第9話 現実

私は退出した後、デイルームに行ってベンチに座った。

さっきまでずっと握りしめていたおばあちゃんの手の感触と体温が

まだ自分の手に残っていた。

私はその手をぐっと握りしめた。

拳の上に透明な水滴が乗っていた。

私の視界が歪んで見えて、また泣いていると自覚した。

ただ、ひたすらに怖かった。

こんなにも身近な人が亡くなるのは、はっきりしている記憶で初めてだったから。

うっすら覚えているのは3歳の時。

ひいおじいちゃんが亡くなったときの事だった。

病院で目を閉じているおじいちゃんと棺桶の中に入れられたおじいちゃんが

画像として記憶上にはある。

葬儀中のことは何も覚えていない。

でも唯一、映像として覚えていたのは火葬場でのことだった。

3歳だった私の前にあったのは既に遺骨になったおじいちゃんの姿だった。

小さかった私は周りの人たちがとても大きく見えていた。

”黒い服を着ている大人たちが骨を拾っている”

そこの記憶しかなかった。

おじいちゃんの生前の記憶はほぼなかった。

いつも、そばにいることが当たり前と思っていた人がいなくなる。

猛烈な寂しさと悲しみがすごかった。

おばあちゃんは100歳まで生きるといつも言っていた。

実際に90歳を超えたからいけるのではないかと自然と思っていた。

私の成人姿を見るなどこれからの未来を楽しみにしてくれていた。

私も見て欲しいかった。

しかし、実際に見せられたのは何だっただろうか。

きっとピアノの発表会の演奏姿、入園・卒園式、入学・卒業式などの晴れ着よりも

おばあちゃんに甘えていただけの子供の姿。

こんな状況になって今更、後悔の気持ちしかなかった。

そんなことを考えながら泣いていた。

しばらく泣いているとさすがにもう出切ったのか心が落ち着いたのか

涙は出なくなった。

目の前にあった鏡をのぞき込むと目が真っ赤になっていた。

目の前にあったティッシュを濡らして軽く絞り、それを目に当て冷やした。

目に沁みた。

泣きじゃくりを落ち着かせようと涙が治まった後もしばらくそこにいた。

深呼吸を何度もした。

やってるうちに父が私を探しに来た。

「なにやってるの?」

「少し休んでいただけ」

私はそう答えて一緒に病室へ戻った。

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