屋で目を覚ます。美しい金髪が寝癖であらゆる箇所はねていた。



そして、同じように美しい彼女の顔、その目元には寝不足により大きなくまが出来ていた。初ダンジョンと言う事で疲れはかなり溜まっていた、初めての町並みを感じて、自由都市までの道のりも楽なものではなかった。



疲れがたまっているのなら深く眠りについてしまう物なのに彼女は寝れなかった。眠るとあの、血だらけで黒い右腕の悪魔が夢に出てくるからだ。何度も何度も、寝ては現れ寝ては現れ。


そんなんで眠れるわけがない。




「このままじゃ……一生、ちゃんと寝れる日がこないかも……」




 ベッドの上で彼女はそうつぶやいた。もしかしたら、安眠なんてこのままできなくなってしまうかもしれないという恐怖が湧いてきた。



「落ち着いて。アリスィア。貴方は出来る子、凄い子、才能ある子よ。誰よりも認められる存在になるんだから。あんな駆け出しにビビっていてはダメよ。克服するのよ。あの悪魔を」



 自分自身に暗示をかけるように呟いて彼女はベッドから起き上がる。身だしなみを整えて、彼女は宿を出る。



(……あの鬼みたいな悪魔を克服出来たら私は、もっと高みに行ける気がする。と言うか、克服しないと夜眠れなくなりそうだから何としても克服するんだけど)



(アイツ何処かしら? 同じ宿に泊まっているのは分かってるけど。宿屋の人にもうここを出て行ったのか、それともまだ起きてきていないのか聞いてみよ)



 アリスィアが宿屋の受付に居たおばあちゃんに声をかける。何だか、老婆は元気がなさそうな、怯えるような表情であった。


「あの、目つきの悪い男のどこに居るのか知らないかしら?」

「あぁ、あの子ね……朝早く出て行ったけど……」

「そ……もう出たのね」

「アンタ、気を付けなよ」

「え?」

「今朝、むごい姿で冒険者が殺されていたんだからさ。今、外は大騒ぎだよ」

「そう、なんだ……」

「今まであんな死体がダンジョン外で見つかる事なんて無かったからね。外の空気は最悪さ……アンタみたいな最近来た子はあらぬ疑いをかけられるから気を付けな」

「……そう。情報感謝するわ」



アリスィアは老婆にそう告げて、宿屋を出た。日差しが眩しい、熱い太陽で照らされているはずなのに、空気が濁っているような気がした。


誰もが誰かを疑っているような。そんな気持ちの悪い場所。



フェイを探して、外を彼女は歩く。自分自身にも疑いの視線が向いていることに気付く。気にしないように装うが、ついついチラチラと疑う方の奴らを見て、目を逸らすを繰り返す。


これではまるで自分が犯人だと言っているような物だと感じてしまうが、その行動を自制は出来なかった。



嫌な空気な都市、一体全体、フェイはどう思っているのだろうか。



彼女は気になって探し続ける。


「あ……」



そして、見つけた。黒い髪の男の背中を。周りの眼を気にする事もなく真っすぐダンジョンのある方向へ進んでいく。


急いでフェイの元へ彼女は駆け寄った。


「……おはよう」

「……貴様か」

「貴様!? ちょっと、失礼じゃない!?」

「そんなことはどうでもいい。それで、何の用だ?」

「……え、あ、その……」




(ちょっと、空気悪くて、一人じゃ流石にメンタル的にきついからって言っても良いのかしら……)



 フェイの鷹のような鋭い眼線を向けられると凛としていた姿崩れてしまう。ちょっと、寂しいからと言いだせるほどの勇気は持っていない。そして、それを言えば弱い自分に呑まれてしまうから言うわけにもいかない。


 だから、彼女は虚勢を張ることにした。


「そ、そんなの、一人でボッチなアンタに声をかけてやっただけよ!」

「……俺はソロを貫くつもりだ。だから、いらん世話だな」



 眼をくれずにフェイはダンジョンの方に向かってく。彼女は気付いた、フェイが自分のように周りを一切気にしていないと。


 周りがフェイを疑っても、フェイは周りを疑わない。殺人の事を知らないのではないかと思うほどだ。だが、自由都市でこれほどまでに空気が荒んでいるのに何も感じない訳が無い。


 かなりの大事件なのだ、知らない訳が無い。昨日と今日の自由都市は全く違うと言っても過言ではない。


 

 にも関わらず、フェイだけは昨日の自由都市に居るのではないか、感情がないのではないかと勘ぐってしまう程、それほどまでに彼は乱れていない。



(……こいつ、自分しか見てないのね)



