2021年9月10日(金)


 午前中、心療内科の通院でクリニックへ。

 うつ病を発症して数年。今は大分小康状態になっていて容体は落ち着いているけれど、去年から続くコロナ禍の影響からか、状態が良くなっている感触がない。新しいことにチャレンジする意欲が湧いてこないので、内心焦りもある。問診をして、薬を処方してもらって、昼頃に帰宅。

 ここまで、まひろさんからメールは来ていない。お昼ご飯を食べ終わった頃に、スマホが振動した。

 メールが届いた。相手は、まひろさん。


『ありがとう。

もちろん佐倉さんのペースで大丈夫だよ☆

何も知らない状態だから、少し自己紹介。


今は23歳で名前はまひろです。

出身は千葉で、今は東京で一人暮らし、まだまだ卵なのでバイトとレッスンの日々。

ちなみに今は移動中だけど、佐倉さんは何してたところなの??』


 私からOKを貰ったので、各文末につけられるくらいに顔文字も復活。

(そうか~……23歳かぁ……)

 年齢を知って、ちょっと尻込み。干支が一回りも違うじゃないか。

 最初の方から文章がかなりフレンドリーで、パーソナルスペースも気にせずグイグイ来るなぁとは思っていたけど、そんなに年下だったなんて。こんな若い女の子と話した経験があまり無いので、新鮮さ半分これからどう話そうかと困惑半分。

 それと、気になるワードも幾つか目に留まった。

“卵”“レッスン”

 昨日のメールでも“事務所”と言っていたけど、その時は「会社の事務所」とばかり思っていた。でも、普通なら“会社”とか“職場”と言うのに何故“事務所”と言ったのか気にはなっていた。

 けれど、今送られてきたメールで“卵”“レッスン”と来た。もしかして……という気持ちで、メールの文面を書いていく。


『私は先月に36歳になりました。

2年程前にちょっと体調を崩して仕事も辞めて休養していました。ですけど、今は良くなって仕事を探している感じです。

今日は午前中にお医者さんに行って、今ご飯を食べ終わったところです。


もしかして、まひろさんはアイドルか俳優さんの卵ですか? 違っていたらごめんなさい』


 サラッと書いているけれど、これはこれで一つの勝負かなと思っていた。

 13歳も年上、しかも無職で病気に罹った経験あり。こんな先行きのない情報を伝えて、相手はどう出るか。……書いていて悲しくはなったけど。ただ、マイナスな情報を敢えて伝えることで「自分は金づるではない」と明かしているも同然。これで何も送られてこないなら、何らかの意図があったと判断してもいいだろう。

 それと、今まで気になったワードから推測される相手のことについて、聞いてみることにした。半分「芸能人の卵とこんな形でメールを送り合うわけないじゃん」みたいに思っていた―――が。


『そうだったんですね! 誕生日おめでとう!

体調大丈夫なのかな?

まひろは女優さん目指してて、事務所に入って役者として映画とかドラマに出られるように活動中。

でもそれじゃ生活できないからバイトもしつつーって感じかな☆』


 マジですか、ホンマもんの女優の卵ですか。

 このメールを読んだ時点で、頭の中に「おいおい、何だよこのラノベとかアニメみたいな展開」という発想がよぎる。オタクという程ではないけれど学園系ラブコメだったりベタベタな恋愛小説だったりアニメだったりは見ているので、ここまでの流れがもう創作物のそれにしか思えない。荒〇弘先生が賞を受賞した時のあとがきの漫画「純朴な田舎者を騙そうなんて!」……毒されているという自覚は、あります。

 何この展開。私、人生順調どころか荒れ狂う波に翻弄されまくりなんですけど。こんな人と出逢える程に徳を積んだ覚えないんですけど。もしかしてアレですか、この後すっごいバッドイベントが待ち受けていて、それの前振りか前借か何かなんですかね。

 大体、“23歳”の“女優の卵”と同期の“私のメールアドレスを知っていると思われる人”に全く心当たりがない。適当に連想される文字列を打ち込んで行き付くようなメールアドレスではないので、一体どこの誰なのかと疑念は尽きない。

 しかし……まぶしいなぁ。夢を目指してレッスンとバイトの日々なんて。

 逆に、ここまで浮世離れし過ぎていて、詐欺か何かじゃないかと警戒心もまだ心の奥底に引っかかる。あれだ、電〇男みたいな感じか。私オタクじゃないし、トラブルから助けた訳でもないけど、それに近い感じはある。


『心の病気ですけど、今はだいぶ良くなってきているから普通に生活できます。だから大丈夫です。


お祝いの言葉、ありがとうございます。

この歳になると誰かからお祝いされることがないので嬉しいです。


まひろさんは女優の卵なんですね!

