第29話 アーサー

 冬の孤児院、洗濯物が異様に冷たく手に吐息をかけて寒さをやわらげながらマリアが洗濯物を干していた。


 孤児院の子供たちは沢山いる。だから、洗濯物も多い。全部干し終えたマリアは一息ついた。


 一息つくと彼女はあることを思い出す。それを思い出すと彼女は、はぁと溜息を溢す。焦がれて冷たい風が頬に当たるのに彼女の顔はどこか熱を帯びていた。


 マリアはフェイから貰った黄色のハンカチを出す。微かに香るフェイの匂い、あまりにも紳士的な対応。


 そして、あの反則ともいえる微笑。


 それらがマリアの心を強く締め付けていた。特にマリアの心に残っているのはフェイが一瞬だけ見せた見間違えともいえる笑顔。あれは都合よく見てしまった幻想なのか、本当にマリアとリリアに向けた笑顔なのか、真実は分からない。


 

 それでも、脳裏に焼き付いて離れない。ため息が絶えず、彼女から漏れる。



(やっぱり、私、フェイの事……好きなのね……)



 彼女は改めて自覚する。



 フェイのあの笑顔。完全なる反則中の反則。



 ――クール系の偶に見せる微笑はマリア&リリアに効果は抜群だった。



 普段無表情の癖に稀に笑顔を見せるというクール系主人公の基本、いや、。普段から表情筋を殺しておいて、ここぞとばかりに表情筋を蘇生するというクール系にのみ許された専売特許。


 それを無自覚に成してしまったフェイは鈍感系である可能性が僅かに出てきたのかもしれない。


 鈍感系主人公と言うのは非常に質の悪い存在である。ヒロインを惚れさせておいて、全く触れないで放置プレイをするようなものなのだから。


 フェイも無自覚で微笑を見せておいて、スルーするという愚挙をしてしまった。しかも、普段仏頂面だから見せてくれたのは私達だけだとマリア&リリアは考えてしまう。


 本人のいないところで美人を曇らせる、想いを増幅させるという荒業。マリア&リリアはそのドツボにハマってしまっていた。



(はぁ……でも、私はお母さんみたいな感じにも見えるし、フェイはそんなことないって言うけど、フェイの周りには若くてかわいい女の子沢山いるし。諦めて楽になった方が)

(ダメ! ふぇいは諦めない!)

(そんな事言っても)

(じゃあ、マリアは諦めればいいじゃん! わたしは諦めない! ふぇいが好きなんだもん!)

(そ、そんな事言っても、私と貴方は表裏一体なのよ……)

(わたしはふぇいを諦めない! 絶対に!!)



マリアの脳内リリアがマリアのラブコメを全力で諦めさせてくるような状況。マリアとしては微かに年齢の事が心に引っかかっている。



好きになってしまった。一緒に道を歩みたいと思ったけど……どうしたものかと考える。フェイに復讐の道を行かせたくないと考えても居る。


そこに脳内リリアの大騒ぎが混ざり合って結局、結論は何も出なかった。ただ、マリア&リリアのフェイへの好感度がただ上がっただけだ。



◆◆



 新人聖騎士たちはとあるイベントが起こることに浮足立っていた。大都市リナリーに存在する円卓の仮城えんたくのかりじろ、そこで年越し前に毎年新人たちを鍛えるために行う遠征訓練合宿。


 遠征訓練は幾つもあるが、その内の一つ、無属性しか魔術適正を持っていない者は非推奨とされている。二等級聖騎士マグナスによる訓練。


 メイン主人公であるトゥルーとアーサーの無双するイベントとして有名である。多少訓練に四苦八苦する場面もあるが、模擬戦に置いて異常な強さを発揮して周りからちょっと引かれる。


 そんな二人が若干ハブられながら、結局二人の仲を深めるという色んな意味で忙しいイベントである。


 本来ならフェイはそこに居ない。無属性のみは無能であるとマグナスが考えており、訓練に呼ばない、来たとしても何も教えず騎士団の退去を進めようとする。そんな場所に本来のフェイは行かず、訓練が面倒くさいとそもそも彼自身も行くつもりはない。