 彼女はそう結論付けた。誰かを基準に眼の前の男フェイは生きていない。浮世離れ、とでも言えば良いのだろうか。世間から、世界から隔離されているような疎外感を感じた。



 自分は誰かに認めてもらいたい。誰かに褒められたい。良いように見られたい。ちやほやされたい。そんな心持をしている。



 対極。



 アリスィアとフェイの在り方は全く違うものであった。


 だから、気になった。自分と全く違う様、信念も歩いてきた道も何もかも違う彼が一体どんな人物なのか。ただの悪魔のような鬼のような男なのか。知りたくなった。


 去り行くフェイに歩幅を合わせる。


「待ちなさいよ」

「まだ、何かあるのか」

「……一回しかい言わないからね! しょうがないから、パーティー組んであげるわ!」

「……いらん」

「いらん!? ちょっと! 私に向かって! 未来の英雄に向かって失礼よ!」

「……」

「ちょ、無視するな!」




(あれ、何だか……私、初めて……こんな本音出せたかも……)



(こいつ、私と同じで結構言いたいこと言うタイプだからかしら?)



「ふん、アンタが無視しても、無理にでもついていくからね!」

「……」

「……」



フェイにずっと無視されたままアリスィアは彼の隣に居座った。もしかしたら二人の姿は兄に甘えようとする妹に見えるのかもしれない。




◆◆



 アリスィアがフェイをストーカーをして、もとい二人が一緒にダンジョンに潜っている。


 目のまえには三体のゴブリン。


「そらそらそら!!」


 

 アリスィアから火と水と風の弾丸が生成されて、魔物に打ち込まれる。星元操作もさることながら、魔術適正も常人を遥かに超えている。


 二階層への道を今日は見つけて、ゴブリンを大きくしたような巨大な緑の生物、オークが現れる。


「おらおらおら!!!」



 土の波で埋めて、拳を彼女は握る、それに連動するように土が動いてオークは握り潰されたように土に圧迫され絶命した。



「……」


 

 フェイが特に何も言わずに無言で彼女の姿を見ている。アリスィアはフェイの視線に気づいて得意げな顔をして胸を張る。二つの山が綺麗に服に形を作った。



「どうどうどう? 私、魔術適正全部持ってるの。凄いでしょ? 流石でしょ? 天才でしょ?」

「……そうか」

「そうかって。アンタそればっかりじゃない!」



 フェイは未だに特に反応を示さない。フェイが一向に自分を認めてくれないので彼女はイライラしていた。


 二階層で魔物を倒して、時間が経過していく。フェイは刀で切って切ってを繰り返す。アリスィアも己を鍛えるために魔術と剣で倒していく。


 

「ふー、ねぇ、今日はこんなもんでいいと思わない?」

「……俺はまだここに居る」

「あっそ……」



(食事でも誘おうと思ったけど……どうせ、興味ないとか言うんだろうな。はぁ、こいつ何考えているのか全然分からないわね)



 フェイに視線を向け続ける彼女。どこぞの金髪主人公のようにフェイを理解なんてそう簡単にできない。



(一人で帰るのもなぁ……なんか嫌な感じだし……もうちょっと、一緒に居ようかな……!?)



 そう思いかけた時、ドゴォんと大きな土を抉るような大きな音が階層に響いた。二階層は一階層とは違い、特に入り組んだ道はない。ずっと平野のようでそこにダンジョンが湧く。


 大きな大きな部屋のような場所。そこ一杯に響いた音。何かが、来た。居る。そう彼女は感じ取って急いで戦闘のスイッチを入れる、先ほどまで余裕で倒せた敵とはわけが違う。


 一体全体、何が来るのか。ごくりと唾を飲んだ、緊張感が高まってく。大きく上がっている土煙の方向を目視ていると……そこから何かが近づいてくるのが分かった。魔物のようには見えなかった。


 微かな影はまるで人のように小さい。



「あら? あらあらあら? 貴方様は……フェイ様ではなくて」


 

 そこに居たのは綺麗な金髪をポニーテールに結わいている美女、血のような紅蓮の色の眼。スタイルもアリスィアと同等以上のものであった。



 上品な声がフェイに近づいて行く。彼女はアリスィアになんて一切の興味はなかった。



「……モードレッド」

「あら、覚えていてくれてただなんて、ワタクシ感激ですわ♪ お久しぶりですわね、フェイ様♪」



 以前、ポイントタウン領、その地下施設でフェイと激戦を繰り広げたモードレッドが何の因果か再びフェイの前に現れた。



「誰? 知り合い?」

「……以前にな」

「以前より、格段に強くなられているようでワタクシ、たぎってしまいますわ♪ 今ここで貴方様と闘争を繰り広げたい所ですが……申し訳ありません。フェイ様、それはまた次の機会に」

「……」

「うふふ、あぁ、本当に勿体ない♪ フェイ様の熱い視線、火傷しそうな闘気を味見できないだなんて、フェイ様はワタクシと再戦がしたくて堪らないのですわね♪ 本当に残念♪」

