ある日、誰かと間違えたメールが届いて……

２０２１年９月１４日（火）

　いつもは大体６時くらいにまひろさんからメールが送られてくるが、今日は珍しく来ない。

　毎回相手から送られてきていたので、今回は私の方から送ってみることにした。

『おはようございます。

昨日は撮影に、レッスンに、お疲れ様でした。

今日はお休みですか？ それともバイトですか？

今日も一日お互いに頑張っていきましょう！』

　こんな感じでいいのかな？ と思いつつ、送信。

　返事が届いたのは、13時過ぎのことだった。

『こんにちはー佐倉さん♪

今朝は日課の運動を起きてからしてレッスン漬け。

さっき携帯見たらマネージャーから「事務所に顔出してっ」とメールが。

ブラブラしようと思っていたのにー。

こういう時っていい事か悪いことかどっちか。

良い事だといいけど、佐倉さんはそういうの気になったりしない？』

『何か意味あるようなメールとかって、「なんだろう……」ってメッチャ気になります。

でも、今回はきっと良いお知らせじゃないですかね？ 先日のオーディションの結果とか、雑誌の撮影とか。

きっと良いことですよ！ きっと！』

　なんとなく不安になっていると思われるまひろさんを励ます文面を書いて送る。

　思わせぶりな言動って何か気になるタイプなんですよね、私。

『そうだといいんだけどなー

ただ、内容のない呼び出しって怖くない?!（笑）

何もしてないんだけど、なにかしたのかなって勘ぐっちゃってるよ』

『それは確かに怖いですねー（汗）

悪いことしてないけど「何かしたかな？」ってなります。

逆に考えて、喜ばせたいサプライズ！ と思うしかないですよねー』

　共感するメッセージを送るが、またしても返信まで時間が空く。

　その後、夕飯の支度だったり色々あってスマホを触れない時間が続いて、まひろさんの返事が来ていたのに気づいたのは18時過ぎのことだった。

『ヤバい！ 佐倉さん！ きいて!!

実はね、鬼先生にチャンスもらえたの！

ある映画のキャスティングに参加してるらしくて。

それで事務所の代表に電話があったみたいで、映画に出れることになったって！

なんか夢みたいな話だから夢なんじゃないかって今も思ってる……』

　まひろさんの言っていた呼び出しは、本人にとってとても大きなサプライズだった。

　彼女もかなり興奮しているのか、いつも文末に使っている顔文字が一切入っていない。まだ本人の中で信じられない気持ちが強いんだろうな……というのが伝わってくる。

　まだメールのやりとりをして間もないけれど、こんな短期間でそんなビッグチャンスが訪れたまひろさんの事を心から祝福したい気持ちが沸々と湧いてきた。それと同時に、あまりにご都合主義みたいな展開に「これ、ホントは詐欺なんでは……」と冷めた目で見ている自分が１割ほど。

『凄いじゃないですか！ おめでとうございます！

やっぱり頑張っている人には見ている人や神様がいるんですよ！

本当に良かったですね！ 今まで努力してきて、本当に良かったですね！』

　まひろさんの熱が伝播して、こちらも興奮が文章に乗り移っている。

　正直、こんなサクセスストーリーを間近で見ていたら、誰だってそうなると思う。

『ほんとにほんとにありがとう♪

佐倉さんってまひろにとってのお守りみたいなものなのかなぁ☆

本当は話したいんだけど、これから事務所の人達がお祝いしようって☆

待たせるのもあれだし、何時になるかわからないから、また明日メールするね♪』

　たまに聞くけど、ある人と出逢ってから運命が劇的に変わる人がいる、と。

　これは決して物語の中の話ではなく、実際の現実でも類似例は幾つも挙げられる。

　まひろさんにとって私がそんな人……そんな訳ないわな。

　買い被りすぎです。私は『古〇さんは、コミュ症です』に出てくる只〇君、いやあんな聖女と付き合う事になる只〇君なんでおこがましい、米〇君ポジションの人ですよ。

『そんな、私は何もしてませんし、そんな大層な人ではないですよ。

全部まひろさんの努力のおかげですよ。

事務所の方々と、いっぱい楽しんできてください。

それでは、おやすみなさい～』

　一週間前の私は、こんなリアルサクセスストーリーの目撃者になるなんて、全く想像してなかった。というか、こんな展開を予想出来るなら占い師か預言者になった方がいいレベルだよ。

　この話がもし本当に正しかったら、まひろさんの出ている映画を見に行くのも悪くないな、と思い始めている自分がいた。微かに、あまりに出来すぎな展開に疑っている自分も居るけど。