第26話 モードレッド

 大きな音が響いた。何かが爆発するような音。そこに人が居れば、必ず誰かは死んでしまっていたであろう大きな音だ。


 ジョニーの妻やフェイ達がそこに向かう。そこは地面が抉れていた。地面が割けたように割れて、中には何か、地下通路のような物が見える。



「奥さん、これを知っていますか?」

「知りません……何も、こんなのが領内にあったなんて」

「……そうですか。少し、調べさせてもらっても」

「はい、お願いします……少し、気味も悪いですし」



 サジントがジョニーの奥さんから了承を貰うと全員で中に入る。中は岩のがれきによって作られた迷宮のようであった。


 外とは気温はさほど変わらない。だが、どこか鳥肌が立つような不気味さをそこら中から感じる。いつ何かが出てきてもおかしくはない。なるべく足音を消して五人が歩くと分かれ道があった。前、右、左、一体どこに行けばよいのか。


「分かれ道か、どうする?」

「……俺とアーサーはこっちに行こう」

「なんで、ワタシがサジントと……フェイと一緒に行きたい」

「……さて、他はどうするべきか」



 サジントがアーサーの抗議を無視する。監視という任務があるために離れることを少なくしようという考えがある。そして、普通に疲れが溜まっているためにアーサーとの会話を減らしたいという欲求による無視であった。



「俺は一人で良い……このまま真っすぐ進む」



 それだけ言ってフェイは一人で真っすぐ道を進んでいった。その覇気に誰も異を唱えることはできない。ユルルも止めようと手を伸ばすが、彼は一人消えていく。



「……フェイ一人か…………いや、アイツなら大丈夫か……ユルルとトゥルーは右を頼む」



 フェイが消え、ユルルは心配そうに見えなくなった彼を想う。だが、急がなくてはならない。サジントの指示で全員がそれぞれの道を歩き出す。



 このイベントではどこを選んでも大して結果は変わらない。この迷宮ともいえる研究所ではジョニーがとある女に殺される。その死体、そしてここにある研究所の子供の死体。それらがトゥルーやアーサーにとってトラウマイベントなのである。


 ジョニーが死ぬのは因果応報ともいえる。ジョニーは善人であるが非道な道を歩き続け、何人もの子供を殺しまくった殺人鬼の片棒を担いだような存在だからだ。



ここはとある研究所である。誰にもバレない様に地下に研究所を作り通常では入れないように細工をしている。


その研究所のとある空間。石の壁に囲まれ薄暗い部屋。そこでジョニーが誰かに腹部を剣で刺される。


「ガッ……」

「あーあ、大したことのない存在でしたのね♪ がっかりですわ♪」

「……わた、しは、みらいのため、ひとのために……」

「何を言ってももう変わりませんわ。ワタクシからすればどうでもいいこと……まぁ、どんな理由があろうと数多の犠牲を出した貴方に相応しい末路では?」

「……犠牲、は、ひつよう、わく……わた、しは、みらいのために……」



ジョニーは息絶えた。剣を引き抜くと血が落ちる。水溜まりのようになった血の池。そこを後にして女性はそこを去ろうとする。



「こんなものでしたのね。それに、この男もただの下っ端……大した情報もないだなんて……骨折り損のくたびれ儲けですわね」



 溜息を吐きながら、そこから消えようとした時、二人組が彼女の前に立ちふさがる。



「あら? どちらさまですの?」

「……僕たちは聖騎士だよ」

「ジョニーさん……!?」



 トゥルーとユルルがその女性の前に立ちふさがった。ジョニーの死体、そして、僅かに返り血を浴びている女性の服。状況を考えればすぐに答えがでる。眼の前の女にジョニーは殺された。


 だが、妙に納得が出来ない。ここは何処なのか。なぜ、ここで殺されているのか。トゥルーは悩む。何かこの状況には訳があると。



(僕は、また救えなかった……でも、ここで折れるわけには行かない)



 本来なら胃液が逆流し嘔吐をして、膝をつく。だが、それでも戦いに挑む。だが、優秀な医者によって的確な治療が行われたために彼の胃は守られた。



「僕たちと一緒に来てくれるかな……」

「お断りしますわ♪」



 トゥルーが出した覇気に僅かに喜びを感じているような女性。その返答を聞くとそうかとトゥルーは剣を抜いた。


「やはり、闘争とは良い物ですわ♪」

「……ユルル先生。他の団員に連絡をお願いします……

「トゥルー君……ですが」

「大丈夫です。あくまで時間稼ぎ、全員揃ってから取り押さえる方が良い。ですから、お願いします」

「……分かりました。どうかご武運を」



 ユルルはそう言って急いで他の団員の為に引き返す。トゥルーの頭の中には全員で、等と言う発想は無かった。ただ、自分で、己だけで何かを勝ち取りたいと考えているだけだった。その為に言った詭弁。