「以前の屈辱は忘れていない。ここで、晴らしてもいいが……貴様にはその気は無いか……」

「えぇ、ワタクシがここに来た理由を果たさぬ限り、貴方様とぶつかることはできませんわ」

「……そうか。ならいい、万全で心の底からお前を叩き潰せるときに潰すとしよう」

「――ッ。あぁ、いいですわ♪、 やっぱりフェイ様はワタクシの運命の人♪」」



 焦がれたように、息をはぁはぁと興奮したように吐いて、恍惚な表情でフェイを見ているモードレッド。それを見てアリスィアは引いていた。



(え? 素で引く……何なのコイツ……)




「丁度いいですわ。フェイ様、今朝から色々と騒ぎになっている殺人について何か知っていることはありませんこと? ワタクシ、その犯人を殺すためにここに来ましたの」

「……何も知らん」

「そうですか……」


モードレッドの言葉はアリスィアにとって聞き流せない情報であった。


(こいつ、あの事件の犯人と関係があるの?)



(もし、私が皆が知らない情報をゲットして、犯人を捕まえたら……皆に認めてもらえるかもしれない。そうよ! 朝は都市内のあの重い空気感が嫌でコイツを探してダンジョン逃げるように来ちゃったけど、犯人を捕まえたら一躍ヒーローじゃない!)



 アリスィアが気になってモードレッドに問を投げかけた。


「ねぇ、アンタ……犯人と知り合いなの?」

「……ん? あら、フェイ様以外に人が居たなんて……一体どこからいらしたの?」

「ずっと居たわよ!」

「あらあらあら、全然気づませんでしたわ。ワタクシ、フェイ様以外を見ていませんでしたの。それで、犯人と知り合いか? と言う問いですが……まぁ、その通りですわ」

「どんな関係性?」

「何故そんなことを?」

「放っておけないでしょ。人が死んでるんだから、知っているなら教えなさい」


それも彼女の中にある微かな本音であった。トゥルーと同じで彼女にも正義感が存在している。承認欲求が強い彼女だが、根っこの部分は善なのだ。それによって酷い目に合うのが彼女なのだが。


「はぁ……言っても分からないと思いますが……そうですわね。『光の同期』と言う関係性ですわね」

「光の同期……? なにそれ?」

「そうですわね……話すと長くなりますが……いや、今のは忘れてくださいまし。気軽に話すような事でもないですわ。それに貴方、余計な事に首を突っ込みそうな顔していらっしゃいますし」

「……どんな顔よ!」

「そう言う顔ですわ……さてさて、ワタクシは殺人犯を虱潰しにダンジョンを探しますわ。フェイ様、お気を付けくださいまし。ワタクシの知り合いは……中々の面倒臭い男ですので。夜になったら動き出すことが多いですので早めに宿にお戻りになることを進めときますわ」

「……」

「では」




それだけ言って彼女は二人を通り過ぎていってしまった。これは本来ならモードレッドとアリスィアが出会って、少しだけ話をするイベント。微かに出てきた『光の同期』これが犯人だと知る彼女。


関わらない方が良いと言われたが、アリスィアと善意と利己の願いが悲劇への片道切符を作ってしまう序章であるイベント。



――そして、運命とは皮肉であり、悲劇への片道切符が生成された



(夜になったら動き出す……なら、夜に自由都市内を見張ってやるわ!)




彼女はそれを辿ってしまう。悲劇への片道切符で電車に乗ってしまう。




(――これ、主人公である俺のイベントだよね? 知ってました。だから、犯人がどこに居るのか、ずっとダンジョン内を細かく探していたんだけど……そうか、夜に動き出すのか。夜は都市の警備隊になります。だが、一応、それまでダンジョン内を綿密に探そう)




そして、とある男もパスポートを発行した。新幹線で鬱を駆け抜ける。




◆◆




フェイは夜遅くまでダンジョンに潜り続けた。まるで何かを探しているかのように。時間と言う感覚が分からなくなるほどに、鬼気迫るフェイの姿にアリスィアは何も言えなかった。


そして、夜遅く。遂に二人はダンジョンを出た。


「アンタ、遅すぎなのよ! やりすぎよ! 訓練馬鹿!」

「文句を言うなら勝手に帰っていればよかっただろう」

「だ、だって……アンタの頑張る姿見てたらそんな事言えるわけ……ち、違くて、その、何か言えなかったの!」



夜遅く。二人はダンジョンを出て、ギルドを出た。外は真っ暗で静まり返っている。昨日の殺人もあってか、飲み食いしてどんちゃん騒ぎの音も聞こえない。


「さてと、ほら、アンタは帰りなさいよ」

「……俺はこのまま自由都市内を回る」

「はぁ!? 何言ってるの!? あの、モードレッドとか言う奴が、今自由都市内に殺人犯が居てそれは夜動き出す可能性が高いって言ってたじゃない!!」

「だからだ。俺が捕まえる」

「……止めはしないけど」



(私も、一緒に行こうかな、一人だとちょっと怖かったし)



