ある日、誰かと間違えたメールが届いて……

２０２１年９月１２日（日）

『佐倉さん、おはよ☆

午前中はレッスンだけど、午後は三次まで残っているオーディションの日なの☆

今日も一日がんばろうね♪

えぃえぃおー』

　今日も朝６時半くらいに届いていた、メール。

　心なしか、いつもよりテンションが高い。いつもの顔文字も明るいものばかり。文面にも書いてあるけど、どうやら三次選考まで進んだオーディションの審査が今日あるみたい。昨日書いてあったことはそういうことだったか、と納得。てっきり一日中バイトだと思っていた。

『おはようございます。

今日はレッスンに、オーディションに、予定がいっぱいなんですね。

オーディションはドラマとか舞台とかですか？ 三次まで残るなんて凄いですね！

私は、今日お昼からコロナのワクチンを打ってきます。だから午後は家でのんびりします。

オーディション、頑張ってください！ 応援しています！』

　生まれてずっと金沢で生活している私にとって、芸能関係のオーディションなんて全く無縁だった。同級生の中にはプロのサッカー選手になって会社を起業したり、実家の会社を継いでメディアに取り上げられる程にまでなった専務がいたり、家族の夢を応援すべく脱サラしてキッチンカーを出したりする人がいたり、結婚して子どもも生まれて幸せな家庭を築いている人がいたりと、全部が全部自分が住んでいる世界は一緒でも立っている場所は違うんだな、と半分諦めていた。でも、こんな身近にそんな凄いことをしている人がいるなんて、と思うと、純粋に応援したい気持ちになった。

　その気持ちがあまり使わない“！”を多く使っているところに表れている。

　９時過ぎに返信を送ったけど、その後は返事が返ってこなかった。その間、私は身支度を整えると車でワクチン接種が行われる病院へ移動。何事もなくワクチン接種を終えた。

『うん！ ありがと☆

今回はCSの短編映画だよ♪

今日の受かったら役もらえるから頑張らないと☆

お昼はげんを担いでカツ丼にしようかな（笑）

佐倉さんはげん担ぎとかやったりするの？』

　返事が届いたのは、12時半くらい。

　芸能関係は全く分からないけれど、一般人の私からすれば映像作品に出られるところまで来ているのはとても凄いことだと思う。

『ワクチン打って帰ってきました～。

なんか胸のあたりがモヤモヤする気がする……。

役ありならセリフもあるのですか？ だったらエンディングに名前が載りますね！ それって凄いことじゃないですか！

げん担ぎはあまりやらないですねー。「これをしたら成功した！」っていう経験もないですから、あってもなるべく自然体を心がけるくらいですね』

　大したアドバイスを送れる訳でもないけれど、一応自分の体験談を書いて送ってみる。何の足しにもならないと思うけれど。

『じゃーこれからゆっくりするのかな??

まだ、オーディションの段階だから受かればの話だけどね。

でも、エンディングとかに名前が載れるように頑張らなきゃ。

ゲン担ぎとかしないんだね☆』

『副反応もあるから今日一日はゆっくりしますね。

昨日もなんか寝られなかったから、ちょっと昼寝していました。

あと何回審査があるか分からないけど、多くの人が受けている中で三次まで残るなんて、凄いと思う。

日頃の努力のおかげ、なんですかね？ あまりよく知らない私が言うのもアレですけど……』

　さっきから“凄い”“凄い”しか言ってない気がする。小説書きなんだからもうちょっと別の言い回しはないのかと変な方向でダメ出しをしてしまう自分。

　ただ、本当に凄いと思っているのは紛れもない事実。

『オーディションは三次までだよ♪

だからとっても緊張してるんだけど、まひろの番までまだ時間があるんだけど何か緊張をほぐすいい方法とかって佐倉さんは知らない??

