ある日、誰かと間違えたメールが届いて……

佐倉伸哉

2021年9月9日(木)



『今度ご飯でもいきませんか? 来週の15日か16日って予定あいてますか?』


 朝8時にスマホに届いた、一通のメール。

 顔文字が入った、文面がかなりフレンドリーな文章。相手は、連絡先に登録されていない人。

 アドレスは、登録されていないもの。一応知り合いや友人の連絡先は登録するようにしているけれど、頻繁に連絡を取っていなかったり一回きりの付き合いの人は登録していない。メールの内容だったり本文だったりで誰かが大体想像がつくので、把握は出来るのだけど。

 そんな感じなので、過去に送られてきたメールをざっと確認してみる。……該当者、なし。

 これはつまり―――間違い電話のメール版。

 あんまり交友関係は広くないし、自分のスマホのアドレスは簡単に教えるようなタイプではない。どちらかと言えば、かなりガードが固い方。

 メールアドレスも色々混ぜたり長かったり工夫したおかげか、これまで業者や悪質なメールが来た経験は一度も無い。電話番号を基にしたショートメッセージや無料通信アプリのメッセージには過去何回かあるけれど。

 バイブレーションの振動で寝ているところを起こされた直後の、まだフル回転していない頭で導き出した結論は。

(……放っておこう)

 多分、間違えた事に気付いて本来の送り主に改めてメールを送るだろう、と判断。二度寝する事にした。


 昼過ぎ。


『先程メールしましたが……

送られてなかったみたいですね(笑)

ちょうど来週時間が取れるので久しぶりにお会いしたいです。来週は忙しいですか?』


 同じアドレスからの、お誘いのメール。

 既に起床しており、脳も通常回転している状況。二度も送られてきた事で、別の可能性が浮上してきた。

(もしかして、本当に私を知っている人……?)

 このメールアドレスは、自分が把握する範囲の極々限られた人しか知らないもの。今は登録から消しているけれど、過去に携わっていたボランティアの関係者や退職した会社の関係者も私のアドレスを知っている可能性はある。相手に届いていないと思い込んでわざわざ送ってきたということは、私を知っている人の可能性も出てきた。

 一応、送られてきた相手のメールアドレスをパソコンのインターネットで検索。スマホや固定電話に掛かってきた電話番号をインターネットで検索すると悪質業者や迷惑電話か分かる事があるので、今回はその応用。……ヒット、なし。恐らく、悪質業者やウィルスなどの可能性は低い。そもそも、そうした場合はURLや添付ファイルがあるけれど、今まで送られてきたメールの文面は全て誰かに宛てて遊びに誘うものばかり。

 ネット上では“知らない人へ安易に返信を送らない”が大原則だが、微々たる可能性があるので探りを入れてみることにした。


『大変失礼ですが、どなた様でしょうか? 私の連絡先に登録しておらず、分かりません……』


 あくまで私の不手際なので、丁寧な文章で。会社の取引先を相手にしていると思って、メールを書いて返信する。

 暫くして、返事が返ってきた。


『ごめん、うっかりしていて忘れてた(笑) 神路です♪

ゆーちゃんは元気にしてた?』


『あれっ? ゆーちゃんじゃありませんか?(汗)』


 自分の苗字も名前にも、“ゆ”なんて文字は入っていない。というか、そもそもの話だが、メールアドレスに“ゆーちゃん”を連想させるような名前は一切入ってないから、この時点で「あれ? おかしいな?」と思ってほしいのだが……。

 これで、私の知り合い説は消滅。人違いと結論づけた。


『大変申し訳ありません。私はゆーちゃんという人ではありません。恐らく、人違いかと……』


 先方に人違いであることを伝える文面を書いて、送信。


『申し訳ありません。

間違えてるみたいですね、でもどうしてだろう……。唐突に失礼ですが、女性の方でしょうか?』


 申し訳ありませんの後ろにはお詫びの顔文字。相手も「もしかして、違う人?」と気付いた様子。

 個人的には「こっちが知りたい」と思うが、飲み込んで端的に質問へ答える。


『いえ、男性です』


 正真正銘の男性であると断言出来るので、その旨を書いて返信。

 私の返信を読んで、ようやく自分が全然知らない人にメールを送っていた事を確信した様子で、かなり丁寧な文面のメールが夕方頃に送られてきた。


『お騒がせして申し訳ありません。

申し遅れましたが、東京在住の神路まひろです。

事務所の同期に連絡先を伺ったのですが……何故間違えたのか分からないので、教えてくれた同期に確認しますね。ちょっとお時間をいただけたらと思います』


 わざわざ自らの名前とどこ住まいかを明かさなくてもいいのにな、と思いつつも、真摯な人だなという印象を持った。

 事務所ということは、私のメールアドレスを知っている方が会社の同僚で、その人から誰かと間違えて教えられたということか……この文面でそういう風に解釈した。

 かなり限られているが、ネットの友人に会いに行く“オフ会”を何度かした事があり、関東に住んでいた人の元へ遊びに行った事もある。その時に、私のスマホのメールアドレスを伝えたと記憶している。もう何年も会ってないけれど、連絡先に残している可能性は否定出来ない。

