第37話 将太 大海高校にて


将太は登校してからずっと貧乏ゆすりが止まらなかった。

「今日の健二落ち着きないな~」

後ろの席の小池が頬杖をつきながら呟いた。

「別にいいだろ!」

「……そんな怒るなよ。何だよ?どうした?」小池は呆れ顔だ。

どうしただと?職場に戻りたい、四つ葉スーパーとの現状がどうなっているか気になる……


しかし考えてもどうにもならないことだ。

ここ数日『いつもの健二』でないにも関わらず、懲りずに話しかけてくれる小池は見た目は派手でもいい奴なのだろう。


「なあ、小池くん。例えばだが、仕事で嫌な顧客がいて、部下が精神的に落ち込んでいたらどうする?」

「そんなもん嫌な奴なんかバレないように殴れば良いだろ」

聞いた自分がバカだった。

将太はため息をつき前に向き直った。


2時間目は体育だった。

小池、今村、渡辺と連れ立って運動場へ向かう。

2クラス合同で男女別れての授業となる。

男子はバスケットボールだ。


今村がゲッと顔をしかめた。

「なんだよ、吉田来てるじゃん」

「あいつ体育はサボらないよな」

将太は少し離れた場所から吉田をまじまじと見てみた。

だらしなくジャージを着て、何やら友人たちとゲラゲラと笑っている。


将太は、自分が学生時代のヤンキーの方が見た目的には恐いな

まあ、当時絡まれないように気を付けながら暮らしていた記憶のせいかもしれないが、とぼんやり考えた。


視線に気づいたのか「何見てんだよ」と喚いている。

「別に見ていない。授業始まるから大人しくせんか」

「あ?」

渡辺が「挑発するなよ」と苦笑いを浮かべた。

いや、そんなつもりはー

弁明しようとしたが始業のチャイムが鳴り教師がやって来た。

将太と歳は変わらなそうだが、腹は出ていない。

遊びの草野球だけでは、なかなか痩せないんだなと将太は思った。


「えー。まずラジオ体操から。

その後コート2面にわかれて試合な。チーム分けはこの間と同じ」

教師は指示を出すとコート横のベンチに座り大きくあくびをした。

将太のチームは今村と同じだった。

「バスケットなんてろくにしたことないぞ。ルールも分からんし」

将太はぶつぶつ呟いた。

問題はまだあった。よりにもよって対戦相手に吉田がいることだ。


今村が「吉田に構うなよ」と耳打ちをしてくる。

「もちろんそのつもりだ」

試合が始まった。

皆、声を出し積極的に動く中、将太はボールが回ってこないように隅の方をダラダラ移動していった。

同じチームからは「健二!」と声がとんでくるが顔をそむけ聞こえない振りをした。


数分そのように過ごしボーッとしていたら突然

「健二危ない!!」と声が聞こえた。

声のした方を見るとボールが勢いよく顔面めがけ飛んできてー



「健二!健二!」「上島!大丈夫か?」

教師を含め数人の顔がぐるりと取り囲んでいる。

体を起こそうとすると

「大丈夫か?」と過剰に心配される。

先ほどのボールが顔面に直撃し、そのまま後ろに転び頭を軽く打ってしまったのだ。

ボールが当たった衝撃で少しだが鼻血も出ている。

「ああ、不覚だ……」

「何いってんだ。とりあえず保健室いこう。お前らちょっとそのまま何もせず待機!」

教師に連れられ保健室へ向かう。

背後から吉田の笑い声が聞こえてくる。

それに対して小池たちの怒る声も聞こえるが

「お前らここでケンカしたらどうなるか分かってるんだろうな!」と言う教師の一喝で全員黙ってしまった。


保健室に着くとベッドに寝かされ保健室のおばちゃん先生に目の動きや血圧などをチェックされた。

その間に体育教師は担任に連絡をしに行ったようだ。

何やら大事になってしまった。

おばちゃん先生は「うーん、鼻血も止まったし頭もゴンッと打った訳じゃないから大丈夫そうだけど一応お家に連絡しようか。」と連絡先を確認し始めた。

「えっ!いいですよ!やめて下さい」

将太の言葉を無視し電話をかけ始めている。

スポーツ名門校だけに、こうした事には気を遣うのかもしれない。



電話を終えると困った表情で「お家には上島くんのおじいさんしかいなくて、わしゃ分かりません、って電話切られたわ」とのことだった。

助かったと胸を撫で下ろしたのも束の間

「お母さんの携帯にかけましょう」


お母さん、今日恵子になってるのはー

「健二じゃないか!」

マズイぞ!と思ったが既に電話は繋がっている。

おばちゃん先生を見てみると、しかめ面で受話器を遠ざけている。

電話口で健二が怒鳴っているようだ。


受話器を置いたおばちゃん先生は、「上島くん、お母さん機嫌悪かったのかしら」と

目を丸くしている。

「あの、何と……」

「えーと、そのまま言うわね。

ボールに当たって倒れたとか冗談じゃねえ、ふざけんな、病院なんか行かなくていい!さっさと教室に戻れ!

どうする?お父さんに連絡してみる?」


やはり怒っている。

「あ、いえいえ。この通り元気ですので結構です。お手数おかけしました。」

3時間目始まるまで保健室にいなさい、と言うことだったのでベッドに横になっていたら、今さらながら顔の痛みを感じてきた。


この年になってボール顔面直撃なんてことが起こるとは

2時間目終了のチャイムが鳴ったので、ため息をつきながら教室へ戻る。

扉を開けると

「あっ!健二大丈夫か?」と男子生徒がワラワラと寄ってくる。


健二はクラスメイトに恵まれているようだ、と将太は思った。

「吉田の奴ほんと腹立つよな」

「手が滑っただけでーす、とか馬鹿だろ」

「このまま引くのも悔しいよな」


ん?と思い

「吉田くんが投げたのか?」と聞いてみると

「狙って思い切り投げてたよ。ボーッとすんなよ」呆れた口調で言われてしまった。

「いや、だけど精神が中年にバスケは難しいよ。君たちも30年もすれば分かる」

「お前やっぱ頭打っただろ」


今日の心配事は四つ葉スーパーの件がどうなるか、だったのに帰宅してからの健二への対応の方が大変そうだ。

「ああ、入れ替わりなんて早く終わってくれ!」

そんな事を思いながら将太は机に突っ伏した。

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