 頭の中に一人の男が浮かぶ。黒い髪、鋭い眼。だが、たった一人でも戦い続ける剣士。



 互いに地を蹴る。大きな金属の音が響く。星元による身体強化によって繰り広げられる剣舞。



「いいですわね。ワタクシ嫌いではなくってよ」

「……」

「レディに向かって無視とは頂けないですわね」

「……僕はお前を倒すことしか考えていないからね。余計な事はいらないよ」

「へぇ……面白い事を……あら?」



 女が気付く、足元に大きな水溜まりが浸かっている。そして、自身の四方八方から細い矢のような水が飛んでくる。



「良い操作ですわね……でも、が足りてませんわ♪」

「――ッ」



 ギアを一段階あげた女の剣によって一瞬で水の矢が霧散する。今ので自身より格上であることにトゥルーは気付いた。



「もう、いいですわよね? まだ、狩るに値しないですわ。それに覚悟も足りていない。そして、一番は、その雰囲気、誰を真似ているかは知りませんが不格好にも程がありますわ」

「――いや、まだだ!」



 格上と分かっていながらも再び特攻をする。恐怖で怯えながら、足を震わせながらも突進をする。



「そんな状態では倒せる者も倒せませんわよ……」




 トゥルーの剣を交わしながら彼女は鳩尾に拳を叩きこんだ。焼けるような衝撃にトゥルーの意識は深くに沈んでいく。



「さて、帰りましょう。ここを破壊……あー、この方気絶をして……」

「……ま、だ」

「あら、起きてましたのね。好都合ですわ。近いうちにここを消し去りますの。逃げた方がよろしいですわよ」


莫大な星元が彼女の右腕に収束する。星のように煌めく輝き。それを地面に叩きつけると、手から地に星の輝きが移る。



「時間にして……一時間、ってところですわ。どうか、死なないでくださいまし。面白いお方」




 それが本当に彼女が発した言葉であった。トゥルーは腹を抑えながらも惨めな芋虫のようになっても彼女を追う。だが、既にそこに姿はない。だが、それでも――



 そこへ、サジントとアーサーが到着する。腹部へのダメージが回復し、普通に歩けるようになったトゥルーは歩きながら脱出をしなくては不味い事を伝えた。そして、自身が知らない情報も受け取る。ユルルは未だにフェイを探しているとのこと、そして、ここが何らかの実験施設で子供の死体が多数あった事を彼は知らされた。


 アーサーが寂しそうな顔をしていることにトゥルーは気付いたが最早、一刻の猶予もない脱出とフェイ発見が大事である為に声はかけられなかった。




■◆




「道に迷いましたわ……」



 金髪の女が道に迷っていた。トゥルーを倒し、自身も脱出をしようと歩いていたのだがあまりに広い迷宮のような研究所に彼女は足を止める。



「……どうしましょう。ここから上に魔術を放ってもいいのですが、ここが崩れてあの方が確実に巻き込まれて死にますし……」




 迷いながらも先ほども歩いた道をグルグルと回る。だが、出口が分からず、またしてもグルグル回る。


 はぁと溜息を吐く。どうしたものかと考え込む。


 

 薄暗い迷宮。音が殆ど消えたその場所に何かが聞こえる。誰かの足音であった。誰かがどんどんこちらに近づいてきていることに彼女は気付いた。


 足音を隠す素振りすらない傲慢な足音。女は面白いとその傲慢な人物に興味を持つ。


 シルエットが見える、女より背は大きい。腰に剣を置いており、先ほどのトゥルーと同じ団員の服を着ている男であることに気付いた。そして、その男の顔が見える。



「誰だ? 貴様は」

「レディに名前を聞く時はご自分から名乗るのがセオリーではなくて?」

「もう一度聞く。三度はないと知れ……誰だ貴様は」

「せっかちな方ですわね。まぁ、良いのですわ……ワタクシはモードレッド。ただ気まぐれにいろんな場所を爆破させたり、強者との戦いを好んだりする自由な剣士ですわ♪」

「……なるほど。察してはいたが剣を交えるべき相手のようだな」

「その通りですわ。先ほど、貴方と同じ服を着た男を倒してきましたの♪ お仲間の敵討ち、是非果たしてくださいまし♪」



 モードレッドと名乗った長い金髪をポニーテールに縛った女の剣士。血のような眼をフェイに向ける。彼女にとって戦闘は闘争は三度の飯よりも好物であった。自身を心の底から沸騰させてくれるような激戦を求めている。