 しかし、今のフェイは……どうなるのか。それは誰にも分からない。





 フェイがいつものように訓練をし、ハムレタスサンドを買いにパン屋に行っていた。その時に偶々エセとカマセに遭遇する。


 

「なぁ、フェイは明日からの遠征合宿どうするん?」



 エセがフェイに聞いた。それを聞くとフェイは微かに眉を顰める。何の話だ、続きを話せと眼でで訴える。



「え? 知らんの? 都市リアリーで行うって言われとるやろ? 新人聖騎士は」

「あ、もしかして、無属性だけの奴って非推奨だから……フェイは知らないんじゃ」

「え? マジで無属性だけって拒否られるんか!?」



 驚いたようにエセがフェイを見る。フェイは何か考えるような素振りを見せる。


「僕様が聞いた噂だと、無属性だけだと聖騎士としての可能性はないって考えてる聖騎士が訓練を取り締まってるって……」

「なんでや? どうして、無属性だけが」

「何でも……偉い聖騎士の兄とか恋人が無属性だけで聖騎士をしてたけど、死んでしまったらしい。そこから無属性だけは命を捨てる愚行とか考えるようになったらしいぞ。僕様はそこまでしか知らん」

「なるほど……大切な人が死んでしまった事で、考えが反転してしまったんやな。命を賭けて聖騎士をするのを命を下水に捨てる愚行と考えて、そう言う聖騎士に引導を渡したり、別の道を示したりする……歪んだ優しさってやつやな」



 解説要員として板についてきたエセ。そして、データバンク、情報を引き出すカマセ。二人によって勝手に話が進んでいく。フェイはそれを聞いてどういう状況かと大体納得したような表情になる。




「多分やけど、フェイは行ったら面倒な事になるで」

「そうか……では、行くとしよう」

「そう言うと思ったで!」

「実は女の子たちが沢山いるから一緒にナンパに誘おうと思ってたんだ! ぐへへへ、頑張る姿を見せて、そのまま部屋にお邪魔して据え膳食おう!」

「ええなぁ……アルファちゃん達も来るんやろ?」

「まだ、狙ってたのか!? 僕様も狙ってたけど」

「まぁ、第一希望はあの子達で二番三番って考えておいた方がええわな」

「確かに」




 パン屋でそこそこのクズな事をそこそこの音量で話す二人、それを周りは呆れたように見ていた。一方フェイは興味が一切なくなったのでハムレタスサンドを買って店を後にした。




■■



 フェイはエセ達と別れ、ハムレタスサンドで小腹を満たした後、再び訓練に戻った。刀を振るって己を鍛える。


 ユルルも朝の訓練以外にもフェイの訓練に付き合う時もあるが今日は居ない。そして、それをまるで、狙いすましたかのように自称お姉ちゃんが現れる。



「フェイー、お疲れー」

「……」

「……ん?」



無視。フェイはアーサーを無視。アーサーはフェイが返事をしてくれない事に首を傾げる。だが、アーサーは自分の挨拶がフェイが聞こえていないんだなと結論を出した。



「……あ! ふぇいー、おつかれー」

「……」

「……むむ?」



無視、またしても無視。そして、アーサーはまた挨拶が聞こえていないと頭の中で考える。



「……フェイー、おつか――」

「聞こえている。聞こえていて無視をしているのが分からんのか?」

「あ、聞こえてたんだ」


アーサーは聞こえていたことに安心する。そして、ある疑問が湧いた。


「何で無視したの?」

「逆に聞くが、なぜ貴様に挨拶を返す必要がある?」

「もしかして……お姉ちゃんみたいな女の子と話すの恥ずかしいの?」

「……質問を質問で返すな」

「フェイも質問を質問で返してた。ふふ、フェイってちょっと天然でおっちょこちょいなんだね、可愛いー」

「……」


ちょっと論破されて、からかわれているような馬鹿にされているような気分になりフェイの額に青筋が浮かぶ。基本的にクール系を貫ているので可愛いとか言われるのがフェイは好きではない。


ここで、フェイってスタイリッシュ! と言うことが出来たら多少好感度も上がるのだが、小松菜と話せるだけで舞い上がってしまっているジャイアントパンダにそんな器用な事が出来るはずもない



