4日目

第39話 一音 自宅にて

今日はパートも休みでゆっくり出来る。

ここ数日の生活で疲れがたまっていた一音はソファーに寝転がった。


晃太郎は相も変わらずテレビのワイドショーに夢中である。

『衝撃!ご近所トラブル』

一音は欠伸をしながら「どこもトラブルで大変ね」と呟いた。

晃太郎はテレビ画面から目を逸らすことなく「一音の問題も解決するといいな」と言った。


入れ替りは面倒、大変だったけれど入れ替りがなければ羽山、美理の事情を知る事はなかっただろう。

美理と卒業してからも友だちを続けていたかもしれない。

それに、川畑先生への無意味な片思いも続けていたかもしれない。

でも、おじいちゃんに感謝なんてしないわよ。


暫くテレビを見た後、受験生らしく勉強しようと思い立ち、自室で数学の問題を解いていると分からない部分が出てきた。

参考書を見たがいまいち理解できない。


仕方ない

「ねえ、おじいちゃん、この問題分かんないから教えて」

リビングに戻ると晃太郎は地元情報番組の『おすすめ県北グルメ』を見ているところだった。

「どれどれ」

晃太郎は問題を見てニコニコというかニヤニヤしている。

「何よ気持ち悪い」

「いや、将太が一音に入れ替わっていた時に同じように微分積分の解き方が分からない、と電話してきてな」

「そうなんだ」

「まあ、これより初歩の問題だったがな。一音はきちんと理解して解決しようとするところが偉い」

いきなり誉められると気恥ずかしい。


晃太郎は少し真剣な表情になり

「あとは、自分にも他人にも優しくなることだな」と言った。

一音は自分の性格がキツいことを自覚している。

「……でも今さら」

「まだ18歳じゃないか。

いくらでも変われる。良いことも嫌なこともたくさん経験していく。前に進めなくても止まってもいい。

でも、優しい心があれば困った時にも何とかなると思うよ。これからが大事なんだ。」

友だちもいない変人のおじいちゃんに諭されてしまった。



問題を解き進めている中チャイムが鳴った。

「上島さーん。こんにちは~」

毎度のことながら3軒隣の松沢である。

一音は顔をしかめた。

松沢は、お喋りの長いおばちゃんである。朝挨拶をしたら長々と世間話をされ危うく遅刻しそうになったこともある。

チャイムが鳴り続けるので仕方なく玄関を開けた。

「どうも……」

「あっ!上島さーん。ねぇ~これどうぞ」松沢の手には美味しいと評判のケーキの箱が握られている。


「何故?」

「昨日スカッとさせてもらったお礼よー。それにご主人もケーキお好きでしょ?この前ケーキバイキングいらしてたわよ」

「ケーキバイキング?」

「あら、言っちゃいけなかったかしら?まあ良いわよね。ふふふ」

一音がが単語しか発していないにも関わらず松沢はよく喋る。

しかも帰る気配がない。


「……散らかってますが上がります?」

「あら~いいの?ではちょっとだけ」

松沢はニコニコとリビングへ入っていく。

晃太郎は「どうも」と頭を下げると庭のプレハブ小屋へ避難して行った。



ケーキの箱を開けると7個入っていた。何よ、元々自分も食べるつもりだったんじゃない。

一音は半ば呆れながらケーキと紅茶を出した。

松沢は「お構い無く~」と言いながら早速ケーキに口をつけている。

一音はどうしていいか分からず無言のまま椅子に腰かけた。


「上島さんお勉強もするの?しかもこんな難しそうな!」

「あ、いえ。これは娘が出しっぱなしで」

「あら、でも、そうよねえ。また意外な一面が出てきたのかと思ったわ。

上島さんっておっとりしてると思ってたけど強いのね~。スーパーでもだし、かかってきた電話にも怒鳴ってたでしょ!」

健二のアホ。面倒なことになったじゃない。


「でも上島さん気が強いだけじゃないから良いのよね。気が強いだけはダメよ~。そんな恐怖政治みたいなの絶対ダメだもの。お友だちにはなれないわ。上島さんは普段優しくて良かったわ~」

松沢は笑顔である。


一音は、ぼんやりと美理のことを考えた。

クラス替えで席が近かったから何となく話すようになって同じグループになった。

自分と同じく結構気が強い子だな、と思ったけど他のグループに移るタイミングもなくて揉める時間が無駄だと思い美理の言うことには、ウンと頷いていた。


『お友だちにはなれないわ。』

一音はケーキに手を伸ばし「そうね」とポツリと呟いた。

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