「君達!」

「え、あ、はい?」

「こんな時間に何をしているんだ! 早く宿屋に戻りなさい! 殺人があったのを知らないのか!?」

「え、えと、その」

「カップルが肝試しをしていると見たが、命を大事にしなさい!」

「いや、カップルじゃないわよ!」



いきなり話しかけてきた鎧をまとった男。髭が生えており、正義感が強そうだった。



「俺達が朝から、自由都市内を見回っているのは知っているだろう。まだ、犯人は捕まっていないんだ……ここだけの話、他にも死体が見つかった。捜索隊が何人か殺されたらしい」

「うそ……」

「大手レギオンから何人かが捜索隊に組まれていたのにだ……今回の相手はヤバい。こんなことを言いたくはないが他にも死者は出るだろう……その枠に入らないように君たちは早く宿に戻りなさい。目立つような事をせずに、ひっそりと事態が収束するのを待つのが賢明だ」

「……はい」

「そうか、なら、私はこれで」



そう言ってランタンで暗闇を照らしながら男は、もう一人の捜索隊員と合流して去って行った。



「これ以上、犠牲は出せないわ。私も何かしないと……アンタは? って聞くまでもなさそうね」

「俺は俺の為に、その男を見つける」



(なんとしても、捕まえてやる。私が……)




二人が自由都市内を歩き始めた。かなりの数の捜索隊員が居るが、大手のレギオンメンバーが死んで、更に自身の命の保身。そしてレギオンの人員が失われるのを避けるという理由もあってどうしても、監視の穴が出来る。


だが、それでも未だに見つけられなのはおかしい事だった。この都市の冒険者は雑魚ではない。歴戦の戦士たちも今回捜索隊として参加している。



一向に見つけられない未知の相手。




「ねぇ、ここら辺、ちょっと手薄な感じがしない?」

「そうだな。多く人が住むところを中心に回らざるを得ないからだろう」




冷たい風が吹き抜ける。人の声なんて何も聞こえない。家が多少並んでいるが明かりもあまりなくて薄暗くて不気味であった。アリスィアとフェイがすたすたと歩き続ける。


そして、違和感に気付いた。人の音が一切聞こえないからだ。音が何もない、風も気付いたら消えていた。



まるでいきなり、知らない世界に放り込まれたようだった。だが、町並みはそのまま。



あれ? と彼女が目を凝らす。眼の先に大きなカカシのような何かがあったから。



「早々に来たか」

「まぁ、目立つように歩いていたからね」

「俺がやる」

「いえ、私がやるわ」



眼の前のカカシが二人に襲い掛かる、クツクツとカカシのような男は笑って居た。



「ッ……」



アリスィアにとってそれは初めての強烈な殺意だった。本当の狂人、自分よりも格上の殺意。それで彼女は手と足が震え始めた。自分の許容量を大幅に超えてしまっている化け物が眼の前に居る。




「え、あ、え、ああ……」

「下がっていろ、お前には荷が重い」

「あれ? 助けを呼ばないの? 大声とか出せばだれか来るかもよ?」

「お前など俺一人で十分だ。助けはいらん」

「へぇ……まぁいいけど。どっちにしろ、人払いの結界張ってるから、無意味だし。それにしてもそっちの女の子可愛いね? あと、男の君もカッコいい! 二人はギルドから依頼された警備隊なの?」

「違う」

「へぇ、ボランティアね。優しいんだ、いいね! じゃあ君は優しく殺そう。まぁ、警備隊も好きだから優しく殺すんだ。僕はさ優しい子で善意に溢れるのが好きなんだ。楽しいからね、ほら、血眼になって僕を探してくれてさ、追われているゲームをやりながら僕は更に人を殺せる。これって、最高だろう?」

「……」

「まぁ、大手レギオン総出と遊びたいけど……あんまり出てこないんだよね、アイツらさ、やっぱり派閥争い? 人員が減るのが嫌だとかさ、悪人だよね。あ、どうしてこんなに話しているのか気になった? それはね、僕は優しいから事前に自分の事を相手に話しておくんだ、殺される相手を知って欲しいんだ」

「……」

「あとね、ここは特殊な結界の中なんだ。声も外には響かない。そして、誰も寄ってはこない、まぁ、暗示みたいな感じ? 凄いでしょ? かなり凄い結界なんだ、まぁ、くっつけられて得た能力なんだけど……」