「フェイってやっぱり、弟みたいでめちゃ可愛い。弟君って呼んでもいい?」

「……」

「あ、また無視してる。可愛いなー、弟君は」

「黙れ」



勝手に進んで、勝手に道を逸れるアーサー。流石のフェイも我慢の限界。刀をアーサーに向ける。



「貴様の口は随分煩わしいようだ。少し、お灸をすえてやる、剣を抜け」

「うん、お姉ちゃんが色々教えてあげるね」

「……」




フェイが刀を鞘に納める。再戦であった。一体今まで何度フェイはアーサーに負けて来た事か。フェイは今度こそぶちのめすという気迫が感じられる。一方アーサーはいつも勝っているからか余裕が僅かにある。


フェイが新たに刀を手にしてから初めての再戦。


フェイが刀を鞘に納める。抜刀術の構えだ。アーサーはフェイが何か新しい事をするのだろうと感じ取り期待をする。


「じゃ、いくよ」



軽くそう宣言してアーサーがフェイに近づく。距離は三メートル、まだ、そしてまた一歩とフェイに近づく。だが、まだ抜刀術を繰り出すタイミングではない、だが、それなのにフェイは右腕を動かした。


アーサーまでの距離が足りない。にもかかわず刀を振るう。


――刀を鞘から抜かずに。


抜刀術、そう思えた彼の刀は、鞘と刀身がつながり、通常の刀身よりも長い弧を描く。


抜刀をせずにそのまま振るう事で本来よりも一歩遠い遠距離の攻撃を繰り出す。振った時に刀の鞘が刀身から伸びるように敵に繰り出される。


完璧な不意打ち。だったのだが……アーサーの右目が怪しく光っていた。入試の時、菫色の左目が光っていたがそれと近しい微かな輝き、蒼の眼が刀身の長さを既に見抜いていた。



フェイの不意打ちをあっさりと避けてフェイの懐へ飛び込む、フェイも避けられた時の事を想定していたのか再び、振り切った刀を構えてアーサーに突っ込む。



そして……フェイの刀が宙を舞った。



アーサーは一連の戦闘を振り返る。確かに自分は勝った。でも……と



(やっぱり、フェイって凄い……何か怪しいと思って右目使ってしまった。使わなかったら、負けてたかも……危うくフェイに初めてを取られるところだった……)



「ワタシの勝ちだね」

「っち」



舌打ちをして飛ばされた刀と飛ばした鞘を拾う。アーサーはいつものように満足気でどこか焦がれているような目線を向ける。



「フェイ、強くなったね。ワタシも未来が少し見える、前兆の魔眼を使わなかったら危なかった」

「……魔眼か」

「うん。右目と左目でそれぞれ効力が違くて、普通は魔眼って相手に暗示とかをかけるんだけど、それだけじゃない変わった能力とかある場合もある」

「そうか」

「だから、ワタシに右目が無かったら本当に危なかった。えへへ、フェイに初めて取られるところだった」


ちょっと嬉しそうに笑うアーサー。そんな彼女を見ても特に何とも思ってないようなフェイ。


「でも、この魔眼未来からのフィードバックが凄くて頭痛くなったりするから連発は出来ない」

「そうか」


色々と説明をするとアーサーが少しだけ雰囲気を変えてフェイに話しかける。



「ねぇ、前の約束覚えてる」

「……」

「あの、月の下でワタシを倒して、背負ってくれるってやつ」

「……それがどうした」

「なんでもない……覚えているのか気になっただけ」

「そうか」



それだけ言ってフェイは再び刀を振り始めた。フェイが必死に頑張る姿にアーサーは頬を赤くする。


(ワタシに追いつこうとしてくれる……フェイはワタシを一人になんて……してくれない……)


(もっと、色々話したい……からかったりしたい)



(一緒に、おでかけとか……手を繋いだり……もっと、凄い事とか……)