「俺は俺の為にしか剣を振るわない。そこを履き違えるなよ、女」

「……へぇ、そう言う理念とは珍しい方ですわね!」



 フェイが先に動いた。不格好な星元操作によって強化されたフィジカルからモードレッドに剣が振り降ろされる。先ほどのトゥルーよりも遅い剣。てっきりかなりの強者であると思い込んでいたモードレッドにとっては肩透かしであった。


「うーん?」

「……」

「まぁ、太刀筋は素晴らしいですが……」



 それは彼女の求めている闘争ではない。沸騰するような魂の交差でもない。だから、詰まらない。トゥルーも彼女を満足させるような存在ではないが期待はあった。ただ、この男は……



(期待外れですわね……もう、器は見切りましたわ、早めに終わらせましょう)



 フェイよりも速い斬撃が彼を襲う。剣舞を捌ききれるはずがなく、肩や、足、頬を掠める。血が服に、靴に滲んでいく。しかし、それを一切気にする事はなく剣を振り続けるフェイ。


 早めに終わらせる、おもちゃに飽きた子供がそれを捨てるように彼女はフェイを切り捨てようとした。だが、喰い下がる。


 剣が体を掠めるがそれは致命傷ではない。速さでは圧倒的に優れているにもかかわらず勝負は決着しない。



(何ですの? この違和感……



 不意打ちとして、モードレッドは蹴りを叩きこんだ。剣ではなく身体による直接の暴力。だが、彼女の左足はあばら骨に至ることなく、フェイの右腕によってガードされる。



 僅かに骨のきしむ音が聞こえた。だが、それによって彼が倒れることはない。眼線が交差する。これで終わると思うなよと訴えられる。



 今度はフェイが左手に持ち替えていた剣を彼女に向かって突き刺す。咄嗟に星元によってさらに強化した身体によってそれを交わす。



 それは違和感だった。圧倒的に有利、星元操作、身体能力、剣の冴え。何一つ劣っているはずはない。それなのに喰い下がられる。闘争、それが好きな彼女。だが、自身への絶対の自信が根柢の一つとして存在する。ありとあらゆる強さを理解している。


 そして、フェイは強いのかと問われたら、そうではない。


 にも関わらず、明らかに優位な立場であるのに勝てない。それが違和感を強める。更に星元強化をする事があれば倒すことは可能である。だが、それではただの暴力のようであり、美しくない。


 これ以上強化すれば、眼の前の男の真の価値を見定めることはできない。彼女はそう感じた。



「貴方、未来でも見えてますの?」

「……」



返答は剣による流れるような太刀。それを捌き、お返しに七連の斬撃を彼女は繰り出す。高速、頭、両肩、両ふくらはぎ、胸部、腹部、それぞれを狙った。


彼女もこれで致命傷を負うはずだろうと思う反面、同時に捌いて欲しいと感じていた。


未知フェイへの期待。



それに答えるように、フェイが眼を見開く、その時モードレッドは見た。彼の眼が全ての斬撃を眼で捉えていたことに。


両肩を掠め、両ふくらはぎを掠め、額、心臓に近しい部分の胸部から血が流れ、腹部も少しだけ刺された。だが、倒せない。




「――その剣は、もう見た。違うので来い」




圧倒的弱者、彼女が興味を持つような対象外の存在であったのにもかかわらず、割り込むように対象内にされた。そんな経験は初めてである。



「へぇ……」



ニヤリと下品な笑みを彼女は浮かべる。またしても予想の遥か上をいかれたことに興味が深まる。



「……」

「もう一度聞いても宜しくて? には未来が見えていますの?」

「……そんなものは見えん。俺は今に喰らい付き戦うのみ」

「……ふむ……だとすれば……成程……そういうことでしたのね。貴方様、ワタクシとを使う方が身近にいるでしょう?」

「……」

「沈黙は図星と見て間違いはなさそうですわね。いずれその方も潰さないといけませんわ。ただ、今は――」



一瞬で距離がゼロになる。剣が十字に交差する。フェイが身体強化によって対応するが上からの彼女の剣に押し込まれる。あまりに一瞬の出来事でフェイも僅かに反応が遅れる。刃が自身の方へ向き、肩に食い込んでいく。