話に飽きたのか、フェイが刀で斬りかかる、そしてそれを男は剣でしのいだ。


「あ、僕の名前はね、カイルだよ! よろしく!」

「……」

「無視するなんて、君は悪人だ! 僕は君を許さないぞ!」



カイルの剣が振るう。サイコパスのような意味不明で理解が出来ないような話をしていたにもかかわらず太刀筋は見事な物であった。


「君は……痛みありで全身バラバラの刑だな! その後、拷問のフルコース!」

「……」

「……あれ?」



剣がフェイの肌に届かない。刀で全て流される。それどころかカウンターを叩きこまれそうになって一歩下がってしまう程。


「ん? 君……未来でも見えてるのかな? それとも……知ってるのかな? この記憶の剣」

「……」

「んー、同期か、後輩か、それとも先輩なのか、魔眼持ちか、どれとも違うのか。知らないけど……面倒だね」



フェイの脳内にはアーサーの剣舞があった。あっちの方が何倍も綺麗で鋭かった。だから、カイルの剣など大した問題でもない。



「ちょっと面倒だな。君……でも、身体強化自体はそこまでだね。僕なら上からでも叩ける、それに、僕、どちらかと言うと魔術の方が得意なんだ! 先に言っておくよ、僕の手が君に触れたらゲームセット。僕は相手に触れることで五感を奪えるんだ! さっき言い忘れてたよ!」



そう言って地面に手をついた。フェイの足元の地から巨大な棘のような何かがたくさん生えてフェイに襲い掛かる。避けられないと、右足に全力の星元を解き放って離脱する。後ろのアリスィアを守るように何かあれば彼女を庇える位置にフェイは飛ぶ。




「足が痛そう! 可哀そう! 今楽にするからね!」

「っち」



赤黒く腫れてしまった右足を狙われて再び地面から鋭利な棘が噴き出る。右手で全部切るが庇いきれず、血が滴り落ちる。



そして、アリスィアはそれを見ても恐怖で足を震わせていた。彼女に向かっても土の棘が向かって行く。フェイは舌打ちをしながら彼女を庇うために、左足に全力の星元を込めて飛びながら、棘を斬る。




「……ご、ごめんなさい」

「っち……それより」

「っ!? う、後ろ!」


だが、そのすきを突かれて右手で喉に触れられた。振り返りと同時にフェイの意識は深くへ沈んだ……いや、沈んではいない。意識はあるが何も感じないだけだ。



「あ、あぁ」

「あーあ、君を庇わなければ勝てたのかも? それとも僕達を二人きりにしてくれるための処置かな? それよりさ、ねぇねぇ、君可愛いね! 僕の好みなんだ! ちょっと交わろうよ! 大丈夫五感は消してからやるから痛みとか無いから! その後は安らかな眠りをプレゼント!」

「え、あぁ、や、やめて」



彼女は恐怖で動けない。



狂人は彼女に寄った。彼は自身を善人だと思っている。死ぬ前にどんな相手に殺されるのか事細かに説明し、そして、五感を奪ってから痛みが無いように殺すのが流儀でそれが優しさであると感じている。


だが、矛盾するように平気で腕を切ってから痛覚を戻して、悲鳴を上げさせたり自分本位な行いをずっとしている。それにもかかわらず自分は優しいと感じている。言っている事を何一つ守れていない狂人。



このまま、五感を奪われて彼女は陵辱され、そして五感を戻されてからも陵辱を受ける。その後、モードレッドが助けに入り、命は助かるが心身に多大なダメージを受ける。



そして、モードレッドも助けた後は特に干渉もしない、そこへ捜索隊に参加していたラインが駆けつけて何とか保護されるというのが本来の事の顛末だ



狂いすぎている感覚を持っている狂人が彼女に近づいて行く。



フェイは五感を奪われ、目の焦点が合っていない。これが、人生の終着点になるような恐怖をアリスィアは感じていた。


だが……





◆◆

 

 自由都市二日目の俺! これまでの三つの出来事!



 一つ、朝、殺人犯の噂を聞いて殺された人の無念を晴らし、自身のイベント消化の為にダンジョンを探索!



 二つ、ダンジョンでモードレッドと再会。夜に殺人犯が動き出すらしいという情報を聞いた俺はアリスィアと夜の自由都市を探索する!



 そして、三つ、アリスィアを庇ったせいで俺の五感が奪われてしまった!




 はい。今三つ目ですね。ふーん、へぇ、これが五感を奪われるって感覚なのか。へぇー。



 特に普通じゃない? ただ、眼が見えなくて、匂いがしなくて、音も聞こえなくて、感覚も無くて、味もしないって事を除いたら割と普通だよね。


 レレだって、眼が見えなくてもめげずに頑張っている。でも、それって普通だよね? 何が欠けているように見えてもそれが本当に欠けているのか、欠点なのか決めるのは周りじゃなくてさ。俺なんだよ。これくらいで主人公の俺が値を上げるわけないよね?


 それにしてもさ、あのカイルって言ったっけ? 聞いてもいないのにペラペラずっと話してたな。アイツはあれだな。最初は狂人かと思ったけど……



 居るんだよ、少年漫画でさ。


 

 自分の能力をわざわざ説明して弱点を突かせてしまって死んでしまう敵枠がさ。はいはい主人公である俺には全部分かっています。馬鹿だね、五感を奪うなんて能力を暴露するなんて。


 それが分かったら攻略は簡単だよ。



 知ってるかい? 人間の五感には六つ目があるんだぜ?