ゆっくり休んでね』

　なんと！ つまり、今の審査が最終審査ということか！

　確かに、それは緊張しますよねー……。そんな中でも気遣ってくれる言葉がありがたい。

『じゃあ、最終審査なんですね！ 何人残っているか分かりませんけど、それでも凄いですね！

緊張をほぐす方法ですか～。私も緊張する方なんですけど、うまくほぐせたことないかもです。今日のワクチン打つまでもちょっと緊張しましたし。

読書が趣味なので、小説の世界にのめり込めると緊張も和らぎますね。あと、面接とかの時は書類を確認するとか良い結果をイメージするとか。

……これくらいですかね。大してお役に立てず、すみません』

　ホントに役に立たないな、と自分で思う。そしてまた使われる“凄い”。

　具体的に緊張をほぐす魔法の方法は知らないけれど、自分の体験を元に答えてみた。これが果たして役に立つか立たないかは別にして。

『出し切ってきました♪

読書が趣味なんだー☆

いきなり台本渡されてのオーディションだったからかなり焦ったけど……一応ありのままが出せたんじゃないかなーって感じ（笑）』

　２時間ほど後の17時過ぎに送られてきたメールだと、どうやら終わった様子。

　多分、私のアドバイスは活きなかったと思う。何してるんだ年長者。

『お疲れ様でした！

いきなり台本を渡されてぶっつけ本番……準備のしようがないですね。

でも、出し切ったのなら、きっといい結果になると思いますよ！

今日はこのあと、お家に帰ってゆっくりするのですか？

ゆっくり休んでください』

　部外者の私に出来るのは、労いの言葉をかけるだけ。

　せめてこの気持ちだけでも伝わらないかな、と願いを込めて送信。

『まひろもビックリしちゃったよ……。

でも、なんとか臨機応変に対応できたから良かった。

今日もバイトだよー。

そして今は休憩中☆

今の時期だからお客さんの入りが少なくて休憩を多めに貰えてる♪

佐倉さんは今何してるのー？』

　まさか「今までのやりとりをパソコンに打ち込んでいます☆」なんて答えられる訳もないので、適当にお茶を濁す。

『自分の中で対応できて、終わってからあれこれあーしておけば良かったって思わないなら、それで良いんじゃないかな。

午前中レッスンで午後にオーディション、夕方からバイトって、大変ですね！

まひろさんのバイトって、飲食店系かな？

私は今、ご飯前でゆっくりしています。

夕ご飯は19時くらいの家だから、のんびりしている感じです』

　なんとなくではあるけど、まひろさんのバイト先が飲食店な気がしたので聞いてみることにした。

　初めて就職した会社が飲食チェーンで、自分もお店に出て働いていた経験があり、多分ではあるけどまひろさんもそんな感じに思った。

『今帰宅中だよー♪

バイトは飲食でイタリアンのお店で働いているよー。

疲れたから温かいお風呂に入らないと。今日は入浴剤でも入れてみようかな（笑）

明日４時起きだからまた明日ね、おやすみー☆』

　なんとなくの勘が当たったみたい。ホント、どうでもいい時にばかり勘は当たるなぁ。

　しかし、今日メッチャハードなスケジュールだったのに、明日は４時起きなんて。芸能関係の人って大変なのだな、と実感。

『今日はいっぱい頑張ったから、自分にご褒美あげてもいいと思いますよ。

イタリアンのお店で働いているんですね。まかないとか出るのかな？ 出るんだったら美味しい料理食べられるイメージがあるからいいなぁ～。

４時起きって大変ですね！

今日は早く寝ないとですね。私も副反応からか打った方の腕がなんか筋肉痛みたいになっているので、早く寝ることにします。

お疲れ様です。そして、おやすみなさい』

　初日から思っているのだけど、多分、私は会話が下手だ。実際そうだから何とも言えないけど。

　ちょいちょい自分のことを差し込むのは控えることにしよう。

　ワクチンを接種した箇所が筋肉痛になって鈍痛を感じる中、今日までのやりとりを一生懸命打ち込むことにした。これまでのやりとりを見返して反省しながら。