「ワタクシには貴方様しか見えていませんわ♪」



 時間を忘れ、目的を忘れ、彼女には闘争を満たしてくれる眼の前の存在しか頭にはない。



「ほらほら、このままでは自身の剣に切られてしまいますわよ♪」

「……」

「その表情、焦りも無ければ恐怖もない。生死を分かつ状況で人の本性は出るという物。貴方様は相当タフな方なのですわね♪ あぁ、イイですわ♪」



次の瞬間、フェイは剣から手を離し、体を捻る。モードレッドの剣を交わし拳を彼女に向ける。



「ふふ、荒っぽい肉弾戦も嫌いではないですわ。ですが、ちょっと、お粗末でしたわね♪」



 フェイの拳は空を切る。モードレッドはニヤリと笑い、フェイの腹部に剣を刺した。


 グシュ、と鈍い音が鳴る。彼の服は一気に赤に染まる。壁にフェイの腹部が貫通した剣が当たり彼女の手にその振動な響く。そこで気付いた。刺すつもりはなかった。殺す気もなかったが、このままではフェイは死ぬ。



「あ……思わず、刺してしまいましたわ……。貴方様が生きが良すぎるからつい♪」

「……」

「どうしましょう。ここで殺すには非常に惜しい――」



 次の瞬間、彼女の頭がフェイの両腕によって掴まれる。



「――はにゅ?」



 そのまま、フェイは己の頭を彼女の頭へとぶつけた。その時彼女は頭まで強化に回してはいなかった。腹部へ刺した時点でその先は無いと勝手に思っていた。



「あひぃ」



 初めて可愛らしい女の子の声が響いた。剣から手を離し、二歩、三歩、四歩を下がって行く。そして、彼女も壁に背を預けた。くらくらする頭、視界が少しだけぼやけている。



 一方フェイも剣を腹部から抜く。そのまま両手を膝につく。これほどまでの出血多量は恐らく初めてであろう。



 フェイの方が彼女よりも状態は悪い。だが、それでも再び立つ。彼女も軽い脳震盪の状態ながら立ち上がる。



「わ、笑っていますのね……貴方様は……嗚呼、最高。これが、これこそがワタクシが求めていた闘争♪」



 彼女の眼の前に居るフェイは嗤って居た。死がそこに迫り、死神が鎌を首にかけているような状況でもあるはずなのに。


「ですが、惜しいですわ、このまま貴方様と戦い続けたいですが……もう、限界ですわ。死んでしまうのはとても惜しい。もっと熟してから――」

「――まだだ、俺は、終わってないッ」



  その眼が煌めていた。灰色の中で赤しか見ない彼女にとってそれは宝石のように美しかった。


「あぁ、良いですわ♪ 食べちゃいたい♪」



 そして、フェイの姿を見て彼女は察する。先ほど、僅かながら剣を交えた少年が頭をよぎる。



「先ほど、あの方の不格好な姿、誰かの猿真似をしているのかと思ったら……貴方様でしたのね」

「……知らん。それより」

「いえ、ここでお終いですわ。本当に勿体ない。貴方様をここで殺すのは……血が足りなくてもう、足がおぼついていますわよ? よくもまぁ、立って居られるものですわね」



 血が止まらない。血の池で足を震わせながらフェイは立っている。もう、勝敗はついた。モードレッドは笑みを浮かべながら彼の元に向かう。拳によるあがきを恍惚な笑みを浮かべながらいなし、フェイの腹部に回復ポーションを散布する。



「……ッ」

「全ては治っていませんわ。僅かに傷口が塞がった程度。またお会いしましょう。あぁ、そう言えばお名前を聞いていなかったですわ♪」

「……」

「そんなに怒らないでくださいまし。貴方様を哀れみで見逃すわけではなく。期待を込めて投資をしたのですわ♪ ですが、今回はワタクシの勝ちですわね、勝者の特権としてお名前を」

「……フェイ」


 

