第41話 恵子 四つ葉スーパーにて

今日は四つ葉スーパーの豊部長と打ち合わせの日だ。上手くやらなければ。

……できるかしら?

恵子は大きく息を吐きツバサ観光の扉を開けた。


「おはようございます。今日1日よろしくお願いします」

「おはようございます」

恵子はキョロキョロし、宮田の姿を探した。

宮田はデスクで暗い表情を浮かべている。

今日の打ち合わせがよっぽど嫌らしい。


恵子は宮田に近付き

「宮田さん、今まで大変だったね。

今日で終わらせるから大丈夫。頑張りましょう」と声をかけた。

宮田はギョッとしている。

「どういうことですか?」

恵子はフフフと微笑み席についた。


将太と同期の松田が「おはよーう」と間延びした声と共に出勤して来た。

松田は以前上島家にも遊びに来たことがある。

知った顔が嬉しい。

「松田さん!」

「おお、上島今日は頼むな」

「大丈夫です!」

松田は自信満々な恵子に首を傾げている。



朝礼後に宮田が電話をかけアポイントを取り、四つ葉スーパーへ向かうことになった。

「上島課長、何かあったんですか?」

「うーん。向こうの弱味をちょっとね」

「ちょっとで大丈夫ですかね」

「あら~心配になること言わないでよ!」

恵子は運転する宮田の肩を思い切り叩いた。

「危ないからやめてください!」

「あらら、ごめんね」

何とも緊張感のない声で応えた。




さて、四つ葉スーパー事務所である。

例の成金趣味の部屋へ通される。

豊部長はイライラした様子で

「で、いくら安くなる?」と怒鳴り付けてきた。

まあ!嫌な態度!恵子は憤慨した。

PTAの集まりでもびっくりする位態度の悪い人がいたが、負けず劣らずである。


恵子は毅然とした態度で

「お安くはできません。うちにも宿にも利益が出なくなります。なので今回の社員旅行はお断り致します」と言い返した。

部長の眉がピクリと上がった。

「そっちの利益なんてどうでも良い!」

まあ!何よそれ!そんなこと続けたらツバサ観光が潰れちゃうわ!

我が家を路頭に迷わせないでちょうだい!


宮田が縮こまる中、恵子は豊部長から視線を外さず「あの昨日スーパーひまわりにいらっしゃいましたよね」と言った。

豊部長の眉間に皺が寄る。

「あの場に知人がいまして、聞いた話ですが、ああいう態度を取られるのは如何なものか。

見ていて不快に思う人も多かったでしょう。営業妨害ですよね?」

「誰に聞いたか知らないが、店員が間違えたからだ」

「恫喝だったと聞いてます。

そういった態度をとられる方を信頼して旅行の契約を任せることは出来ません。

それに他所でもそういったことをしてますよね?」


昨日、健二と情報共有をした際に

『こーいう事する奴は他でも同じような事してるに決まってんだ』と断言していた。

豊部長の唇がワナワナと震えている。図星だったようである。

「証拠は!」と怒鳴りつけてくる。


証拠?その言葉を待っていたわ。

「スーパーひまわりに確認したところ防犯カメラにしっかり映っているそうです。

居合わせた女性客を押し、怪我もさせたそうですね?警察に訴える可能性もあるそうですよ」

怪我というほど大げさではないが、昨日数時間だけ自分の姿に戻った時に、お尻が少し痛かったから間違いではないだろう。


「ねえ、警察沙汰になると大ごとですよ?

一件訴えが出ると、他のお店も被害を訴えるかもしれない」

「脅すのか!」

「脅す?そんなことしたらあなたと一緒じゃないですか。

私は事実を述べているだけです。」

恵子は勢いよく椅子から立ち上がった。

「と言うわけで、今回の件はお断り致します。いつまでも、そのままの態度だとどこからも相手にされなくなりますよ。」

部長はギリギリと唇を噛みしめている。


恵子は宮田を促し、ドアへ向かった。

去り際に「娘さんにも悪影響だから、全うになって下さいね」と言う。

「おい、どういう意味ー」豊部長の声が追いかけてくるが無視をしてドアを閉めた。



宮田は車に戻るまで無言だったが、運転席に着くと大きく息を吐き

「上島課長……ありがとうございます」と頭を下げた。

「あら、やだ。そんな頭あげてよ」

「ありがとうございます、ありがとうございます」

宮田は本当に限界だったようだ。


「上手くいって良かったわ。開き直られたらどうしようかと思ったの」

宮田はまだ若い。自分よりも子どもたちの方が年も近い。

そんな若者が悩み苦しんでいる姿は見たくない。

「宮田さん、これからも困ったことがあったら1人で抱えこんじゃダメよ。無理して頑張っちゃダメよ。」

宮田は頷き

「ありがとうございます。」

そして、少し言いにくそうに

「なんか、今日の上島課長お母さんみたいです」と笑った。

恵子は「あら、冴えてるわ」と微笑み返したのだった。

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