「フェイ」

「……なんだ? 手短に話せ」

「あ、……えっと……フェイって」



思わず彼女は躊躇した。その先に彼女はどんな女性が好みかと本気で聞こうとした。いつも意味不明な考えをしているが、アーサーは本気で聞きたかったのだ。



「どんな、その……なんでもない」

「なんだ、そこまで言ったのに言わんのか。よく分からん奴だな」

「うん、ごめんね……」

「……謝る必要はない」



それだけ言ってまた素振り。


たった今、負けたというのに直ぐに彼は立ち上がって再び闘志を燃やす。その鬼気迫るフェイの素振りに思わず、息を彼女は飲んだ。誰よりも高みを目指し続け、何にも絶望をすることなく、どれだけ高い壁も超えていこうとする崇高な姿勢。



(……凄すぎる。精神が強いとか、そう言う次元じゃない……不屈の魂、ワタシが見習うべきフェイの姿……)



(フェイって……何者なんだろう……)



(凄い、逞しい、強い、知ってるけど、本当に分からない。どこまでその強さの深さがあるのか)



 偶に彼女は分からなくなる。フェイと言う存在の底知れなさに理解が一切及ばなくなる。それが悲しくもなる。


 だって、彼女は、アーサーと言う少女は……




「ねぇ、もう一回模擬戦しよ」

「……構わんが」

「ワタシ、フェイと沢山、交わりたいから模擬戦したい、嬉しい」

「……」



少しでも、フェイとの二人きりの交流を増やしたいと思うアーサーであった。恋心だと彼女は分かっているようで分かっていない。


でも、一緒に居たいと思うのは本当であった。




◆◆



 ハムレタスサンド行きつけのパン屋さんで買っていたらエセとカマセに遭遇した。


 え? 遠征合宿? 聞いてない……ふむふむ、ほぇ、無属性だけの人はお断りみたいな感じなんだ。


 これは行くしかない。と言うか主人公である俺のイベントでしょ? 敢えてアウェーな空間に飛び込むって奴ね。


 求めてるのよ、そう言うイベントをさ、努力系だから。荒波に飛び込んで水を飲み干すくらいの無茶ぶりを俺は求めてる。


 それにしても……


 エセが解説員として順調に育ってるなぁ。もう、情報が分かりやすい、そして、情報を的確に出してくれるカマセ。偶にいるんだよね、どうしてそんな情報を持っているのって感じのキャラが……いいじゃん、そのまま頑張ってれば準レギュラーくらいとれるかもよ?



 そして、二人と別れて素振りをしていると。あ、野生のジャイアントパンダが飛び出してきた。



 お姉ちゃん感が素でウザイ。



 そろそろ叩き潰してやろうと思ったけど負けた。秘策もあったのに負けた……ジャイアントパンダライバル枠だからなぁ……。


 そこら辺のライバルとは一味違うね。何て言ってもジャイアントパンダだから。


 未来が見える魔眼って何だよ。まるで主人公みたいな能力だな、あんまり連発は出来ないらしいけど。


 左右にそれぞれ違う能力ねぇ……益々特別感があるな……。主人公……みたいだな……



 惜しいなぁ。性格の難と俺と言う存在が無ければ主人公に成れたかもしれないのに。でも、こいつ、本当に強すぎないか?



 両目に魔眼、特別な魔術適正、強い、確かに強い。これは認めるしかない。今まで2015戦して2015敗を俺はしている。


 正直悔しい、ここまでやっても勝てないとは、もしかしたらアーサーは裏ボスかもしれないと勘ぐってしまう。


 俺は新武器と手に入れたのに……負けた。もしかしたら、あと何千回、何万回戦ってもアーサーには勝てないんじゃないかって俺は今回で思ってしまった。



 アーサーと言うライバル枠に何万回挑んでも、俺は勝てないかもしれない……



でもさ……俺は思うんだ。



一億回負けても、一兆一回目に勝てばよくないかって……



一京回負けても、一垓一回目に勝てればよくないかって……



うん、そうなんだよ!!!


たかが何千回負けたくらいでへこたれてたら主人公ではない。不屈の闘志で俺は不死鳥のように何度も蘇らなくてはならない!!!




だから、頑張る!!! 気合いだ! 気合いだ! 気合いを入れて素振りをするぞ!!



アーサー。俺はお前を超えるぞ!!



だけど、弟君呼びは許さん、バカにするのもいい加減にしてくれよ!!



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