 未だ癒えぬ傷を気にする事もなく、いつでも噛みつく猛獣のようにぎらぎらと目を輝かせるフェイにまたしても頬が吊り上がる。



「フェイ、フェイ……覚えましたわ、フェイ様♪ いずれまた……あ、最後にもう一つ。フェイ様は戦闘中に嗤っていらしたけど、それはなぜ?」

「……嗤っていた、俺が……」

「あら、無自覚でしたのね」

「……そうか、俺は……」



 解せないような表情であったフェイの表情に納得の顔が浮かぶ。勝者の特権として彼女は再び答えを待つ。そこへ、誰かの走る音が聞こえる。銀の髪が風で揺れていた。



ユルルがようやくフェイを見つけた。アーサーやサジントと会う事は出来たがフェイだけを見つけることが出来なかった。それを遂に、だが、彼女はそこに喜びを感じない。



「フェイ君!」

「あら、先ほどの」


血だまりの弟子、返り血が増えている女性。ユルルの中に怒りが湧いた。


「……貴方は」

「貴方と戦う気はありませんわ。ここで戦えばお仲間が巻き添えになりますわよ」

「――ッ」



ユルルはモードレッドを見た時から嫌悪感を感じていた。そして、それが更に増えていく。あれは狂気の存在だと感じる。



「それよりもワタクシの問いに答えてくださいまし。もしかして、楽しかったのではなくて?」

「……あながち間違いではない。あの時、俺は震えていた……歓喜に打ち震えていた、また高みに登れると」

「――フェイ君……」



 ユルルは寂しさに心が締め付けられるようだった。


「ふふ、やはり、ワタクシと同類でしたのね。もしよろしければ、ワタクシと一緒に来ませんこと? きっと、色々と今より楽しいですわよ? ワタクシが戦い方をレクチャーして差し上げますわ。己の敵を己で作るのもきっと楽しいでしょうから♪」

「え……?」



 何気ない誘い、それを聞いたとき、乾いた声が彼女から出てしまった。もし、このままフェイが消えてしまったらと思うと自暴自棄にでもなってしまいそうであった。どうかどうか、私から離れていかないでくれと彼女は願う。


 あの女とフェイはもしかして似ているのかもしれない。それはきっと自分では理解できない強さの深み。でも、だからこそ離れていってほしくなかった。ここで別れたらもう一生、道が交わることがないからと分かってしまったから。


(フェイ君……お願い、貴方だけは、私から離れないでよッ)



 願いが叶わない事、きっと目の前の女が自分より強くて、彼を理解できることを彼女は察した。徐々に彼が遠くに見えた。



(いやだ、その先を、私は……聞きたくないッ)




 答えが分かった気がした。強さを求めるなから彼は――



「――断る」




 その声を理解するのにユルルは数秒費やした。血で染まって、もう動けないフェイ。だが、闘志を失っているわけではない。その眼とモードレッドの狂気の眼と交差する。



「貴様に教わることなど何一つない。俺の師はそこに居る女たった一人。俺が教わるのはユルル・ガレスティーアただ一人だ」

「――ッ」




言葉が出ない想い。体が熱くなる、涙が滲む。初めて彼がユルル・ガレスティーアと呼んでくれた事が彼女には嬉しかった。



「ふーん、まぁ、いいですわ。それではフェイ様、いずれまた」

「待て」

「なんですの?」

「いずれ、お前を斬る。今日の屈辱を俺は忘れない。そして、お前も後悔するだろう、俺をここで殺さなかったことをな」

「楽しみにしてますわ♪ それでは」




 嬉しそうに嗤いながらモードレッドは消えた。そこに残ったのはフェイとユルルのみ。フェイは次第に意識が朦朧とし始めていた。限界も限界、体には疲労が溜まり、死がそこまで迫っている。


 だが、彼はそれを感じさせない。何気ない顔でそこに居る。その精神は異常そのものであるが、体の問題はどうにもならない。精神には余裕があるが肉体にはもう、一切の余裕がなく、彼は意識の底に沈んでいく。



 そんなフェイをユルルが抱きしめる。もう彼に意識はない。腹部からも絶えず血が垂れている。ユルルは急いで自身の手持ちのポーションをフェイの腹部にかける。他にも傷はあるがそこが一番問題であった。


 ポーションを使い果たし何とか傷は塞がる。モードレッドがポーションによる投資をしていなかったら彼は死んでいただろう。


 しかし、血は足りていない。フェイは気絶。ユルルは彼をおんぶして急いで出口を目指す。





■◆




 道に迷った。不味いな……一人で大丈夫、助けは不要みたいな感じを出したのだがここさっきも通った様な気が……。



 あれ? まぁ、人生はさ、迷ってなんぼ、主人公は迷走してなんぼなんだけど……



 しかし、どうしよう。探検をしていたら、前から見知らぬ女性が、ポニーテールの金髪美女。


 コイツ……味方ではなさそうだな。怪しい感じがビンビン伝わってくる。え? さっき他の団員を倒したって?