夢に向かって一生懸命頑張っているって、素敵なことですね!』


『佐倉さんの病気のこと教えてくれてありがとう♪

少しでも良くなってるなら良かったよ♪

誕生日はいくつになっても嬉しいものだもんね!

何かお祝いみたいなものしたりしたのかな?』


 ここから、誕生日についてやりとりを交わしていく。


『誕生日はちょうど日曜日だったので、自分で洋菓子店のケーキ買ってきてお祝いしただけですね。

コロナ前から、友達と集まって誕生日パーティ! みたいなことはしていないので、自分へのご褒美をあげる日という感じです。

なつきさんは誕生日はいつですか?』


『ささやかでもお祝いしちゃいますよね~♪

誕生日は8月28日だよ♪ 佐倉さんは何日生まれ?』


『私は8日生まれですね。だから8月8日で覚えやすいってよく言われます。

誕生月が一緒なんですね!


事務所に入れるってことは、まひろさんに女優になれるだけのセンスがあるってことですね。

私は小さい頃から夢とか目標とか持ったことがないので、23歳で夢に向かって突き進んでいるのは本当にうらやましいです』


 率直に思ったことを書いて、送る。

 物心ついた頃から、あまり“こうなりたい!”“これをやりたい!”という気持ちは無かった。だから高校生の進路選択や、就職活動は本当に苦手だったし苦戦した。特に、初めて就職した職場でベテランパートさんからきつく当たられ、心身すり果てて一年で辞めたのが後々になってかなり響く躓きとなった。


『まひろさんもつい最近誕生日だったんですね! おめでとうございます!

……お祝いされたのにお祝いするのを忘れてしまいました。ごめんなさい』


 後から気付いて、祝福のメールを送る。そして、文末に初めて謝っている顔文字を入れてみた。


『誕生月同じだね♪

8日生まれなら覚えやすいしいいね☆


応援ありがとう♪


じゃあ佐倉さんはこれからやってみたい事やハマっているものはあるのかな?』


『うーん、やってみたい事やハマっているものですか……。

趣味は本を読んだり喫茶店巡りをしていたりするのですけど、これといって無いんですよねぇ……。

今は仕事を見つけて、社会人復帰が目標かなぁ。


まひろさんは何か趣味とかあるのですか?』


 ここで、少し嘘をつく。

 実は小説を読むだけでなく書くのも趣味で、数年前から新人賞に応募していたりする。でも、箸にも棒にも掛からない状態で『小説家になるのが今の夢です!』って言うのはなんだか恥ずかしいので、伏せておくことにした。

 これまでのやりとりをしていて、「これを記録していて後から小説投稿サイトに上げてみるか」と薄々思うようになってきていたのは秘密。


『お祝いの言葉ありがとう♪

早く復帰できるといいね! 応援してるよ☆

趣味は映画鑑賞かなー!


これからバイトがあるから、今日はこの辺で♪

色々とありがとう☆


間違えた相手が本当に佐倉さんでよかった♪

また明日メールするね~』


 また、地味に嬉しい事を言ってくれる。顔が見えなくても、気持ちが伝わってくる。


『分かりました~。

お仕事頑張ってくださいね。東京は暑くなると言っていたので、体にも気を付けてくださいね』


『お互いコロナと熱中症には気を付けないとね!

頑張ってくるね☆

また、明日ね☆』

 14時半頃に送られてきたメールを最後に、なつきさんとのやりとりは無かった。

 夢を追いかけながらバイトで頑張る日々……自分も頑張らないとなぁ、と思った。明日は土曜日だからお休みだけど。


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