 今の俺に感覚はない、でも俺は信じている、主人公である俺は刀を絶対に手放したりしないと。俺は知っている。油断した敵が眼の前に居ることを。



 

 なら、後は魂で、直感で動けばいい。至極簡単な答えだ。


 

 五感が奪われたら第六感で動けばいいじゃない。



 大丈夫だ、俺の魂が死んでいない、そこに居るんだ。体を動け、そして……



 そいつを斬れ




◆◆

 



 恐怖で顔が歪んで涙が溢れていたアリスィアの顔が別の意味で驚愕に染まった。


「へ……?」



 アリスィアが理解が出来ない声を絞り出す。カイルと名乗った大男の右腕が宙を舞って、次に左腕そして、腹部を斬られた。



 フェイによって。



「ががぁあぁ!! い、だぁいい!! なんで、五感を!!」

「……」

「はぁあ!? 意味わからない!!! なんでだよ!!」



 次の瞬間再び目を閉じたフェイが切る素振りをしたから、慌てて下がりつつ土の棘を魔術で放つ、フェイの腹部に刺さって血が落ちる。



「あぁっぁぁあああああああああああ!!!! 腕ガァァぁ!!」



 両腕が無くなった。手の平で触れなければ五感を奪う事も出来ない。自分自身もそれは例外でもない。


「があがああ!! なんだよぉっぉ!! お前!!」

「アンタ……」




(嘘でしょ……コイツ……第六感で動いたって言うの……信じられない)



 

 もしかして、あの五感を奪うという能力自体が嘘であったのかもしれないと彼女は思ってしまう。だが、それはあり得ないと彼女は考えを変えた。



 なぜなら、




 両腕と腹部から大量の出血をしてしまったカイルが地面に沈む。痛みと疲労、倦怠感、もう、体が立てるほどの体力を残していない。




「お見事ですわ♪」

「あ、アンタ」

「あら? いらしたのですわね?」



 アリスィアがへなへなと恐怖から解放されて座り込んでしまったその後すぐにモードレッドが焦がれた笑顔で現れた。



「あ、アンタ……どうしてここに?」

「どうしてって……あのノミクズを殺す為ですわ。先ほど、そのように教えたではありませんこと?」

「……もしかして、今まで見てたの?」

「いえいえ。丁度、今、着きましたの♪ ですが、状況は大体察していますわ♪」



 モードレッドはえらく上機嫌であった。興奮していた、両肩を自身の手でさすってはぁはぁと息を漏らして、恍惚な表情で喘いでいる。


 アリスィアは素で引いた、眼の前に訳の分からないモードレッド、両腕が取れて地面に沈んで絶叫を上げているカイルというクズ。そして、ボロボロになった両足を引きずりながら、空想の敵と戦っているのか嗤いながら刀を振るっている悪魔鬼フェイ



 一言で表すとするのであれば混沌カオス。それであった。



「さてと、そちらのノミを排除いたすことにしますわね」

「お前!! モードレッド!! そいつを殺せ! そして僕を助けろ! 同郷の人間だろ!!」

「お久しぶりですわね。そして、相変わらず自分の事ばかり話して……気に入りませんわね。そんなんで善人を名乗るなんて……」

「おい! 殺すのか!? この僕を!!」

「当り前ですわ。光は全部消す……それが血の約束ですの。あぁ、貴方風に殺される相手の事を説明しておきますわ。ワタクシが貴方の暗示結界を破った理由は単純明快ですわ。ワタクシ、自分自身に暗示をかけましたの、人避けなんて気にならないって……」

「は、はぁぁぁ!? そ、そんなんで!!」

「意外とワタクシも狂ってますの。簡単に出来ましたわ。後は単純、人避けと異質を遮断をするという結界を見つけただけ。人避けのつもりが分かりやすい異質を自分自身で再現しているなんてお笑いですわね。完全に人避けなんてしてたらそれはもう、違和感の塊ですわ、もっと色んな事に気を配った方がよろしいのではなくて?」

「がああっぁぁあ!!! クソクソクソ!! 本当なら殺されるはずもないのに!! お前が居なかったらアイツを殺せたのに!!」

「あらあら? 死ぬ前になってようやく愉快なジョークを吐けるようになりましたわね。貴方は完全に負けましたわ。フェイ様に完膚なきまでに負けたんですわ♪ 少ししか見ていませんが……あの小娘を戦いに巻き込んだ時点で貴方は二流以下、そして、五感を奪って慢心して両腕と腹を斬られた。負け負け負け。完全な負け。醜いやり方で目も当てられない敗北をした弱者。それが貴方。絶望を抱いて、お眠りなさいな」

「あぁぁあぁ!! マテ! ここには、もう一人! 居るんだ! そいつの情報を渡すから!!」

「それでしたら、死んだ後に触れれば万事解決ですわ。貴方もそれは知っているでしょに。最後まで見苦しかったですわね。フェイ様なら自分自身で腹切って死んでいる所でしょうに」

