第25話 ロマンス小説系主人公

 ある場所で任務が発注された。貴族、ジョニー・ポイントタウン。領民に優しく、誠実。ポイントタウン現当主である。冬になり、ホワイトウルフが領内の家をよく荒らしたり、人を襲ったりしてしまうらしい。


 冬になると一部の魔物は活動を停止し、冬眠などに入るが逆に冬になると活動が活発になる魔物も居る。それがホワイトウルフ。ハウンドの色違い白いバージョンの魔物である。狡猾で数が多く、対処に手間がかかる。その為にフェイ達が派遣された。


 ポイントタウン領。広い領地、感じの良い領民、優しい空気感全てが理想の領地と言える。



「あ、フェイ、あそこに美味しそうな串焼き売ってる。買ってきてあげようか?」

「いらん」



 姉面をするアーサーなど相手にもしないでフェイは歩く。彼の前にはトゥルーとサジント、横にはアーサーと苦笑いをしているユルル。本来ならユルルを除いた四人が任務に派遣され、トゥルーの隣にアーサーが居て話をするのだが、そんな原作など彼らは知る由もない。



 五人は依頼を発注したジョニーの屋敷へと到着する。白を基調とした美しい二階建ての屋敷。窓、屋根、壁、それぞれが淀みなく家を構成している。この家に住む者のセンスがヒシヒシと感じられる。


 尋ねた事を伝えると屋敷から出てきたのは茶髪の男性。若さはないが、若者にはない大人の魅力を感じさせる優しい笑みを浮かべている。


「わざわざありがとうございます。ささ、入ってください」

「ありがとうございます」


 サジントが代表をして挨拶をし、中に入る。外装もさることながら内装も素晴らしかった。


「う、うわぁ、凄い綺麗。……私の家もこんな感じだったなぁ」


 ユルルが内装の美しさに驚きながら懐かしさも感じる。どこか寂しさも彼女は感じるがそれを表情に出すことはない。


「ちょうど、お茶が湧きましてね。お茶をしながら話しましょう。メイ、頼むよ」

「はい。ジョニー様」



 高い女性の声がする方向を見ると、赤い髪、黄色の眼をしており、スタイルもジャイアントパンダ並みのメイド服を着ている美女がいた。その女性とユルルの眼が合い、互いに驚きに眼を見開く。


「め、メイちゃん……」

「ゆ、るる、お嬢様……」

「メイ、知り合いなのかい?」

「はい。メイが以前お世話をしていたお嬢様であった方です」

「なんと、そうだったのですか」

「は、はい……こ、ここで働いていたんだ……」

「その、お久しぶりです……お嬢様」

「もう、私はお嬢様でも何でもないですから、気を遣わないで大丈夫だよ……」

「いえ、メイにとってユルルお嬢様は仕えるべき立場でなくても、大事な方には変わりありません」

「め、メイちゃん……」



 ユルルがまだ貴族であった時、ガレスティーア家が没落をしていなかった時、ユルル専属でお世話をしていたメイドであるメイ。元々は行く当てのない子供であり、それをユルルの父が引き取り、年の近いユルルのメイドとした過去がある。


 ユルルの二歳年下で、話も合う。立場と言うのはあるが主従関係よりも友達の関係に近かった。ただ、ガレスティーア家が没落し、ユルルは聖騎士として活動をし、互いにすれ違い会う事もなかった。


 行先は互いに知らず、メイは冒険者として活動をしていた。その時、魔物に襲われたジョニーの妻を助けた事で気に入られ、この屋敷のメイドとなったのだ。


 本来ならもう会う事もなかった二人が再会をした瞬間である。



「どうやら、互いに話をしたいことがあるようですね。私の事は気にしなくていいですから、ここを出てお二人で話されてはいかかでしょうか?」

「ジョニー様……よろしいのですか?」

「構わないよ」

「あ、ありがとうございます」



 ジョニーの勧めで二人は部屋を出た。残された四人でジョニーからホワイトウルフの被害について説明を受けながら茶を味わった。




■◆



 ホワイトウルフが出現するのは人が寝静まった夜が多いので、それまで自由時間を過ごすことになったフェイ。彼は特に意味もなく、領内を歩く。アーサーが一緒に来ようとしたが素早く振り払ってクールに孤高を彼は貫く。



 フェイが頭お花畑に歩いていると、前からユルルとメイが楽しそうに話しながら歩いてくるのがフェイには見えた。


「あ、フェイ君ー!」


 フェイに気付くと手を振って、近寄ってくるユルル。いつものように笑顔が煌めている。それを見てフェイは思う。




「この方が、先ほどお嬢様が言っていた……」

「うん! 私の弟子なの!」

「なるほど、そうなのですね」



 ユルルが笑顔で肯定をする。メイはそれを見て全てを察した。話を聞いてユルルが如何に苦労をしたか、そして救われたのかそれを理解していた。その中でも特に口調を強めていた男、フェイ。