 うわぁ、コイツやっぱり敵だな。今すぐ倒そう。



 戦闘開始。



 速いな。普通なら対応できない。俺がこのレベルの相手をするのは少しきついだろう。だが、俺は主人公、こんなところでめげない。


 それにコイツの剣技、アーサーに似ている。と言うかまるっきり同じだ。アーサーに今まで2000戦2000敗。



 いつもボコボコにされている俺からすれば最早、既知!!



 それにしても、アーサーの関係者か? こいつ。ちょっと頭おかしい感じもするし……人を弄ぶクズのような……結構可愛いのに。そう言えばイルカって可愛いけど実は凄い裏があるって聞いたことがある。


 親イルカが子イルカを殺してしまったり、虐めたり残虐な習性があるらしい。ふーん、アーサージャイアントパンダだから、剣技似てるし、モードレッドイルカなのかもね。



 ちょくちょくかすり傷をくらうが主人公にとってかすり傷はジーンズにダメージが入ってオシャレになるような物なので気にしない。




 腹を刺されたが、そのまま頭突きへ。これくらいじゃ、俺は折れないよ。寧ろ、お腹が貫通して、空気抵抗なくなって動きやすいぜ!


 あ!? コイツ倒れねぇ……最高の頭突きがきまったのに、嗤ってるバーサーカーかよ、こいつ、イルカ系バーサーカーなのか?



 血が出て動けねぇ、だが、気合で何とかなる!!! 血はなくても動けるのが主人公だ!! 気合で大体何とかなるのが主人公だ!!!



 え? 見逃す? こいつ、舐めてるのか? いや、もしかしてあれか、偶に出てくる主人公の未来への成長を予見して倒すのは今ではないみたいな……。


 偶にいるよね、倒せるのに舐めプして見逃す敵。よし、次にあった時がお前の最後だ!!


 そして、ユルル師匠到着。え? なに? どうして嗤って居たのか?


 俺、嗤ってたのか?


 ……あぁ、そうか。なるほど。俺はずっと憧れていた。前世ではずっと焦がれていた。だけど、現実じゃ、そんな主人公みたいな何かは起きない。でも、それでも願っていたんだ。



 誰かに夢を与えて、どんな時でも諦めない存在に。そんな存在になれるなんて簡単じゃない。雨の日に傘を持って雨を防がず、飛天流神龍とか妄想をして傘を振り回しても、マンホールが異世界への召喚魔法陣ではないかと勘ぐっても、血管が浮き出るほど腕に力を込めても、


 頬に包丁で十字の傷を描いても、現実は現実で変わらない。何も、変えられない。でも、今は違う。


 俺は主人公なんだ、憧れと同じ遺伝子を持っているんだ。だから、楽しいんだ。毎日、修行をするたびに、死線を超えるたびに俺はまた一歩強くなる。


 憧れに手を伸ばすことが出来る。例え、それで何かを失ってもそれが楽しくて楽しくて仕方がない。憧れに真っすぐ向って行けるこの瞬間が、この人生が、楽しくて仕方がない。



 だから、俺は嗤っていたんだ。不格好で惨めで勝てないかもしれない、死ぬかもしれない戦いでも。きっと、諦めずに走っていれば何かを掴めるから、掴める気がするから。


 まぁ、主人公なので死ぬわけがないけど……!! だって、俺が死んだらこの物語が終わってしまう、補正がある俺は死ぬわけがない。


 だから……死ぬわけがないから死ぬ気で死ぬまで頑張って生き残るのは基本



 さて、さて、徐々に意識が遠くなる。まぁ、出血多量で気絶して、ベッドで目覚めるのは基本なんでね。え? 俺に一緒に来ないかって? 行かないよ、だって、俺には



ユルル師匠が居るからな。



急に師匠面みたいなことするなよ、調子に乗るな。お前はイルカ系バーサーカー舐めプをする敵だ。



いずれ、この借りは返す。そう言えばアーサーにもこんな感じのこと言ったな。アーサーと剣技似てるし、アーサー関連って碌なことないな。



あー、ヤバい、気絶する。



それではユルル師匠、知らない天井でお会いしましょう。




――オールボワール




 




 

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