「ま、待て……」



心臓に剣を一刺し。それによってカイルは絶命をした。血を流しすぎてもう、体の中に血が足りていなかったのだろう。死んだカイルに対して彼女は手袋を外して右手で軽く彼の手に触れた。


「……なるほど。悪童も来ているのですわね。丁度いいですわ。一気に二人も潰せるなんて……もう少しだけ、この都市に居ることにしましょう……フェイ様もいらっしゃいますし♪」


カイルを殺した後に、モードレッドはフェイを見た。未だに刀を振り続けているフェイ。覚悟がガンギマリのフェイが、血だらけで嗤っている。その姿を見るだけで彼女は心臓が跳ねて、下半身が熱くなる。


「あぁ、嗚呼、アア、やっぱりフェイ様は素敵ですわ♪」

「……ん?」

「あら、五感が戻ったみたいですわね」

「……モードレッド」

「ええ、何度も良く会いますわね。やっぱり、これはフェイ様とワタクシの運め……おっとっと、危ないですわ」




五感が戻った瞬間、フェイは血を流しすぎて気絶をする。そんなフェイに急いで駆け寄って体で支えるモードレッド。



「あら、意外と寝顔は可愛らしい……これはこれは……良い物を見ましたわ♪」



てしてしとフェイの頬に触れたり、眉を撫でたり、たった今出血多量と疲労で気絶をした相手にするような仕打ちではない。どこぞのパンダも酸欠で気絶をしたフェイを膝枕して、てしてしと触っていたがやはりどこか二人は似ているのかもしれない。




「おい、そこのお前!」

「あら? 結界も解けたのですわね」

「ッ! アリスィア……お前、その死体は……」



カイルが死んだことで人払いの暗示結界が解けて、ラインがその場所へ足を踏み入れることが出来た。血だらけのフェイ、知らない男の死体。そして、疲労と恐怖で知らないうちに気絶をしてしまっているアリスィア。



「あぁ、この方はこの自由都市内を騒がせていた殺人犯ですわ。そちらで引き取ってもらえると助かりますわ」

「悪いが、お前にも聞きたいことがある」

「申し訳ありません。ワタクシ、フェイ様と言う心に決めた殿方が居ますの。ですので貴方のお誘いを所諾するわけにはいきませんわ。それに、フェイ様の治療を早くしないといけませんし……では、さようならですわ……あ」



フェイを連れてどこかに去ろうとしていたモードレッドが気絶をしていたアリスィアに気付いた。正直言えば彼女からすれば一切の興味がない少女。だが、彼女はずっとフェイと一緒に居た。


ダンジョンであった時も、そして今も。フェイの関係者なのか、まさかとは思うが恋人ではないと考える彼女であるが、フェイの連れであることに変わりない。


「少しこの方はお借りしますわ。ではでは、あとはよろしくですわー」

「逃がさん、ッ」



モードレッドがフェイとアリスィアを背負ってどこかへ逃げようとしたので、剣を抜いてラインは逃がすまいと意識を向ける。そして、二人に、万が一でもアリスィアに剣を当てないように剣を振るが……気付いたらモードレッドは後ろに居た。



「遅いですわよ。中々素材は良さそうですが……覚悟もそれなりにありそうですわね……ただ、フェイ様を見た後だと随分薄く見えますわ」

「ッ、待て!」




モードレッドはどんどん遠くへ離れていく。彼女を追うが間に合わない。二人も背負っているというのに、追いつくどころか離されてしまった。


こうして、自由都市を騒がせていた殺人犯は一応、捕まった。



◆◆




日記

名前 アリスィア



起きたらどこかの宿屋のベットであった。昨日は色々あって日記など書く暇なんて無くて、気絶をしてしまったので思い出しながら三日目の朝に昨日の分を書いていきたいと思う。



先ず、フェイに会ってダンジョン潜って、モードレッドとか言う異常者に会った。認めさせるために殺人犯を捕まえるために夜の自由都市を探索することにした。



そこで、訳の分からない狂人、カイルとか言う気持ち悪いサイコパスに出会った。怖くて、私は動くことが出来なかった。何も出来ずに逃げるという選択肢すら頭の中には無かった。



フェイが代わりに、いや率先して戦っていた。ただ、見ることしかできない自分が恥ずかしかった。そして、フェイが私を庇って、足を怪我して、五感を奪われてしまった。



この時。私は終わったと思った。そして、後悔をした。私がもっと強かったら、もっとフェイのように逞しかったら。彼と一緒に戦ってどうにかなったのかも入れないと考えた。でも、時は既に遅い。私に向かってサイコパスがニタニタ嗤いかける。あんな邪悪な笑顔は初めてだった。


この後、私がどんな目にあうのか恐怖だった。怖くて泣いてしまった。弱さを見せないと誓ったはずなのに。



もう、終わり……そんなシリアスで鬱な考えは次の瞬間に消し飛んだ。五感を奪われているフェイが動いて、両腕と腹をぶった切った……血が沢山……思い出したくない……怖い。



それより、動いてたんですけど? 五感云々はどうしたの!? ええ!? モードレッドが再び登場、何かはぁはぁ言ってたし!?