 これで分からないほど、メイは鈍感ではない。ユルルが恋をしていることを察した。だが、同時にフェイに不信感を抱いた。


(まるで、虚空のような虚無感。彼の眼はこちらを向いている。それなのに、メイ達を別の何かと見ているような……何か他に常人では考えつかないような何かを、頭の中ではじき出しているような……)


 フェイの眼、それはメイと言う存在が未だ体験したことがない異様な眼であった。


(こんなにもユルルお嬢様に好意を向けられているのに……それに気づかないほど愚かには見えない……感情のないような眼……一体)


「あ、メイちゃん。大丈夫?」

「はい、少しだけ、考え事をしてしまいました。お気になさらず……フェイ様、以前、ユルルお嬢様の専属ドとして働いていた、と申します」

「――そうか」



フェイの眼が僅かに興味を持ったようにメイに向いた。


(……メイを見ている? 一体なぜ……もう少し、探りを入れてみるか。お嬢様が惚れこんでいる男がどんな存在なのか気になる)



相手から聞き出すときは自身を開示することが一般的である、相手に話させたいなら、先ずは自身がさらけ出す。それが基本である。


「はい。メイはユルルお嬢様の元で毎日、杯働いておりました。その後、ユルルお嬢様は度重なる不幸故にメイとは離れ離れに……まさに気がるような過去でありました。ですが、こうやってお嬢様と楽しく再会できたのは貴方様のおかげでしょう。ありがとうございます。フェイ様」

「……」

「ユルルお嬢様に貴方様が如何に素晴らしい方かはお聞きしました。ですが、メイはもっと貴方について知りたくなりましたので、その、よろしければ――」

「……」



――フェイ様の今までの事を詳しく教えてくださいませんか? と、メイはフェイについて聞こうとした。だが、そこで気付いた。フェイの視線が自身に釘付けになっていることに。



ユルルが居るのに、彼の眼は彼女ではなく、先ほどまでの虚空を見るような眼も、彼女に、注がれていた。



(え……?)



 

 目は口程に物を言うと言う言葉ある。メイはそこであることを察した、彼女は察しが良いメイドなのだ。『そんなに分かりやすい好意』があるのかと



(もしかして、この方……メイに恋をしてしまったのでは?)



(先ほどまでの虚空のような眼。もしかしたら、今まで愛するような存在が見つけられなくて誰も瞳に写すことが出来なかった。でも、丁度そこに可愛いメイが現れて一気に恋に落ちた?)



(なんか、そういうロマンス小説読んだことあるー!!)



 メイは察しが良く、ロマンス小説が大好きなメイドである。



(も、申し訳ありません、お嬢様……メイはなんてことを……お嬢様の初恋の御方をこの美貌で奪ってしまうなんて……で、でも、もしメイがこの御方に告白をされても、お断りします!!)



(あー、でも、そうなっても、どろどろとした女の戦いに……)



 頭の中ではロマンス小説のように自身を廻って、様々なイベントが起こるみたいな妄想が膨らむ。メイは今までメイドとして活動をしてきたが同時に、憧れがあった。



 それは……ロマンス小説ののような素晴らしく、激熱でカッコいい男性に愛されたいと。ようは、主人公に憧れているどこぞのお花畑と似ているのである。




「フェイ、一緒にご飯行こう」



 そこにジャイアントパンダが現れる。傍から見ると四角関係で痴情のもつれがあったかのようである。



「いかん」

「照れなくていいよ」

「……」



(あわわわ、この金髪の御方もフェイ様に恋をしている!? め、メイはロマンス小説の主人公のようにねばねばとした女の戦いに!?)



(フェイ様……顔は良い感じ、ちょっと目つきの悪いこの感じもロマンス小説に出てくる、オラオラ系の男性王子っぽい……あわわ、メイは、メイは、ロマンス小説の主人公だったのかもしれません!?)



(う、うへへ、ずっとそう言うのに憧れていたからちょっと嬉しいかも……で、でもユルルお嬢様には申し訳がない。ユルルお嬢様に結ばれてもらって、メイはメイドとして、おそばに……)



 ユルルの恋を感じ取っているからこそ、彼女は揺れている。だが、そのも今では主人公のようで嬉しくもある。頭の中でイケナイ妄想が広がっている。



 大きな屋敷、誰もが寝静まった夜。そこのとある一室。そこでメイはベッドに押し倒される。


『い、いけませんッ、だ、旦那様……メイは、メイドで……ユルルお嬢様に何といえば』

『俺にはお前しかずっと見えていなかった』



 顎クイ。からのー、鋭い視線。



『だ、旦那様……』

『安心しろ、誰も俺達の関係になど、気づいていない』

『メイは……』



 うっとりとした自身の顔が、フェイの瞳に映る。彼の眼にもきっとフェイ自身の焦がれたような顔が映っているのだろう。優しく口を封じられ、互いに吐息が荒くなっていく。


 彼の手が肩から徐々に下へ、だが、その手さばきはイヤらしくもなく、どこか幸せを感じる手でもあった。背徳感、そして、ずっと隠してきた愛を互いに開放して……



(うへへ、最高……じゃなかったそんな結末は断じて許してはいけません!! お嬢様、数年ぶりに再会したお嬢様に幸せになってもらわなくては……)