 こうなると、私の方は待つしかない。少し時間を置いてから、またメールが届いた。


『お待たせしました。

どうやら酔っている時に教えてくれたみたいで、完全な間違いでした。ご迷惑をおかけしてすみません。

ただ、ご連絡頂けたので間違っていると分かり、非常に助かりました。


こんな機会ってこれから先ないと思うので、良かったらまたメールしてもいいですか??』


 流出(?)した原因は特定された模様。問題は、こちら側が誰から流出したのか把握していないので気になっている点か。

 相手も迷惑をかけた事を詫びると同時に、顔文字も復活している。

 それは置いておいて―――最後の一行。

 確かに、相手の勘違いではあったけれど、ひょんな出来事から繋がった縁。この提案に……悪くないな、と思っている自分が居た。


『返信遅くなりまして、申し訳ありません。

佐倉と申します。恐らくですが、私のメールアドレスを知っている方が神路様の職場の同僚で、そのお方が間違えて教えてしまった……といったところでしょうか。

間違いと分かり、ホッとしています。


確かに、こんな出会いはなかなかないですよね。私でよければ、またメールを送ってきて頂いても構いませんよ。セールスや宗教の勧誘など以外でしたら(笑)

ちなみに、神路様は女性でしょうか? 別に女性じゃないからといって対応が変わるという訳ではありませんが、まひろというお名前が男性でも女性でも使われていますので、一応確認の為にお伺いしたいのですが……』


 私の方も、それまでのやや堅苦しい文面から少しだけ砕けた表現を使ってみることにした。相手も名乗ったのでこちらも苗字を明かしたが、下の名前はまだ伏せておく事にした。まだ完全に信用しておらず、万一の時に備えて個人情報は最低限に抑えた。

 なんというか、人と人が繋がるのは何かの縁と私は考えているので、犯罪に巻き込まれたり不利益を被らない限りはなるべくその縁を大切にしたいと思っている。誰でもウェルカム! という程にコミュ力おばけではない(どちらかと言えば“浅く広く”より“狭く深い”人間関係を望むタイプ)ので、程ほどのお付き合いが出来ればいいなぁ程度に考えていた。

 そして、こちらもちょっと攻めた質問をしてみた。「相手が女性ならもっと良いなぁ」という軽い下心が芽生えたので、性別を聞いてみることにした。文面通り、もし男性だったとしても「じゃあお断り!」というつもりは一切なく、男同士でしか出来ない会話が出来るか出来ないか判断したかった。


『ありがとうございます♪

普段あまりメールはしないのですが、間違い方が奇跡的ですし、きちんと対応してくれていい方だと思ったので。


まひろは女性でまひろって名前なので呼びやすいように呼んでください(笑)

また即席で作ったニックネームでもいいので教えてくれませんか?』


夜になって送られてきたメール。

 何回かやりとりしている中で“きちんと対応してくれていい方”と言われると、ちょっと嬉しい。まだ警戒は緩めてはならないけれど、真摯に対応しようと思っていたので好意的に受け止められるのは悪い気がしない。

 そして……女性であると判明して、内心ガッツポーズ。ちょっと早いけど恋愛関係になれる可能性が出てきた。“女性でなくても対応は変わらない”と相手に伝えたけど、ほんの少しだけ下心はありました。


『今日初めて会った方にいきなりニックネームをお付けするのはちょっと気が引けるので、しばらくは“神路さん”とお呼びします。


あまり夜遅くなると明日に響きますので、今日はこの辺りにしましょう。

お仕事頑張ってください。おやすみなさい』


 時刻は、22時まであと少しというところ。それとなく今日はおしまいという感じを出してみる。


『じゃあ、佐倉さんと呼びます♪

また敬語無しで話しても大丈夫ですか?

気楽に話が出来る方が良いと思いますから、そのほうが仲良くなれるかなって思ったので』


『はい、いいですよ。

私の方も少しずつですけどフレンドリーな感じで話してもいいですか?』


 相手から送られてきたメールに返したところで、その後は送られてこなかった。多分寝たのだと思う。

 私自身、初対面の人と話す時は大体敬語とか丁寧語で話すことが多い。それは年上年下関係はない。もっとお互いのことをよく知ってからはもっとフレンドリーになるのだが、まだその段階になっていない。

 そして、明日もメールが来るかどうか半信半疑な心持ちだった。色々と踏み込んだこともあったけれど、それで気を悪くしてピタッと止まったらそれはその時だと考えていた。

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