あの気持ち悪いノミは絶叫してたし!



フェイはずっと、目の焦点あってないのに嗤いながら血だらけで刀降ってるし……!! フェイが一番印象が強い、本当にヤバいと思う。怖くて怖くて。一周周って怖い。



あの、私……まだ、ここにきて二日目なんですけど……。確かに私って巻き込まれ体質あるけど……ちょっと、二日間の内容が濃すぎませんか……? フェイなんて二日連続で大怪我してるし……。


フェイって怪我しても、全然へっちゃらって感じだし……これが駆け出しなんだ。冒険者ってこんな感じのが沢山いるのかな……益々この都市が怖くなって来た。



でも、フェイが大怪我したのって私のせいなのかな。フェイは私の為とかは考えていなそうだけど、私が原因で怪我をして、私を守るために傷を負ったわけだし……私に色々と責任がある。



本当にごめんなさい……



あと、朝起きたら全裸でモードレッドがフェイに抱き着いていたのは……一体何だったんだろう。寝たふりをして気付いていないふりをしたけど……二人ってもしかしてそう言う関係なの?



知り合いみたいだったし。元カレ、元カノ、セフ……なんでもない。ただ、なんかモードレッドが引きずってる感と言うか興味ありげと言うか、反対にフェイが一切興味無さそうだから……フェイから別れでも切り出したのかもしれない。



◆◆




 俺は目覚めた。起きると傷は全然痛くない、そして何処かの知らないベッドの上で寝ていた。


 隣にはアリスィアが寝ている。何だか狭い。そして、更に誰かが俺の上に乗って寝ている。一枚、薄い掛布団が引いてありそれで隠されているので一体だれが上で寝ているのか分からない。


 布団を剥がすと……全裸でモードレッドがスヤスヤと寝ていた。俺が掛布団を剥がすと彼女は眼を開けて、俺と目が交差する。



「あら、フェイ様……おはようございます♪」

「……貴様が俺をここまで運んだのか?」

「えぇ、その通りですわね♪ ワタクシが運んで治療を致しました♪」

「手間をかけた」

「いえいえ……あら? フェイ様もちょっと可愛い所があるんですわね♪ ワタクシから眼を逸らして照れているんですの?」

「率先して見るような物でないからだ」

「ふふ、そういうことでしたのね。少しくらいならおいたをしてもよろしいですけど……フェイ様、女性慣れしてますわね? ワタクシのこんなあられもない姿を見てもただ、逸らして眉一つ動かさないんだなんて」



主人公は朝チュンは基本だから。一々驚くような事でもないだろう。朝起きたら全裸の女のと一緒に寝ていたなんてことは割とよくある話だ。


流石に美人、イルカであっても美人だから多少の心の揺らぎはあるが……それを一切出さないのが俺である。



「どうでもいい、服を着ろ」

「はい、今すぐ着ますわ……実はワタクシ寝る時は全裸でないと眠れませんの。ご不快に思わせてしまったのなら申し訳ありません」

「気にしてない」



よくあるよね。寝る時は全裸ではないと眠れない症候群。これはあるあるだよ。こういう輩は何処でも居るから別に気にする事ではない。



朝チュンと寝る時は全裸ではないと眠れない症候群はセットの場合が多いから、朝チュンをした時からお前がその症候群であった事は予想出来ていた。



「フェイ様、今日はどうしますの?」

「ダンジョンに行く」

「流石フェイ様。昨日死にかけたのに今日も修羅の道を歩くだなんて……ワタクシ、興奮しますわ」



 何を言ってんだコイツ……



「ですが、お気をつけてくださいまし。どうやらもう一人、面倒事を持ち込む輩がいるようですので」

「そうか」



へぇ……きっと俺のイベントだろうな。そんな事を考えているとモードレッドが俺の腹筋を触っていた。



「あぁ、この筋肉をお別れをしないといけないだなんて」

「おい、離せ」

「えぇ、離しますわ……一晩中、色々と使わせて頂きましたし。その温もりを忘れないようにいたしますわ」




 本当にこいつ、一体全体何を言っているんだ。やっぱり、アーサー関連って変な奴が多いな。昨日の男もアーサーと同じ剣技だったし……



 ……まぁ、アーサーの方が比べ物にならないほどに剣技は見事だったけど。



 さて、モードレッドは用事があるからと言って出て行ったし……俺もダンジョンに潜るか!! 三日目、どんなことが起きるのか、楽しみだぜ!!


 一日目にリザードマンとの死闘


 二日目に狂人に五感を奪われて死にかける。


 三日目も期待してるぜ!!



 






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