 ぶんぶんと頭をこれでもかと振って、思考を蹴散らす。自身がロマンス小説の主人公説を彼女の中で一時的に否定をした。だが、何度も何度も妄想が頭をよぎる。

 

 フェイは目つきこそ悪いがかなり顔は良い感じ。雰囲気もそれなりにある。体も鍛えているので体型も良い。仏頂面であるがどこか品があり、声質も実はかなりクールで良いのだ。これこそずっとメイが考えていたロマンス小説の主人公を好きになる男性キャラである。


 本来なら、フェイは嚙ませキャラでメイはどうでも良い存在であると感じていた。お茶の飲み方もガサツ、ただただ偉そうな存在。だが、今のフェイは違う。偉そうで仏頂面だがどこか品があるのだ。ずっと己を鍛えてまっすぐ進んできた者特有のオーラ。

 

 

(……結構いい男かも……、メイを好きになる純愛系男性キャラとしては申し分ない……だから!? メイはロマンス小説の主人公じゃないんだって!?)



 自分で自分に言い聞かせてはいるが、幸せな出会い、妄想が膨らんでいく。どこか心の中で求めていた劇的な出会い。ロマンス小説の男性のような、風貌。色々相まって変な方向に彼女は進み始めていた。


 ただのモブキャラであったはずのに。



「あ、あのメイちゃん、大丈夫?」

「え? あ、だ、大丈夫ですよぃ」

「大丈夫ですよぃ……そんな変な言い方してたっけ?」

「か、噛みました」




 最早、落ち着けるはずもなくメイは混沌としていた。そんな時、何かが爆発するような大きな音が聞こえた。



「え?」



 魔術的介入、異常事態、緊張感が走る。領民たちも急に襲ってきた恐怖に驚きを隠せない。ユルル、アーサー、フェイが現場に向かう。


 誰もが慌てる非常事態、その中で二人だけ頭の可笑しい者達が居た。



(これは、まさか、ロマンス小説の主人公であるメイのイベント!?)




 もう、彼女は手遅れかも知れない。



■◆



 ホワイトウルフを討伐せよ!!


 そんな依頼を受けた俺達であるが、暫く自由にしてていいらしい。さてと、どうしますかね。そう言えばあの領主、ジョニーだっけ? 優しそうだけど、ああいう人に限って実はみたいなオチがありそうだな。


 悪いキャラですよみたいな? 



 この後どんな展開になるのかなー。どんなイベントがあるのかなー。



 取りあえず、クールに領内を歩く。すると前からユルル師匠が。



「あ、フェイ君ー!」



 子供みたいに元気よく手を振る師匠。偶に、キャラに見えるな。ル師匠なだけに。隣にはメイドが居る。あー、さっきの、昔専属メイドだったんだっけ?



 名前なんだっけなぁ?



「はい、少しだけ、考え事をしてしまいました。お気になさらず……フェイ様、以前、ユルルお嬢様の専属ドとして働いていた、と申します」



んん?



「はい。メイはユルルお嬢様の元で毎日、杯働いておりました。その後、ユルルお嬢様は度重なる不幸故にメイとは離れ離れに……まさに気がるような過去でありました。ですが、こうやってお嬢様と楽しく再会できたのは貴方様のおかげでしょう。ありがとうございます。フェイ様」



怒涛の韻を踏む行為。これは間違いない、モブキャラだ。凄い悲しそうな過去なのに、ごめん、全然内容が入って来ない。それより、韻を踏んでるしか頭にはない。



――気がるくらい、杯、働いていた、ドのちゃんね? ククク、ここまでくると面白いじゃん。



もう、名前覚えたよ。メイね。何というか、ここまで推しが強いとな、逆に好きよ



原作者さんのノベルゲーするユーザーへの配慮やね、これは。意識付けをして覚えやすくして、物語に入り込んで貰いたいって言うね。キャラの名前をちゃんと覚えておいて欲しいって言うね。



――やっぱりこの世界の主人公として、この世界を作った原作者の配慮を読み解くのは基本。



いや、しかし、メイね。もう、おもろいな、ここまで来るとね。



その時、どっかーんと大きな音が!?



これは、主人公である俺のイベントだぁ!!!



いざ、出発進行、止まらず参りまーす! 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る