第40話 将太 緑野中学校にて

「おはよう!」

教室に入るなり将太は大声で挨拶をしたが「……おはよう」

と若干引いた挨拶が数名分返ってきただけだった。


しまった、三哉は大人しいんだった。

中学校なんか楽勝だ!と思っていたが気を付けんといかんな、と反省しながら席に着いた。

将太は自分のことよりも、恵子のことが心配だった。

四つ葉スーパー相手に上手くやってくれるといいのだが。


さて、本日は1時間目からグループ学習だった。

何週か前から行われていたようで、広用紙に地図や文字、イラストが書き込まれている。

班は男女3人ずつで、女子の方がワイワイ言いながら原稿らしきものを見直している。

将太以外の男子2人は手持ちぶさたの様でゲームの話をしていた。


ゲームをしない将太は話に入っていけないので広用紙を眺めることにした。

『商店街のお店』とあり、学校近所の商店街の地図、特色などが書かれていた。

将太は、中学校でもこういう授業をするんだなあ、とぼんやり思った。


「5分後から発表だからなー」

川上の声に、班の女子が「あたしたち全部したんだから発表してよね」と言った。

えー、とむくれる男子2人の視線が将太に向いた。

「上島やってくれよ」

「でも上島くん声小さいから」

「お前ら上島には甘いよな」

言い合いが始まったので

「俺が発表するから」と将太は手をあげた。

班の面々は目を丸くしながらも「じゃあ、お願い」と言った。


将太は女子から渡された原稿を見ながら

会議でお偉方を相手にする事を考えたら楽勝だ、と考えた。


他の班から発表が進んでいく。

地域について調べることになっているようで、コミュニティセンターでの催しについて、公園の数の減少について等が題材だった。


「これで5班の発表を終わります」

「はい、ありがとう。最後6班」

川上に言われ、班全員で黒板の前へ行く。

将太が原稿に目を落とし

「僕たちは商店街について調べました」


古いお店が、どんどん潰れてシャッター通りになってしまっていること

若い世代が新しいお店を出し頑張っていること

商店街には専門店があるので行ってみて欲しいこと

原稿は以上のような内容であった。

将太は読み上げた後に、自分の行きつけだった定食屋が潰れたことを思い出し寂しい気持ちになった。


原稿から顔をあげクラスを見渡し言った。

「若い子たちは新しいショッピングモールの方が好きだろう、それは分かる。

だけど昔ながらのお店にはお店の良いところが沢山ある。

商店街の居酒屋、花霞は10年近く通っているが、店主は気さくだし飯は上手い。

おつまみの持ち帰りも出来て、焼酎にも発泡酒にも合う色々な料理がある。

君たちもネットの情報ではなく自分の足で歩いてお気に入りのお店を探してみてくれ」


クラス中がポカンとしている。

いかんいかん喋り過ぎたようだ。

将太は「これで発表を終わります」と笑顔を見せたのだが先ほどまでの班の発表と違い拍手は起こらない。


「上島ーちょっと来い」

鬼の形相の川上に腕を掴まれ廊下へ連れて行かれる。

教室内からはざわめきが聞こえてくる。


「上島!どういう事だ!」

「はい?」

「何が、はい?だ!

お前堂々と飲酒の告白して!」

将太は、ハッと口を押さえた。

「あ、ああ~俺今日は中学生だったな。

朝気を付けようって反省したのに」

「何訳わからんこと言ってるんだ!」

「違うんです、違うんです!

俺じゃなくて父親の行きつけの店です!

俺は飲んだことありません!信じてください」


「本当だろうな?」

川上は疑いの眼差しのままだ。

「本当です!真面目に生きてます!」

川上はフッとため息をつき

「いいか、信じるからな?絶対に飲むなよ」

「ハイ!」

そこで川上の表情は柔らかくなり

「でもまあ、今日は発表の時に声が出ていて良かったぞ」と言った。

将太は頭をかきながら少し照れた表情を浮かべた。


休み時間に席でボーっとしていると

「上島」と肩を叩かれた。

名札には鈴木とある。

昨日、恵子が庇った生徒だ。

「上島、お前結構変な奴だな」と笑っている。

「あのな、俺も色々苦労してるんだよ。

君たちもこれからの人生たくさん大変なことがあると思うが、めげるなよ」

鈴木は再び「変な奴」と笑った。

でも、それは馬鹿にした笑いではなく親しみがこめられている。


将太は、俺は今日失敗したが、恵子頑張ってくれよ。

と心の中で何度も繰り返し1日過ごしたのであった。




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